酒蔵見学が変わる ~ 田村酒造場「&KASEN」が示す新しい酒蔵体験

東京・福生市で200年以上にわたって酒造りを続けてきた田村酒造場に、新しい日本酒体験の拠点が誕生しました。2026年7月1日にグランドオープンした「&KASEN(アンドカセン)」です。

田村酒造場は1822年創業。「嘉泉」の銘柄で知られる老舗酒蔵ですが、今回の取り組みは単なる新店舗の開設とは少し意味が違います。日本酒を「飲むもの」だけではなく、その背景にある歴史や食、空間まで含めて体験してもらおうという、新しい酒蔵のあり方への挑戦です。

酒蔵に「レストラン」と「バー」が加わった

「&KASEN」の大きな特徴は、酒蔵見学だけで終わらないことです。施設には創作和食のレストランとSAKE-Bar、ショップが併設されています。レストランでは、酒造りに使われる仕込み水や酒粕、日本酒そのものを料理に取り入れ、食事と酒を組み合わせたペアリングを提案しています。ランチとディナーが用意され、酒蔵だからこそできる食体験を目指しています。

一方、SAKE-Barでは、日本酒をそのまま味わうだけでなく、日本酒カクテルという新しい入口も用意されています。日本酒に馴染みのない人でも楽しめるカクテルから、温度を変えた日本酒の飲み比べ、限定酒まで、日本酒の楽しみ方を広げる仕掛けです。つまり、「酒蔵に来たから日本酒を飲む」のではなく、「食事をしたら日本酒に出会った」「カクテルを飲んだら日本酒に興味を持った」という入口まで用意されているのです。

従来の酒蔵見学との違い

従来型の酒蔵見学では、蔵の歴史を聞き、建物や酒造設備を見学し、最後に試飲をするという流れが一般的でした。これは日本酒を知る上で非常に価値のある体験です。しかし「&KASEN」では、その先まで設計されています。

現在の蔵見学ツアーは、敷地内に点在する歴史的な文化財や自然、酒蔵を巡り、江戸時代から続く田村酒造場の歴史や酒造りを体感。その後、「&KASEN」のSAKE-Barへ移動し、おつまみとともに日本酒を飲み比べる構成です。見学時間は約1時間から1時間半、料金は2,700円からとなっています。つまり、「見る→知る→飲む」という従来の酒蔵見学から、「見る→知る→味わう→食べる→楽しむ→持ち帰る」という一連の体験へ変わったと考えることができます。

さらに、見学だけでなくランチやディナーまで組み合わせることができます。酒蔵を訪れる目的そのものが、「酒造りを見ること」から「酒蔵で一日を過ごすこと」へ広がっているのです。

200年の歴史を「街に開く」

もう一つ興味深いのが建築です。「&KASEN」は、歴史ある酒蔵とは対照的な黒い壁、大きなガラス面、特徴的な屋根を持つ現代的な建築になっています。一見すると、昔ながらの酒蔵とはまったく異なる存在です。

しかし、その設計思想には「200年の伝統を、街に開く」という考えがあります。酒蔵の門から続く道を新施設の入口へつなげ、過去から現在、そして未来へと人を導く構成になっています。これは非常に象徴的です。

酒蔵は、これまで「酒を造る場所」という性格が強いものでした。しかし、これからの酒蔵は「文化を発信する場所」「地域の人が集まる場所」「観光の目的地」という役割も担っていくのではないでしょうか。

酒蔵見学の未来を変える可能性

日本酒業界では、酒蔵ツーリズムが注目されています。しかし、酒蔵を観光資源にする場合、「見学して試飲して終わり」では滞在時間を伸ばすことが難しいという課題もあります。その意味で、「&KASEN」のモデルは一つの答えになりそうです。

酒蔵見学を核にしながら、レストラン、バー、ショップを組み合わせる。さらに限定酒や酒器、酒粕を使ったスイーツなどを通じて、日本酒を家庭で楽しむところまでつなげる。これは「酒蔵を観光地にする」というより、酒蔵を中心に日本酒文化そのものを体験できる場所にするという発想です。

日本酒の未来を考えるとき、酒そのものを変えることだけが答えではありません。「どこで飲むのか」「誰と飲むのか」「飲む前に何を見たのか」「飲んだ後に何を持ち帰るのか」——そこまで含めて日本酒の価値を設計する。

7月にオープンした「&KASEN」は、200年続いた酒蔵が次の100年を考えるための、新しい実験場ともいえるのではないでしょうか。

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酒蔵を支えるのは「お客」から「ファン」へ ~ 日本酒に求められる新しい関係

日本酒を取り巻く環境が変わる中、酒蔵と消費者の関係にも新しい動きが生まれています。8月3日、ミュージックセキュリティーズが、日本酒蔵50社に対してこれまで116本のファンドを組成し、累計約12.4億円を調達してきたことを発表しました。そこには約3万人の参加者が関わっているといいます。これは単なる資金調達のニュースではありません。日本酒の未来を考えるうえで、「酒蔵を誰が支えるのか」という問いを投げかけているように思います。

これまで酒蔵と消費者の関係は、基本的には「酒を造る人」と「酒を買う人」でした。美味しい酒を造れば売れる。消費者は店頭で商品を選び、飲み終われば次の商品を購入する。そこには一定の距離がありました。しかし、ファンドという仕組みを使えば、その距離は一気に縮まります。

例えば、酒米の購入や新商品の開発を目的としたファンドに参加すれば、消費者は単なる購入者ではなく、その酒造りの一端を担う存在になります。実際、岡山県の利守酒造による「幻の米 雄町酒米物語ファンド」では、酒米「雄町」を育て、その米から酒を造る取り組みを支援しています。参加者は田植えにも参加でき、酒造りの背景そのものを体験できます。

ここに「ファン」の本質があります。ファンは、商品だけを見ているわけではありません。誰が造っているのか、どこで造っているのか、どのような苦労があるのか。そして、その酒蔵が10年後、20年後も存在しているのか。そうした物語まで含めて応援します。

これは、現在の酒蔵にとって非常に大きな意味を持ちます。人口減少や飲酒習慣の変化、原料・資材価格の上昇など、酒蔵を取り巻く環境は厳しくなっています。さらに、後継者不足によって歴史ある蔵が存続の危機に直面するケースもあります。だからこそ、これからの酒蔵に求められるのは、「良い酒を造ること」だけではないのかもしれません。

もちろん、酒質が最も重要であることは変わりません。しかし、それと同時に、「なぜこの酒を造るのか」「この蔵を未来に残す意味は何なのか」を消費者に伝える力が必要になります。

ファンは、値段だけでは動きません。自分が応援したいと思える理由があれば、多少高くても買う。遠くても蔵を訪れる。新商品が出れば試してみる。そして誰かにその酒の魅力を伝える。つまりファンとは、酒蔵にとって「広告費を払わずに宣伝してくれる人」という単純な存在ではありません。酒蔵の未来を一緒に考えてくれる存在なのです。

一方で、ここには酒蔵側の覚悟も求められます。ファンを集めるために物語を作るのではなく、実際の酒造りそのものに物語がなければ、長い関係は続きません。資金を集めたなら、その資金が何に使われ、どんな酒になったのかを丁寧に伝える必要もあります。「支援してください」だけではなく、「一緒にこの酒を造りましょう」と言える酒蔵になれるかどうか。これからの日本酒業界では、そこが大きな分かれ目になるのではないでしょうか。

酒蔵を守るのは、蔵元だけではありません。杜氏や蔵人、米農家、地域、飲食店、そして消費者。その輪の中に「ファン」という新しい存在が加わり始めています。日本酒の未来とは、酒を造る側と飲む側を分けることではなく、その間にあった境界線を少しずつなくしていくことなのかもしれません。

一本の酒を買う。その行為が、一本の酒蔵を未来へつなぐ。そんな関係が広がれば、日本酒は単なる「商品」から、「みんなで残していく文化」へと変わっていくのではないでしょうか。

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IMADEYAが仕掛ける「KAKU-UCHI」という日本文化

日本酒を世界へ広げるとき、これまでは「日本酒そのものをどう輸出するか」という発想が中心でした。しかし、いまでやが9月10日に東京・八重洲で開業する「IMADEYA KAKU-UCHI TOKYO」は、そこに新しい視点を加えようとしています。それは、酒だけではなく、酒を楽しむ文化そのものを発信するという考え方です。

「IMADEYA KAKU-UCHI TOKYO」が開業するのは、東京駅地下直結の新施設「TOFROM YAESU」です。八重洲・日本橋・京橋という、伝統とビジネス、観光が交差する場所に位置します。店内に並ぶのは日本のお酒だけ。全国各地の日本酒、日本ワイン、クラフト焼酎などを産地ごとに楽しめ、グラス1杯から飲み比べることができます。気に入った酒は、その場で購入することもできます。ここで重要なのは、いまでやがこの店を単なる「角打ちのできる酒屋」として打ち出していないことです。掲げるテーマは、「KAKU-UCHIを世界へ」。日本独自の角打ち文化を、「SAKE」と並ぶ世界共通語にしていくことを目指しています。

角打ちという言葉を考えてみると、これは実に日本酒との相性が良い文化です。酒屋で売られている酒を、その場で少量から試す。知らない銘柄でも、まず一杯飲んでみる。気に入れば買って帰る。そこには「購入する前に体験する」という仕組みがあります。日本酒にとって、これは非常に大きな意味を持ちます。日本酒は、ワイン以上に銘柄や産地、造りによる個性が複雑です。初めて飲む人にとっては、「何を選べばいいのか分からない」ということが大きな壁になります。しかし、一杯だけなら話は変わります。

「これを飲んでみてください」

その一言から、日本酒との出会いが始まります。しかも今回の店舗では、単に酒を並べるだけではなく、日本の旬を生かした創作おつまみも用意されます。いわば、酒を販売する場所と、酒を体験する飲食店の境界を柔らかくつなぐわけです。

さらに興味深いのが、八重洲という立地です。いまでやは新店舗をつくるにあたり、周辺で働くビジネスパーソンへのアンケートやインタビューを実施しました。その結果、「部下を飲みに誘いづらい」「ちょうどよい0次会、2次会の店が見つからない」といった声があったといいます。そこで提案するのが、長時間の宴会ではなく、短時間で一杯を楽しむ「令和の飲みニケーション」です。これは角打ちの原点とも重なります。

酒を飲むことを目的に大げさな予定を組むのではなく、仕事帰りに少しだけ立ち寄る。知らない人とも酒を介して自然に会話が生まれる。そうした「軽さ」こそが、角打ちの強さなのではないでしょうか。そして、この軽さは海外展開においても武器になります。

いまでやは今年4月、スウェーデン・ストックホルム郊外で「Kaku-Uchi Weekend Stockholm」を開催しました。海外でも角打ちというスタイルそのものに人を集められる可能性を試した取り組みです。この事例を踏まえると、今回の八重洲店は単なる新店舗ではなく、「KAKU-UCHIという文化を国内で磨き、それを海外へ発信するための拠点」と見ることができます。

ここに、今後の日本酒業界にとって大きな可能性があります。日本酒の海外普及には、酒そのものを知ってもらうだけでは不十分です。「どこで、誰と、どのように飲む酒なのか」まで伝わって初めて、文化として定着していくからです。例えば海外で「KAKU-UCHI」という言葉が知られるようになれば、日本酒を飲むための新しいカテゴリーが生まれるかもしれません。

ワインにはワインバーがあり、ビールにはパブがあります。そして日本には角打ちがある。そう認識されるようになれば、酒蔵にとっても新たな可能性が生まれます。角打ちを入口として日本酒を知り、そこから産地や酒蔵に興味を持ち、実際に日本を訪れる。角打ちが「酒を売る場所」から「地域へ人を送り出す入口」になる可能性もあるでしょう。

もちろん、海外では酒類販売や飲酒に関する規制が日本とは異なるため、日本の角打ちをそのまま移植できるわけではありません。しかし、イベントやホテル、飲食店などと組み合わせながら、「少量を試し、酒について語り、気に入ったものを購入する」という体験を広げることは可能です。

「IMADEYA KAKU-UCHI TOKYO」が面白いのは、海外に店を出す前に、まず東京駅という日本の玄関口に「世界へ持っていける日本文化」を形にしようとしている点です。

日本酒を世界へ

そのために必要なのは、必ずしも日本酒を世界中の棚に並べることだけではありません。「一杯飲んでみませんか」という、日本らしい酒との出会い方を世界へ伝えること。9月10日に八重洲で始まる「IMADEYA KAKU-UCHI TOKYO」は、そんな新しい日本酒の海外戦略を考えるうえでも、注目すべき一歩になりそうです。

▶ 「角打ち」が世界へ ~ スウェーデンで始まった日本酒文化輸出の新たな挑戦

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日本酒は「声」で変わるのか ~ 声優×國酒のサブスク9月始動

日本酒を飲むとき、私たちは何を味わっているのでしょうか。香り、味わい、温度、口当たり。そして、もう一つ忘れてはならないのが、その酒が生まれた土地や蔵元の物語です。

そんな「物語」を、今度は「声」で届けようという新しい取り組みが始まります。サケアニジャパン株式会社は、日本酒・焼酎などの「國酒」と声優を組み合わせたサブスクリプションサービス「國酒聲醸(こくしゅせいじょう)」を2026年9月から始動すると発表しました。

サービスの中心となるのは、季節の日本酒・焼酎を年4回届ける「四季の國酒便」です。そこに、開封時に楽しめる声優によるオリジナル音声コンテンツ「MIZUNO MANIMANI(水のまにまに)」を組み合わせます。さらに、蔵元の思いや地域の歴史、文化なども「物語」として届けます。

つまり、単純に「珍しい日本酒が届く」というサブスクではありません。酒瓶を開ける前から、その酒が生まれた背景を「聴く」。そして、その物語を感じながら酒を飲む。日本酒を「商品」から「体験」へ変えていこうという発想です。

この取り組みは、実は突然現れたものではありません。2025年12月に東京・KITTEで開催された「聲醸祭 in TOKYO」には、SNSでの告知を中心としたにもかかわらず、2日間で延べ5,800人が来場しました。全国11の蔵元と声優が参加し、声優のトークと國酒を組み合わせたイベントとして注目を集めています。さらに来場者の約4割が、普段は日常的に酒を飲まない層だったといいます。

ここに、「声」が日本酒を変える可能性があります。これまで日本酒を伝える場合、「吟醸香」「酸味」「甘辛」「精米歩合」といった言葉が中心でした。しかし、こうした表現は日本酒に詳しくない人にとって、必ずしも分かりやすいものではありません。

一方、「この酒が生まれた土地には、こんな歴史があります」「蔵元はこんな思いで酒を造っています」という物語を声で聞けば、酒との距離は一気に縮まります。しかも「声」には、文字にはない情報があります。話す速度、息遣い、声の高さ、間、感情。そこから聞き手は、自分なりの情景を想像できます。これは日本酒にとって非常に大きな意味を持ちます。例えば、山間の蔵の酒を飲むとき、その土地の風景を説明する文章を読むだけではなく、声優の語りによって雪景色や水の流れを想像しながら口にする。すると、同じ酒でも「味わい方」が変わる可能性があります。

日本酒の価値は、液体そのものだけで決まるものではありません。「誰が、どこで、なぜ造ったのか」を知ることで、一本の酒に意味が生まれます。そして声は、その意味を伝えるための新しいメディアになり得るのです。

さらに興味深いのは、この仕組みを海外にも広げようとしていることです。米国アトランタの「JAPANFEST ATLANTA 2026 Timeless Japan」を皮切りに、海外展開を進める計画も発表されています。

海外の人にとって、日本酒はまだ「日本の酒」という大きなくくりで理解されることも少なくありません。しかし、声による物語を加えれば、「この地域の、この蔵の、この一本」というところまで興味を深めてもらえる可能性があります。

もちろん、声優とのコラボレーションだけで日本酒が売れるわけではありません。話題性だけが先行すれば、一時的なブームで終わってしまいます。重要なのは、声を入口として酒そのものに興味を持ってもらえるかどうかです。

しかし、そこを乗り越えれば面白い展開が見えてきます。これまで日本酒は「飲んで知る」ものでした。これからは「聴いて、想像して、飲む」酒があってもいいのではないでしょうか。

日本酒は無言の液体です。だからこそ、そこに声を与えることで、これまで見えなかった物語が浮かび上がるのかもしれません。「國酒聲醸」が示しているのは、単なる声優とのコラボレーションではありません。日本酒の魅力を「味覚」だけで伝える時代から、音、物語、想像力を含めた総合的な体験として伝える時代への変化です。

もしかするとこれからの日本酒には、「どんな味の酒か」だけではなく、「誰の声を聞きながら飲む酒なのか」という新しい価値基準が生まれるのかもしれません。

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夏に日本酒はもっと当たり前になる ~ 「酒蔵de冷ガーデン」が示す夏酒の可能性

「日本酒は冬のもの」というイメージは、いまだに根強く残っています。新酒が搾られる冬、燗酒がおいしい寒い季節。日本酒というと、どうしてもそんな季節感が先に浮かびます。しかし、そんな常識を少しずつ変えているのが、夏の日本酒です。

その象徴ともいえるイベントが、福岡市の石蔵酒造「博多百年蔵」で7月31日から始まった「酒蔵 de 冷(ひや)ガーデン~大人の夏祭り~」です。今年で10回目を迎え、8月11日まで開催されます。日本酒の飲み比べだけでなく、日本酒カクテルやおつまみ、週末にはジャズやゴスペルの生演奏なども楽しめる内容です。石蔵酒造自身も「夏でも日本酒を楽しんでほしい」という思いから始めたイベントだと説明しています。

ここで重要なのは、「冷たい日本酒を飲めるイベント」というだけではありません。むしろ注目したいのは、日本酒を「夏の過ごし方」の中に組み込んでいることです。

夏になると、ビールやサワー、ハイボールなど、爽快感を前面に出した酒が強くなります。暑さを感じた瞬間に、冷たい飲み物を選ぶ。そこには非常に分かりやすい理由があります。では、日本酒はどうでしょうか。実は日本酒にも、夏だからこそ楽しめる魅力があります。冷やして飲むことで軽快さが際立つ酒、酸味を生かした酒、発泡感のある酒、アルコール度数を抑えた酒など、近年は夏を意識した商品も増えています。

「酒蔵 de 冷ガーデン」でも、季節限定酒やしぼりたての吟醸酒、純米酒、スパークリング清酒など、さまざまなタイプを楽しめます。また、日本酒カクテルや日本酒を使ったデザートなど、日本酒そのものの飲み方を広げる工夫も見られます。ここには、夏の日本酒を考えるうえで大きなヒントがあります。それは、「日本酒をビールの代わりにする必要はない」ということです。ビールと同じ爽快感を競えば、日本酒は不利になるかもしれません。しかし、日本酒には米の旨味、酸、香り、甘味、余韻があります。冷たい料理や夏野菜、魚介、焼き物などと合わせれば、ビールとは違った食中酒としての魅力を発揮できます。

さらに重要なのが、「場所」です。博多百年蔵という歴史ある酒蔵そのものを会場にすることで、参加者は単に酒を飲んでいるのではありません。酒蔵の空気、建物の歴史、地域の食、音楽、そして夏の夜を一緒に味わっています。つまり、売っているのは日本酒だけではなく、「夏の酒蔵で過ごす時間」なのです。これは、これからの日本酒にとって非常に重要な考え方ではないでしょうか。

日本酒の消費を広げようとすると、どうしても「どんな酒を造るか」「どんな商品を売るか」に目が向きます。しかし、消費者にとって重要なのは、それだけではありません。「誰と、どこで、どんな気分で飲むのか」も酒の価値を決めます。そう考えると、夏は日本酒にとって不利な季節ではありません。むしろ、これまで十分に開拓されてこなかった季節なのかもしれません。

夏祭り、花火、夕涼み、屋外イベント、旅行、海や山でのレジャー。こうした夏の体験に日本酒を組み込めば、日本酒にはまだ新しい飲用シーンがあります。「酒蔵 de 冷ガーデン」が10回目を迎えたことも、その可能性を示しています。

日本酒は、冬に飲むものから、四季を通じて楽しむものへ。そして最終的には、「季節に合わせて飲み方を変えられる酒」へ。夏の日本酒に必要なのは、単に酒を冷たくすることではありません。夏だからこそ飲みたくなる理由を、酒そのものと、料理と、場所と、体験によってつくることです。

暑い夏の夜、冷えた日本酒を片手に酒蔵で過ごす。そんな光景が日本の夏の風物詩になったとき、日本酒の「夏」は、これまでとはまったく違ったものになっているのかもしれません。

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「宿場esoto」開業2ヵ月 ~ 日本酒が宿泊と重なり合う時代へ

2026年6月1日、山梨県北杜市白州町に、日本酒「七賢」を醸す山梨銘醸が手掛ける一棟貸し宿泊施設「宿場esoto」が開業しました。築100年以上とされる蔵元の分家屋敷を再生し、1日1組限定で宿泊客を迎えるこの施設は、単なる高級宿ではなく、「七賢」というブランドの世界観を丸ごと体験できる場所として注目を集めています。

開業から約2か月が経過した現在、宿場esotoに対する評価を見ると、「酒蔵に泊まる」という発想そのものへの関心が高く、旅行メディアやライフスタイル誌でも数多く紹介されています。特に評価されているのは、豪華な設備よりも、「水」「酒」「食」「建築」「歴史」という地域資源を一つの体験へと昇華している点です。

宿場esotoでは、宿泊だけでは終わりません。七賢の酒蔵見学やテイスティング、白州の水源地や酒米の田んぼを巡る体験、地元食材と日本酒のペアリング料理など、滞在そのものがストーリーとして設計されています。宿泊者は「酒を飲む人」ではなく、「酒が生まれる土地を知る人」へと変わっていくのです。これは、日本酒業界にとって非常に大きな意味を持っています。

これまで酒蔵観光といえば、見学して試飲し、お土産を買って帰るという数時間の体験が一般的でした。しかし宿泊施設を持つことで、滞在時間は数時間から一日、あるいは二日へと延びます。滞在時間が長くなるほど、その土地への理解や愛着は深まり、結果としてブランドへの信頼やファン化につながります。

さらに宿場esotoは、単なる宿泊事業ではなく、歴史ある建物の保存という役割も果たしています。明治時代の建築を現代の快適性と融合させながら再生し、「足す」のではなく「残す」という考え方を重視した設計思想も高く評価されています。これは古民家再生が全国各地で進む中でも、地域文化を未来へ継承する一つのモデルケースと言えるでしょう。

近年、日本酒業界では販売だけでは収益を維持することが難しくなりつつあります。国内市場の縮小や消費者層の変化を考えると、「モノを売る」だけでは限界があります。そのため、多くの酒蔵がレストランやカフェ、イベント、体験型施設へと事業を広げています。宿場esotoは、そのさらに一歩先を歩んでいます。宿泊という最も長い接点を持つことで、酒そのものではなく、「七賢がある白州という土地」まで商品化しているのです。つまり売っているのは日本酒ではなく、「時間」や「空気」、そして「記憶」と言ってもよいでしょう。

こうした考え方は、今後全国の酒蔵にも広がる可能性があります。ただし、単純に宿を造れば成功するわけではありません。宿場esotoが評価されている背景には、約300年にわたり酒造りを続けてきた七賢の歴史と、南アルプスの名水、甲州街道宿場町という土地の物語が存在します。それらを丁寧につなぎ、一つの体験として設計したからこそ、多くの人の共感を呼んでいるのです。

日本酒は、土地の水、米、人の技術によって生まれる地域文化そのものです。その文化を瓶の中だけで伝える時代から、実際に泊まり、歩き、味わい、感じてもらう時代へと変わり始めています。宿場esotoは、その変化を象徴する存在と言えるでしょう。これからの酒蔵は、お酒を造る場所であるだけではなく、その土地の歴史や文化を未来へ伝える「地域文化の拠点」としての役割を担っていくのかもしれません。そう考えると、宿場esotoの挑戦は、一つの宿の開業ではなく、日本酒ツーリズムの新しいスタンダードの始まりとして、大いに注目すべき取り組みではないでしょうか。

▶ 七賢が挑む「泊まる酒蔵」~「宿場esoto」開業が示す日本酒の新しい価値

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「アバター」という新しい酒蔵体験 ~ 酒蔵見学はデジタル化でどう変わるのか

酒蔵を訪ね、仕込みの様子を見たり、杜氏から酒造りの話を聞いたり、最後に試飲を楽しんだりする。これまでの酒蔵見学といえば、こうした「現場を見る」ことが中心でした。ところが、その酒蔵見学に新しい形が加わろうとしています。

広島県東広島市の賀茂鶴酒造は8月1日から、一号蔵直営店にアバター生成サービス「AVATARIUM」を設置します。日本酒の酒蔵へのAVATARIUM導入は今回が初めてです。株式会社POCKET RDが7月31日に発表しました。

AVATARIUMは、専用の筐体の前に立つことで、自分そっくりのアバターを生成し、そのアバターを使った仮想体験を楽しめる仕組みです。今回の賀茂鶴での導入では、来場者が賀茂鶴の「メンバー」になったような形で酒造りを体験し、その体験を動画という「デジタルのお土産」として持ち帰ることができます。

ここで重要なのは、デジタル技術によって酒蔵のリアルな体験を置き換えようとしているわけではないことです。むしろ、「酒蔵で体験したことを、酒蔵の外へ持ち帰る」という発想に価値があります。

酒蔵見学には、一つの大きな弱点があります。それは、体験がその場で終わってしまうことです。蔵の香り、空気、音、建物の雰囲気は強く記憶に残りますが、帰宅すれば日常に戻ります。写真を撮っても、一般的な観光写真の一枚になってしまうことも少なくありません。そこで、自分自身がアバターとなって酒造りを体験した動画を持ち帰ることができれば、見学後もその体験を思い出すきっかけになります。これは、日本酒にとって意外に大きな意味を持っています。

つまり今回の取り組みは、酒蔵に最新技術を無理に足したというより、「酒蔵で感じてもらったものを、どう記憶として残すか」という問題への一つの答えと見ることができます。そして、ここから酒蔵見学はさらに変わっていく可能性があります。例えば、見学者が自分のアバターを使って杜氏の仕事を疑似体験する。米を洗い、蒸し、麹を造り、発酵を管理する。それぞれの工程をゲームのように体験しながら、実際の酒造りについて学ぶことも考えられます。外国人観光客に対しても可能性があります。言語の壁を越えて、視覚的に酒造りを理解してもらうことができれば、日本酒を知らない人にも入り口を作れます。

ただし、デジタル化には注意も必要です。酒蔵の価値は、画面の中だけでは伝えられません。麹の香り、蒸米の温度、蔵の静けさ、木桶や道具に触れたときの感覚など、実際にそこへ行かなければ分からないものがあります。だからこそ、これからの酒蔵見学は「リアルかデジタルか」ではなく、「リアルな体験をデジタルでどう増幅するか」が重要になるでしょう。

酒蔵見学のゴールは、酒蔵を見せることではありません。見学した人の中に、酒蔵の記憶を残すことです。もしデジタル技術によって、その記憶を帰宅後にも、家族や友人にも、さらには海外の人にも伝えられるようになるなら、酒蔵見学は単なる観光から、日本酒文化を広げるための「体験型メディア」へと変わっていくのかもしれません。今回の賀茂鶴の取り組みは、その変化の小さな一歩と言えそうです。

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