「蛇口から日本酒」はどうなる ~ 観光名物に育てるための条件

「蛇口からジュース」と聞けば、愛媛を思い浮かべる人は多いでしょう。愛媛では、かつて「蛇口をひねるとみかんジュースが出てくる」という話が冗談のように語られていました。それが現在では、松山空港などで実際に体験できる観光コンテンツとなっています。

その「蛇口」という強烈な記号を、日本酒で再現しようという取り組みが新潟で始まります。

新潟県は8月19日から9月8日まで、新潟空港に体験型ブース「新潟で乾杯」を開設します。目玉となるのは、なんと「蛇口から日本酒」です。上越、中越、下越、佐渡という県内4地域の地酒を、4基の蛇口から提供するというユニークな仕掛けです。さらに甘酒や県産フルーツジュース、郷土料理との組み合わせも用意されます。

ニュースとしては、十分すぎるほど面白い企画です。
「新潟空港に行ったら、日本酒が蛇口から出てきた。」
この一言はSNSでも強いでしょう。写真や動画にもなり、「一度やってみたい」という旅行動機にもなります。しかし、ここで愛媛の「蛇口からポンジュース」と比較すると、日本酒ならではの難しさが見えてきます。

ポンジュースには、「愛媛」「みかん」「ポンジュース」という非常に分かりやすい一本の軸があります。蛇口から出てくるものを見れば、「愛媛らしいものを飲んでいる」と直感的に理解できます。ところが日本酒には、それがありません。甘口もあれば辛口もあり、香りの華やかな酒もあれば、米の旨味を楽しむ酒もあります。淡麗な酒、濃醇な酒、熟成酒、発泡性の酒など、その味わいは極めて多様です。つまり、「蛇口から日本酒」という話題性だけでは、地域観光への寄与は限定的にならざるを得ません。むしろ、この多様性をどう見せるかが成功の鍵になるでしょう。

今回の企画では、4地域の酒を週替わりで提供することになっています。これは実証事業としては非常に面白い仕組みです。しかし、観光コンテンツとして長く育てることを考えると、「週替わり」には少し気になるところもあります。旅行者は、必ずしも酒の提供スケジュールに合わせて新潟を訪れるわけではありません。「SNSで見た酒を飲みに新潟へ行ったのに、訪問した週には別の酒だった」ということになれば、リピーターには面白くても、初めて訪れる観光客には不親切です。

もしも将来的に常設化するのであれば、「固定された4本+変化する1本」という考え方の方が、効果は高いのではないでしょうか。上越、中越、下越、佐渡から、それぞれ「これを飲めばその地域が分かる」という代表的な一本を常設し、もう一本を「今月の酒」「季節の酒」「限定酒」として入れ替えるのです。そうすれば、初めて訪れた人はいつでも新潟の4地域を飲み比べることができます。一方で、何度も訪れる人には「今日は何が出ているだろう」という楽しみが残ります。

さらに重要なのは、4本を単純に「地域別」にするだけではなく、味わいの違いが直感的に分かるようにすることです。日本酒は種類が多く、初心者には「何を選べばいいのか分からない」という壁があります。蛇口をひねって飲み比べをしても、その味わいの違いが分からなければ失望に変わります。しかし、蛇口をひねるたびに違う味が出てきて、「私はこの味が好きだ」と発見できれば、その「分からない」が「選ぶ楽しさ」に変わります。ここに、日本酒ならではの観光コンテンツとしての可能性があります。

そして、もう一つ忘れてはいけないことがあります。蛇口から出てくる一杯を、そこで終わらせないことです。本当に成功させるのであれば、「おいしかった」で終わってはいけません。

「この酒はどこの蔵なんだろう」
「実際に酒蔵へ行ってみたい」
「この酒に合う料理を食べてみたい」

そんな次の行動につなげる必要があります。つまり、蛇口は観光の目的地ではなく、新潟を知る入口なのです。空港という場所は、その意味でも非常に優れています。新潟を離れる人が最後に一杯飲めば旅の余韻になりますし、新潟に到着した人が最初に一杯飲めば、これから始まる旅への期待になります。

もしそこに「あなたが選んだ酒の酒蔵へ行くなら、ここから何分」「この酒に合う郷土料理はこの店」といった情報までつながれば、一杯の日本酒が地域全体への導線になります。

愛媛の「蛇口からポンジュース」が成功した理由は、蛇口そのものが面白かったからだけではありません。「愛媛に来た」という感覚を、一瞬で与えてくれるからです。新潟の場合、ポンジュース一本に絞ることができる愛媛とは違います。多くの酒造を抱え、それぞれに特色のある味わいが醸されるところにこそ、新潟の魅力があるのです。だから、これを一つの味で固定してしまってはなりません。むしろ、「蛇口をひねるたび違う新潟に出会える」という物語にする必要があるのです。

「蛇口からポンジュース」が愛媛を象徴する一つの味を作ったのに対し、「蛇口から日本酒」は、日本酒の多様性そのものを新潟の魅力として見せる——そのためには、いつ行っても体験できる「定番」と、行くたびに変わる「発見」の両方が必要です。

今回の取り組みが単なる話題作りで終わらず、常設の観光コンテンツへと成長するなら、「蛇口から日本酒」は単なる奇抜なアイデアではなくなるでしょう。それは、日本酒を飲ませる仕掛けではありません。一杯の酒から、その土地を旅させる仕掛けです。そしてそこまで育ったとき、新潟の「蛇口から日本酒」は、愛媛の「蛇口からジュース」と肩を並べる、新しい地域の名物になっていくのではないでしょうか。

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