17年ぶりに動き出した福島県の日本酒用酵母開発 ~「県の酒」をつくる次の一手

福島県が、新たな日本酒用酵母の開発に乗り出しました。2029年度の実用化を目指すもので、県によるオリジナル酵母の開発は17年ぶりとなります。福島県は2026年の全国新酒鑑評会でも金賞受賞数20銘柄で2年連続の全国最多となっており、すでに高い評価を得ている県です。

そもそも福島県は、以前から「県として酒をつくる」ための研究を積み重ねてきました。代表的なのが1991年に開発された「うつくしま夢酵母」です。バナナやメロンを思わせる香りと、酸味の少ないソフトでマイルドな酒質を生み出す酵母として、県内の酒蔵で使われてきました。その後、より香りの高い吟醸酒を意識して2008年に開発されたのが「うつくしま煌酵母」です。リンゴやイチゴを思わせる香りを持つ複数の酵母が生まれ、鑑評会向けの酒などにも活用されました。

2029年度の実用化を目指す今回の動きは、単に新しい酵母を一つ増やすという話ではありません。これまでの福島県の酒造りを支えてきた技術を次の段階へ進め、「これからの福島の酒」を考える取り組みと見ることができます。

都道府県が独自の日本酒用酵母を開発する例は、決して珍しくありません。なかでも興味深いのが高知県です。

高知県では、県の工業技術センターが長年にわたって酒造業を支援し、さまざまな高知酵母を開発してきました。1993年に開発された「CEL-24」は、その代表例です。カプロン酸エチルやリンゴ酸を多く生成し、リンゴを思わせる華やかな香りと甘酸っぱさを持つ酒を生み出す酵母で、現在では高知を代表する存在になっています。県内では13蔵が使用しているとされます。

興味深いのは、CEL-24が最初から「高知の個性を代表する酵母」として成功したわけではないことです。当初は高知県の酒造業界でも使用に慎重な蔵がありました。ところが、その特徴を面白いと考えた酒蔵が使い続け、商品として育てたことで、やがて「CEL-24」という酵母そのものが酒の魅力として認識されるようになりました。

そして現在の高知県では、さらに新しい酵母の開発も進んでいます。高知県工業技術センターは2024年度の研究で、バナナのような香りを生み出す酢酸イソアミルに着目し、オフフレーバーを抑えながら高生産する酵母「AT10」「AT16」を選抜しました。つまり、CEL-24で成功したから終わるのではなく、その次の酒質をつくる研究へと進んでいるのです。

さらに高知県で注目したいのが、いわゆる「高知方式」です。県内の酒蔵が醸造に関するデータや失敗、成功例を共有し、お互いに学びながら酒質を高めていく取り組みです。酵母を県が開発し、それを各蔵が使い、さらに蔵同士が経験を共有する。こうした循環が、土佐酒全体の品質向上につながってきました。

この高知県の事例から考えると、都道府県単位で酵母を開発する意味が見えてきます。

酵母は、酒蔵が単独で開発するには時間も設備も必要です。しかし県の研究機関が開発を担えば、その成果を複数の酒蔵が利用できます。そして同じ酵母を使っても、米、仕込み、水、温度管理、造り手の技術によって酒の表情は変わります。共通の酵母があるからこそ、「同じ県の酒なのに、蔵によって違う」という面白さも生まれます。

福島県にも、すでに「うつくしま夢酵母」や「うつくしま煌酵母」といった県独自の酵母があります。また、酒米についても「夢の香」や「福乃香」など、県として開発してきた資源があります。それでは、なぜ今、17年ぶりに新たな酵母開発なのでしょうか。

一つには、日本酒を取り巻く市場そのものが変化したことが考えられます。これまでの鑑評会で評価される酒質だけでなく、食中酒、低アルコール、日本酒ビギナー向け、海外市場など、求められる味わいは広がっています。香り一つをとっても、かつての「吟醸香が高い酒」だけでは語れなくなっています。福島県がこれまで培ってきた酵母では対応しきれない新しい需要が生まれたからこそ、次の酵母を探す必要が出てきたとも考えられます。

そして今回の取り組みで重要なのは、「新酵母を開発すること」より、その後です。高知県のCEL-24が示したように、酵母は研究機関だけではブランドになりません。実際に酒蔵が使い、商品をつくり、消費者がその味わいを知ることで初めて地域の財産になります。

福島県でも、新しい酵母を県内の酒蔵が共通して使える仕組みにしていけば、「福島の新しい香り」という共通項を持ちながら、蔵ごとの個性を競う展開が可能になります。さらに、酒米や水、醸造技術、食文化、観光などと組み合わせれば、酵母は単なる醸造資材ではなく、福島の日本酒を語るための地域資源になっていくでしょう。

17年ぶりという時間の長さは、見方を変えれば、それだけ次の一手を慎重に考えてきたということでもあります。高知県では、酵母の開発が酒蔵の挑戦を生み、その挑戦が県全体の酒の個性につながりました。福島県にも、すでに全国トップクラスの酒造技術と実績があります。そこに新しい酵母が加わったとき、福島の酒は何を表現するのか。

今回の17年ぶりの研究は、一つの酵母をつくるプロジェクトではなく、「福島県という地域で、これからどんな日本酒をつくっていくのか」を考える出発点になりそうです。

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