神戸産メルローから生まれる新しいSAKE

白鶴酒造は、マイクロブルワリー「HAKUTSURU SAKE CRAFT」で醸造した「No.22 ワインぶどうⅡ」を、2026年10月10日から白鶴酒造資料館で286本限定発売します。使用するのは、神戸で収穫された赤ワイン用ブドウ品種のメルローです。米と米こうじに加えてブドウを原料とし、価格は720mlで7,700円。精米歩合50%の「白鶴錦」を使用し、アルコール分11%に仕上げています。完熟したメルロー由来の紫がかった赤色と、フレッシュなブドウの甘味や酸味が特徴です。

この商品は、厳密には一般的な日本酒ではなく、酒税法上の「その他の醸造酒」に分類されます。しかし、米を中心とする日本酒造りの技術を基盤に、異なる原料を組み合わせて新しい味わいを生み出す試みとして注目されます。

背景には、白鶴酒造が2024年12月に神戸市から神戸ワイン事業を引き継いだことがあります。酒造会社がワイナリーを運営することで、これまで入手が難しかった地元産ワイン用ブドウを、独自の商品開発に活用できるようになりました。

今回の取り組みで興味深いのは、単に日本酒とワインを混ぜた商品ではないという点です。米を原料とする酒造りを出発点に、ブドウという別の農産物の個性を引き出し、新たな酒類を設計しています。

白鶴酒造が2024年に開設した「HAKUTSURU SAKE CRAFT」は、約37平方メートルの小規模な醸造施設です。洗米から製麹、発酵、搾り、瓶詰めまでを一貫して行える設備を備え、少量生産による実験的な商品づくりを進めています。同施設では、同じ酒質を繰り返すのではなく、毎回異なる味わいとの出会いを重視しています。

実際、前年にはカベルネ・ソーヴィニヨンを使用した商品を製造しており、今回のメルローはその経験を踏まえた展開です。原料となるブドウの品種が変われば、香りや酸味、口当たりも変わります。日本酒造りで培ってきた発酵管理や米の扱いに関する知見を生かしながら、原料の違いをどのように酒質へ反映させるか。そこに、新たな醸造技術を探る意味があります。

もちろん、こうした商品をそのまま日本酒の枠内で評価することはできません。むしろ、既存の分類に収まらない酒を生み出すことによって、日本酒の技術がどのような価値を持つのかを、改めて考える機会になるのではないでしょうか。

もう一つ見逃せないのは、地域資源を生かすという視点です。神戸ワインは、神戸産ブドウを100%使用する地域ブランドとして育まれてきました。白鶴酒造がワイン事業を引き継いだことにより、酒造りとブドウ栽培、ワイン醸造を一つの事業基盤の中で結びつける可能性が生まれています。

これは、地域の農産物に新たな用途を与えるだけではありません。酒米の生産者と酒蔵の関係に加え、ブドウ農家やワイナリーとの連携が広がれば、地域の農業を支える仕組みそのものにも変化が生まれます。また、酒蔵を訪れる人にとっても、日本酒だけでなく、ワインや新しい醸造酒を通じて地域の魅力を知る機会が増えます。

ただし、限定商品として話題になることと、継続的な市場を形成することは別の問題です。新しい酒が一時的な珍しさにとどまらず、どのような料理に合うのか、誰に楽しんでもらいたいのか、どのような場面で飲まれるのかまで提案できるかが重要になります。

日本酒の未来を考える時、伝統的な製法や品質を守ることは欠かせません。しかし、伝統を守ることと、新しい可能性を探ることは対立しません。むしろ、長年培ってきた技術があるからこそ、異なる原料や発酵方法に挑戦できるともいえます。

白鶴酒造と神戸ワインのコラボレーションは、日本酒そのものの定義を変えるというより、日本酒造りの技術や発想を、より広い酒類の世界へ展開する試みです。これから重要になるのは、何を日本酒と呼ぶかという議論だけではなく、日本酒の技術がどのような新しい味わいや地域の価値を生み出せるかという問いでしょう。米から始まった酒造りの知恵がブドウと出会ったとき、そこに生まれるのは単なる変わり種ではなく、酒造会社の新たな役割を示す可能性なのです。

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酔わない日本酒

山形県米沢市の小嶋総本店が、10月15日にノンアルコールSAKE「囃子 -HAYASHI-」を発売します。最大の特徴は、その製造方法です。

「囃子」は、米と米麹から実際に純米酒を醸した後、独自の脱アルコール製法によってアルコールを取り除きます。つまり、最初から日本酒らしい味を調合してつくるのではなく、いったん日本酒を完成させ、その後にアルコールだけを取り除くという発想です。アルコール分は0%で、10月15日から当面は飲食店向けを中心に展開されます。また、IWSC 2026のノンアルコール部門ではブロンズメダルを受賞しています。ここに、この商品の大きな意味があります。

日本酒を飲む理由を考えてみると、もちろん「酔うこと」もその一つでしょう。しかし、それだけではありません。米から生まれる甘み、麹の旨味、吟醸香、酸味、料理との相性。そして、盃を交わすことで生まれる場の雰囲気も、日本酒の魅力です。

小嶋総本店は「囃子」について、吟醸香や麹由来の甘み、旨味を残し、和食に寄り添う飲み物を目指したとしています。実際に発表資料では、ホタテと和出汁のジュレやサーモンの麹漬けなどとのペアリングも紹介されています。つまり、「酒からアルコールを抜いたもの」というより、日本酒を構成している要素のうち、アルコール以外を残そうとした商品と考えたほうが近いでしょう。この考え方は、これからの日本酒を考えるうえで重要です。

今回の商品開発の背景には、ノンアルコール飲料市場の拡大があります。小嶋総本店は、現在のノンアルコール市場では「飲めないから仕方なく選ぶ」のではなく、「今日は酔わない」という意思を持ってノンアルコールを選ぶ人が増えていると説明しています。これは、日本酒業界にとって大きな変化です。

これまで「日本酒を飲む人」と「飲まない人」は、比較的はっきり分けられていました。しかし、「今日は日本酒を飲むけれど、次の一杯はノンアルコール」という選択ができれば、その境界は変わります。例えばコース料理を楽しみながら、途中でアルコールを控える。車を運転する予定がある。健康上の理由で飲酒を避ける。それでも周囲と同じように香りや料理との組み合わせを楽しみたい。「囃子」は、こうした人に「水かお茶」以外の選択肢を提示します。これは日本酒市場を縮小させる商品ではなく、むしろ日本酒のある場所に参加できる人を増やす商品になる可能性があります。

小嶋総本店は1597年創業という長い歴史を持つ酒蔵です。その蔵が、純米酒を造った後にアルコールを抜くという、従来の日本酒の常識からすれば大胆な商品に挑戦したことにも意味があります。

実は同社は以前から、低アルコールでありながら味わいを薄くしない酒造りにも取り組んできました。2018年には、仕込み水の代わりに日本酒を使う低アルコール酒にも挑戦しています。今回の「囃子」は、その延長線上にあるとも考えられます。

日本酒を「アルコール度数の高い飲み物」と考えるのではなく、米と麹から生まれる香味や食との関係、さらには人と人をつなぐ文化として捉え直す。その先に、アルコールゼロという選択肢が出てきたのでしょう。「日本酒なのにアルコールがない」という矛盾こそが、この商品の面白さなのです。

もちろん、「囃子」がすぐに日本酒市場を大きく変えるとは限りません。日本酒にアルコールによる酔いを求める人も多く、ノンアルコール商品が本物の日本酒と同じように受け入れられるかは、これからの評価を待つ必要があります。しかし、この商品が投げかけた問いは残ります。

日本酒にとって、本当に欠かせないものは何なのか。アルコールなのか。香りなのか。旨味なのか。料理との相性なのか。それとも、人が集まり、杯を交わす時間そのものなのでしょうか——「囃子」は、その答えを一つに決める商品ではありません。むしろ、これまで当然だと思っていた日本酒の姿を、一度分解して見せてくれる商品です。

これから日本酒は、「飲むもの」だけではなく、「味わうもの」「料理と楽しむもの」「場をつくるもの」へと広がっていくのかもしれません。酔わなくても、日本酒の時間を楽しめる——「囃子」が示しているのは、ノンアルコール日本酒という新商品だけではなく、日本酒の未来に新しい席を用意するという発想なのではないでしょうか。

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「風の森 ALPHA5」は日本酒に時間を重ね始めた

油長酒造の「風の森 ALPHA5 刻の重なり 2026」が10月8日に出荷されました。奈良県産秋津穂を100%使用し、精米歩合80%、アルコール分14度、無濾過無加水生酒という設計です。今回のALPHA5は、従来の「燗SAKEの探求」から「刻(とき)の重なり」へとコンセプトを進化させています。

そもそも「ALPHA」は、従来の「風の森」の枠を超え、独創的な技術によって日本酒の可能性を追求するシリーズです。低アルコールを追求したALPHA1、独自の「氷結採り」を用いるALPHA4、6号酵母と白麹に挑戦するALPHA6など、それぞれが異なるテーマを持っています。つまりALPHAは、単なる高級ラインではありません。「日本酒は、まだこれだけ変えられる」という実験の場なのです。

その意味でALPHAシリーズが日本酒業界に与えてきた影響は、個々の技術以上に、「日本酒にはまだ別の楽しみ方がある」と示してきたことにあるでしょう。例えばALPHA1は、低アルコールでも味わいを充実させることで、日本酒に馴染みのない人への入口を目指しました。一方、ALPHA5はその反対ともいえる方向から、燗酒という日本酒の伝統的な楽しみ方を現代的に捉え直しました。

特にALPHA5が興味深いのは、「風の森=冷やして飲む、生酒」というイメージを自ら広げたことです。温度によって味わいを変化させることを前提にした酒造りは、日本酒を「完成した液体」としてではなく、飲む環境によって変化する飲み物として捉えることにつながります。実際、酒販店からもALPHA5について、温度帯によって表情が変わる点に日本酒の可能性を感じるという評価が出ています。

では、今回の「刻の重なり」は従来のALPHA5と何が違うのでしょうか。2025年版の「燗SAKEの探求」では、仕込水の一部に10年以上熟成させた古酒と前年のALPHA5を使用し、菩提酛による酸とアミノ酸、古酒による奥行きを組み合わせていました。冷酒からぬる燗、熱燗まで、温度変化による味わいを楽しむことが大きなテーマでした。

2026年版では、その考え方がさらに一歩進みます。10年以上熟成した古酒と前年のALPHA5を重ねるだけではありません。菩提酛による奈良の酒造りの歴史まで重ねることで、「油長酒造の歴史」「ALPHA5の歴史」「奈良の酒造りの歴史」という三つの時間を一本の酒に組み込もうとしています。これは、熟成酒を単純に「古い酒」として扱うのとは少し違います。

古い酒を加えることで、酒の中に過去を残し、前年のALPHA5を加えることで、その酒自身の歴史を次年度へ引き継ぐ。そして来年、再来年と造り続ければ、さらに新しい時間が積み重なっていきます。

今回のALPHA5から見えてくる油長酒造の考え方は、非常に一貫しています。同社は「風の森」だけでなく、古典技法を探究する「水端」、里山と農業との共生を目指す「S風の森」など、異なる方向から日本酒を掘り下げています。そして、古い技法と現代の技術を重ねることによって、新しい日本酒を生み出そうとしています。

今年はALPHA9でも、江戸時代の醸造書に記された米焼酎添加の技法を現代の「風の森」に組み合わせています。つまり油長酒造にとって「新しい」とは、過去を捨てることではありません。過去に眠っている技術や時間を掘り起こし、現代の技術と掛け合わせることなのです。「刻の重なり」という名前は、その思想を象徴しているのではないでしょうか。

日本酒には、出来たてを楽しむ文化があります。一方で、熟成によって価値を増す酒もあります。「ALPHA5 刻の重なり 2026」は、その二つを対立させません。古酒の奥行きを持ちながら、風の森らしい瑞々しさも残し、さらに冷酒から燗酒まで温度による変化を楽しませます。そこには、酒を「完成品」として売るのではなく、過去から現在、そして未来へ続くものとして楽しんでもらう発想があります。

日本酒は、米と水と微生物によって造られます。しかし、そこに「時間」が加われば、酒そのものが歴史を記憶する媒体にもなります。油長酒造が見出している日本酒の可能性とは、味や香りを増やすことだけではないのかもしれません。過去を残し、現在を重ね、未来の酒へつないでいく——「ALPHA5 刻の重なり 2026」は、日本酒を「今飲むもの」から、時間そのものを味わうものへと広げようとする一本なのではないでしょうか。

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料理から逆算する日本酒

和歌山県の九重雜賀と味香り戦略研究所が、「マグロのすしに合う日本酒」2種類を共同開発し、10月8日に発表することが明らかになりました。「雜賀孫市 純米大吟醸 生酛造り」と「雜賀 純米 生酛造り」です。

今回の特徴は、単に「マグロと相性が良い酒」を経験則で探したことではありません。味香り戦略研究所が味覚データを用いてマグロのすしとの相性を分析し、さらに官能評価によって、どのような味わいなら相性が成立するのかを整理。その結果を九重雜賀が醸造技術によって酒に仕上げました。つまり、出発点が「こんな酒を造りたい」ではなく、「マグロのすしをもっとおいしくするには、どんな酒が必要なのか」なのです。これは日本酒の商品開発にとって、意外に大きな発想転換ではないでしょうか。

もちろん、「料理に合わせて日本酒を考える」という発想自体が新しいわけではありません。たとえば石川県の数馬酒造では、能登牛、イカ、牡蠣、ジビエなど、地域食材に特化した「竹葉の食材特化シリーズ」を展開してきました。「竹葉 とり純米」も鶏料理との相性を考え、肉の旨味や皮の脂を受け止めるために甘みと酸味を引き出して醸した商品です。
また、長野県では「ご当地グルメに合う信州の地酒品評会」が開催されています。2026年にも第3回が行われ、県内の日本酒と地域の食との組み合わせを評価する場となっています。
愛媛でも、県産米や水に加えて、県オリジナル品種「さくらひめ」から分離した酒造用花酵母を使い、食材や料理とのペアリングを重視した「えひめ香る地酒プロジェクト」が進められています。現在23蔵が参加する取り組みとなっています。
さらに、北信地域では酒の味を科学的に分析して可視化し、「この酒ならこの料理」というペアリング情報を販促コンテンツにする取り組みも行われています。

こうして見ると、料理と日本酒の関係は、すでに「相性の良い組み合わせを紹介する」段階から、「料理を意識して酒を設計する」段階へ少しずつ進んでいることが分かります。

今回の九重雜賀の取り組みが興味深いのは、そこに「地域」という視点も重なっていることです。

九重雜賀は1908年に赤酢の製造元として創業し、1934年から日本酒造りを始めました。赤酢と日本酒を同じ蔵で造るという特徴を持ち、「おすしに合う日本酒」を酒造りのテーマの一つとしてきました。今回はそこへ、和歌山のマグロやすし文化、そして味覚データという要素が加わりました。これは「和歌山で造った酒だから和歌山の料理に合う」という単純な話ではありません。地域の食文化を起点にして、その土地ならではの日本酒の価値を再設計するという考え方です。

日本酒はこれまで、米、水、酵母、杜氏、製法など、「酒そのもの」の個性を語ることが多くありました。しかしこれからは、「何を食べる場所で飲まれるのか」「どんな料理を引き立てるのか」まで含めて商品になるのかもしれません。

今回の開発では、日本酒とマグロのすしだけでなく、ワインとマグロのすしも比較されています。その結果、日本酒ではマグロのうま味を伸ばす方向、ワインではコクや厚み、余韻を楽しむ方向が見いだされ、その特徴を日本酒の中に表現し直しています。ここに、今後の日本酒の可能性があるように思います。

「辛口だから刺身」「甘口だからデザート」というような従来型の説明だけではなく、「この料理の、この味をどう変化させるのか」というところまで踏み込むことです。そうなれば、酒蔵は単に日本酒を製造する場所ではなく、地域の料理人、漁業者、農家、飲食店、さらにはデータや科学の専門家と一緒に「食体験」を設計する場所になっていきます。

日本酒の未来は、酒瓶の中だけにあるのではないのかもしれません。目の前にある一皿を、もう一口おいしくする。その一口のために酒を造る。今回の「マグロのすしに合う日本酒」は、そんな料理から逆算する酒造りが、これからの日本酒の商品開発における一つの方向になり得ることを示しているのではないでしょうか。

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「だし割り」は日本酒の新しい入口になるか ~ ちいかわが描いた一杯の意味

日本酒におでんなどのだしを合わせて飲む「だし割り」が、思わぬところから注目を集めています。玉乃光酒造が10月5日、『ちいかわ』に登場する「くりまんじゅう」をモチーフにした「ちいかわ 日本酒とお出汁のだし割りセット」の予約を開始しました。11月10日の発売予定で、純米吟醸酒、濃縮つゆ、専用カップ、レシピをセットにした商品です。このニュースで興味深いのは、「日本酒」そのものではなく、日本酒を飲む場面と飲み方が商品になっていることです。

くりまんじゅうが見せる「だし割り」の時間

『ちいかわ』のくりまんじゅうは、作品の中でも特に酒好きとして描かれているキャラクターです。日本酒を手にして一息つく姿や、おでんとともに酒を楽しむ姿が印象的で、その流れの中で登場するのが「だし割り」です。2020年11月4日に公開された原作でも、おでんのだしと日本酒を合わせる場面が確認できます。

ここで重要なのは、だし割りが「特別な日に飲む高級日本酒」として描かれていないことです。おでんを食べる。酒を飲む。温かいだしを味わう。そして「ハーッ」と一息つく——そこにあるのは、仕事や日常の疲れから少し離れて、自分の時間を楽しむ姿です。しかも、くりまんじゅうという愛嬌のあるキャラクターがそれを行うことで、従来の日本酒に付きまといがちだった「大人」「難しい」「通好み」といったイメージが薄れ、温かい、気軽、ちょっと真似してみたい飲み方として受け止められています。

今回の商品も、そのイメージをそのまま家庭に持ち込もうとしています。専用カップにはお湯とだしの目盛りがあり、順番に注んで最後に日本酒を加えるだけです。つまり「だし割りを知っている人向け」ではなく、「くりまんじゅうと同じものを飲んでみたい人」が自然に入っていける設計になっています。

「だし割り」はどこから来たのか

では、そもそもだし割りはどのような飲み方なのでしょうか。現在知られている形のルーツとしてよく挙げられるのが、東京・赤羽のおでん店「丸健水産」です。おでんとカップ酒を注文し、日本酒を少し残したところにおでんのだしを注いでもらい、七味を加えて飲むスタイルです。温かいおでんのだしと日本酒を組み合わせることで、体も温まり、酒の味わいもまた違った表情を見せます。

だし割りの面白さは、単なる「薄める」という発想ではありません。日本酒が持つ甘味、酸味、苦味、旨味に、だしの塩味や旨味が加わることで、味わいに厚みが生まれます。カツオだしならイノシン酸、昆布ならグルタミン酸など、異なる旨味成分が重なることも、魅力の一つです。つまり、だし割りは日本酒を別の飲み物に変えてしまうのではなく、日本酒と料理の間に新しい接点をつくる飲み方なのです。

「日本酒を飲む」から「日本酒でくつろぐ」へ

これからのだし割りを考えると、単なる一時的なブームで終わらない可能性があります。これまで日本酒の商品は、米、精米歩合、酵母、産地など「酒そのもの」を語ることが多くありました。一方、だし割りには「何を食べながら、どんな時間に飲むのか」という物語があります。冬のおでん、鍋料理、焼き鳥、家庭の夕食。そして仕事を終えた夜に、温かい一杯をゆっくり飲む。こうした場面まで含めて商品を提案できるのです。

今回の玉乃光酒造と『ちいかわ』の組み合わせは、その可能性をよく示しています。日本酒を難しい知識から解放し、「あのキャラクターが飲んでいたから、自分も試してみよう」という入口を作ったからです。

今後は、だしの種類に合わせた日本酒の提案や、地域の郷土料理との組み合わせ、居酒屋での「ご当地だし割り」などにも広がるかもしれません。

日本酒の未来は、必ずしも「日本酒そのものをもっと知ってもらう」ことだけではありません。日本酒があると、いつもの食事や夜の時間が少し豊かになる――そんな体験を伝えることも、日本酒の裾野を広げる一つの方法です。

「ハーッ」と一息つく、あの一杯。

『ちいかわ』が見せた「だし割り」は、実は日本酒がこれから目指すべき飲み方の一つを、かなり分かりやすく示しているのかもしれません。

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Kura Master最高賞に「七賢 星ノ輝 スパークリング」

フランス・パリで開催される日本酒コンクール「Kura Master 2026」で、山梨銘醸の「七賢 スパークリング 星ノ輝」が、日本酒部門の最高賞となる「プレジデント賞」を受賞しました。9月30日に在フランス日本国大使公邸で発表されたもので、今年で10回目となるKura Masterの歴史の中で、スパークリング日本酒がプレジデント賞に選ばれたのは初めてです。

Kura Masterが始まったのは2017年。特徴的なのは、日本で開催される日本酒の品評会をフランスに持ち込んだものではなく、フランスの地で、フランス人を中心としたヨーロッパの飲食業界関係者が日本酒を評価するという点にあります。

第1回は32人のソムリエ、飲食・ホテル関係者、料理学校関係者、醸造関係者らが審査員となり、550銘柄が出品されました。2026年には約125人の専門家が審査し、日本酒だけでも9部門、決勝進出55銘柄という規模にまで成長しています。しかもKura Masterが重視してきたのは、単純な「酒としての完成度」だけではありません。フランスの食文化を背景に、料理との相性、つまりマリアージュを重要な評価軸としてきました。審査員にはMOF(フランス国家最優秀職人章)を持つソムリエや、一流ホテル、レストランの専門家も名を連ねています。ここに、この賞が日本酒にもたらした大きな意味があります。

日本国内では日本酒を「吟醸香」「旨味」「キレ」など、日本酒固有の言葉で語ることができます。しかしフランスで評価してもらうためには、ワインや料理と同じテーブルの上で、日本酒がどのような価値を持つのかを説明しなければなりません。Kura Masterは、その橋渡しを10年間続けてきたといえるでしょう。

今回の「七賢 スパークリング 星ノ輝」の受賞が象徴的なのは、まさにこの変化です。2026年の日本酒部門では、純米大吟醸、純米酒、大吟醸、クラシック酛、古酒、熟成酒などに加えて「サケ スパークリング」が独立した部門として設けられています。そしてプレジデント賞に選ばれた「星ノ輝」は、そのスパークリング部門の審査員賞を経て最高賞に到達しました。

さらに興味深いのは、今年の受賞酒全体です。審査員賞には、8年熟成の貴醸酒、山廃仕込純米酒、無濾過原酒、大吟醸、純米酒などが並びました。決勝進出酒にも江戸元禄期の酒を復刻した「超特撰白雪江戸元禄の酒」や熟成古酒などが含まれています。つまり、フランスで評価されている日本酒は、単純に「華やかで飲みやすい吟醸酒」だけではありません。伝統的な造り、熟成、濃厚な味わい、そして新しいスパークリングまで、日本酒の多様性そのものが評価され始めているのです。

「星ノ輝」の受賞について、審査委員長のグザビエ・チュイザ氏は、親しみやすさと複雑さ、高い技術性を併せ持ちながら、気負わず楽しめる点を評価しています。そして、こうした酒がフランスの人々を日本酒へ引きつけるとの趣旨を述べています。これは、今後のフランスにおける日本酒の方向性を考えるうえで重要です。

日本酒を「日本の伝統文化だから飲んでもらう」のではなく、フランス料理と合わせたときに何が起こるのかを伝える。そのためには、吟醸酒だけでなく、酸味のある酒、熟成酒、貴醸酒、スパークリングなど、料理によって使い分けられる多様な酒が必要になります。実際、2026年にはスパークリング日本酒を対象に、三つ星シェフ、ヤニック・アレノ氏監修の料理とのペアリングを評価する「アリアンス ガストロノミー賞」も実施されています。

Kura Masterの10年間は、日本酒をフランス人に「知ってもらう」段階から、フランスの食文化の中で「どう使うか」を考える段階への変化だったのではないでしょうか。今回の「星ノ輝」は、その変化を象徴する一本です。

これからフランスで求められる日本酒は、単に日本らしい酒ではなく、フランス料理や現地の食材と新しい関係をつくれる酒になっていくでしょう。伝統を守りながら、ワインとは異なる方法で料理を引き立てる。その可能性を、日本酒自身がどこまで提示できるか。Kura Masterの次の10年は、日本酒を「評価する場所」から、日本酒とフランスの食文化が新しい組み合わせを生み出す「実験の場」へと、さらに進んでいくのかもしれません。

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AIは日本酒をどう変えるのか

日本酒造りといえば、杜氏や蔵人が長年培ってきた経験と勘によって、米や水、微生物の状態を見極めながら酒を造る世界というイメージがあります。ところが今、その酒造りに「生成AI」を組み込もうという動きが始まっています。

10月3日、津南醸造は、9月に開催された第78回日本生物工学会大会で、「生成AIを活用した食用米ブランド日本酒の開発」について講演したことを発表しました。講演では、同社が2023年12月から運用している「スマート醸造」と、魚沼産コシヒカリ100%の純米大吟醸の開発について紹介されています。

津南醸造が挑戦しているのは、酒造好適米ではなく、食用米である魚沼産コシヒカリを使った日本酒です。食べておいしい米と、酒造りに適した米は必ずしも同じではありません。そこで同社は、2021年から魚沼産コシヒカリによる酒造りに取り組み、生成AIを活用した「スマート醸造」へと発展させました。

AIには、同社が蓄積してきた醸造ノウハウだけでなく、研究論文や公開情報、パートナー企業の調査データなどを参照させています。そして、醪のデータを比較しながら、発酵カーブや低温での温度経過を提案したり、味わいを数値化・可視化したりすることで、酒造りを支援しています。興味深いのは、AIが「酒を造る」のではなく、あくまで杜氏と協働している点です。

日本酒造りには、数値だけでは表現しにくい部分があります。米の状態、香り、泡の様子、醪の変化など、現場で人間が感じ取ってきた情報は非常に多くあります。一方で、経験豊富な人が持っている知識は、その人がいなければ再現できないという問題もあります。ここにAIの可能性があります。

過去のデータを蓄積し、似た条件でどのような変化が起きたのかを比較できれば、「昔の経験」を未来の酒造りに利用できます。AIは杜氏の代わりになるというより、これまで個人の頭の中にあった経験を、蔵全体で共有するための道具になり得るのです。実際、津南醸造がAIとともに開発した魚沼産コシヒカリ100%の純米大吟醸「郷(GO)GRANDCLASS 魚沼コシヒカリEdition」は、KURA MASTER 2024金賞、ミラノ酒チャレンジ2025プラチナ賞を受賞しています。

もちろん、これだけで「AIが酒造りに成功した」と単純化することはできません。しかし、少なくともAIが日本酒の品質設計を支援する可能性を示す事例にはなっています。

今回の取り組みでさらに興味深いのは、その先にある構想です。津南醸造は、生成AIを活用した次世代の酒造りとして、月面での酒造りを見据えた試作酒や、ユーグレナを利用した「グリーン日本酒」、日本酒由来のナノ粒子「SAKESOME」、酒粕から新たな素材を生み出す研究などにも取り組んでいます。

ここまで来ると、AIは単なる「酒造りの便利な道具」ではありません。日本酒を造るための技術だけではなく、発酵そのものを理解し、新しい原料や環境、新しい価値を探すための技術になっていきます。

日本酒は、米と水と微生物によって生まれる飲み物です。そして、その微妙な変化を人間が長い時間をかけて読み取ってきた歴史があります。そこへAIが加われば、これまで人間が見つけられなかった発酵の可能性が見えてくるかもしれません。

ただし、最終的に日本酒を飲むのは人間です。データ上の数値が優れている酒と、人がおいしいと感じる酒が必ず一致するとは限りません。だからこそ、これからの日本酒造りで重要になるのは「AIか人間か」という二者択一ではないでしょう。人間が味や香りを感じ、AIが膨大なデータを読み解く。そして、人間がその提案をもとに再び酒を造る——そんな関係が築かれれば、AIは伝統を壊す存在ではなく、伝統を次の世代へ渡すための新しい道具になる可能性があります。

日本酒の未来は、もしかすると「杜氏の勘」か「AIの計算」かではなく、その二つをどう組み合わせるかによって決まるのかもしれません。

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月桂冠「Gekkeikan Studio no.8」が示す新しい祝いのかたち

月桂冠が10月2日、実験的プロジェクト「Gekkeikan Studio」の第8弾となる「Gekkeikan Studio no.8」を発表しました。10月5日から数量限定で発売されます。今回の商品で興味深いのは、「新しい日本酒を造った」というだけではありません。発想の出発点にあるのが、日本の伝統的な祝い酒である「お屠蘇」だからです。

お屠蘇は正月に一年の無病息災を願って飲むものですが、「no.8」では、その文化的な意味を残しながら、生薬の代わりに陳皮、山椒、シナモン、ジンジャー、クローブといったスパイスを使用しています。さらに、単純にスパイスを酒に漬け込んだわけではありません。陳皮と山椒はもろみと一緒に発酵させ、酵母によって香り成分が変化する「バイオトランスフォーメーション」に着目。一方、シナモンやジンジャー、クローブは搾る直前に加え、それぞれ本来の香りを生かしています。

つまり、伝統をそのまま再現するのではなく、「祝い酒とは何か」という部分を残して、味わいと飲み方を現代に合わせて再構築した酒なのです。

祝い酒というと、正月、結婚、成人、長寿など、人生の節目を思い浮かべます。しかし現在では、「おめでとう」の意味はもっと細分化されています。誕生日、昇進、合格、開店、記念日、あるいは仕事が一段落した日。さらには「今日はよいことがあった」というだけでも、人は乾杯します。「no.8」が提案するのは、まさにそこです。月桂冠は正月だけでなく、誕生日や記念日など、日常の中で良いことがあったときにも楽しめる一杯として提案しています。これは、日本酒にとって大きな可能性があります。

日本酒には「特別な日に飲む」というイメージがある一方で、その特別さが飲用機会を限定してしまう面もあります。そこで「祝い」の定義そのものを広げれば、日本酒を飲む理由も増やせます。

「Gekkeikan Studio」は2021年に始まり、試作段階の商品を消費者に届け、その反応を次の商品開発につなげる仕組みとして展開されてきました。これまでにも果実感やスパイス感など、従来の日本酒の枠にとらわれない商品を生み出しています。今回の「no.8」を見ていると、これからの祝い酒は、単に「おいしい酒」だけを目指すのではなく、飲む理由そのものをデザインする酒になっていく可能性があります。

例えば、春には「新しい門出を祝う酒」、夏には「出会いを祝う酒」、秋には「実りを祝う酒」、冬には「一年を締めくくる酒」。あるいは「ありがとうを伝える酒」「再会を祝う酒」「挑戦の成功を祝う酒」といった具合です。重要なのは、酒の中身だけを変えることではありません。その酒に「なぜ今日、この酒を飲むのか」という物語を持たせることです。

「no.8」は冷酒だけでなく、常温やぬる燗、さらにオレンジジュース割りや炭酸水割りも提案しています。 祝い方が多様になるなら、飲み方も一つである必要はありません。

日本酒は、長い歴史を持つからこそ「伝統を守るもの」と考えられがちです。しかし、お屠蘇という伝統そのものを現代の感覚で再構築した「no.8」が示すように、伝統とは昔の形を保存することだけではないでしょう。昔から続いてきた「祝う」という文化を、今の生活の中でどう楽しむか——そこに新しい祝い酒の可能性があります。

日本酒の未来は、特別な日に酒を用意することだけではなく、何気ない一日にも「今日は祝っていい」と思わせてくれる酒を増やすことにあるのかもしれません。

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日本酒と珈琲は出会えるのか ~「SAKE珈琲」が示す新しい日本酒の楽しみ方

10月1日の「日本酒の日」と「コーヒーの日」に合わせ、群馬県高崎市の大和屋珈琲と中之条町の酒蔵・貴娘酒造が、新商品「SAKE珈琲 貴娘」を数量限定で発売しました。

この商品は、日本酒をそのままコーヒーに加えたものではありません。コーヒーの生豆を群馬の地酒にじっくり浸漬し、その後に焙煎する独自製法によって、日本酒の香味をコーヒーにまとわせています。アルコールを飲むのではなく、日本酒の持つ香りをコーヒーという別の嗜好品で楽しむ商品です。大和屋珈琲と群馬の酒蔵による地域共創コラボレーションの第3弾でもあります。

ところで、日本酒とコーヒーの組み合わせには、これまでもいくつかの先例があります。大和屋珈琲自身、2023年に浅間酒造の「秘幻」などを使った「SAKE珈琲」を発売。2024年には牧野酒造の「大盃」を使った第2弾を発売しており、今回の商品はその流れを受けたものです。2024年の商品では、「大盃特別純米酒」にエチオピアとケニアのコーヒーを組み合わせ、日本酒の香りとコーヒーのコクの調和を狙っています。

また、2023年には神奈川県のMuu COFFEEが泉橋酒造と共同で、日本酒に生豆を漬けて焙煎する「酒珈琲」を商品化しました。Muu COFFEEはそれ以前からウイスキー、ワイン、ラムなどを使った「酒珈琲」を展開しており、日本酒もそのラインアップに加わった形です。

さらに2022年には、朝日酒造の「久保田」と丸山珈琲が、日本酒とコーヒーを組み合わせたカクテルを伊勢丹新宿店で期間限定提供しました。「久保田 萬寿」とコーヒーを合わせたアイリッシュコーヒー風や、「久保田 純米大吟醸」とエチオピア産コーヒーを組み合わせた一杯です。実際の試飲記事では、組み合わせによって苦味が強くなり、それぞれの良さを打ち消すこともあったため、試行錯誤を重ねたと紹介されています。一方、完成したカクテルについては、日本酒とコーヒーそれぞれの香りや甘味を楽しめる新しい味わいとして紹介されました。

こうした商品について注意したいのは、話題になったことと、市場に定着したことは同じではないという点です。一方で、日本政策金融公庫の2024年の事例紹介では、酒珈琲について「すぐに人気商品になった」とされ、リピーターや手土産需要が生まれ、日本酒を使った商品では酒蔵との共同開発をきっかけに国内外から注文が入るようになった事例も紹介されています。

大和屋珈琲についても、2023年の第1弾から2024年の第2弾、そして2026年の第3弾へと商品が続いています。少なくとも一過性の話題だけで終わらず、異業種コラボとして継続していることは注目できます。

日本酒とコーヒーは、一見すると正反対の飲み物です。しかし、どちらも味覚だけではなく、香りを楽しむ嗜好品という共通点があります。日本酒には吟醸香、果実のような香り、熟成による香りなどがあります。一方、コーヒーにも果実、花、チョコレート、ナッツなどを思わせる複雑な香りがあります。だからこそ、両者を「混ぜる」のではなく、香りの一部を移すという発想が成立します。

これは日本酒にとって意外に重要な方向性ではないでしょうか。日本酒を飲まない人に「日本酒を飲んでください」と勧めるのではなく、日本酒が持っている香り、地域性、物語を、コーヒーや菓子、料理など別の商品を通して体験してもらう。そう考えれば、日本酒の市場は「日本酒を飲む人」だけに限定されません。

今回の「SAKE珈琲 貴娘」は、日本酒をコーヒーに変えた商品ではありません。むしろ、日本酒の魅力の一部を別の形で届ける商品です。日本酒の未来は、日本酒そのものを増やすことだけではなく、日本酒の香りや文化を、どれだけ別の世界へ持ち出せるかにもあるのかもしれません。珈琲との出会いは、その可能性を考える小さな実験の一つと言えそうです。

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「日本酒の日」に考えたいこと

10月1日は「日本酒の日」です。1978年、日本酒造組合中央会が10月1日を「日本酒の日」と定めました。10月は新米の収穫が始まり、酒蔵で酒造りが始まる季節です。また、十二支の「酉」はもともと酒を入れる壺を表す文字で、酒を意味していました。かつて酒造年度が10月から始まっていたことも、この日に特別な意味を与えています。しかし、現代の私たちにとって、日本酒の日とは単に「日本酒を飲む日」なのでしょうか。

日本酒について語るとき、私たちはつい酒蔵を中心に考えます。米をつくる人がいて、水を守る人がいて、酒を造る人がいる。そこに杜氏や蔵人の技術が加わり、一升の日本酒が生まれます。

けれども、その酒は酒蔵だけでは完結しません。酒販店が選び、飲食店が料理と組み合わせ、料理人が新しい楽しみ方を生み、そして最後に消費者がグラスを傾ける。その瞬間に初めて、日本酒は「商品」から「文化」へ変わります。だからこそ、日本酒の日は、酒蔵だけの日ではないのだと思います。

今年も9月26日から10月4日まで、「日本酒で乾杯!WEEK」が開催されています。全国の酒造組合、酒蔵、飲食店、酒販店などが参加し、日本酒を楽しむさまざまな企画が行われています。さらに今年は、東京・大手町で「若手の夜明け2026」の日本酒の日スペシャルイベントが開催されます。全国から50の若手醸造家が集まり、10月1日の19時には約2,000人で一斉乾杯する予定です。

こうしたイベントを見ていると、「日本酒の日」の本当の意味は、特別な一本を飲むことではなく、同じ日に、誰かと日本酒を飲む理由をつくることなのかもしれません。

日本酒は一人でも飲めます。しかし、乾杯には相手がいます。そこには「あなたと一緒に、この時間を過ごしたい」という、酒そのものとは別の価値があります。

最近の日本酒業界を見ていると、酒蔵の取り組みは大きく変わっています。地域の料理に合わせた酒、魚や肉とのペアリングを考えた酒、海外の食文化を意識した酒、都市部で造られる酒、異業種と組んで生まれる酒——これらは、日本酒が「自分たちの造りたい酒を造って、飲んでもらう」という一方向の産業から、「飲む人の体験から酒を考える」産業へ変化している姿ともいえます。

そう考えると、日本酒の未来をつくるのは酒蔵だけではありません。「この料理にはこの酒が合う」と考える料理人。「こんな酒を飲んでみたい」と声を上げる消費者。まだ知られていない一本を紹介する酒販店。そして、SNSやイベントを通じて日本酒の魅力を誰かに伝える一人ひとり——そのすべてが、日本酒の未来をつくっています。

日本酒の日だからといって、難しいことをする必要はありません。普段飲まない銘柄を一本選んでみる。いつもの料理に違う日本酒を合わせてみる。近くの酒蔵について調べてみる。あるいは、誰かと「乾杯」する——それで十分ではないでしょうか。

10月1日という日は、日本酒の歴史を振り返る日であると同時に、これから日本酒を誰が、どのように飲み、どんな文化として残していくのかを考える日でもあります。

今年の日本酒の日。グラスを掲げたその瞬間に、少しだけ考えてみたいと思います——この一杯の日本酒が、どのような形で未来を潤していくのかと。

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