日本酒の価格とは、いったい何なのでしょうか。原料となる米の価格、製造にかかる人件費や設備費、瓶やラベル、流通コスト。一般的には、そうした「酒をつくり、届けるために必要な費用」に利益を加えたものが商品の価格になります。しかし、最近の日本酒を見ていると、価格にはそれだけでは説明できないものが含まれているように感じます。
そのことを強烈に印象づけたのが、「獺祭MOON」です。
株式会社獺祭は、国際宇宙ステーション(ISS)で発酵させたもろみから造った、世界で一本だけの「獺祭MOON―宇宙醸造―」を1億1000万円で販売しました。当初、この売上は宇宙開発に関わる活動や研究への支援に充てる予定でした。しかし今回、ネパールの洪水、そして富山、石川、福井、千葉で発生した豪雨災害を受け、購入者とも相談したうえで、その大部分を被災地支援に振り向けることを決定しました。寄付額は総額1億円です。
ここで考えたいのは、「100mlの日本酒が1億1000万円」という価格を、高いか安いかという尺度だけで判断してよいのか、ということです。もちろん、一般的な日本酒と比較すれば、とてつもなく高価です。しかし、この酒の価格には、米や水、醸造技術だけでなく、「人類が初めて宇宙で酒を醸した」という物語、そこへ至る研究開発、そして購入することによって宇宙開発を支援するという意味まで含まれていました。つまり価格が、単なる「商品の値段」ではなく、「その商品を通して何を実現するのか」という意思の表現になっているのです。これは、日本酒の価格について考えるうえで非常に重要な示唆を与えています。
日本酒は長い間、「一升いくら」という尺度で語られてきました。しかし現在は、希少性、技術、産地、物語、ブランド、体験、さらには社会的な意義までが価格を形成する時代になっています。例えば、同じ720mlの日本酒でも、日常の晩酌を目的とした酒と、特別な土地で特別な造りをした酒では、消費者が感じる価値が違います。さらに、その購入が地域の農業を支えたり、酒蔵の未来への投資になったり、今回のように被災地支援につながったりするのであれば、価格は「支払う金額」から「参加するための金額」へと変わっていきます。実際、獺祭は今年3月にも価格改定を行い、「獺祭 挑む」720mlを33万円から36万3000円にするなど、高価格帯の商品を含めて価格を見直しています。
もちろん、価格を高くすれば価値が生まれるわけではありません。むしろ高い価格を設定するのであれば、「なぜ、その価格なのか」を説明できなければならないでしょう。そして、そこに日本酒の未来における「価格決定」の可能性があります。
これまで価格は、どちらかといえば「コスト+利益」という発想で決められてきました。しかしこれからは、「この酒を買うことで、何が生まれるのか」というところまで含めて価格を考えることができるのではないでしょうか。例えば、一本につき一定額を酒米農家の支援に充てる。地域の文化財を守る資金を価格に組み込む。若い造り手の育成に使う。海外で日本酒文化を広げる活動に還元する。あるいは、今回のように災害が起きたとき、その売上を社会へ戻す。そう考えると、日本酒の価格は「酒の価値」を示すだけのものではありません。その酒を通して、どんな未来をつくりたいのか——価格には、そんな意思を込めることができるのです。
「獺祭MOON」が示したのは、1億1000万円という驚くべき数字だけではありません。その価格によって生まれた資金が、宇宙開発から被災地支援へと向きを変え、1億円という社会的な価値に変換されたことこそ重要なのではないでしょうか。
日本酒は、飲めばなくなります。しかし、その一杯に込められた価値は、飲み終わった後にも残すことができます。これからの日本酒に必要なのは、単に「高く売る」ことではなく、「その価格で買うことに、どんな意味があるのか」を提示することなのかもしれません。
価格とは、商品の価値を数字にしたものです。しかし同時に、それは未来への投票でもあります。どんな酒を選ぶのか。そして、その酒にいくら支払うのか——その選択によって、日本酒の未来そのものを消費者と酒蔵が一緒につくっていく。そんな新しい価格のあり方が、これからの日本酒には潜んでいるのではないでしょうか。

