「食米大吟醸」は日本酒の常識を変えるのか ~ 酒米と食用米その境界線

日本酒造りでは、「酒米を使う」ということが長く一つの常識になってきました。特に吟醸酒や大吟醸酒では、山田錦をはじめとする酒造好適米が重視されます。農林水産省も、酒造り専用の品種である酒造好適米を「酒米」として紹介しており、山田錦、五百万石、美山錦などが代表的な品種です。

その常識に対して、少し興味深い動きが出てきました。弥栄酒造が、食用米「にこまる」を使った純米大吟醸「弥栄の酒 寿」を、9月2日から販売します。もともとは非売品として発表されていた酒で、食用米を40%まで精米して仕込んだものです。今回、いよいよ市場に出ることになりました。

面白いのは、単に「食用米でも日本酒が造れます」という話ではないことです。弥栄酒造は今冬、酒米の山田錦と食用米のにこまるを、ともに精米歩合35%まで磨き、「異なる米から、どこまで同じ酒質を造れるか」という新たな挑戦を予定しています。つまり食用米を酒米の代用品として使うのではなく、米の違いそのものを比較する酒造りへ進もうとしているのです。

実は、食用米を使った日本酒そのものは、今回が初めてではありません。たとえば新潟県の津南醸造では、魚沼産コシヒカリを100%使った純米大吟醸を展開しています。2024年には「郷(GO)GRANDCLASS 魚沼コシヒカリEdition」を発売し、現在は「GO TERRACE」などにも展開しています。食用米を酒米の代替品としてではなく、「食べる米だからこその価値」を持つ原料として位置付けている点が特徴です。

また、長野県でも食用米「風さやか」を使った日本酒造りが紹介されています。食用米には酒米に特徴的な心白がないなど、醸造上の違いがあります。そのため、食用米を使うことは単純に酒米を置き換えることではありません。では、なぜ今こうした酒が増えているのでしょうか。

一つには、酒米を取り巻く環境があります。日本酒の需要や生産の変化、米をめぐる環境の変化を考えれば、酒造りに使える米を酒米だけに限定することには、一定のリスクがあります。食用米を使えるようになれば、酒蔵にとって原料調達の選択肢が増えます。農家にとっても、酒造り専用の米だけではなく、普段から食べられている米を酒蔵と結び付ける可能性が生まれます。

ただし、「食米大吟醸」が酒米に取って代わるとは考えられません。むしろ重要なのは、日本酒の原料米を選ぶ基準が一つではなくなることだと思います。これまでは「山田錦だから高級」「酒造好適米だから良い酒」という説明が比較的分かりやすいものでした。しかし、食用米で大吟醸を造る動きが広がれば、「どの米を使ったか」「その米をどのように生かしたか」「食用米だからどんな味になったのか」という別の評価軸が生まれます。

そして今回の「にこまる」と山田錦の比較は、まさにそこへ踏み込もうとしています。同じ蔵、同じ造り手、同じような精米条件で米だけを変えれば、原料米の違いが酒質にどう表れるのかを、消費者自身が飲み比べられるからです。これは「酒米か、食用米か」という二者択一ではありません。酒米という伝統を残しながら、食用米という新しい選択肢も加える。さらに、それぞれの米の個性を酒の価値として伝えていく。その先には、日本酒を「酒米で造るもの」から、「米の個性を酒として表現するもの」へ広げていく可能性があります。

「食米大吟醸」は、まだ大きな潮流と呼ぶには早いでしょう。しかし、いくつもの酒蔵が異なるアプローチで食用米に挑戦し始めている現在、それは単なる変わり種ではなく、日本酒が次の時代に向かう一つの小さな実験になっているのではないでしょうか。

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米の違いを消費者に届ける ~ 弥栄酒造の挑戦が投げかける新しい価値

愛知県の弥栄酒造が、「酒米」と食用米「にこまる」を同じ蔵、同じ杜氏、同じ製法、同じ精米歩合で醸した日本酒の飲み比べセット「弥栄の酒 寿」を発売しました。違うのは原料米だけという、極めてシンプルでありながら興味深い企画です。日本酒は「山田錦」「雄町」「五百万石」といった酒米の品種に注目が集まりがちですが、その価値を改めて見つめ直そうという意欲的な試みとして注目されています。

一般に酒米は、粒が大きく心白があり、日本酒造りに適した特性を持っています。そのため、多くの酒蔵は酒米を使用することを前提として酒造りを行っています。しかし弥栄酒造は、あえて食用米「にこまる」を40%まで磨いて純米大吟醸として醸し、酒米との違いを飲み手自身が体験できる商品を開発しました。単に珍しい商品を作ったというだけではなく、「本当に味の違いはどこから生まれるのか」という、日本酒の本質的な問いを投げかけているのです。

このような商品が日本酒業界にもたらすものは決して小さくありません。これまで日本酒は、専門用語が多く、初心者には少し難しい世界だと言われてきました。精米歩合、酵母、日本酒度、酸度など、多くの知識が求められるため、敷居の高さを感じる人も少なくありませんでした。しかし「原料米だけを変えた飲み比べ」という企画であれば、専門知識がなくても違いを体験できます。「飲んで学ぶ」という楽しみ方を提供できることは、日本酒ファンの裾野を広げる大きな可能性を秘めています。

さらに、この企画は酒米そのものの価値を再認識する機会にもなります。もし飲み比べによって酒米ならではの個性が実感できれば、生産者が長年育種を続けてきた酒造好適米の価値を、消費者がより深く理解できるでしょう。一方で、食用米にも十分な魅力があると感じる人が増えれば、新たな酒造りの可能性が広がります。どちらの結果になったとしても、日本酒への理解は一段深まることになります。

また、現在の日本では米を巡る環境が大きく変化しています。食用米の消費量は長期的に減少傾向にあり、一方で酒米も生産者の高齢化や気候変動など多くの課題を抱えています。そのような中で、食用米を高品質な日本酒として活用する技術が確立されれば、地域農業や米作り全体に新たな選択肢を生み出す可能性もあります。弥栄酒造が「日本の田んぼを守っているのは酒米だけではなく、食卓を支える食用米でもある」という考えを打ち出した背景には、そのような農業全体への視点も感じられます。

近年の日本酒業界は、低アルコール酒、発泡性日本酒、熟成酒、海外市場向け商品など、新しい価値の提案が相次いでいます。しかし、その多くは「新しい味わい」を提供する取り組みでした。今回の弥栄酒造の企画は、「味そのもの」だけではなく、「日本酒をどう理解し、どう楽しむか」という体験価値を商品化した点に大きな特徴があります。

日本酒の魅力は、飲むだけではなく、その背景にある物語を知ることで何倍にも広がります。酒米と食用米を飲み比べるというシンプルな企画は、消費者の好奇心を刺激し、日本酒への関心を深める入口となるでしょう。これからの日本酒業界では、おいしい酒を造るだけでなく、「学びながら楽しめる酒」を提案できる蔵が、新しい時代のファンを獲得していくのかもしれません。弥栄酒造の挑戦は、その未来を示す一つのモデルケースとして、大いに注目されそうです。

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