日本酒はアートになれるのか

山梨県北杜市白州町の山梨銘醸が展開する日本酒ブランド「七賢」から、熟成酒シリーズ「EXPRESSION」の最新作「SHICHIKEN EXPRESSION 2013&2018」が、2026年11月3日に発売されました。数量は2,000本限定、価格は720mlで22,000円(税込)です。

今回の商品は、19世紀フランスの画家ジャン=フランソワ・ミレーの作品《夕暮れに羊を連れ帰る羊飼い》をラベルに採用しています。山梨県立美術館の所蔵作品を使用したミレーとのコラボレーション三部作の最終章に当たります。

第1作は2022年発売の「EXPRESSION 2006」で《種をまく人》、第2作は2025年発売の「EXPRESSION 2012」で《落ち穂拾い、夏》を採用しました。今回の作品では、夕暮れの平原で羊の群れを導く羊飼いの姿が描かれています。自然と向き合い、その営みを守る人間の姿は、自然の恵みを受けて酒を醸す酒蔵の姿とも重なります。

今回の酒そのものにも、アートとの結びつきを意識した工夫があります。2013年と2018年に醸造された二つの純米大吟醸古酒を組み合わせ、三段仕込みの留仕込みにおいて、その一部を仕込み水の代わりに使用しています。異なる年月を経た酒を調和させることで、熟成による複雑さと若々しい生命感を共存させています。白い花やシャインマスカット、熟した洋ナシを思わせる香りに、きめ細かな泡と豊かな旨味、伸びやかな酸が重なるスパークリング日本酒です。

ここで興味深いのは、単に有名な絵画をラベルに採用した商品ではないという点です。山梨県立美術館との協力によって実現した企画であり、作品の選定からパッケージデザインまで、それぞれの専門性が持ち寄られています。アートディレクションは葛西薫氏が担当し、ミレーの作品が持つ普遍的な価値と、七賢が受け継いできた酒造りの精神を一つのボトルに表現しています。

日本酒とアートの接点は、これまでもラベルデザインや著名作家とのコラボレーションなどに見られました。キース・ヘリングの作品を採用した七賢のEXPRESSIONシリーズも、その一例です。しかし、こうした取り組みの本質は、見た目の華やかさや話題性だけではありません。日本酒を味覚だけで評価するのではなく、作品の背景や地域の文化、造り手の思想まで含めて楽しむ機会を生み出すことにあります。

これは、日本酒の販売方法にも新しい可能性をもたらします。従来、日本酒の価値は米、水、酵母、精米歩合、醸造技術などによって説明されることが多くありました。しかし、それだけでは日本酒に馴染みのない人に、その魅力を十分に伝えられない場合もあります。絵画や音楽、建築など、別の文化を入り口にすることで、これまで日本酒に関心を持たなかった人にも接点が生まれます。さらに、海外の美術愛好家や高級レストランの利用者に向けても、日本酒を紹介する新たな言葉を持つことになります。

もちろん、アートとのコラボレーションだけで酒の価値が高まるわけではありません。中身の品質が伴わなければ、一時的な話題で終わってしまいます。七賢の場合、白州の水を生かした酒造りと長期熟成の技術があり、そこにミレーの作品が重なることで、商品としての説得力が生まれています。

これからの日本酒は、伝統的な酒造りを守るだけでなく、異なる文化と出会うことで、その魅力を再発見していくことも重要になるでしょう。日本酒は飲むためのものですが、同時に眺め、語り、背景にある物語を楽しむこともできます。七賢の今回の取り組みは、日本酒が文化を表現する媒体にもなり得ることを示しています。

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