「風の森 ALPHA5」は日本酒に時間を重ね始めた

油長酒造の「風の森 ALPHA5 刻の重なり 2026」が10月8日に出荷されました。奈良県産秋津穂を100%使用し、精米歩合80%、アルコール分14度、無濾過無加水生酒という設計です。今回のALPHA5は、従来の「燗SAKEの探求」から「刻(とき)の重なり」へとコンセプトを進化させています。

そもそも「ALPHA」は、従来の「風の森」の枠を超え、独創的な技術によって日本酒の可能性を追求するシリーズです。低アルコールを追求したALPHA1、独自の「氷結採り」を用いるALPHA4、6号酵母と白麹に挑戦するALPHA6など、それぞれが異なるテーマを持っています。つまりALPHAは、単なる高級ラインではありません。「日本酒は、まだこれだけ変えられる」という実験の場なのです。

その意味でALPHAシリーズが日本酒業界に与えてきた影響は、個々の技術以上に、「日本酒にはまだ別の楽しみ方がある」と示してきたことにあるでしょう。例えばALPHA1は、低アルコールでも味わいを充実させることで、日本酒に馴染みのない人への入口を目指しました。一方、ALPHA5はその反対ともいえる方向から、燗酒という日本酒の伝統的な楽しみ方を現代的に捉え直しました。

特にALPHA5が興味深いのは、「風の森=冷やして飲む、生酒」というイメージを自ら広げたことです。温度によって味わいを変化させることを前提にした酒造りは、日本酒を「完成した液体」としてではなく、飲む環境によって変化する飲み物として捉えることにつながります。実際、酒販店からもALPHA5について、温度帯によって表情が変わる点に日本酒の可能性を感じるという評価が出ています。

では、今回の「刻の重なり」は従来のALPHA5と何が違うのでしょうか。2025年版の「燗SAKEの探求」では、仕込水の一部に10年以上熟成させた古酒と前年のALPHA5を使用し、菩提酛による酸とアミノ酸、古酒による奥行きを組み合わせていました。冷酒からぬる燗、熱燗まで、温度変化による味わいを楽しむことが大きなテーマでした。

2026年版では、その考え方がさらに一歩進みます。10年以上熟成した古酒と前年のALPHA5を重ねるだけではありません。菩提酛による奈良の酒造りの歴史まで重ねることで、「油長酒造の歴史」「ALPHA5の歴史」「奈良の酒造りの歴史」という三つの時間を一本の酒に組み込もうとしています。これは、熟成酒を単純に「古い酒」として扱うのとは少し違います。

古い酒を加えることで、酒の中に過去を残し、前年のALPHA5を加えることで、その酒自身の歴史を次年度へ引き継ぐ。そして来年、再来年と造り続ければ、さらに新しい時間が積み重なっていきます。

今回のALPHA5から見えてくる油長酒造の考え方は、非常に一貫しています。同社は「風の森」だけでなく、古典技法を探究する「水端」、里山と農業との共生を目指す「S風の森」など、異なる方向から日本酒を掘り下げています。そして、古い技法と現代の技術を重ねることによって、新しい日本酒を生み出そうとしています。

今年はALPHA9でも、江戸時代の醸造書に記された米焼酎添加の技法を現代の「風の森」に組み合わせています。つまり油長酒造にとって「新しい」とは、過去を捨てることではありません。過去に眠っている技術や時間を掘り起こし、現代の技術と掛け合わせることなのです。「刻の重なり」という名前は、その思想を象徴しているのではないでしょうか。

日本酒には、出来たてを楽しむ文化があります。一方で、熟成によって価値を増す酒もあります。「ALPHA5 刻の重なり 2026」は、その二つを対立させません。古酒の奥行きを持ちながら、風の森らしい瑞々しさも残し、さらに冷酒から燗酒まで温度による変化を楽しませます。そこには、酒を「完成品」として売るのではなく、過去から現在、そして未来へ続くものとして楽しんでもらう発想があります。

日本酒は、米と水と微生物によって造られます。しかし、そこに「時間」が加われば、酒そのものが歴史を記憶する媒体にもなります。油長酒造が見出している日本酒の可能性とは、味や香りを増やすことだけではないのかもしれません。過去を残し、現在を重ね、未来の酒へつないでいく——「ALPHA5 刻の重なり 2026」は、日本酒を「今飲むもの」から、時間そのものを味わうものへと広げようとする一本なのではないでしょうか。

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