酒米ごとに一本の日本酒を造る ~ 狩場一酒造が描く農家と酒蔵の新しい関係

兵庫県丹波篠山市の狩場一酒造が10月27日、地元農家と連携し、酒米ごとに異なる日本酒を造る取り組みを発表しました。複数の酒米を組み合わせるのではなく、一つの酒米で一つの酒を仕込み、農家や田んぼごとの個性を味わってもらおうという試みです。

背景には、酒米を取り巻く厳しい環境があります。農家の高齢化や人手不足、気候変動などによって酒米の生産が難しくなり、手間がかかる一方で収穫量が少ない酒米から、食用米への転作も進んでいます。酒造りを将来にわたって続けるためには、酒蔵だけでなく、原料を生産する農家の持続可能性も考えなければなりません。

今回の取り組みでは、丹波篠山の3軒の農家と連携し、それぞれの栽培や酒造りへの思いを商品に反映させています。例えば、大内農場と育てた山田錦による純米吟醸酒「萌」は、苗の育成から酒造りまで地域の人々が関わり、袋吊りという手間のかかる方法で搾ります。また、かまい農場では兵庫県が開発した酒米「Hyogo Sake 85」を栽培し、特別栽培米を使った純米酒のにごり酒を商品化する予定です。

酒米の品種を表示するだけではなく、誰が、どのような環境で米を育て、どのように酒へと仕上げたのか。その過程そのものを、日本酒の価値として伝えようとしているのです。

この取り組みの重要な点は、農家との連携を単なる原料調達にとどめていないことです。一般に、酒米は酒造りを支える重要な原料ですが、消費者が日本酒を選ぶ際には、銘柄や価格、味わいが判断基準になりやすく、米を育てた農家まで意識する機会は多くありません。しかし、酒米ごとの違いを明確にした商品であれば、消費者は品種の特徴だけでなく、栽培方法や生産者の工夫にも関心を向けるようになります。

それは、農家にとって自らの仕事の価値を伝える機会となり、酒蔵にとっては他の商品との差別化につながります。地域の農業を守ることと、酒蔵の経営を持続させることを、別々の課題ではなく、一つの仕組みとして結び付ける発想です。

さらに、狩場一酒造は、酒米づくりから完成までを体験する参加型のプロジェクトにも取り組んでいます。農業に関わる人を増やし、日本酒ができるまでの時間や労力を知ってもらうことは、将来の顧客づくりという面でも意味があります。商品を購入するだけでなく、その背景にある地域や人々とのつながりを楽しむ消費へと広がる可能性があります。

酒米ごとに酒を造る手法は、原料の違いを比較しやすくする一方、酒米だけで味わいが決まるわけではありません。精米や麹造り、発酵管理、搾り方などによっても酒質は変化します。そのため、品種の違いを伝えるには、栽培条件や醸造方法を丁寧に説明し、実際の味わいと結び付けていくことが欠かせません。

また、少量生産の商品は希少性を生み出す一方、価格や供給量の面で広く普及させることが難しい場合もあります。農家の努力に見合う対価を確保しながら、消費者が継続して購入できる仕組みをどうつくるかが、今後の課題となるでしょう。

日本酒業界では、酒蔵自らが米づくりに関わり、土地の個性を酒に反映させようとする動きが見られます。狩場一酒造の挑戦も、その流れの中に位置付けられます。ただし、重要なのは単に自社栽培や地元産という看板を掲げることではありません。地域の農業が続き、その土地ならではの原料が育ち、酒蔵がそれを生かした日本酒を造り続けられる関係を築くことです。

一本の日本酒から、米を育てた人や田んぼの風景まで思い浮かべられるようになれば、日本酒の楽しみ方はさらに広がります。狩場一酒造の取り組みが、農家と酒蔵の双方に利益をもたらすモデルとして定着するか。その成否は、地域の農業を支える仕組みを、消費者が実感できる商品価値へと結び付けられるかどうかにかかっています。

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