酔わない日本酒

山形県米沢市の小嶋総本店が、10月15日にノンアルコールSAKE「囃子 -HAYASHI-」を発売します。最大の特徴は、その製造方法です。

「囃子」は、米と米麹から実際に純米酒を醸した後、独自の脱アルコール製法によってアルコールを取り除きます。つまり、最初から日本酒らしい味を調合してつくるのではなく、いったん日本酒を完成させ、その後にアルコールだけを取り除くという発想です。アルコール分は0%で、10月15日から当面は飲食店向けを中心に展開されます。また、IWSC 2026のノンアルコール部門ではブロンズメダルを受賞しています。ここに、この商品の大きな意味があります。

日本酒を飲む理由を考えてみると、もちろん「酔うこと」もその一つでしょう。しかし、それだけではありません。米から生まれる甘み、麹の旨味、吟醸香、酸味、料理との相性。そして、盃を交わすことで生まれる場の雰囲気も、日本酒の魅力です。

小嶋総本店は「囃子」について、吟醸香や麹由来の甘み、旨味を残し、和食に寄り添う飲み物を目指したとしています。実際に発表資料では、ホタテと和出汁のジュレやサーモンの麹漬けなどとのペアリングも紹介されています。つまり、「酒からアルコールを抜いたもの」というより、日本酒を構成している要素のうち、アルコール以外を残そうとした商品と考えたほうが近いでしょう。この考え方は、これからの日本酒を考えるうえで重要です。

今回の商品開発の背景には、ノンアルコール飲料市場の拡大があります。小嶋総本店は、現在のノンアルコール市場では「飲めないから仕方なく選ぶ」のではなく、「今日は酔わない」という意思を持ってノンアルコールを選ぶ人が増えていると説明しています。これは、日本酒業界にとって大きな変化です。

これまで「日本酒を飲む人」と「飲まない人」は、比較的はっきり分けられていました。しかし、「今日は日本酒を飲むけれど、次の一杯はノンアルコール」という選択ができれば、その境界は変わります。例えばコース料理を楽しみながら、途中でアルコールを控える。車を運転する予定がある。健康上の理由で飲酒を避ける。それでも周囲と同じように香りや料理との組み合わせを楽しみたい。「囃子」は、こうした人に「水かお茶」以外の選択肢を提示します。これは日本酒市場を縮小させる商品ではなく、むしろ日本酒のある場所に参加できる人を増やす商品になる可能性があります。

小嶋総本店は1597年創業という長い歴史を持つ酒蔵です。その蔵が、純米酒を造った後にアルコールを抜くという、従来の日本酒の常識からすれば大胆な商品に挑戦したことにも意味があります。

実は同社は以前から、低アルコールでありながら味わいを薄くしない酒造りにも取り組んできました。2018年には、仕込み水の代わりに日本酒を使う低アルコール酒にも挑戦しています。今回の「囃子」は、その延長線上にあるとも考えられます。

日本酒を「アルコール度数の高い飲み物」と考えるのではなく、米と麹から生まれる香味や食との関係、さらには人と人をつなぐ文化として捉え直す。その先に、アルコールゼロという選択肢が出てきたのでしょう。「日本酒なのにアルコールがない」という矛盾こそが、この商品の面白さなのです。

もちろん、「囃子」がすぐに日本酒市場を大きく変えるとは限りません。日本酒にアルコールによる酔いを求める人も多く、ノンアルコール商品が本物の日本酒と同じように受け入れられるかは、これからの評価を待つ必要があります。しかし、この商品が投げかけた問いは残ります。

日本酒にとって、本当に欠かせないものは何なのか。アルコールなのか。香りなのか。旨味なのか。料理との相性なのか。それとも、人が集まり、杯を交わす時間そのものなのでしょうか——「囃子」は、その答えを一つに決める商品ではありません。むしろ、これまで当然だと思っていた日本酒の姿を、一度分解して見せてくれる商品です。

これから日本酒は、「飲むもの」だけではなく、「味わうもの」「料理と楽しむもの」「場をつくるもの」へと広がっていくのかもしれません。酔わなくても、日本酒の時間を楽しめる——「囃子」が示しているのは、ノンアルコール日本酒という新商品だけではなく、日本酒の未来に新しい席を用意するという発想なのではないでしょうか。

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