タイの伝統酒「サートー」とは
福島県の酒蔵「haccoba(ハッコウバ)」が、タイの米の醸造酒「サートー(SATO)」を造る「Devanom(デヴァノム)」とのコラボレーションを発表しました。2026年7月にはタイで、8月には福島で共同醸造を実施。互いの麹を持ち寄って仕込んだ酒を、12月にタイで開催されるフェスティバル「Wonderfruit」で披露する予定です。
サートーとは、タイで古くから親しまれてきた米の醸造酒です。特にタイ東北部のイサーン地方などで伝統的に造られてきました。主な原料はもち米で、タイの伝統的な発酵スターター「ルークペン」を使って醸造します。ルークペンには、デンプンを糖に変える働きを持つカビや、アルコール発酵を担う酵母など、複数の微生物が含まれています。蒸したもち米を糖化させ、さらに発酵させることで、米由来の甘みや酸味、果実を思わせる香りが生まれます。濁りのあるタイプもあれば、濾過したタイプもあり、造り手や製法によって味わいは異なります。
原料よりも「発酵の設計」にある日本酒との違い
日本酒もサートーも、米のデンプンを糖に変え、その糖を酵母がアルコールに変えるという点では共通しています。しかし、麹のつくり方や微生物の構成、発酵管理、使用する米などに違いがあります。
日本酒では、主に黄麹菌を使った米麹と酵母を組み合わせ、麹による糖化と酵母によるアルコール発酵を並行して進めます。一方、サートーでは、複数の微生物を含むルークペンを利用する伝統的な製法が受け継がれてきました。つまり、両者は同じ米を原料とする酒でありながら、地域の気候や食文化、微生物との付き合い方によって異なる個性を獲得してきたのです。
今回のコラボレーションで特に興味深いのは、単に日本酒とタイの酒を混ぜたり、互いの商品を紹介したりするのではなく、醸造の根幹にある麹を交換したことです。haccobaはタイで白麹を使ってサートーを仕込み、福島ではDevanomのタイ麹「カオマーク」を用いて酒を造りました。haccobaの発表によると、福島で仕込んだ酒にはカオマーク由来の酸味が感じられながらも、予想以上にクリーンで日本酒らしい仕上がりが見られたといいます。
伝統を守るだけでなく地域の酒文化を再発見
この取り組みの意味は、国際交流にとどまりません。haccobaは、かつて日本各地に存在した多様などぶろく文化を現代的に表現し、ホップや地域の植物なども取り入れながら、新しい酒づくりに挑戦してきました。Devanomもまた、タイの伝統酒サートーを現代の嗜好に合わせて表現する造り手です。両者に共通するのは、伝統をそのまま保存するだけでなく、その土地に根差した発酵文化を掘り下げ、現在の飲み手に届く形に再構成しようとする姿勢です。
日本酒の世界では、酒米や精米歩合、酵母の違いなどが商品の個性を語る重要な要素になっています。しかし、アジアに目を向ければ、米の酒には異なる麹や微生物、地域固有の原料を生かした多様な可能性があります。サートーとの交流は、日本酒を特別な存在として切り離すのではなく、アジアに広がる米の発酵文化の一つとして捉え直す機会にもなるでしょう。
もちろん、異なる麹を使えば、どこでも同じように酒が造れるわけではありません。微生物の働きや発酵環境を理解し、品質と安全性を確保する必要があります。それでも、互いの技術を持ち寄ることで、単独では気づかなかった味わいや製法の可能性が見えてきます。
12月のWonderfruitで披露される酒が、どのように受け止められるのかも注目されます。今回の挑戦が示しているのは、日本酒の未来が日本国内だけで完結するものではないということです。米を発酵させて酒を造るという共通の営みを通じて、国境を越えた造り手同士が学び合う。その先に、日本酒という言葉だけでは捉えきれない、新たな米の酒の世界が広がっていくのではないでしょうか。
