ドン ペリニヨンから日本酒へ
日本酒の世界で、ひときわ異色の存在感を持つブランドがあります。富山県立山町で造られる「IWA 5」です。
その発祥をたどると、シャンパーニュの世界に行き着きます。IWAを立ち上げたリシャール・ジョフロワ氏は、1990年から2018年まで、シャンパーニュ「ドン ペリニヨン」の5代目シェフ・ド・カーヴを務めた人物です。日本との出会いは1991年。以降、日本を訪れる中で日本文化と日本酒への関心を深め、やがて日本で新しい酒を造る構想へと発展しました。
2018年に株式会社白岩が設立され、2020年には最初の商品となる「IWA 5」が発売されました。2021年には、建築家・隈研吾氏が設計した酒蔵が立山町白岩に完成しています。つまりIWAは、海外で考えられた日本酒を日本で製造しているのではありません。日本酒の伝統を土台にしながら、世界の酒造りで培われた発想を持ち込み、日本の土地に根を下ろそうとしたブランドなのです。
「削る」だけではない日本酒
IWAを特徴づけるのが「アッサンブラージュ」です。日本酒では、米の品種、精米歩合、酵母、造り方などによって酒の個性を引き出すことが一般的です。ところがIWA 5では、複数の原酒を組み合わせ、全体として調和した味わいをつくります。発売時には山田錦、雄町、五百万石という異なる酒米や、5種類の酵母を用いた酒を組み合わせる手法が打ち出されました。
これは「どの酒が優れているか」という発想とは少し違います。それぞれの酒が持つ個性を素材として捉え、組み合わせることで一つでは表現できない味をつくる。IWA自身もアッサンブラージュをブランドの中核に位置づけ、「日本酒の新しい表現」を追求しています。
さらに、毎年同じ完成形を固定するのではなく、新しいアッサンブラージュを試みながら変化していくこともIWAの考え方です。これは、日本酒を「完成された伝統品」だけではなく、継続的に進化する作品として捉える考え方ともいえます。
三越伊勢丹との提携が意味するもの
こうしたIWAに対して、2026年9月28日、三越伊勢丹イノベーションズが資本業務提携を発表しました。今後は伊勢丹新宿店、日本橋三越本店、JR京都伊勢丹、岩田屋本店などでの取り扱いを強化するほか、外商、海外店舗、旅行、レストラン、デジタルなど、三越伊勢丹グループが持つ幅広い接点を活用していくとしています。単に酒を販売するだけではなく、「IWAを体験する場」をつくることが大きな柱です。ここに、IWAの特殊な位置づけが見えてきます。
IWAは、伝統的な日本酒の延長線上にありながら、価格や希少性だけで価値を示すのではなく、酒造りの思想、建築、デザイン、料理、旅行などを含めて一つの世界観をつくろうとしています。実際、世界のミシュラン星付きレストランや航空会社の上位クラスでも採用されています。つまりIWAが目指しているのは、「高級な日本酒」というより、「日本酒文化の深化」なのではないでしょうか。
日本酒業界に何をもたらすのか
今回の提携で注目したいのは、IWAという一つのブランドが売れるかどうかだけではありません。日本酒業界では、これまで「酒そのもの」の品質を中心に価値を説明する場面が多くありました。しかしIWAの取り組みは、そこに「誰が、どこで、どんな思想で造り、どのような空間で、誰と楽しむのか」という要素を加えています。これは、日本酒の価値を広げる一つの方向になる可能性があります。
さらに三越伊勢丹側は、今回生まれた価値の一部を次世代の作り手や産地へ還元する構想も示しています。日本酒を売って終わるのではなく、そこで得た収益や顧客との接点を次の作り手につなげるという考え方です。
IWAの歩みが興味深いのは、海外の酒文化を日本酒に持ち込んだことだけではありません。外から新しい考え方を取り入れながら、富山という土地、日本の酒米、日本の酒造りに根を張ろうとしている点です。日本酒の未来は、伝統を守ることと革新することのどちらか一方ではないのかもしれません。IWAが示しているのは、伝統を別の文化と掛け合わせることで、これまで日本酒を飲まなかった人にも届く新しい価値をつくるという方法です。
三越伊勢丹との今回の提携が、その価値をどこまで日本国内、そして世界へ広げられるのか。IWAはこれから、日本酒業界における「酒蔵」という存在の意味そのものを考え直すきっかけにもなりそうです。
