「日本酒はAI時代に強い産業」酒蔵の次の100年

9月3日、「ICC SAKE AWARD」の第7回大会で、長野県諏訪市の「真澄」を醸す宮坂醸造が優勝しました。今回の大会には日本酒だけでなく、クラフトサケ、シードル、ビール、ジンなど、さまざまな酒類が参加。約70人の審査員が「ベスト・インプレッション」を基準に評価する、いわば酒類の異種格闘技戦です。今回、初めて日本酒蔵が頂点に立ったことも注目されます。

そして、この「SAKE AWARD」でスポンサーを務める人物が、投資家の千葉功太郎氏です。千葉氏はコロプラ創業メンバーで、現在はスタートアップ投資などを手掛ける人物ですが、今年9月には長野県佐久市の芙蓉酒造の全株式を取得し、代表取締役会長に就任しました。しかも単なるオーナーではありません。「蔵主」という新しい役割を掲げ、六代目蔵元の依田昂憲氏とともに「共同六代目」を名乗ります。

なぜ、ITや投資の世界にいた人物が、いま酒蔵なのでしょうか。その答えとして千葉氏が語っているのが、「AI時代だからこそ酒蔵には強みがある」という考え方です。

AIによって、画面の中で完結する仕事は急速に効率化されていきます。ところが、米を育て、酒を仕込み、発酵させ、熟成させるという営みは、どれだけ技術が進歩しても、現実の土地と時間から逃れることができません。千葉氏は、食べること、飲むこと、そして「おいしい」という感覚は、人間が存在する限り残り続けるものだと見ています。ここには、日本酒を「古い産業」ではなく、むしろ未来に残るフィジカルな産業として捉える発想があります。

さらに興味深いのが、海外市場に対する視点です。日本食への関心が世界で高まるなか、日本酒も単なるアルコール飲料ではなく、その土地の水、米、歴史、造り手といった物語を含めた「日本の食文化」として評価される可能性があります。実際、千葉氏は日本酒だけでなく農業や鮨にも関わりながら、日本の食そのものを海外へ届けることに可能性を感じています。

だからこそ、千葉氏にとって酒蔵への投資は、短期間で利益を回収する通常の投資とは意味が違います。「投資家が酒蔵を買う」と聞けば、数年後の売却を想像する人もいるでしょう。しかし千葉氏は、芙蓉酒造について50年、100年単位の時間軸を描いています。依田氏が酒造りと歴史を守り、千葉氏が資本、経営、販路、外部とのネットワークを担う。「つくる人だけに、未来まで背負わせない」という考え方です。

そして、ここでSAKE AWARDと芙蓉酒造が一本につながります。千葉氏がSAKE AWARDの審査員として酒造りの世界に触れたのは今年3月でした。そこでトップクラスの造り手たちの情熱に触れ、酒業界にはスタートアップとは異なる「100年単位の熱量」があることに強く惹かれたといいます。その経験をきっかけにSAKE AWARDの個人スポンサーとなり、さらに芙蓉酒造の承継へと進んでいきました。

つまり千葉氏がやろうとしているのは、日本酒をIT企業のように変えてしまうことではありません。酒蔵が持っている価値を、現代の経営やテクノロジーによって外へ広げることなのではないでしょうか。その象徴が、芙蓉酒造を「古さを残したまま、日本で一番AI化された酒蔵」にするという構想です。酒造りそのものをAIに置き換えるのではなく、現場の記録や経験をデータとして蓄積し、造り手の能力をさらに引き出す。伝統とAIを対立させるのではなく、伝統を未来へ運ぶためにAIを使う発想です。

今回のSAKE AWARDで真澄が示したのも、日本酒が閉じた世界だけで評価される存在ではないという可能性でした。そして千葉氏が芙蓉酒造で試みようとしているのは、その可能性を「一本の受賞酒」で終わらせず、経営、テクノロジー、海外市場、地域、そして100年という時間軸まで含めて、日本酒の価値を再設計することなのかもしれません。

日本酒業界にいま必要なのは、酒を造る人だけではありません。造り手が持つ才能を発見し、それを世界につなぎ、次の世代まで残す人も必要です。千葉氏の「蔵主」という挑戦は、ひょっとすると一つの酒蔵の事業承継にとどまらず、これからの日本酒業界における「酒蔵の経営者とは誰なのか」という問いそのものを変えていく可能性があります。

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