日本酒を世界へ広げるとき、これまでは「日本酒そのものをどう輸出するか」という発想が中心でした。しかし、いまでやが9月10日に東京・八重洲で開業する「IMADEYA KAKU-UCHI TOKYO」は、そこに新しい視点を加えようとしています。それは、酒だけではなく、酒を楽しむ文化そのものを発信するという考え方です。
「IMADEYA KAKU-UCHI TOKYO」が開業するのは、東京駅地下直結の新施設「TOFROM YAESU」です。八重洲・日本橋・京橋という、伝統とビジネス、観光が交差する場所に位置します。店内に並ぶのは日本のお酒だけ。全国各地の日本酒、日本ワイン、クラフト焼酎などを産地ごとに楽しめ、グラス1杯から飲み比べることができます。気に入った酒は、その場で購入することもできます。ここで重要なのは、いまでやがこの店を単なる「角打ちのできる酒屋」として打ち出していないことです。掲げるテーマは、「KAKU-UCHIを世界へ」。日本独自の角打ち文化を、「SAKE」と並ぶ世界共通語にしていくことを目指しています。
角打ちという言葉を考えてみると、これは実に日本酒との相性が良い文化です。酒屋で売られている酒を、その場で少量から試す。知らない銘柄でも、まず一杯飲んでみる。気に入れば買って帰る。そこには「購入する前に体験する」という仕組みがあります。日本酒にとって、これは非常に大きな意味を持ちます。日本酒は、ワイン以上に銘柄や産地、造りによる個性が複雑です。初めて飲む人にとっては、「何を選べばいいのか分からない」ということが大きな壁になります。しかし、一杯だけなら話は変わります。
「これを飲んでみてください」
その一言から、日本酒との出会いが始まります。しかも今回の店舗では、単に酒を並べるだけではなく、日本の旬を生かした創作おつまみも用意されます。いわば、酒を販売する場所と、酒を体験する飲食店の境界を柔らかくつなぐわけです。
さらに興味深いのが、八重洲という立地です。いまでやは新店舗をつくるにあたり、周辺で働くビジネスパーソンへのアンケートやインタビューを実施しました。その結果、「部下を飲みに誘いづらい」「ちょうどよい0次会、2次会の店が見つからない」といった声があったといいます。そこで提案するのが、長時間の宴会ではなく、短時間で一杯を楽しむ「令和の飲みニケーション」です。これは角打ちの原点とも重なります。
酒を飲むことを目的に大げさな予定を組むのではなく、仕事帰りに少しだけ立ち寄る。知らない人とも酒を介して自然に会話が生まれる。そうした「軽さ」こそが、角打ちの強さなのではないでしょうか。そして、この軽さは海外展開においても武器になります。
いまでやは今年4月、スウェーデン・ストックホルム郊外で「Kaku-Uchi Weekend Stockholm」を開催しました。海外でも角打ちというスタイルそのものに人を集められる可能性を試した取り組みです。この事例を踏まえると、今回の八重洲店は単なる新店舗ではなく、「KAKU-UCHIという文化を国内で磨き、それを海外へ発信するための拠点」と見ることができます。
ここに、今後の日本酒業界にとって大きな可能性があります。日本酒の海外普及には、酒そのものを知ってもらうだけでは不十分です。「どこで、誰と、どのように飲む酒なのか」まで伝わって初めて、文化として定着していくからです。例えば海外で「KAKU-UCHI」という言葉が知られるようになれば、日本酒を飲むための新しいカテゴリーが生まれるかもしれません。
ワインにはワインバーがあり、ビールにはパブがあります。そして日本には角打ちがある。そう認識されるようになれば、酒蔵にとっても新たな可能性が生まれます。角打ちを入口として日本酒を知り、そこから産地や酒蔵に興味を持ち、実際に日本を訪れる。角打ちが「酒を売る場所」から「地域へ人を送り出す入口」になる可能性もあるでしょう。
もちろん、海外では酒類販売や飲酒に関する規制が日本とは異なるため、日本の角打ちをそのまま移植できるわけではありません。しかし、イベントやホテル、飲食店などと組み合わせながら、「少量を試し、酒について語り、気に入ったものを購入する」という体験を広げることは可能です。
「IMADEYA KAKU-UCHI TOKYO」が面白いのは、海外に店を出す前に、まず東京駅という日本の玄関口に「世界へ持っていける日本文化」を形にしようとしている点です。
日本酒を世界へ
そのために必要なのは、必ずしも日本酒を世界中の棚に並べることだけではありません。「一杯飲んでみませんか」という、日本らしい酒との出会い方を世界へ伝えること。9月10日に八重洲で始まる「IMADEYA KAKU-UCHI TOKYO」は、そんな新しい日本酒の海外戦略を考えるうえでも、注目すべき一歩になりそうです。
▶ 「角打ち」が世界へ ~ スウェーデンで始まった日本酒文化輸出の新たな挑戦
