NOHGA HOTELのトリプリングディナーが示す可能性

東京・上野のNOHGA HOTELで、8月29日に「日本酒・グラス・美食が響き合う『トリプリングディナー』」の第18回が開催されることが発表されました。今回は群馬県の永井酒造を迎え、「MIZUBASHO PURE」などの日本酒と、木本硝子が選ぶ酒器、そしてビストロ・ノーガの料理を組み合わせた一夜限りの特別な体験が提供されます。今回も、日本酒・酒器・料理という三つの要素を最適に組み合わせる「トリプリング」の考え方が中心となっています。

日本酒と料理を組み合わせる「ペアリング」という言葉は、今ではすっかり定着しました。しかしトリプリングは、その一歩先を行く発想です。日本酒だけでもなく、料理だけでもなく、「どの酒器で飲むか」という第三の要素まで含めて味わいを設計する考え方です。

実際、日本酒は酒器によって驚くほど印象が変わります。口の広いグラスでは華やかな吟醸香が広がりやすく、細身のグラスでは香りが穏やかになり、味わいの輪郭が際立つことがあります。また、薄い飲み口のグラスと厚みのある酒器では、口当たりそのものが異なります。同じ日本酒であっても、酒器が変わるだけで「まるで別のお酒」のように感じられることも珍しくありません。

こうした考え方を体系化したのが、東京・下町の老舗ガラスメーカーである木本硝子です。同社は「トリプリング(Tripling)」を登録商標として提唱し、日本酒・酒器・料理を論理的に組み合わせる新しい食体験を発信してきました。NOHGA HOTEL上野では2018年の開業以来、木本硝子との協業を続け、このイベントを継続開催しており、今回で18回目を迎えます。つまり「トリプリング」という言葉は自然発生的な業界用語ではなく、木本硝子が生み出し育ててきたブランドコンセプトなのです。

もちろん、「酒・器・料理」を総合的に楽しむ文化そのものは昔から存在していました。日本の茶懐石では、料理だけでなく器の意匠や季節感まで含めて一つの世界観が作られていました。また高級料亭や割烹でも、酒の種類に応じて徳利や盃を使い分けることは珍しくありません。ワインの世界でも、赤・白・スパークリングそれぞれに専用グラスが用意される文化が定着しています。

しかし、それらは経験や感覚による部分が大きく、「酒・器・料理」の関係性を一つの概念として言語化し、誰もが体験できる形に整理した例は決して多くありません。その意味でトリプリングは、古くから存在していた日本の「器を楽しむ文化」を現代的に再編集した試みと言えるでしょう。

この考え方は、日本酒業界にとっても大きな可能性を秘めています。現在、日本酒市場は量を競う時代から、体験価値を競う時代へ移りつつあります。同じ一本の酒でも、どの料理と合わせ、どの酒器で提供するかによって満足度は大きく変わります。価格競争ではなく、「記憶に残る体験」を提供することが新たな付加価値となるのです。

さらに、この考え方は海外市場でも力を発揮するでしょう。海外では日本酒をワイングラスで飲む文化が広まりつつありますが、日本酒専用グラスという選択肢はまだ十分に浸透していません。酒器まで含めて日本酒文化として提案できれば、「日本酒とは何か」をより深く理解してもらうきっかけになります。日本酒だけを輸出するのではなく、酒器や食文化まで一体となって届けることで、日本文化全体の価値を高めることにもつながります。

今回のNOHGA HOTELのトリプリングディナーは、一見するとホテルのイベントの一つに見えるかもしれません。しかし、その背景には「日本酒をどのように体験として提供するか」という大きなテーマがあります。飲み物としての日本酒から、五感で楽しむ文化体験へ――。トリプリングという考え方は、日本酒の未来を切り開く新しいキーワードとして、今後さらに広がっていく可能性を秘めているのではないでしょうか。

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