日本酒を海外へ広める取り組みは年々活発になっていますが、今回は「お酒」そのものではなく、「飲み方」を輸出する興味深い試みが行われました。酒類専門店のIMADEYAとANAが連携し、今年4月にスウェーデン・ストックホルム郊外で開催した「Kaku-Uchi Weekend Stockholm」の詳細が、このほど公開されました。
会場となったのは、ストックホルム郊外の宿泊施設「YASURAGI」。イベントには、惣誉(栃木県)、孝の司(愛知県)、阿部勘(宮城県)、山城屋(新潟県)、にいだしぜんしゅ(福島県)の5蔵が参加し、立ち飲み形式で日本酒を楽しむ、日本ならではの「角打ち」を体験してもらいました。30mlで1,500~2,000円前後という決して安くはない価格設定でしたが、前売券は約100枚が販売され、当日券も含めて約220人が来場する盛況ぶりだったといいます。
イベントでは、単なる試飲だけではありませんでした。英語による日本酒講座や利き酒体験、蔵元自らが酒造りの哲学や地域の魅力を語る時間も設けられました。参加者からは「日本酒は高級だから手が出しにくかった」「初めて飲んだがワインのようで驚いた」「もっと日本酒について知りたい」といった感想が寄せられ、日本酒への心理的な距離が縮まったことがうかがえます。
さらに興味深いのは、このイベントの目的が日本酒の販売ではなかったことです。参加者の多くは東京や大阪、北海道などを訪れた経験はあっても、今回参加した酒蔵のある地域を訪れたことはありませんでした。しかし蔵元が地元の風景や食文化を紹介すると、「ぜひ現地を訪れてみたい」という声が多く聞かれ、ANAが計画する酒蔵ツアーの案内にも高い関心が集まったそうです。つまり、日本酒を入口に地方観光へつなげようという新しいインバウンド戦略だったのです。
では、角打ち文化は海外でも定着するのでしょうか。角打ちの本質は「立ち飲み」ではなく、「気軽に少量から多くの銘柄を楽しめる体験」にあります。日本では酒販店の一角で地酒を味わえる場所ですが、海外では法律や酒類販売制度の違いから、そのまま再現することは難しい国も少なくありません。それでも、今回のようにイベント形式で実施すれば、角打ちの魅力は十分に伝えることができます。
また、海外では日本酒は依然として「特別な日に飲む高級酒」というイメージが強く残っています。そのため、高価な一升瓶を購入する前に少量ずつ飲み比べられる角打ちスタイルは、初心者にとって非常に入りやすい入口になります。ワイン文化が根付く欧州では、テイスティングを楽しむ習慣があるため、日本酒の飲み比べとも相性が良いでしょう。
近年、日本酒の輸出は伸び続けていますが、これからは品質だけでなく「文化」を一緒に届けられるかが重要になります。角打ちは、日本人にとっては日常の風景かもしれません。しかし海外から見れば、日本人の酒との付き合い方や地域文化、人との交流を体験できる魅力的な文化資産でもあります。
今回のスウェーデンでの成功は、単なる海外イベントの成功事例ではありませんでした。「日本酒を売る」のではなく、「日本を好きになってもらう」ための取り組みだったと言えるでしょう。もし角打ち文化が世界各地へ広がれば、日本酒輸出だけでなく、地方への観光客誘致や地域ブランドの向上にもつながる可能性があります。
これからの日本酒は、一杯の酒を売る時代から、一つの文化を体験してもらう時代へ。その象徴として、「角打ち」が世界共通の言葉になる日が来るのかもしれません。
