IWCとアジアの品評会が示す新しい日本酒評価軸

日本酒が海外で評価される機会が増えています。9月に入り、イギリスで開催される世界的な酒類コンペティション「IWC(インターナショナル・ワイン・チャレンジ)」では、日本酒部門の最高賞に「天美 純米吟醸 蛍天」が選ばれました。今年は1,700を超える日本酒が出品されるなど、世界から日本酒を見る視線は、以前とは比べものにならないほど大きくなっています。一方、9月9日には香港で「Oriental Sake Awards 2026」の結果も発表されました。こちらも専門家による審査ですが、アジアの市場を意識した品評会です。

この二つを並べてみると、興味深いことが見えてきます。それは、「世界で評価される日本酒」といっても、その評価は一つではないということです。

「世界一」だけでは見えない日本酒

日本酒の海外進出というと、どうしても「どの銘柄が世界一になったのか」という話題に目が向きます。もちろん、権威ある賞を受賞することは、蔵にとって大きな意味があります。海外の販売店や飲食店にとっても、商品を選ぶ際の分かりやすい目印になります。しかし、日本酒を飲む人が増えていけば、やがて「誰が一番高く評価したか」だけでは足りなくなります。

例えば、ヨーロッパの食文化の中で評価される日本酒と、香港やシンガポールなどアジアの都市で好まれる日本酒が、まったく同じとは限りません。食事との合わせ方、甘辛の好み、香りに対する感覚、価格に対する考え方など、それぞれの市場には異なる背景があります。

つまり、日本酒が世界に広がるということは、「世界共通の一つの基準に日本酒を合わせる」ということではなく、それぞれの地域で異なる評価軸が生まれていくことなのではないでしょうか。

評価されることで酒蔵の可能性も広がる

品評会の役割も変わっていくかもしれません。国内の鑑評会では、長く「どれだけ優れた酒を造れるか」という技術的な評価が重要でした。一方、海外のコンペティションでは、その酒がどのような料理や文化の中で受け入れられるのかという視点も重要になります。

これは酒蔵にとって、新しい可能性です。「賞を取るための日本酒」を造るのではなく、「この地域の食事と合わせるなら、この日本酒」「この国の人が楽しむなら、この味」というように、日本酒そのものを世界の食文化との関係の中で考えられるようになるからです。そして、それは日本酒の画一化とは逆の方向に進む可能性があります。

世界に広がるほど「日本らしさ」が問われる

海外で日本酒が知られるようになるほど、酒蔵には「何を世界に届けたいのか」という問いも生まれます。単純に海外で売れる味に変えてしまえば、日本酒そのものの個性が失われるかもしれません。しかし、日本国内だけの価値観に閉じてしまえば、新しい飲み手との接点を失います。重要なのは、その間にあるのではないでしょうか。土地の米、水、造り手の考え方といった日本酒の個性を持ちながら、それぞれの地域の食文化や飲酒習慣と出会っていく。その過程で、新しい評価が生まれていくのだと思います。

IWCのような世界的な舞台で評価されることも、香港のようなアジア市場で評価されることも、日本酒にとっては同じ「海外進出」ではありません。それぞれが違う入口から日本酒の価値を発見しているのです。

これからの日本酒に必要なのは、「世界一の日本酒」を一つ決めることだけではないでしょう。世界のさまざまな場所で、「この土地では、この日本酒がいい」と言われる酒が増えていくこと。その積み重ねこそが、日本酒を本当の意味で世界の酒にしていくのではないでしょうか。

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IWC 2026の最高賞に「天美 純米吟醸 蛍天」

世界的なワイン品評会「インターナショナル・ワイン・チャレンジ(IWC)」2026年のSAKE部門で、山口県・長州酒造の「天美 純米吟醸 蛍天」が最高賞となる「Champion Sake」に選ばれました。2026年はIWCの日本酒部門が始まって20周年という節目の年です。さらに今年は、海外の酒蔵を含む457社、1,738銘柄が出品され、過去最多を更新しました。

「蛍天」は、山口県産の酒米のみを使用し、初夏に舞う蛍をイメージした酒です。爽やかな酸味と豊かな味わいが評価され、純米吟醸部門のトロフィーを獲得。そのうえで、各カテゴリーのトロフィー受賞酒の中から頂点に選ばれました。

20年で「日本酒の評価軸」は変わった

IWCのSAKE部門が始まった2007年、出品数は228銘柄でした。それが今年は1,738銘柄です。単純比較すれば、約20年間で出品規模は7倍以上になっています。2025年にも1,476銘柄が出品されており、日本酒への世界的な関心が着実に広がっていることが分かります。

しかも、評価の対象は高級な大吟醸だけではありません。今年のトロフィーを見ると、普通酒、本醸造、純米酒、吟醸、大吟醸、古酒、熟成酒、スパークリングまで幅広いカテゴリーから選ばれています。

つまりIWCは、日本酒を「高精白で華やかな酒」という一つのイメージだけで評価しているわけではありません。日本酒にはさまざまなスタイルがあり、それぞれの個性に価値があるという見方が、世界の評価の中にも定着してきたといえるでしょう。

今年の特徴は「広がり」

2026年に特に注目したいのが、新たに「フレーバー・サケ」部門が設けられたことです。日本酒をベースに果汁や果実、茶などを加えた酒も評価対象になりました。

これは、日本酒の「純粋性」が失われたという話ではありません。むしろ、日本酒を核として、飲み方や楽しみ方をどこまで広げられるのかという、新しい可能性への挑戦です。

一方、最高賞に選ばれた「蛍天」は、山口県産の酒米を使い、土地の情景を感じさせる酒です。世界へ開かれていく一方で、地域性も強くなっている。この二つが同時に存在していることが、今年のIWCを象徴しているように思います。

「世界基準」は日本酒を均質化するのか

海外のコンテストで評価されるようになると、「世界で評価される味」に日本酒が合わせられていくのではないか、という懸念もあります。しかし、今年の結果を見る限り、必ずしもそうとは言えません。

IWC 2026では、長野県の「渓流 吟醸」がGreat Value Champion Sakeに選ばれ、宮城県の新澤醸造店はSake Brewer of the Yearに選出されています。また、茨城、長野、栃木、山口がSake Prefecture of the Yearの候補となっています。地域も酒質も一つではありません。

世界市場に進出するということは、世界に合わせることだけではなく、「自分たちは何者なのか」を世界の評価軸の中で示すことなのかもしれません。

20周年のIWCが日本酒に問いかけるもの

IWCの日本酒部門が始まった2007年、日本酒の海外市場は今ほど大きな注目を集めていませんでした。それから20年。出品数は大幅に増え、海外からの出品も現れ、審査カテゴリーも広がりました。そして今年、最高賞を獲得したのは「天美 純米吟醸 蛍天」でした。

この結果が意味するのは、単に「山口の酒が世界一になった」ということではありません。日本酒は今、「日本国内でどう評価されるか」だけではなく、「世界の人にどのような酒として伝わるのか」を問われる段階に入っています。そのとき重要になるのは、世界に迎合することではなく、日本酒が持っている地域性、季節感、造り手の思想、そして飲む人の体験を、世界に伝わる言葉へ翻訳していくことではないでしょうか。

20周年を迎えたIWCは、日本酒の「世界進出」の到達点ではありません。むしろ、日本酒が世界の酒として次の20年へ踏み出す、その出発点に立っているのだと思います。

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