月桂冠が10月2日、実験的プロジェクト「Gekkeikan Studio」の第8弾となる「Gekkeikan Studio no.8」を発表しました。10月5日から数量限定で発売されます。今回の商品で興味深いのは、「新しい日本酒を造った」というだけではありません。発想の出発点にあるのが、日本の伝統的な祝い酒である「お屠蘇」だからです。
お屠蘇は正月に一年の無病息災を願って飲むものですが、「no.8」では、その文化的な意味を残しながら、生薬の代わりに陳皮、山椒、シナモン、ジンジャー、クローブといったスパイスを使用しています。さらに、単純にスパイスを酒に漬け込んだわけではありません。陳皮と山椒はもろみと一緒に発酵させ、酵母によって香り成分が変化する「バイオトランスフォーメーション」に着目。一方、シナモンやジンジャー、クローブは搾る直前に加え、それぞれ本来の香りを生かしています。
つまり、伝統をそのまま再現するのではなく、「祝い酒とは何か」という部分を残して、味わいと飲み方を現代に合わせて再構築した酒なのです。
祝い酒というと、正月、結婚、成人、長寿など、人生の節目を思い浮かべます。しかし現在では、「おめでとう」の意味はもっと細分化されています。誕生日、昇進、合格、開店、記念日、あるいは仕事が一段落した日。さらには「今日はよいことがあった」というだけでも、人は乾杯します。「no.8」が提案するのは、まさにそこです。月桂冠は正月だけでなく、誕生日や記念日など、日常の中で良いことがあったときにも楽しめる一杯として提案しています。これは、日本酒にとって大きな可能性があります。
日本酒には「特別な日に飲む」というイメージがある一方で、その特別さが飲用機会を限定してしまう面もあります。そこで「祝い」の定義そのものを広げれば、日本酒を飲む理由も増やせます。
「Gekkeikan Studio」は2021年に始まり、試作段階の商品を消費者に届け、その反応を次の商品開発につなげる仕組みとして展開されてきました。これまでにも果実感やスパイス感など、従来の日本酒の枠にとらわれない商品を生み出しています。今回の「no.8」を見ていると、これからの祝い酒は、単に「おいしい酒」だけを目指すのではなく、飲む理由そのものをデザインする酒になっていく可能性があります。
例えば、春には「新しい門出を祝う酒」、夏には「出会いを祝う酒」、秋には「実りを祝う酒」、冬には「一年を締めくくる酒」。あるいは「ありがとうを伝える酒」「再会を祝う酒」「挑戦の成功を祝う酒」といった具合です。重要なのは、酒の中身だけを変えることではありません。その酒に「なぜ今日、この酒を飲むのか」という物語を持たせることです。
「no.8」は冷酒だけでなく、常温やぬる燗、さらにオレンジジュース割りや炭酸水割りも提案しています。 祝い方が多様になるなら、飲み方も一つである必要はありません。
日本酒は、長い歴史を持つからこそ「伝統を守るもの」と考えられがちです。しかし、お屠蘇という伝統そのものを現代の感覚で再構築した「no.8」が示すように、伝統とは昔の形を保存することだけではないでしょう。昔から続いてきた「祝う」という文化を、今の生活の中でどう楽しむか——そこに新しい祝い酒の可能性があります。
日本酒の未来は、特別な日に酒を用意することだけではなく、何気ない一日にも「今日は祝っていい」と思わせてくれる酒を増やすことにあるのかもしれません。
