都会で『農』から始める酒造――白鶴酒造・天空農園が拓く次世代テロワール

白鶴酒造は10月23日、東京・銀座の自社ビル屋上「天空農園」で酒米「白鶴錦」の稲刈りを行いました。ここで収穫された米は、マイクロブルワリー「HAKUTSURU SAKE CRAFT」で仕込まれ、約40本の限定酒となる予定です。

この取り組みの本質は、単に都市で酒米を育てる試みではありません。『農業から始める酒造』という、日本酒文化の根源的なプロセスを都心に再構築する点にこそ価値があります。地方に広がる水田から遠く離れた銀座の屋上で米を育てるという行為は、酒造りの原点を都市に呼び戻す象徴的な実践といえます。

都市型農業がもたらす「生産と醸造の再接続」

酒造りは本来、「米づくり」から「発酵」までを通した一貫した営みでした。しかし現代において、農業と醸造は分断され、蔵人であっても米づくりの現場を知らないまま酒を造るケースは少なくありません。

ところが天空農園では、蔵人が米の生育を観察し、気候や土壌(屋上土壌)、日照など都市特有の環境の変化を身体的に理解できます。これは、酒の仕込みに対する感覚を研ぎ澄まし、「自分たちが育てた米で、自分たちが醸す」という本来の酒造文化に近い循環を取り戻すものです。

さらに、都市型農業の特性として、農作業に外部の人が参加しやすい点があります。都市生活者が田植えや稲刈りに関わることで、酒造りに対する理解が飛躍的に深まります。都市で農から酒までを完結させるモデルは、これまで分断されていた生産と消費の距離を縮め、文化的な関係の再構築を可能にします。

都市の気候が生む新しいテロワールの可能性

銀座の屋上で育つ酒米には、ビル風や高層ビルの反射光、都市微生物叢など、田舎の田んぼでは有り得ない環境要因が作用します。これらは決して欠点ではなく、都市という固有の風土、つまり、新たなテロワールを形成します。

ワインの世界で、都市醸造所が独自のアーバン・テロワールを発信しているように、日本酒もまた「都市で育つ米の個性」を語る時代が訪れていると言えるでしょう。特に酒米はタンパク質量や粒の硬さなどで味わいが変わるため、都市気候で育った米がどのような酒質を生むのかは、研究としても価値があります。

都市型農業は、小規模だからこそ環境要因を可視化しやすく、テロワール研究の新たな舞台ともなり得ます。

小規模だからこそ可能な『個性の極致』としての酒造り

天空農園の生産量は多くありません。しかし、小規模であるからこそ、次のような価値が生まれます。

  • 生育環境を細部まで把握できる
  • 単一区画の米だけで仕込む究極の限定ロットが作れる
  • 物語性が強く、体験価値の高い酒になる
  • 都市に住む消費者がリアルタイムで生産工程を見守れる

つまり小規模酒造の弱点とされる生産量の少なさは、都市の場合むしろ、「唯一無二の価値」へと転換されます。

都市で農から酒へ――日本酒の未来を示す原点回帰

白鶴酒造の天空農園は、都市で農業を再生し、その場で酒造りまで完結させるという、極めて現代的かつ根源的な取り組みです。都市が「消費の場所」から、少量でも「生産の場所」へと変わることで、酒造はより文化的で、より参加型のものとなっていくでしょう。

そしてこの流れは、都市テロワールの確立、小規模ロットによる多様な酒造文化、さらには「自分たちの街で育てた米の酒」という新しい地域性の創造へとつながっていきます。

農から始める酒造を都市で実践すること――それは、次の時代の日本酒のアイデンティティをつくる、小さいけれど大きな一歩なのです。

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KURA ONE®の常温生酒缶が始動──新シリーズ〈Re:Local〉が導く日本酒の新時代

日本酒缶ブランド「KURA ONE®」が、新シリーズ〈Re:Local〉をクラウドファンディング「Makuake」にて展開し、常温流通可能な『生酒缶』を含むラインナップを発表しました。200mLの飲み切りサイズを採用し、地域ごとの水・米・醸造文化をそのまま缶に封じ込める構成で、地名を前面に出した『ローカルの再定義』をテーマにしています。さらに、飲食店や宿泊施設向けの卸販売キャンペーンも同時に進め、国内外への流通拡大を狙っています。

KURA ONE®の歩み──『小さな日本酒』が切り開いた新市場

KURA ONE®は、従来の日本酒が持つ「重い・割れやすい・量が多い」という消費上のハードルを取り除き、持ち運びやすく、世界輸送に適した『小さな日本酒』としてブランドを確立してきました。2023年の登場以来、軽量性と堅牢性、そしてデザイン性の高さによって、様々な酒造の日本酒を、世界50カ国以上に流通させています。

今回の〈Re:Local〉では、単に飲みやすい日本酒を超え、土地の個性をパッケージに織り込み、『その土地の一杯』を手に取る体験を目指しています。テロワールを視覚的に理解できるデザイン力は、KURA ONE®がこれまで培ってきた強みの一つです。

注目の常温生酒缶──鮮度の概念を塗り替える挑戦

最も革新的なのは、生酒を常温流通させる技術的挑戦です。通常、生酒は冷蔵管理が必須ですが、KURA ONE®はアルミ缶の持つ高い遮光性・防酸化性と、独自の充填技術を組み合わせることで、開封時に生酒らしいフレッシュな香味が立ち上がる状態を実現しようとしています。

これにより、旅先への持ち運びや贈答の際に冷蔵環境が確保できないケースでも蔵出しの鮮度を届けることができ、日本酒の流通と体験の幅を大きく広げる可能性を秘めています。

スタイリッシュな日本酒缶がもたらす新たな価値

缶という器は、軽さと安全性に優れながらも、「高級酒は瓶」という固定観念と対峙する必要があります。KURA ONE®はここに、洗練されたデザイン、地域名の大胆な配置、そしてストーリー性の高いブランドコミュニケーションで挑んでいます。

さらに今回のMakuakeでは、「濃厚日本酒アイス」とのセット提案など、缶酒を軸にした新たな食体験にも踏み込んでいます。スタイリッシュな200mL缶は日本酒を『持ち歩ける嗜好品』へと変え、若い世代やインバウンド層にとっての入り口としても機能するでしょう。


KURA ONE®〈Re:Local〉は、ブランドが次のフェーズへ進んだことを象徴しています。生酒缶という技術的革新、地域の個性を前面に出したストーリーテリング、そして缶ならではの機動力。この三つを武器に、地方の小さな酒蔵が世界へ直接声を届けるための新しいプラットフォームとなり得ます。

今後は、品質管理の明確な説明と、高付加価値化のためのブランド戦略が鍵となるでしょう。『缶だからこそ生まれる価値』をどこまで高められるか──KURA ONE®の次の挑戦に注目が集まります。

▶ KURA ONE

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グランプリは山口の名酒「五橋」──世界が注目する日本酒コンテスト「MONACO SAKE AWARD 2025」

2025年10月6日、モナコ公国の名門施設「Yacht Club de Monaco」にて開催された「MONACO SAKE AWARD 2025」において、山口県は酒井酒造株式会社の「純米大吟醸 錦帯五橋」がグランプリに輝きました。このコンテストは、モナコと日本の文化交流を目的に始まった国際的な日本酒コンクールであり、世界中の美食家やソムリエが審査に参加することで知られています。

MONACO SAKE AWARDの国際的な位置づけ

MONACO SAKE AWARDは、単なる品評会ではなく、日本酒の国際的な認知度向上と市場拡大を目的とした文化的イベントです。審査員にはモナコ在住の宮廷シェフや一流ホテルのソムリエなどが名を連ね、地中海の美食都市モナコで開催されることで、フランスやイタリアなど欧州の食文化との融合が試され、日本酒の新たな可能性が探求されます。

特に今年のマリアージュ賞のテーマは「モッツァレラチーズ」であり、日本酒と西洋食材の相性を評価するユニークな試みが注目を集めました。これは、海外市場における日本酒のポジショニングを強化するうえで重要な指標となります。

今回のグランプリ受賞で、「五橋」の酒井酒造にとっては、海外の一流レストランやホテルでの採用が期待されるほか、輸出拡大やブランド価値の向上につながると見られます。それは、国際的な評価を得る大きな機会となるだけでなく、審査結果が酒造りの現場にフィードバックされることで、日本酒業界全体にも好影響を与えるはずです。

▶ 純米大吟醸 錦帯五橋|モナコ・サケ・アワードの最高賞に輝いた日本酒

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新酒の季節に考える——酒造年度(BY)表示の「曖昧さ」と日本酒の未来

新酒が店頭に並び始める季節になると、酒好きの心は自然と弾みます。「今年の出来はどうか」「去年と比べて香りは?」といった話題が飛び交い、冬の訪れを感じる瞬間でもあります。しかし、その一方で、瓶に小さく印字された「BY」――酒造年度(Brewery Year)の表示に首をかしげる人も少なくありません。ワインの「ヴィンテージ」に似ているようで、実は似て非なるこの表示。改めてその意味と課題を考えてみたいと思います。

ワインの『ヴィンテージ』とのズレ

ワインの世界では「ヴィンテージ=葡萄の収穫年」であり、その年の天候や収穫状況が味に直結します。いわば自然との対話を数字で示すものです。

一方、日本酒の「酒造年度(BY)」は、「その酒が仕込まれた年度」を示すもので、原料である米の収穫年とは一致しません。日本酒は、前年に収穫された米を冬に仕込み、翌年の春以降に出荷するのが一般的です。つまり、ワインが「農産物の年」を示すのに対し、日本酒は「仕込みの年」を示しているにすぎません。

この構造的なズレを考えると、「BYをワインのヴィンテージのように語る」ことは正確ではなく、もし『ヴィンテージ』を標榜するなら、本来は米の収穫年度を基準にすべきではないかという疑問が残ります。

さらに厄介なのは、このBY表示が一般の消費者にとって非常に分かりづらいという点です。たとえば「R6BY」と書かれていても、それが令和6年(2024年)に仕込まれた酒だとすぐ理解できる人は限られます。加えて、同じ蔵の中でも「R6BYの生酒」と「R5BYの火入れ酒」が同時に売られていることもあり、単に新しい数字が新しい酒とは限りません。

結果として、BY表示は本来の意義を果たせず、「難しい」「何を指しているのかわからない」という印象だけが残り、むしろ消費者を遠ざけてしまう側面すらあります。

新酒も古酒もそれぞれに価値があるのに…

日本酒の世界には、しぼりたての『新酒』のフレッシュな魅力と、熟成によって深みを増した『古酒』の妖艶な美しさの両方があります。しかし、現在の表示制度では、その違いがラベルから直感的に伝わらないのが現状です。製造年月は記載されていても、それが「瓶詰め時」なのか「蔵出し時」なのか明確でなく、消費者が「いま飲んでいる酒」がいつどのように造られたものなのかを正確に把握するのは難しいのです。

本来なら、①仕込み年度(酒造年度) ➁原料米の収穫年度 ③瓶詰め・出荷年月 といった情報を統一的に、分かりやすい形式で記載すべきでしょう。これが整えば、「今年の米で仕込み、半年熟成させた酒」なのか、「2年前の仕込みを寝かせた熟成酒」なのかが一目で分かり、日本酒の多様な世界がもっと正当に評価されるはずです。

曖昧さが日本酒の魅力を損ねている

現在のBY表示は、専門家や愛好家にとっては利用価値があるのかもしれませんが、酒自体の価値を語るにはあまりに曖昧で、個々の日本酒が持つ物語性を十分に伝えられません。

「いつ仕込まれた」「いつ詰められた」「いつ出荷された」——これらが一本のラベルの中で明確に整理されるだけで、日本酒の価値はさらに高まるでしょう。ワインが『ヴィンテージ』を誇るように、日本酒もまた、『時間をどう扱う酒か』を堂々と語れる時代を迎えるべきです。

新酒の季節に思うのは、この「BY」という小さな文字が、日本酒の未来を閉ざしてしまっているのではないかということであります。もともと酒造税法によって生まれた「BY」をそのまま転用するのではなく、今こそ消費者目線に沿って、個々の日本酒の魅力を伝える表示に切り替えるべきだと考えるのであります。

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「Oriental Sake Awards 2025」の最高賞が決まる──アジア市場が示した次の日本酒基準

アジア最大級の日本酒コンテストとして知られる「Oriental Sake Awards 2025」(以下 OSA)において、最高賞「サケ・オブ・ザ・イヤー」に新澤醸造店(宮城県大崎市)の「あたごのまつ 鮮烈辛口」が選ばれました。アジア全域から集まった審査員によるブラインド審査を経て決まるこの賞は、その年を代表するたった一本の日本酒に贈られる栄誉です。本醸造酒である同銘柄が、アジアの大規模市場で最も高い評価を獲得したことは、日本酒の未来に大きな意味を持ちます。

アジア市場で求められる食中酒としての完成度

OSAは香港を拠点とし、アジアに広がる日本酒ファン・飲食店・ホテル・輸入事業者から高い注目を集める国際日本酒コンテストです。アジアは現在、世界で最も日本酒消費が増えている地域であり、日本酒の新たな市場を形成する存在になっています。そこで最高賞に選ばれたということは、単に品質の高さだけでなく、「アジアの食文化に適応し、現地で愛される可能性が最も高い酒」として評価されたことを意味します。

「あたごのまつ 鮮烈辛口」は、キレのある辛口設計に加え、柔らかな米の旨味がバランスよくまとまり、食中酒としての対応力が非常に高い日本酒です。–5℃での氷温貯蔵によるクリアな味わいが保たれている点も評価され、寿司や日本料理はもちろん、東南アジアのスパイス料理や中華料理との相性も自然と高まります。国や文化を超えてペアリングの幅が広がることが、アジア市場で強く支持された理由の一つといえるでしょう。

本醸造の価値がアジアで再定義される

今回の最高賞には、もうひとつ重要な視点があります。それは、「本醸造」というカテゴリーがアジア市場において高く評価された点です。日本国内では純米・吟醸系が注目されがちですが、アジアでは日常酒としての飲みやすさや、料理に寄り添う万能性が求められ、本醸造の持つ「軽快さ」や「キレ」が強い武器になります。

OSAという大舞台で本醸造酒が頂点に立ったことは、日本酒の国際展開において「高価格帯・華やかさ」だけが評価軸ではないという、新たなメッセージでもあります。「毎日の食卓に合わせやすい味」こそが、アジアの日本酒需要を押し上げる原動力であることを示した結果といえます。

アジア発の評価が日本酒の未来を動かす

日本酒の輸出額の伸びをけん引しているのは中国・台湾・香港・シンガポール・タイなど、アジアの国々です。こうした市場では、現地の味覚や酒類文化を踏まえながら、その土地で選ばれる酒であるかどうかが重要になります。

OSAはまさにその指標となるコンテストであり、そこで最高賞を受けたということは「あたごのまつ 鮮烈辛口」がアジアで最も伸びる潜在力を持った銘柄であると評価されたに等しいのです。今後、アジアの飲食店やラグジュアリーホテルで採用が進む可能性も高く、海外販路の拡大に直結する成果となるでしょう。

地域の蔵からアジアの『日常酒』へ

「あたごのまつ 鮮烈辛口」の受賞は、地方の蔵元が生み出す「日常に寄り添う酒」が、アジアの巨大市場へと橋を架けた瞬間でもあります。華やかさではなく、食卓に溶け込む味わいが選ばれたことは、日本酒文化が次の段階へ進みつつあることを示しています。

アジア最大級のコンテストで生まれたこの結果は、これからの日本酒の海外展開において大きな指標となり、さらなる市場拡大と文化交流の鍵を握るものになるでしょう。

▶ アジア最大級の日本酒コンテスト「Oriental Sake Awards 2025」

▶ あたごのまつ 鮮烈辛口|アジア最大級の日本酒コンテストで最高賞を獲得

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日本酒における「本物」とは何か? 酔いや味わいを超えた哲学の探求

「酒ぬのや本金酒造」様のインスタグラム(10月18日)に、非常に示唆に富む問いかけがありました。それは「日本酒における本物とは何か」という根源的な問いです。興味深いことに、これは外国からの問いかけであると記されています。

国内で「無視」されてきた根源的な問い

私たち日本人にとって、日本酒は長きにわたり「あって当たり前」の存在でした。米を耕し、水を守り、四季の移ろいを肌で感じて生活を営む中で、酒は祭りや儀式、そして日常の食事を彩る、生活の一部、文化の背景そのものでした。

そのため、国内では「本物とは何か」という根源的な定義を問い直す必要は、ほとんどなかったと言えるでしょう。「美味しい」「この土地ならでは」「うちの蔵の味」といった、個々の感覚や地域性に根ざした評価基準が、いわば暗黙の了解として存在していたからです。この問いかけは、あまりにも身近すぎて、かえって無視されてきた問いかけだ、と表現することもできます。

世界的な広がりが突きつける「本物」の定義

しかし今、日本酒は急速に世界的な広がりを見せています。海外の多様な文化や、蒸留酒・ワイン・ビールといった他の酒類との比較の中で、日本酒は「SAKE」という新しいカテゴリーとして受け入れられています。

異文化圏の人々は、まず日本酒の独自性、すなわち「本物であることの証明」を求めます。彼らは、単に「米から造る酒」という事実以上の、意味や価値、哲学を欲しているのです。

  • なぜ米と水だけで、これほど複雑な味が生まれるのか?
  • 伝統とは、どのような技術と歴史に裏打ちされているのか?
  • 日本酒は、人々の暮らしや精神性に、どのような役割を果たしてきたのか?

これらの問いは、酔いや味わいといった感覚的な価値にとどまらず、その背景にある「文化的な深み」や「哲学に通じるもの」を求めるものです。彼らにとっての「本物」とは、五感で感じる美味しさの向こう側にある、論理的・精神的な納得感なのです。

求められるのは「酔い」や「味」を超えた哲学

日本酒人気の広がりとともに、国内外で求められているのは、もはや「美味しいから飲む」という段階を超えた価値です。そこには、以下のような、哲学に通じる要素が求められています。

【土地(テロワール)の哲学】

①その土地の水・米・気候・蔵人の生き様が、酒にどのように映し出されているか。

➁単なる産地表示ではなく、「なぜ、この場所でなければならないのか」という存在理由。

【時間の哲学】

①受け継がれてきた数千年の歴史や、醸造という行為に込められた時間の概念。

【人と自然の哲学】

①自然の摂理に従いながら微生物とともに酒を造るという、循環と共生の精神。

➁日本古来からの、持続可能性(サステナビリティ)に通じる概念。

真摯な探求こそが未来の業界を支える

「本物とは何か」という問いに、醸造技術のデータや、官能的な表現だけで答えることはできません。蔵元や業界全体が、自らのルーツ、技術の背景、そして酒が生活にもたらす精神的な意味合いを言語化し、発信していく必要があります。

これこそが、外国からの問いかけに真摯に向き合うということです。自らの手で醸す酒の存在意義を深く考察し、その哲学的な価値を明確にすることは、単に海外展開に役立つというだけでなく、国内においても日本酒が、「単なるアルコール飲料」から「人々の暮らしを豊かにする文化財」へと、再認識される契機となります。

「本物」の探求とは、自己との対話であり、文化の再定義です。これに真摯に向き合うことで、日本酒は酔いや味わいといった一過性の価値を超え、人々の暮らしに深く資する普遍的な存在となり、これからの業界の発展を、哲学という名の太い幹で支えることになるでしょう。

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福山雅治ゆかりの名酒「残響」がルクセンブルク酒チャレンジ2025最高賞受賞

10月28日、国際日本酒品評会「ルクセンブルク酒チャレンジ2025」にて、新澤醸造店 の「超特選 純米大吟醸 残響 2024」が、最高賞にあたる「Best Award」に選出されたことが明らかになりました。なお、本コンテストのプラチナ/金/銀賞の受賞結果は、6月17日付で既に発表されており、最高賞の発表は10月末日としていたものです。

コンテストの特徴と意義

「ルクセンブルク酒チャレンジ」は、2022年に第1回が開催され、ヨーロッパにおける日本酒の魅力を発信し、新たな市場開拓を目的とした国際日本酒品評会です。本コンテストの主な特徴は以下の通りです。

  • 審査員にはヨーロッパ各国で活動する「酒ソムリエ」やホテル・レストランの専門家が含まれ、日本酒の香り・味わいだけでなく「現地の料理とのペアリング適性」も評価ポイントとなっています。
  • 審査基準においては、外観、香り、味わい、調和、パッケージの優雅さなど多角的に評価されており、単純な技術醸造だけでなく市場適合性を重視している点が注目されます。
  • ルクセンブルクを拠点に、ベルギー・ドイツ・フランスといった欧州主要市場にアクセスできることから、日本酒の欧州市場参入における「重要な入り口」として位置づけられています。

こうした特色をもつ本コンテストにおいて、最高賞を獲得することは、単なる受賞にとどまらず、対外的な評価・ブランド発信の大きな転機となるものです。

「残響」が示した新しい日本酒の姿

今回、最高賞を受けた「残響」は、単なる技術的な到達点を超えた、日本酒文化の象徴的存在です。その誕生は2009年。新澤醸造店の蔵元と、俳優でありミュージシャンでもある福山雅治氏との親交から生まれました。当時、世界最高とされた精米歩合7%という前人未踏の挑戦から誕生したものです。

以後、「残響」は国内外の主要コンテストで数々の受賞を重ねてきました。ロンドン酒チャレンジやIWC(インターナショナル・ワイン・チャレンジ)SAKE部門では、ワインの専門家たちから「最も繊細で詩的な日本酒」と評され、すでに国際的評価を確立していました。今回、欧州の中心地であるルクセンブルクで最高賞に選ばれたことは、世界の味覚の一部として認められた象徴的な出来事と言えるでしょう。

それはまた、「残響」が体現する『磨きの哲学』が、欧州の審査員の深い共感を呼び込んだということでもあります。単なる技術競争ではなく、素材と向き合い、心を込めて限界まで磨き抜く姿勢――それはクラフトマンシップと精神性を重んじるヨーロッパの文化とも響き合います。その意味で、今回の最高賞は日本酒が文化として成熟し、共感の言語を世界と共有し始めたことを象徴しています。

この受賞によって、「残響」は再び世界の舞台で脚光を浴びました。今回の受賞を契機に、「残響」は単なるプレミアム日本酒を超え、日本酒の芸術的到達点として国際市場で新たな価値を創出していくはずです。そしてその余韻は、まさに名の通り、世界中の酒席に静かに、しかし確かに響き続けていくことでしょう。

▶ 残響|熟成しても燗にしても美味いプレミアム日本酒

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「梵」、INTERNATIONAL SAKE CHALLENGE 2025で4冠

2025年の INTERNATIONAL SAKE CHALLENGE(ISC) の審査結果がこのほど発表され、福井県鯖江市の加藤吉平商店による銘酒「梵(BORN)」が、7部門中4部門で最高賞である TROPHY(トロフィー) を獲得しました。

この結果は、単なる受賞の枠を超え、「梵」というブランドが改めて世界の審美眼に通用する品質を持つことを証明したものとして注目されています。

INTERNATIONAL SAKE CHALLENGEとは

ISCは、2007年に設立された日本酒の国際審査会で、世界的なワインコンペティション「International Wine Challenge(IWC)」の姉妹大会に位置づけられています。

しかし、IWC SAKE部門とは異なり、ISCは完全に日本国内で開催される国際基準の官能評価会である点が特徴です。審査員には日本国内の酒類鑑定士や蔵人だけでなく、海外のマスター・オブ・ワイン(MW)やワインジャーナリスト、ホテルソムリエなど、非日本人審査員が多数参加しており、評価基準はワインやスピリッツの世界基準と同等の枠組みで運営されています。

他の主要コンクール――たとえば全国新酒鑑評会やSAKE COMPETITIONなどが「技術力」を基準にした美味しさを評価するのに対し、ISCは世界の消費者が感じる美味しさという普遍的基準を軸に置いています。
香味の完成度・熟成バランス・温度変化による味の展開、さらには輸出市場での可能性まで含めた「総合的国際評価」が行われるため、世界で売れる日本酒を見極める場ともいわれます。

世界に知られる「梵」が、再び世界基準で認められた

そんな審査の中で、梵が4部門でトロフィーを獲得したのは極めて異例です。

梵はすでに、海外では「BORN」というローマ字表記で高級レストランや一流ホテルに流通しており、国際的名声を得ているブランドです。1998年の国際酒祭り(カナダ・トロント)ではグランプリを受賞、カンヌ国際映画祭で日本酒として初めて晩餐酒として使われるなど、国際的な舞台に度々登場してきました。

つまり、世界市場での名声をすでに持つ酒が、あえて世界標準の審査に挑み、とんでもない快挙を達成したのです。しかも「梵・天使のめざめ」は、毎年のようにトロフィーを獲得しています。

このように、「評価されるべき酒が、再び評価された」ことは、一見当然のようでいて、実は非常に難しいことです。なぜなら、知名度のある酒ほど期待値が高く、厳しい目が向けられるからです。そんな中でも、「梵」が純米大吟醸・吟醸・純米酒・熟成酒と複数のカテゴリーで最高賞を得たことは、蔵としての総合力と品質維持力の高さを、あらためて世界に示した形です。

今後への影響

今回のISC2025での「梵」の快挙は、「世界に認められた日本酒」が我が国の日本酒コンテストで認められたということであり、日本酒の評価軸が定まってきたことを象徴しています。

これまで日本酒は、国内で高い評価を受けても必ずしも海外で理解されるとは限らず、また逆に、海外で人気を博す銘柄が国内審査で埋もれることもありました。しかし今回、「梵」が世界の舞台で培った信頼と、日本の酒としての完成度を両立させ、「世界品質の日本酒」として再確認されたことは、業界全体にとって大きな意味を持ちます。

この結果は、単に「梵」にとっての栄誉ではなく、日本酒という文化そのものが「国境を越えて通じる味」として成熟したことの証でもあります。今後、「梵」が築いたこの評価の橋を渡るように、多くの蔵が世界と対話しながら、新たな日本酒像を描いていくことになるでしょう。

【TROPHY(トロフィー)受賞酒一覧】

最優秀大吟醸・吟醸酒出羽桜 大吟醸酒出羽桜酒造山形県
最優秀純米大吟醸酒五橋 純米大吟醸50%酒井酒造山口県
最優秀純米吟醸酒會津宮泉 純米吟醸宮泉銘醸福島県
最優秀純米酒梵・純米55加藤吉平商店福井県
最優秀熟成酒梵・天使のめざめ加藤吉平商店福井県
最優秀スパークリング酒梵・ささ雪加藤吉平商店福井県
最優秀プレミアム酒梵・夢は正夢加藤吉平商店福井県
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重陽の節句と燗酒――秋の深まりとともに訪れる「温め酒」の季節

日本には四季折々の節句があり、その中でも旧暦の9月9日にあたる「重陽(ちょうよう)の節句」は、古くから「菊の節句」としても知られています。奇数が重なることを「陽が重なる」として、強くなりすぎた陽の気を祓い、無病息災を願って菊酒を飲む風習が平安時代から伝わってきました。もともとは中国の陰陽思想に由来し、九という最大の陽数が重なる日を「陽の極」と捉えることに始まります。

この重陽の節句は、新暦では、概ね10月中に訪れます。そして実は、この日こそが「燗酒」の季節の幕開けとされてきたのです。

「花冷え」から「雪の酒」へ――燗酒の季節区分

古くからの日本酒文化では、酒を温めて飲む「燗」の習慣が、季節の移ろいとともに繊細に区分されてきました。春の「花冷え」や「涼冷え」など冷酒の温度呼称に対し、秋から冬にかけては「日向燗」「人肌燗」「ぬる燗」「上燗」「熱燗」「飛び切り燗」といった呼び名が生まれています。

この「燗酒の季節」は、旧暦の重陽の節句から翌年の桃の節句(旧暦3月3日、現在の4月中旬ごろ)までとされていました。つまり、秋が深まり始める頃に温め酒を始め、春を迎えるまでの半年間を「燗の季節」と見立てていたのです。気温の低下とともに体を温める知恵でもあり、また、熟成が進んだ秋の日本酒を味わう絶好の時期でもありました。

古の人々は、この季節の変化を敏感に感じ取り、味覚として楽しみました。新米の酒が仕上がる前のこの時期、夏を越して旨みが乗った「ひやおろし」を火で温めると、さらに柔らかく、深みのある味わいが引き出されます。まさに、燗酒は秋の実りとともに楽しむ旬の酒なのです。

2025年は10月29日――重陽の節句を味わう日

月の満ち欠けを基準にした旧暦カレンダーをめくると、2025年の旧暦9月9日は、10月29日にあたります。つまり、今年の「重陽の節句」は10月29日。暦の上では、ここから本格的な燗酒の季節が始まるということになります。

この日を境に、秋の夜長にしっとりと燗をつける楽しみが増していきます。近年では冷酒人気が高い一方で、燗酒の魅力が再評価されつつあります。温度による香りと味わいの変化、酒質による相性、器の選び方など、五感で楽しむ深い世界がそこにあります。特に純米系や生酛・山廃系の酒は、温めることで旨味がふくらみ、料理との相性も格段に良くなります。

現代の暮らしの中で、季節を実感する瞬間が少なくなった今こそ、旧暦の節句を意識してみるのも趣深いものです。たとえば10月29日の夜、菊の花を一輪飾り、秋の味覚を肴にして、ぬる燗をゆっくり味わう――そんな時間の中に、古い歴史を持つ日本のよさが感じられるかもしれません。

暦とともに楽しむ酒文化の再発見

重陽から桃の節句までの半年は、まさに「燗酒の文化」が最も豊かに花開く時期です。冬の寒さをしのぐ手段であると同時に、米の旨みを最大限に引き出す温度の妙が楽しめるこの季節。現代の私たちにとっても、燗酒はただの温め酒ではなく、自然のリズムに寄り添いながら味わう『熱い文化』だと言えるでしょう。

2025年10月29日、重陽の節句――冷酒から一転、湯気とともに立ち上る香りに、秋の深まりを感じる季節が始まります。

▶ 雄町サミット燗酒部門での初代最優等賞に輝いた岡山の日本酒【生酛 和井田】

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都市型酒蔵「KOFUNE SAKE BREWERY」誕生——時間を共有する次世代の日本酒体験とは

大阪・梅田に、都市型の新しい日本酒醸造所「KOFUNE SAKE BREWERY(コフネ・サケ・ブルワリー)」が2025年11月1日にグランドオープンします。

この施設は、「酒造りを見ながら飲める」というライブ感あふれる空間を特徴とし、従来の日本酒づくりにおける『時間の概念』を根本から見直す試みとして注目を集めています。

「ゆっくり熟す」から「時間を共有する」酒造りへ

一般的に日本酒は、仕込みから出荷まで数カ月をかけ、発酵・熟成の過程を経て完成します。ところがKOFUNEでは、この「時間をかける」プロセスを削るのではなく、『その時間を見せる』という方向に舵を切ったといいます。

都市部に限られたスペースで行う小仕込みを前提とし、発酵期間は数週間から1か月程度。小ロットで仕込むことで、造り手が自由に発想し、そのアイデアをリアルタイムで形にするというのです。まるでアーティストが次々と新曲を発表するように、KOFUNEは、造りたての日本酒を、大阪という大都会で発信していくのです。

この新たな酒体験を実現するために、KOFUNE SAKE BREWERY では、醸造設備とともにパブが併設され、仕込みタンクを眺めながら、造りたての日本酒をその場で味わうことができるようになっています。発酵のピーク、落ち着き、そして瓶詰め後の変化までを来訪者と共有するスタイルで、それはまさに「発酵のライブ」。

一般的な蔵が「時間を閉じ込めた酒」を提供するのに対し、KOFUNEは「時間が動いている酒」を見せるのです。造り手と飲み手が同じ時間軸で味わいを確かめ合うという、これまでにない体験を提供することになります。

醸造家の自由と都市のスピードが出会う場所

KOFUNEのもう一つの特徴は、醸造家の創造性を最大限に尊重する仕組みです。酒造免許や設備投資などのハードルをKOFUNE側がサポートし、造り手は「造りたい酒」に集中できるのです。この構想は、創作を支える「音楽レーベルのSAKE版」です。都市というスピーディーな環境の中で、伝統技術に裏打ちされたクラフト精神をどのように発揮できるか。その挑戦の場がKOFUNEなのです。

そして、「時間を短縮する」のではなく「時間をともに過ごす」という、KOFUNEの核心思想。仕込み直後のフレッシュな香りから、数日ごとに変化する旨味や酸のバランスまでを、リアルタイムで楽しむ。まるでワインの樽試飲やクラフトビールの新バッチのように、KOFUNEのSAKEには『今しかない味わい』を感じ取ることができるはずです。それは、市場に出回る日本酒が持つ静的な魅力に対し、動的で現在進行形の美味しさを提案するものです。

都市で生まれる新しい酒文化

KOFUNE SAKE BREWERYは、伝統とスピード、職人技と都市文化を融合させた、まったく新しい日本酒の実験場です。11月のグランドオープンでは、地方の料理人を招いたペアリングイベントや限定銘柄の提供も予定されています。これまで「時間をかけて完成させる」ことに重きを置いた日本酒の世界に、KOFUNEは「時間を共有して味わう」という新しい美学を持ち込みます。

都市で酒を造り、その場で飲む——その行為自体が、日本酒の未来を象徴しているのかもしれません。

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