秋酒の香りを引き立てる酒器選び──ワイングラスが切り拓く新しい日本酒体験

秋の訪れとともに登場する「ひやおろし」をはじめとした秋酒は、豊かな香りとまろやかな旨味が魅力です。そんな季節限定の一杯をより深く楽しむためには、酒器選びが欠かせません。かつては徳利とお猪口が定番でしたが、近年はワイングラスで日本酒を味わうスタイルが広く浸透しつつあります。その背景には、香りや味わいを最大限に引き出すための器の重要性に対する理解の広がりがあります。

リーデルをはじめとしたグラスメーカーが示す“日本酒の未来”

特に注目されるのが、オーストリアの老舗グラスメーカー「リーデル」の取り組みです。同社は世界的にワイン用グラスで知られていますが、2010年代以降は日本酒専用のグラス開発にも力を入れてきました。リーデルが蔵元や酒造組合と共同で開発した「大吟醸グラス」や「純米グラス」は、酒質ごとの特徴を最大限に表現するための形状を持ち、国内外の日本酒ファンから高い評価を得ています。たとえば、大吟醸向けのグラスは縦に細長く、華やかな吟醸香を逃さず引き立てる設計。一方で純米酒向けのグラスは丸みを帯び、米の旨味や余韻を柔らかく広げるよう工夫されています。

こうした流れは、日本酒の国際化とも密接に関わっています。海外ではワイングラスで日本酒を提供するのが一般的になりつつあり、そのスタイルが逆輸入される形で日本国内にも広がりました。レストランやバーだけでなく、家庭で楽しむ際にも「お気に入りのグラスで飲む」ことを重視する人が増えています。特に若い世代やワインに親しんでいる層にとって、ワイングラスは抵抗感が少なく、日本酒の新しい入口となっているのです。

もちろん、すべての日本酒がワイングラスに合うわけではありません。燗酒として楽しむならば、陶器や磁器の器の方が味わいを深めることもあります。要は、酒質と酒器の相性を理解して選ぶことが大切なのです。吟醸酒の華やかさを堪能するならチューリップ型のグラス、熟成感のある純米酒を味わうなら広口のグラスやぐい呑み、といった具合に、飲むお酒に合わせて器を使い分けることが、より豊かな体験へとつながります。

秋酒は、夏を越えて程よく熟成した旨味と、落ち着いた香りを持つのが特徴です。こうした酒の魅力を引き立てるには、香りを受け止め、余韻を楽しませてくれるグラスの存在が欠かせません。酒造りの進化に合わせて酒器も進化し、飲み手に新しい発見をもたらしているといえるでしょう。

この秋は、徳利やお猪口だけでなく、ワイングラスを手に取ってみてはいかがでしょうか。酒器を変えるだけで、同じお酒がまるで別物のように感じられる瞬間があります。香り高い秋酒と、器が生み出す新しい出会い──それは日本酒の楽しみ方をさらに広げてくれるはずです。

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獺祭忌に寄せて──日本酒「獺祭」と俳人「正岡子規」の関係

9月19日は「獺祭忌」と呼ばれ、俳人・正岡子規の命日として知られています。子規は明治期に俳句・短歌の革新を推し進めた文学者であり、その探究心と創造性は、現代の日本酒「獺祭」にも通じるものがあります。

「獺祭」という言葉は、中国の故事「獺祭魚」に由来します。カワウソが捕らえた魚を川岸に並べる様子が、神に供物を捧げる祭祀のように見えることから名づけられました。正岡子規はこの言葉に共鳴し、自らを「獺祭書屋主人」と号しました。病床にあっても資料を枕元に積み重ね、思索を続けた子規の姿勢は、まさに獺のように知識を並べ、文学を探求する姿そのものでした。

正岡子規の精神を受け継ぐ革新の酒造り

この「獺祭」の精神を酒造りに込めたのが、山口県岩国市の株式会社獺祭です。1980年代、経営難に直面していた同社は、三代目蔵元・桜井博志氏のもとで大胆な改革に乗り出しました。従来の「杜氏の勘」に頼る酒造りから脱却し、科学的なデータ分析に基づく製造工程を導入。1992年に発売した精米歩合23%の純米大吟醸酒「獺祭」は、国内外で高い評価を受けるようになりました。

近年の獺祭は、さらなる挑戦を続けています。2023年にはニューヨーク州ハイドパークに「DASSAI BLUE SAKE BREWERY」を開設。現地の水や環境に合わせた酒造りを行い、アメリカ市場に根ざした新たな獺祭を生み出す試みが始まっています。蔵の建設には環境配慮型の最新設備が導入され、現地スタッフと日本の蔵人が協力して酒造りに取り組んでいます。

また、音楽とのコラボレーションも話題を呼んでいます。ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団のメンバーが参加する音楽を発酵タンクに聴かせた特別商品「獺祭 未来を作曲」や、作曲家・久石譲氏との共同企画など、文化的な広がりのある商品も生まれています。

さらに、獺祭は宇宙空間での酒造りにも挑戦。「獺祭MOON」と名付けられたこのプロジェクトは、将来的に月面での酒造りを目指す壮大な構想であり、2025年後半の打ち上げによる醸造試験が予定されています。


獺祭忌にあたるこの日、私たちは一杯の酒を通じて、正岡子規の文学への情熱と、旭酒造の挑戦の軌跡を思い起こすことができます。獺祭は単なる高級日本酒ではなく、文化と思想、そして未来への挑戦を内包した存在なのです。

獺祭を味わうことは、子規の精神に触れることでもあります。革新を恐れず、常に新しい価値を創造し続けるその姿勢は、今なお多くの人々に感動を与えています。文学と酒が紡ぐ物語に思いを馳せながら、獺祭忌には獺祭を傾けてみてはいかがでしょうか。

▶ 【俳句と日本酒】時を超え革新の精神で繋がる「獺祭」の物語

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新潮流──この秋、低アルコール日本酒が続々登場。大手酒造の挑戦

2025年秋、日本酒業界に新たな潮流が訪れています。月桂冠や宝酒造、大関といった大手日本酒メーカーが、相次いで低アルコール日本酒の新商品を発表し、注目を集めています。背景には、若年層を中心とした飲酒スタイルの変化や、健康志向の高まりがあります。


月桂冠は、昨年秋に発売したアルコール度数5%の「アルゴ 日本酒5.0」を、今年10月より缶タイプやスパークリング仕様で展開することを発表しました。従来の瓶タイプに加え、持ち運びやすく気軽に楽しめる缶タイプを導入することで、より幅広い層への訴求を狙います。炭酸の爽快感とフルーティな味わいが特徴で、日本酒初心者やライトユーザーにも親しみやすい設計となっています。

一方、宝酒造は「松竹梅<金色の9%>」を10月7日に発売予定です。こちらはアルコール度数9%と、一般的な日本酒よりはやや低めながら、しっかりとした飲みごたえを残した商品です。注目すべきは、アルコール度数の高さを理由に日本酒の飲用を控えていた層に向けた提案である点です。日本酒を飲みたい気分でも、翌日の予定や体調を考慮して控えるという声に応え、程よい度数と華やかな香りを両立させた新しい選択肢として登場しました。

さらに、大関は「ワンカップミニLight 100ml瓶詰」を9月22日に全国発売します。アルコール度数8%の純米酒で、100mLの飲みきりサイズが特徴です。やや甘口でバランスの取れた味わいは、和食はもちろん、サラダやカルパッチョなど幅広い料理と好相性。日本酒の旨みをしっかり残しつつ、“ほどよく酔える”という新しい飲酒スタイルを提案しています。

低アルコール日本酒登場の背景と未来

こうした低アルコール日本酒の広がりには、いくつかの社会的背景があります。まず、若年層を中心に「酔うための酒」から「楽しむための酒」への価値観のシフトが進んでいることです。Z世代やMZ世代では、アルコールを控えつつも食事や会話を楽しむスタイルが定着しつつあり、軽やかな飲み口の酒が求められるようになっているのです。

また、健康志向の高まりも見逃せません。アルコール摂取量を意識する人が増え、平日でも気軽に飲める酒へのニーズが拡大しています。さらに、日本酒のフルーティーな味わいに注目が集まり、より飲みやすい形の商品が求められるようになったのです。

この秋の新商品の投入は、伝統的なイメージから脱却し、こうした価値観に対応しようとする試みです。瓶から缶へ、晩酌から昼飲みへ、重厚から軽快へ──日本酒は今、文化的再定義の真っただ中にあります。

消費量の減少という課題に対し、酒造各社は「守るべき伝統」と「変えるべき常識」を見極めながら、未来の日本酒像を模索しています。低アルコール日本酒は、その象徴的な存在として、今後ますます重要な役割を担っていくはずです。

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オンキヨー、恋酒川越2025に出展 加振酒が切り拓く日本酒の新たな可能性

2025年9月20日、埼玉県川越市の氷川神社で開催される「恋酒川越2025」に、オーディオ機器メーカーとして知られるオンキヨー株式会社が出展することが発表されました。出展内容は、同社が独自に開発した「加振技術」を活用した日本酒、いわゆる「加振酒」です。伝統文化と先端技術の融合がテーマとなる同イベントにおいて、加振酒の登場は大きな注目を集めることが予想されます。

音の振動を酒造りに活かすオンキヨーの挑戦

オンキヨーの加振技術は、音楽の振動を特殊な装置を通じて醸造タンクに伝え、酵母や発酵環境に働きかける仕組みです。従来の“音楽を聴かせる”試みとは異なり、音波そのものを酒の熟成プロセスに活かす点が特徴です。研究の過程では、発酵中に生成される香味成分が通常よりも増加する傾向が確認されており、バナナの香りに似た酢酸イソアミルや、リンゴ様のカプロン酸エチルなどが強調されるケースも見られました。科学的な裏付けとともに、新たな醸造手法としての可能性が広がっています。

全国で広がる「加振酒」の輪

オンキヨーの技術はすでに複数の酒蔵で実用化され、独自のブランド展開が進んでいます。岡山県の菊池酒造「燦然 蔵リズム」、新潟県の北雪酒造「北雪 純米 加振音楽酒」、愛媛県の八木酒造部「山丹正宗 Jazz Brew」、徳島県の三芳菊酒造「純米吟醸 ワイルドサイドを歩け 音楽振動熟成」など、各蔵が音楽ジャンルや地域性を掛け合わせた商品を発表しています。さらに、北海道の国稀酒造や大阪の山野酒造も参画し、全国に「音楽と酒の融合」という新たな潮流が広がりつつあります。

特筆すべきは、京都市交響楽団とのコラボレーションにより誕生した「聚楽第 京乃響」です。交響楽団の演奏が発酵過程に加振されることで、芸術と酒造りの共演が実現しました。加振酒は単なる技術応用にとどまらず、文化や地域資源を結び付ける媒介としても存在感を増しています。

恋酒川越2025での意義

「恋酒川越」は、日本酒を通じて人と人とを結び付けることを目的とするイベントで、着物来場者への特典なども用意される華やかな催しです。そこにオンキヨーが加振酒を携えて参加することは、伝統的な日本酒の場に新しい価値観を提示する試みといえます。歴史ある川越の町並みにおいて、最先端技術で育まれた酒を体験できることは、多くの来場者に驚きと興味を与えるでしょう。

未来に向けて

加振酒は、今後さらに研究が進めば、音楽ジャンルや周波数の違いによって味わいや香りを自在にデザインする可能性があります。イベントでの体験をきっかけに、消費者が「どんな音楽で育った酒なのか」というストーリーを楽しむ時代が到来するかもしれません。

オンキヨーの出展は、日本酒が進化し続ける文化であることを強く印象付けるものです。伝統と革新が交わる「恋酒川越2025」での披露は、日本酒の未来を語る上で大きな一歩になるでしょう。

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大吟醸も純米酒も同じ土俵で――美酒コンクール2025の入選酒発表を受けて

国内外の酒造関係者や愛好家から注目を集める「美酒コンクール2025」の入選酒が、9月12日に発表されました。このコンクールは、2023年に始まった女性審査員による日本酒コンクールで、今年も全国各地から数多くの銘柄がエントリーし、熱のこもった審査が行われました。

▶ 第3回美酒コンクール2025<速報> 審査結果

ところで、この美酒コンクールの面白さは、仕込みや精米歩合の違いによる部門立てがなされていないところにあります。通常の日本酒コンテストでは、「大吟醸」「吟醸」「純米」など、いわばボクシングの階級分けのような分類がなされ、そのつくりによって、評価の土俵が分かれているのが一般的です。ところが美酒コンクールでは、あえてその線引きを取り払い、ひとつのテーブルで大吟醸と純米酒が肩を並べ、同じ基準で味わいの総合力を競うのです。

この方式は、一見すると不公平に思えるかもしれません。精米歩合35%まで磨き上げた大吟醸と、精米歩合70%で米の個性をしっかり残した純米酒とでは、そもそものスタイルが大きく異なるからです。しかし、審査員たちが重視するのは「味わいのカタチ」という一点に尽きます。そして、それぞれの部門基準に応じて純粋に比較されるのです。グラスの中にある液体そのものの魅力に向き合うことこそが、このコンクールの精神といえるでしょう。

このアプローチは、今後の日本酒業界にとっても大きな意味を持ちます。国内外で日本酒の多様性が注目される中、消費者の嗜好は必ずしも大吟醸至上主義ではなくなってきました。食事と合わせやすい純米酒や、熟成による深みを楽しむタイプ、さらには低アルコールや発泡性のある酒までが市場に広がっています。そうした流れの中で、美酒コンクールの「スペックにとらわれない審査方針」は、まさに時代の変化を映し出しているといえるでしょう。

また、出品する蔵元にとっても、この舞台は大きな挑戦となります。大吟醸を磨き上げて勝負するのではなく、あえて日常酒として親しまれる純米酒で受賞を狙う蔵もあります。それは「自分たちの酒造りの核をどう表現するか」という問いに向き合う作業でもあり、単なるスペック競争から脱却する契機ともなるのです。

美酒コンクール2025の結果は、日本酒がこれから進むべき未来を示しているように感じます。スペックや分類の枠を越え、「味わいのカタチ」を追求する姿勢は、国内の酒造業界のみならず、海外市場に向けて日本酒の多様性と奥深さを発信する大きな力となるはずです。

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宮城発・等外米で醸す革新酒「土音」~柴田屋酒店×田中酒造店が挑むサステナブル日本酒の新境地

株式会社柴田屋酒店(東京都中野区)は、宮城県加美町の老舗・田中酒造店と共同で開発したプライベートブランド日本酒「土音(つちのね)sound of terroir」を、2025年9月4日(木)に発売しました。この酒は、発売直後から日本酒ファンや業界関係者の間で注目を集め、サステナブルな酒造りの象徴として高い評価を受けています。

「土音」は、粒の形状やサイズが規格外とされる「等外米」を原料に使用しています。これまで廃棄や飼料化されてきた等外米に新たな価値を見出し、農家の努力と土地の恵みを酒として昇華させるというコンセプトは、環境意識の高まりとともに多くの共感を呼んでいます。使用される酒米はすべて契約栽培によって供給され、「みやぎの環境にやさしい農産物」認証を取得。農薬や化学肥料の使用を極力控え、堆肥による土づくりを重視した持続可能な農法が採用されています。

味わいにおいても「土音」は独自性を放っています。穏やかな香りの中に、餅やキャンディ、カンロ飴、アップルパイといった甘いニュアンスが重なり、地層のように幾重にも重なる味の深みが特徴です。旨味と甘味が層を成し、長い余韻を残すその味わいは、メインディッシュとのペアリングにも適しており、鯖の棒鮨やすき焼き、牛肉の赤ワイン煮などとの相性が良いとされています。

発売から約10日が経過した現在、柴田屋酒店のオンラインショップの注目度もアップし、消費者の関心の高さをうかがわせます。SNS上でも「土音」の味わいや背景に共感する声が多く見られ、「土地の声を感じる酒」「環境と文化をつなぐ一杯」といったコメントが寄せられています。

▶ 土音つちのね sound of terroir(柴田屋酒店のオンラインショップ)

この酒が持つ意味は、単なる新商品の枠を超えています。まず、等外米の活用という点で、食品ロス削減への貢献が期待されます。さらに、契約栽培や環境認証米の使用は、持続可能な農業の推進に寄与するものであり、酒造りを通じて地域の農業や環境保全に光を当てる取り組みといえます。

また、「sound of terroir」という副題が示すように、この酒は土地の気候や土壌、栽培者の技術といった“テロワール”を体現する存在です。ワインの世界では一般的な概念であるテロワールを日本酒に取り入れることで、より深い文化的・地理的背景を味わいに込める試みは、日本酒の新たな可能性を示しています。

柴田屋酒店と田中酒造店の協業によって誕生した「土音」は、伝統と革新、環境と文化、そして人と土地をつなぐ象徴的な一杯です。今後の展開にも注目が集まる中、この酒が日本酒業界に与える影響は小さくないでしょう。持続可能性と物語性を兼ね備えた「土音」は、これからの日本酒のあり方を問い直すきっかけとなるかもしれません。

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世界に一本だけの贈り物──今代司酒造が描く「ボトルの未来」

新潟の老舗酒蔵・今代司酒造が、2025年9月6日と13日に開催した敬老の日イベントは、単なるギフトづくりの枠を超えた、文化的な提案でもありました。参加者は酒蔵敷地内の特設スペースで、ライスワックス製の安全なクレヨン「kitpas」を使い、ボトルに直接絵やメッセージを描くことができるというもの。中身は純米大吟醸酒「今代司」または麹発酵甘酒から選べ、完成したボトルはそのまま持ち帰ることができます。

このイベントの本質は、「消費される容器」というボトルの概念を揺さぶる点にあります。日本酒のボトルは、飲み終えたら捨てるものという認識が一般的ですが、今代司酒造はそこに新たな価値を見出そうとしています。絵を描くことで、ボトルは単なる容器から「記憶を宿すオブジェ」へと変化します。贈る側の想い、受け取る側の感動──その両方が瓶に刻まれることで、酒の余韻は飲み終えた後も続いていくのです。

今代司酒造が醸す「錦鯉」は、まさにその思想を体現した酒といえるでしょう。錦鯉をモチーフにした華やかなボトルデザインは、iF DESIGN AWARD 2016をはじめ、世界中のデザイン賞を多数受賞しています。その美しさは、飲む前から視覚的な喜びを与え、飲み終えた後も飾って楽しめる芸術品としての価値を持ちます。こうした「鑑賞できる酒器」という発想は、日本酒文化に新たな地平を開くものです。

ボトルの再活用は、環境負荷の軽減にもつながります。ガラス瓶はリサイクル可能な素材ですが、再利用にはエネルギーがかかるため、捨てずに使い続けることが最も持続可能な選択肢です。絵付けされたボトルは、花瓶やインテリアとして再利用される可能性も高く、ギフトとしての寿命を延ばすことができます。

また、こうした取り組みは、地域文化の継承にも寄与します。新潟は錦鯉の発祥地であり、日本酒の名産地でもあります。その両者を融合させた「錦鯉」は、土地のアイデンティティを象徴する存在です。ボトルに絵を描くという行為は、贈る人の想いとともに、地域の物語を伝える手段にもなり得るのです。

今代司酒造の敬老の日イベントは、単なる販促ではなく、「酒器の未来」を問い直す文化的な挑戦でした。これからの日本酒は、味や香りだけでなく、器のあり方にもこだわる時代へと進んでいくのかもしれません。ボトルを捨てるのではなく、残す。その発想の転換が、酒文化の新たな需要を掘り起こす鍵となるでしょう。

▶ 錦鯉|世界的デザイン賞に輝いた今代司酒造の看板酒。プレゼントに最適

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「中乗さん 純米吟醸酒」がベストカップル賞受賞──信州の地酒とご当地グルメが紡ぐ新たな物語

2025年9月6日、長野県松本市で開催された「第2回 長野県のご当地グルメに合う信州の地酒品評会」において、木曽の老舗酒造・中善酒造店が醸す「中乗さん 純米吟醸酒」が、栄えある第1位「ベストカップル賞」に選ばれました。今回の品評会は、信州プレミアム牛と地酒のペアリングを一般参加者がブラインド形式で評価するというユニークな試みで、150名の審査員による投票の結果、「中乗さん」が最も多くの支持を集めました。

「中乗さん 純米吟醸酒」は、穏やかな香りと柔らかな口当たり、そして後味に広がる米の旨みが特徴です。信州プレミアム牛の繊細な脂の甘みとしっとりとした肉質に対して、この酒は過度に主張せず、料理の風味を引き立てる“縁の下の力持ち”的な存在として高く評価されました。特に、山椒や味噌ベースのソースとの相性が抜群で、酒の酸味と旨みが味覚のバランスを整え、余韻に深みを与えていたといいます。

今回の品評会では、専門家ではなく一般参加者による評価が重視されました。これは、生活者目線のリアルな「おいしさ」を反映するものであり、地酒が日常の食卓でどのように受け入れられるかを探る重要な機会となりました。人々の味覚や嗜好は、地域性や食文化、記憶といった多様な要素に影響されるため、一般参加型の評価には、地酒の新たな可能性を拓く力があります。

また、こうした参加型の取り組みは、消費者が地酒文化の担い手として関与する「共創」の場でもあります。自らの体験を通じて「この酒はこの料理に合う」と実感することで、地酒への愛着や関心が高まり、地域ブランドの育成にもつながります。今回の受賞は、単なる味の評価を超えて、信州の自然、文化、そして人々の営みが織りなす物語の一端を示すものといえるでしょう。

長野県の地酒は、今後ますます「食中酒」としての価値を高めていくと予想されます。華やかな香りや高精白のスペック競争ではなく、料理との相性や飲み疲れしない設計が重視される傾向が強まっており、地元食材とのペアリングを通じて、地酒が“食の体験”の一部として位置づけられる流れは加速しています。

若手蔵元による企画・運営という点も、長野酒の未来を語るうえで見逃せません。伝統を守りながらも、柔軟な発想で新しい価値を創造する姿勢は、地酒文化の持続可能性を高める鍵となるでしょう。

「中乗さん 純米吟醸酒」の受賞は、信州の地酒が食とともにあることでその魅力を最大限に発揮することを改めて示しました。今後も、こうした品評会を通じて、長野酒がより多くの人々に愛され、地域の誇りとして育まれていくことを期待したいと思います。

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日本酒業界に広がる女性活躍の新潮流~新澤醸造店が「えるぼし認定」取得 

世界酒蔵ランキングで、2022年以降1位に君臨し続ける新澤醸造店。この度、「International Wine Challenge(インターナショナル・ワイン・チャレンジ)2025」のSAKE部門で、「Sake Brewer of the year」を4年連続受賞という快挙を成し遂げましたが、2025年8月19日付で厚生労働省が定める「えるぼし認定」を取得した酒造でもあります。

「えるぼし認定」とは、女性の活躍推進に積極的な企業に与えられる制度で、採用、継続就業、労働時間管理、管理職比率、多様なキャリア形成の5項目に基づき評価されます。酒造業界では取得例がまだ少なく、このニュースは業界関係者の間で注目を集めています。

新澤醸造店は、看板銘柄「伯楽星」などで知られ、挑戦的な商品開発や高品質な酒造りで全国的な評価を受けてきました。近年は杜氏や蔵人に女性の採用を積極的に進め、職場環境の改善や働き方の柔軟性を整えてきました。今回の「えるぼし認定」は、その取り組みが公的に評価された形といえます。

▶ 新澤醸造店とは

女人禁制の歴史を越えて、多様性を重視する蔵の挑戦

そもそも、酒造りと女性の関わりは古代に遡ります。太古の日本では、酒は神事や祭祀に不可欠な存在であり、米を噛んで唾液の酵素で糖化させる「口噛み酒」のように、女性が中心となって造られていました。

しかし、中世から近世にかけて酒造りが大規模化し、職業としての杜氏制度が確立されると状況は変化しました。蔵の内部が「女人禁制」とされたのは、酒造りにおける神聖性を守るという宗教的理由に加え、当時の性別役割観や労働環境の厳しさが影響しています。酒造りは冬の寒さの中での重労働であり、力仕事を前提とした職場に女性が入りづらかったという背景もありました。その結果、酒蔵は長らく男性中心の世界として続いてきたのです。

しかし現代においては、酒造りの工程に科学的な管理が導入され、重労働の負担も緩和されつつあります。さらに、多様な価値観や働き方を取り入れる必要性が高まり、女性杜氏や女性蔵人の活躍が全国的に広がり始めました。新澤醸造店のように制度面・文化面の両方から環境を整え、女性が安心して働ける体制を築くことは、業界全体の未来を支える大きな一歩といえるでしょう。

酒造業界は人口減少や消費者嗜好の変化に直面しており、人材確保と新しい発想の導入が欠かせません。その中で、女性の感性や生活者目線が酒の企画や販路開拓に大きく貢献する可能性があります。今回の「えるぼし認定」は、単なる人事制度の評価にとどまらず、酒造業の歴史的な流れを見直し、かつて女性が担っていた役割を現代的に再解釈する象徴的な出来事といえるのです。

今後、新澤醸造店の取り組みが業界内に広がり、酒蔵が男女を問わず多様な人材が活躍できる場となることで、日本酒の新たな魅力が生み出されることが期待されます。酒造りの原点に立ち返りつつ、次世代にふさわしい形へと進化していく――その転換点に、「えるぼし認定」は重要な意味を持つのではないでしょうか。

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全米日本酒鑑評会2025で臥龍梅が躍進 吟醸・純米B部門グランプリ、大吟醸A部門準グランプリの快挙

日本時間2025年9月10日に発表された「第25回全米日本酒鑑評会(U.S. National Sake Appraisal)」において、静岡県の銘酒「臥龍梅(がりゅうばい)」が大きな注目を集めました。同蔵は今年、吟醸部門と純米B部門でグランプリを獲得し、さらに大吟醸A部門で準グランプリを受賞するという快挙を成し遂げました。複数部門での上位入賞はまれであり、臥龍梅の酒質が幅広いカテゴリーで高い評価を受けたことを示しています。

▶ 2025年度全米日本酒歓評会 概要

2025年全米日本酒鑑評会の成果と意義

全米日本酒鑑評会は、ハワイで開催される北米最大規模の日本酒コンテストであり、出品点数は例年400銘柄前後にのぼります。2025年度は、2月27日から4月21日までの出品受付を経て、5月16日が出品酒の送付期限、9月3日から5日(日本時間4日から6日)に審査が行われました。9月9日(日本時間10日)に結果が発表され、臥龍梅が各部門での快挙を果たしました。

吟醸部門のグランプリは、華やかな香りと爽やかな後味のバランスが高く評価された結果です。純米B部門のグランプリは、米の旨味を引き出しながら料理と寄り添う設計が評価され、そして大吟醸A部門の準グランプリは、精緻な香味表現と完成度が認められた成果でした。部門ごとに評価基準が異なるにもかかわらず、複数部門で同時に高評価を得られたことは、単なる商品力を超え、酒造全体の方向性や醸造哲学が国際的に認められた証といえるでしょう。

三和酒造は、地元に根ざしつつも「臥龍梅」を通じて全国、さらに海外市場を視野に入れた酒造りを進めてきました。仕込みごとの細やかな管理や、酒米の特徴を活かす醸造設計、そして幅広いスタイルの酒を生み出す柔軟な発想は、蔵全体での継続的な努力に支えられています。今回の受賞は、そうした蔵としての総合力が、国際的な審査の場で確かな成果として表れたといえるのです。

この複数受賞は、静岡酒全体にも波及効果をもたらします。新潟や兵庫といった大産地と比べると規模は小さいものの、蔵単位での挑戦と工夫が積み重なれば、国際市場で確実に存在感を高められることを証明しました。特定の銘柄や単一の商品だけではなく、蔵全体の取り組みが評価されたことにこそ大きな意味があり、これは日本酒業界にとっても重要なメッセージとなります。

全米日本酒鑑評会の受賞は、販路拡大やブランド認知に直結しますが、三和酒造の今回の成果は単なる営業的効果にとどまりません。「ひとつの蔵がどのカテゴリーでも高品質を実現できる」ことを示した臥龍梅の受賞は、日本酒が世界にどう評価され、どう広がっていくかを考える上での新しいモデルケースともいえるでしょう。

総じて、臥龍梅の健闘は「蔵としての挑戦と総合力」が結実したものです。複数部門での受賞は、蔵の一貫した理念と努力が世界に通用することを証明しました。この快挙は、日本酒の未来に向け、酒造全体としての取り組みの重要性を改めて浮き彫りにしたのです。

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