宝酒造 が発表した2026年度の方針が、日本酒業界にとって興味深い意味を持っています。同社は「和酒」を中核事業として位置付け、国内外でブランド展開を加速させる方針を明確にしました。そこでは単に日本酒だけではなく、焼酎、RTD、本みりん、低アルコール飲料まで含めた「和酒」全体を一つの文化圏として提示しています。この発想は、現在の日本酒業界が抱える課題と可能性を象徴しているように思えます。
これまで日本酒は、しばしば「単独」で世界へ挑もうとしてきました。もちろん海外輸出は拡大し、純米大吟醸やスパークリング日本酒は高い評価を得ています。しかし一方で、海外市場において日本酒は依然として「難しい酒」という印象を持たれやすい存在でもあります。温度帯、酒米、精米歩合、特定名称――その奥深さは魅力ですが、入口としては高い壁にもなり得ます。
そこで近年重要になっているのが、「和酒」という大きな括りです。宝酒造が今回示した戦略では、「澪」や「昴」といった日本酒ブランドだけでなく、「焼酎ハイボール」「ISAINA」、さらには「割って飲む酒」までを含めて提案しています。つまり、日本酒単体を売るのではなく、「日本の酒文化そのもの」を輸出しようとしているわけです。これは実は非常に合理的です。
海外の消費者にとって、「SAKE」と「SHOCHU」の境界は、日本人ほど明確ではありません。むしろ「Japanese Alcohol」という大きなカテゴリーとして認識されることの方が自然でしょう。そこに、炭酸割り、カクテル、低アル、缶製品など多様な入口が用意されれば、日本酒文化への接触機会は大きく増えます。
宝酒造が「和のRTDコーナー」を提案しているのも象徴的です。従来、日本酒は酒販店や専門飲食店で「学びながら飲む酒」でした。しかし現代はまず「気軽に飲めること」が重視されます。お茶割り缶や低アル日本酒缶、スパークリング系商品は、その最前線にあります。ここで重要なのは、「入口が軽くなること」と「品質が下がること」は別問題だという点です。
実際、「澪」は海外で日本酒入門酒として機能しながら、日本酒全体への関心を広げてきました。また最近では、日本酒イベントでも「和酒フェス」という名称が増えています。焼酎やクラフト酒類と並べることで、若年層や訪日客にとって心理的ハードルを下げているのです。これは、日本酒が孤立したカテゴリーではなく、「日本の食文化体験」の一部へ変化していることを意味します。
さらに興味深いのは、この流れが観光とも強く結びついていることです。現在、日本各地で大規模な和酒イベントが増加しています。横浜赤レンガ倉庫で開催される「YOKOHAMA SAKE SQUARE 2026」も、日本酒だけでなく「首都圏の地酒文化」を総合的に発信する場として拡大しています。
つまり世界戦略の本質は、「日本酒を輸出する」ことだけではありません。和食、観光、地域文化、発酵文化、さらにはライフスタイルまで含めて、「和酒体験」として輸出する段階に入りつつあるのです。
もちろん課題もあります。和酒という大きな括りの中で、日本酒独自の繊細さや地域性が埋没する危険はあります。また、RTD化や低アル化が進むことで、「本格的な日本酒文化」が薄まることを懸念する声もあるでしょう。
しかし、日本酒が生き残るためには、「守ること」と同時に「入口を増やすこと」も必要です。かつてワインも、カジュアルワインや缶ワインの普及によって裾野を広げました。その結果として、高級ワイン市場も支えられてきました。日本酒も今、同じ転換点に立っているのかもしれません。
宝酒造の今回の戦略は、その未来をかなり明確に示しています。これからの世界市場では、「日本酒だけ」を語る時代から、「和酒文化全体」をどう体験してもらうかの時代へ移っていくのでしょう。そこでは日本酒は孤高の存在ではなく、和酒という大きな船の「中心的な一員」として世界へ向かうことになるのだと思います。
