AIは日本酒をどう変えるのか

日本酒造りといえば、杜氏や蔵人が長年培ってきた経験と勘によって、米や水、微生物の状態を見極めながら酒を造る世界というイメージがあります。ところが今、その酒造りに「生成AI」を組み込もうという動きが始まっています。

10月3日、津南醸造は、9月に開催された第78回日本生物工学会大会で、「生成AIを活用した食用米ブランド日本酒の開発」について講演したことを発表しました。講演では、同社が2023年12月から運用している「スマート醸造」と、魚沼産コシヒカリ100%の純米大吟醸の開発について紹介されています。

津南醸造が挑戦しているのは、酒造好適米ではなく、食用米である魚沼産コシヒカリを使った日本酒です。食べておいしい米と、酒造りに適した米は必ずしも同じではありません。そこで同社は、2021年から魚沼産コシヒカリによる酒造りに取り組み、生成AIを活用した「スマート醸造」へと発展させました。

AIには、同社が蓄積してきた醸造ノウハウだけでなく、研究論文や公開情報、パートナー企業の調査データなどを参照させています。そして、醪のデータを比較しながら、発酵カーブや低温での温度経過を提案したり、味わいを数値化・可視化したりすることで、酒造りを支援しています。興味深いのは、AIが「酒を造る」のではなく、あくまで杜氏と協働している点です。

日本酒造りには、数値だけでは表現しにくい部分があります。米の状態、香り、泡の様子、醪の変化など、現場で人間が感じ取ってきた情報は非常に多くあります。一方で、経験豊富な人が持っている知識は、その人がいなければ再現できないという問題もあります。ここにAIの可能性があります。

過去のデータを蓄積し、似た条件でどのような変化が起きたのかを比較できれば、「昔の経験」を未来の酒造りに利用できます。AIは杜氏の代わりになるというより、これまで個人の頭の中にあった経験を、蔵全体で共有するための道具になり得るのです。実際、津南醸造がAIとともに開発した魚沼産コシヒカリ100%の純米大吟醸「郷(GO)GRANDCLASS 魚沼コシヒカリEdition」は、KURA MASTER 2024金賞、ミラノ酒チャレンジ2025プラチナ賞を受賞しています。

もちろん、これだけで「AIが酒造りに成功した」と単純化することはできません。しかし、少なくともAIが日本酒の品質設計を支援する可能性を示す事例にはなっています。

今回の取り組みでさらに興味深いのは、その先にある構想です。津南醸造は、生成AIを活用した次世代の酒造りとして、月面での酒造りを見据えた試作酒や、ユーグレナを利用した「グリーン日本酒」、日本酒由来のナノ粒子「SAKESOME」、酒粕から新たな素材を生み出す研究などにも取り組んでいます。

ここまで来ると、AIは単なる「酒造りの便利な道具」ではありません。日本酒を造るための技術だけではなく、発酵そのものを理解し、新しい原料や環境、新しい価値を探すための技術になっていきます。

日本酒は、米と水と微生物によって生まれる飲み物です。そして、その微妙な変化を人間が長い時間をかけて読み取ってきた歴史があります。そこへAIが加われば、これまで人間が見つけられなかった発酵の可能性が見えてくるかもしれません。

ただし、最終的に日本酒を飲むのは人間です。データ上の数値が優れている酒と、人がおいしいと感じる酒が必ず一致するとは限りません。だからこそ、これからの日本酒造りで重要になるのは「AIか人間か」という二者択一ではないでしょう。人間が味や香りを感じ、AIが膨大なデータを読み解く。そして、人間がその提案をもとに再び酒を造る——そんな関係が築かれれば、AIは伝統を壊す存在ではなく、伝統を次の世代へ渡すための新しい道具になる可能性があります。

日本酒の未来は、もしかすると「杜氏の勘」か「AIの計算」かではなく、その二つをどう組み合わせるかによって決まるのかもしれません。

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「日本酒はAI時代に強い産業」酒蔵の次の100年

9月3日、「ICC SAKE AWARD」の第7回大会で、長野県諏訪市の「真澄」を醸す宮坂醸造が優勝しました。今回の大会には日本酒だけでなく、クラフトサケ、シードル、ビール、ジンなど、さまざまな酒類が参加。約70人の審査員が「ベスト・インプレッション」を基準に評価する、いわば酒類の異種格闘技戦です。今回、初めて日本酒蔵が頂点に立ったことも注目されます。

そして、この「SAKE AWARD」でスポンサーを務める人物が、投資家の千葉功太郎氏です。千葉氏はコロプラ創業メンバーで、現在はスタートアップ投資などを手掛ける人物ですが、今年9月には長野県佐久市の芙蓉酒造の全株式を取得し、代表取締役会長に就任しました。しかも単なるオーナーではありません。「蔵主」という新しい役割を掲げ、六代目蔵元の依田昂憲氏とともに「共同六代目」を名乗ります。

なぜ、ITや投資の世界にいた人物が、いま酒蔵なのでしょうか。その答えとして千葉氏が語っているのが、「AI時代だからこそ酒蔵には強みがある」という考え方です。

AIによって、画面の中で完結する仕事は急速に効率化されていきます。ところが、米を育て、酒を仕込み、発酵させ、熟成させるという営みは、どれだけ技術が進歩しても、現実の土地と時間から逃れることができません。千葉氏は、食べること、飲むこと、そして「おいしい」という感覚は、人間が存在する限り残り続けるものだと見ています。ここには、日本酒を「古い産業」ではなく、むしろ未来に残るフィジカルな産業として捉える発想があります。

さらに興味深いのが、海外市場に対する視点です。日本食への関心が世界で高まるなか、日本酒も単なるアルコール飲料ではなく、その土地の水、米、歴史、造り手といった物語を含めた「日本の食文化」として評価される可能性があります。実際、千葉氏は日本酒だけでなく農業や鮨にも関わりながら、日本の食そのものを海外へ届けることに可能性を感じています。

だからこそ、千葉氏にとって酒蔵への投資は、短期間で利益を回収する通常の投資とは意味が違います。「投資家が酒蔵を買う」と聞けば、数年後の売却を想像する人もいるでしょう。しかし千葉氏は、芙蓉酒造について50年、100年単位の時間軸を描いています。依田氏が酒造りと歴史を守り、千葉氏が資本、経営、販路、外部とのネットワークを担う。「つくる人だけに、未来まで背負わせない」という考え方です。

そして、ここでSAKE AWARDと芙蓉酒造が一本につながります。千葉氏がSAKE AWARDの審査員として酒造りの世界に触れたのは今年3月でした。そこでトップクラスの造り手たちの情熱に触れ、酒業界にはスタートアップとは異なる「100年単位の熱量」があることに強く惹かれたといいます。その経験をきっかけにSAKE AWARDの個人スポンサーとなり、さらに芙蓉酒造の承継へと進んでいきました。

つまり千葉氏がやろうとしているのは、日本酒をIT企業のように変えてしまうことではありません。酒蔵が持っている価値を、現代の経営やテクノロジーによって外へ広げることなのではないでしょうか。その象徴が、芙蓉酒造を「古さを残したまま、日本で一番AI化された酒蔵」にするという構想です。酒造りそのものをAIに置き換えるのではなく、現場の記録や経験をデータとして蓄積し、造り手の能力をさらに引き出す。伝統とAIを対立させるのではなく、伝統を未来へ運ぶためにAIを使う発想です。

今回のSAKE AWARDで真澄が示したのも、日本酒が閉じた世界だけで評価される存在ではないという可能性でした。そして千葉氏が芙蓉酒造で試みようとしているのは、その可能性を「一本の受賞酒」で終わらせず、経営、テクノロジー、海外市場、地域、そして100年という時間軸まで含めて、日本酒の価値を再設計することなのかもしれません。

日本酒業界にいま必要なのは、酒を造る人だけではありません。造り手が持つ才能を発見し、それを世界につなぎ、次の世代まで残す人も必要です。千葉氏の「蔵主」という挑戦は、ひょっとすると一つの酒蔵の事業承継にとどまらず、これからの日本酒業界における「酒蔵の経営者とは誰なのか」という問いそのものを変えていく可能性があります。

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