「日本酒で乾杯!WEEK」始まる

9月26日から10月4日までの9日間、「日本酒で乾杯!WEEK」が開催されます。10月1日の「日本酒の日」を中心に、全国各地の県酒造組合、酒蔵、飲食店、酒販店などが、それぞれの地域性を生かしたイベントを展開します。さらに今年は、9月から10月末まで、2,000円以上の日本酒購入レシートで応募できるキャンペーンも実施され、抽選で1,001名に全国の地酒が贈られます。

しかし、この「WEEK」は今年突然始まったものではありません。2019年にはすでに5回目を迎え、全国や海外から10万4,963人が乾杯に参加しました。2020年にはコロナ禍の中でも9日間の「日本酒で乾杯WEEK」を実施し、オンラインで全国をつなぎ、10月1日午後7時に一斉乾杯を行いました。

この活動の面白さは、日本酒を難しい言葉で説明するのではなく、「一緒に乾杯する」という非常に分かりやすい行為にしたことです。

日本酒には、酒米、精米歩合、酵母、製法など、知れば知るほど奥深い世界があります。しかし、それらを知らなければ日本酒を楽しめないわけではありません。「日本酒を一杯飲んで乾杯する」。その入り口を極めてシンプルにしたことが、この活動が長く続いてきた理由の一つではないでしょうか。

実際、2020年にはリアルな接触が難しい状況でも、SNSへの写真投稿やオンライン配信を使って「離れていても乾杯する」という新しい形をつくりました。イベントそのものが、人と人をつなぐ仕組みへと変化したのです。

その後の展開を見ると、「日本酒で乾杯!」は単一の全国イベントというより、各地の取り組みをつなぐ共通の合言葉になっています。2022年には9月23日から10月2日までの10日間を「日本酒で乾杯!WEEK」とし、各都道府県の酒造組合、酒蔵、飲食店、酒販店などが参加しました。さらに2024年には、台湾、シンガポール、マレーシア、香港などとオンラインでつなぎ、日本時間午後7時に一斉乾杯を実施。2025年も香港、台湾、シンガポール、マレーシアなど海外会場との中継が行われました。つまり、最初は「日本酒を飲んでもらうためのイベント」だったものが、次第に「日本酒を通じて人をつなぐイベント」へ変化してきたと見ることができます。

「日本酒で乾杯WEEK」の真中にある10月1日が「日本酒の日」とされたのは1978年です。新米の収穫が始まり酒造りの季節を迎えること、そして十二支の「酉」が酒を意味することなどが由来となっています。この日を毎年繰り返し祝う意味は、単純に日本酒の販売量を増やすことだけではありません。

日本酒は地域の米、水、技術、食文化、祭りなど、多くのものと結びついています。「日本酒で乾杯!」という共通の行為が全国各地で行われることで、それぞれ異なる地域の日本酒が同じ日に語られることになります。今年も各地域で特色あるイベントが予定されています。さらに購入キャンペーンまで組み合わせることで、「知る」「飲む」「買う」「人に伝える」という複数の接点をつくっています。

日本酒の未来を考えるとき、大きなイベントを一つ作ることだけが答えではないのかもしれません。全国の小さな酒蔵や地域の店が、それぞれの場所で同じ日に乾杯する。その積み重ねが、日本酒を特別な人だけのものではなく、生活の中にある文化として残していく力になります。

「日本酒で乾杯!WEEK」が長く続いてきた最大の成果は、参加者数だけでは測れないでしょう。毎年10月1日になれば、日本酒を思い出す人を増やしてきたこと。そして、国内だけでなく海外にも「日本酒の日」という共通の時間を広げてきたことです。

一杯の日本酒を前にして「乾杯」と言う。その単純な行為の中に、酒蔵、地域、飲食店、酒販店、そして飲み手をつなぐ力があります。これからの「日本酒で乾杯!WEEK」に求められるのは、参加者の数字だけを追うことではなく、このつながりをどこまで次の世代へ渡していけるかではないでしょうか。

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酒造りの神事が始まる季節 ~「祈る酒造り」を私たちはどう見るのか

秋が近づくと、日本酒の世界では少しずつ「造り」の季節へ向かっていきます。蔵によって時期は異なりますが、9月から10月にかけて杜氏や蔵人が集まり、仕込みの準備が進められます。そして、その前後に行われるのが醸造安全祈願祭です。

酒造りには、大神神社、松尾大社、梅宮大社など、古くから酒造関係者の信仰を集めてきた神社があります。現代でも、新酒の仕込みを前に醸造の安全を祈願する習慣が残っています。しかし、こうした光景を一般の人がどのように見るかは、以前とは少し変わってきたのではないでしょうか。

かつての酒造りは、今よりはるかに自然条件に左右される仕事でした。米、気温、水、微生物。そして、蔵人の経験と勘。どれだけ注意しても、人間の力だけでは完全に制御できない部分がありました。だからこそ、酒造りの始まりには祈りが必要だったのでしょう。「今年も良い酒ができますように」「事故がありませんように」という願いは、単なる迷信ではありません。自分たちの力だけではどうにもならないものが存在することを知っていたからこそ、人は神に祈ったのだと思います。

ところが、近代以降、酒造りは大きく変わりました。温度管理、分析技術、衛生管理、酵母の選択など、科学によって酒造りを安定させる手段が増えました。そうなると、「科学で管理できるのに、なぜ神様に祈るのか」という見方も生まれます。実際、現代の酒造りは高度に管理されています。それでも、醸造安全祈願祭はなくなっていません。国税庁が紹介した東京都酒造組合の例でも、酒造りの最盛期を前に、酒造関係者が神社に集まり、安全に良質な酒が造れるよう祈願しています。ここに、神事の意味が変化してきた理由があるように思います。

昔は「人間の力では制御できないものへの祈り」という意味が大きかったのかもしれません。しかし現在では、それだけではありません。神事は、酒造りを始める人々が気持ちを一つにするための「区切り」としての意味を持っています。

酒造りは、一人の杜氏だけで完成するものではありません。米を扱う人、麹をつくる人、醪を管理する人、瓶詰めや出荷に携わる人など、多くの人間が関わります。その人々が同じ場所で安全を願い、「これから造りが始まる」という意識を共有する。神事には、そのための力もあるのでしょう。

さらに最近では、こうした神事そのものを日本酒文化の一部として見る視線も強くなっています。酒の神様を訪ねることや、酒造りの歴史を知ることが、日本酒を飲むこととは別の文化体験になっているのです。出雲の佐香神社では、現在も酒造りに関わる神事が続いており、10月の秋季例祭では酒造りを祝う行事が行われています。つまり、神事は「古い習慣だから残っている」のではないのかもしれません。

科学が発達したからこそ、逆に人間がすべてを支配できるわけではないことも見えてきました。発酵という生き物の働きを利用する酒造りには、最後まで人間の思い通りにならない部分があります。だからこそ、仕込みの前に一度立ち止まり、酒造りに関わる人間自身の姿勢を整える——秋は、新しい酒が生まれる季節です。そして同時に、酒造りに携わる人々が「今年もこの仕事を始める」と確認する季節でもあります。

醸造安全祈願祭とは、神に酒造りを任せるための儀式ではなく、人間ができることを尽くしたうえで、それでも自分たちの力だけでは成り立たないものがあると認める儀式なのではないでしょうか。科学と神事は、必ずしも対立するものではありません。むしろ現代の酒造りでは、科学によって管理する部分と、人間が祈りや感謝によって受け継いできた部分が、同じ蔵の中に共存しています。

秋の酒造りが始まる前、神社に並ぶ杜氏や蔵元の姿を見るとき、私たちはそこに「昔ながらの風景」を見るだけではなく、人間と自然が向き合いながら酒を造ってきた、日本酒という文化そのものを見ることができるのかもしれません。

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