9月6日、埼玉県川越市の蔵造りの町並みに、日本酒の立ち飲み専門店「酔処よいしょ」がオープンしました。全国各地の日本酒を常時50種類以上そろえ、客自身が冷蔵庫から好きな一本を手に取り、一杯から楽しめる店です。営業時間も11時から18時までと、夜の「飲み屋」とは少し違います。観光の途中に、気になる酒を一杯だけ飲んでいく。そんな利用を想定しています。
面白いのは、注文方法です。普通の飲食店なら、メニューを見て店員に注文します。しかし「酔処よいしょ」では、冷蔵庫に並んだ酒を自分で手に取ります。ラベルを眺め、「何となく気になる」という感覚で選ぶことができます。いわば、日本酒の「ジャケ買い」です。もちろん、分からなければ唎酒師の店主に相談できます。つまり、「自分で選ぶ自由」と「専門家に聞く安心」の両方を用意しているのです。ここに、日本酒の飲み方に対する一つの変化が見えます。
日本酒は、銘柄、酒米、精米歩合、日本酒度、酸度など、知識がなければ選びにくい酒になりがちです。しかし、最初から詳しくなる必要はありません。「何となく気になる」から入ってもいい。これは、若い世代や訪日客に日本酒を広げるうえで、非常に重要な考え方ではないでしょうか。
こうした「日本酒を選んで飲む場所」として、すでに存在感を持っているのが「名酒センター」です。名酒センターも全国の日本酒を集め、100種類以上の酒から選んで飲み比べることができます。酒蔵を知り、日本酒を学び、複数の酒を比較しながら自分の好みを発見するという意味では、まさに「日本酒のアンテナショップ」です。現在も酒蔵を招いたイベントなどを積極的に開催しています。
ただし、両者には少し違いがあります。名酒センターが「日本酒を知る」「飲み比べる」という体験を重視しているのに対して、「酔処よいしょ」は、もっと日常的です。一杯だけ飲む。それでいいのです。川越を歩いていて、「ちょっと飲みたい」と思ったときに立ち寄る。50種類の中から一本を選び、飲んで、また街へ出ていく。日本酒を目的に店へ行くというより、街を歩く生活の中に日本酒を差し込む発想です。これは、これからの飲酒スタイルを考えるうえで重要です。
かつて酒を飲むというと、「店に入って、料理を頼み、何時間かかけて飲む」というスタイルが一般的でした。しかし現在は、食事と酒を必ずしもセットにしない人も増えています。「一杯だけ」という飲み方も、もっと一般的になっていくでしょう。
特に「酔処よいしょ」は昼間から営業しています。酒を飲むために夜を待つ必要がありません。観光、買い物、散歩の途中に日本酒を一杯。これは、従来の「酒場」という概念から少し外れた飲酒スタイルです。しかも、日本酒だけでなく、地ビールやソフトドリンクも用意されています。お酒を飲む人だけの場所にしないという設計も、これからの飲酒空間を考えるうえで興味深いところです。日本酒業界にとって、この発想は大きな意味を持つと思います。
日本酒の消費を増やそうとすると、どうしても「もっと飲んでもらう」という方向に考えがちです。しかし、本当に必要なのは、飲酒量を増やすことではありません。日本酒と出会う機会を増やすことです。一杯飲んで、「この酒は面白い」と感じる。次に別の酒を飲む。その酒の産地を知る。酒蔵を知る。そして、旅行先でその土地の酒を飲んでみる。「酔処よいしょ」がつくろうとしているのは、こうした小さな入口なのではないでしょうか。
名酒センターが日本酒を「探究する場所」だとすれば、「酔処よいしょ」は日本酒に「偶然出会う場所」と言えるかもしれません。これからの日本酒に必要なのは、酒を難しく説明することだけではなく、「ちょっと飲んでみよう」と思える環境を増やすことです。
一杯から始まる日本酒——その一杯が、酒蔵や土地への興味につながっていくなら、飲酒スタイルそのものが日本酒の未来を変えていく可能性があります。「酔処よいしょ」の新しさは、50種類以上の酒をそろえたことではありません。日本酒を「特別な日に飲むもの」から、「街を歩く途中に一杯だけ出会えるもの」へ変えようとしていること。そこに、これからの日本酒の飲まれ方を考えるヒントがあるように思います。
