日本酒における「本物」とは何か? 酔いや味わいを超えた哲学の探求

「酒ぬのや本金酒造」様のインスタグラム(10月18日)に、非常に示唆に富む問いかけがありました。それは「日本酒における本物とは何か」という根源的な問いです。興味深いことに、これは外国からの問いかけであると記されています。

国内で「無視」されてきた根源的な問い

私たち日本人にとって、日本酒は長きにわたり「あって当たり前」の存在でした。米を耕し、水を守り、四季の移ろいを肌で感じて生活を営む中で、酒は祭りや儀式、そして日常の食事を彩る、生活の一部、文化の背景そのものでした。

そのため、国内では「本物とは何か」という根源的な定義を問い直す必要は、ほとんどなかったと言えるでしょう。「美味しい」「この土地ならでは」「うちの蔵の味」といった、個々の感覚や地域性に根ざした評価基準が、いわば暗黙の了解として存在していたからです。この問いかけは、あまりにも身近すぎて、かえって無視されてきた問いかけだ、と表現することもできます。

世界的な広がりが突きつける「本物」の定義

しかし今、日本酒は急速に世界的な広がりを見せています。海外の多様な文化や、蒸留酒・ワイン・ビールといった他の酒類との比較の中で、日本酒は「SAKE」という新しいカテゴリーとして受け入れられています。

異文化圏の人々は、まず日本酒の独自性、すなわち「本物であることの証明」を求めます。彼らは、単に「米から造る酒」という事実以上の、意味や価値、哲学を欲しているのです。

  • なぜ米と水だけで、これほど複雑な味が生まれるのか?
  • 伝統とは、どのような技術と歴史に裏打ちされているのか?
  • 日本酒は、人々の暮らしや精神性に、どのような役割を果たしてきたのか?

これらの問いは、酔いや味わいといった感覚的な価値にとどまらず、その背景にある「文化的な深み」や「哲学に通じるもの」を求めるものです。彼らにとっての「本物」とは、五感で感じる美味しさの向こう側にある、論理的・精神的な納得感なのです。

求められるのは「酔い」や「味」を超えた哲学

日本酒人気の広がりとともに、国内外で求められているのは、もはや「美味しいから飲む」という段階を超えた価値です。そこには、以下のような、哲学に通じる要素が求められています。

【土地(テロワール)の哲学】

①その土地の水・米・気候・蔵人の生き様が、酒にどのように映し出されているか。

➁単なる産地表示ではなく、「なぜ、この場所でなければならないのか」という存在理由。

【時間の哲学】

①受け継がれてきた数千年の歴史や、醸造という行為に込められた時間の概念。

【人と自然の哲学】

①自然の摂理に従いながら微生物とともに酒を造るという、循環と共生の精神。

➁日本古来からの、持続可能性(サステナビリティ)に通じる概念。

真摯な探求こそが未来の業界を支える

「本物とは何か」という問いに、醸造技術のデータや、官能的な表現だけで答えることはできません。蔵元や業界全体が、自らのルーツ、技術の背景、そして酒が生活にもたらす精神的な意味合いを言語化し、発信していく必要があります。

これこそが、外国からの問いかけに真摯に向き合うということです。自らの手で醸す酒の存在意義を深く考察し、その哲学的な価値を明確にすることは、単に海外展開に役立つというだけでなく、国内においても日本酒が、「単なるアルコール飲料」から「人々の暮らしを豊かにする文化財」へと、再認識される契機となります。

「本物」の探求とは、自己との対話であり、文化の再定義です。これに真摯に向き合うことで、日本酒は酔いや味わいといった一過性の価値を超え、人々の暮らしに深く資する普遍的な存在となり、これからの業界の発展を、哲学という名の太い幹で支えることになるでしょう。

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福山雅治ゆかりの名酒「残響」がルクセンブルク酒チャレンジ2025最高賞受賞

10月28日、国際日本酒品評会「ルクセンブルク酒チャレンジ2025」にて、新澤醸造店 の「超特選 純米大吟醸 残響 2024」が、最高賞にあたる「Best Award」に選出されたことが明らかになりました。なお、本コンテストのプラチナ/金/銀賞の受賞結果は、6月17日付で既に発表されており、最高賞の発表は10月末日としていたものです。

コンテストの特徴と意義

「ルクセンブルク酒チャレンジ」は、2022年に第1回が開催され、ヨーロッパにおける日本酒の魅力を発信し、新たな市場開拓を目的とした国際日本酒品評会です。本コンテストの主な特徴は以下の通りです。

  • 審査員にはヨーロッパ各国で活動する「酒ソムリエ」やホテル・レストランの専門家が含まれ、日本酒の香り・味わいだけでなく「現地の料理とのペアリング適性」も評価ポイントとなっています。
  • 審査基準においては、外観、香り、味わい、調和、パッケージの優雅さなど多角的に評価されており、単純な技術醸造だけでなく市場適合性を重視している点が注目されます。
  • ルクセンブルクを拠点に、ベルギー・ドイツ・フランスといった欧州主要市場にアクセスできることから、日本酒の欧州市場参入における「重要な入り口」として位置づけられています。

こうした特色をもつ本コンテストにおいて、最高賞を獲得することは、単なる受賞にとどまらず、対外的な評価・ブランド発信の大きな転機となるものです。

「残響」が示した新しい日本酒の姿

今回、最高賞を受けた「残響」は、単なる技術的な到達点を超えた、日本酒文化の象徴的存在です。その誕生は2009年。新澤醸造店の蔵元と、俳優でありミュージシャンでもある福山雅治氏との親交から生まれました。当時、世界最高とされた精米歩合7%という前人未踏の挑戦から誕生したものです。

以後、「残響」は国内外の主要コンテストで数々の受賞を重ねてきました。ロンドン酒チャレンジやIWC(インターナショナル・ワイン・チャレンジ)SAKE部門では、ワインの専門家たちから「最も繊細で詩的な日本酒」と評され、すでに国際的評価を確立していました。今回、欧州の中心地であるルクセンブルクで最高賞に選ばれたことは、世界の味覚の一部として認められた象徴的な出来事と言えるでしょう。

それはまた、「残響」が体現する『磨きの哲学』が、欧州の審査員の深い共感を呼び込んだということでもあります。単なる技術競争ではなく、素材と向き合い、心を込めて限界まで磨き抜く姿勢――それはクラフトマンシップと精神性を重んじるヨーロッパの文化とも響き合います。その意味で、今回の最高賞は日本酒が文化として成熟し、共感の言語を世界と共有し始めたことを象徴しています。

この受賞によって、「残響」は再び世界の舞台で脚光を浴びました。今回の受賞を契機に、「残響」は単なるプレミアム日本酒を超え、日本酒の芸術的到達点として国際市場で新たな価値を創出していくはずです。そしてその余韻は、まさに名の通り、世界中の酒席に静かに、しかし確かに響き続けていくことでしょう。

▶ 残響|熟成しても燗にしても美味いプレミアム日本酒

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「梵」、INTERNATIONAL SAKE CHALLENGE 2025で4冠

2025年の INTERNATIONAL SAKE CHALLENGE(ISC) の審査結果がこのほど発表され、福井県鯖江市の加藤吉平商店による銘酒「梵(BORN)」が、7部門中4部門で最高賞である TROPHY(トロフィー) を獲得しました。

この結果は、単なる受賞の枠を超え、「梵」というブランドが改めて世界の審美眼に通用する品質を持つことを証明したものとして注目されています。

INTERNATIONAL SAKE CHALLENGEとは

ISCは、2007年に設立された日本酒の国際審査会で、世界的なワインコンペティション「International Wine Challenge(IWC)」の姉妹大会に位置づけられています。

しかし、IWC SAKE部門とは異なり、ISCは完全に日本国内で開催される国際基準の官能評価会である点が特徴です。審査員には日本国内の酒類鑑定士や蔵人だけでなく、海外のマスター・オブ・ワイン(MW)やワインジャーナリスト、ホテルソムリエなど、非日本人審査員が多数参加しており、評価基準はワインやスピリッツの世界基準と同等の枠組みで運営されています。

他の主要コンクール――たとえば全国新酒鑑評会やSAKE COMPETITIONなどが「技術力」を基準にした美味しさを評価するのに対し、ISCは世界の消費者が感じる美味しさという普遍的基準を軸に置いています。
香味の完成度・熟成バランス・温度変化による味の展開、さらには輸出市場での可能性まで含めた「総合的国際評価」が行われるため、世界で売れる日本酒を見極める場ともいわれます。

世界に知られる「梵」が、再び世界基準で認められた

そんな審査の中で、梵が4部門でトロフィーを獲得したのは極めて異例です。

梵はすでに、海外では「BORN」というローマ字表記で高級レストランや一流ホテルに流通しており、国際的名声を得ているブランドです。1998年の国際酒祭り(カナダ・トロント)ではグランプリを受賞、カンヌ国際映画祭で日本酒として初めて晩餐酒として使われるなど、国際的な舞台に度々登場してきました。

つまり、世界市場での名声をすでに持つ酒が、あえて世界標準の審査に挑み、とんでもない快挙を達成したのです。しかも「梵・天使のめざめ」は、毎年のようにトロフィーを獲得しています。

このように、「評価されるべき酒が、再び評価された」ことは、一見当然のようでいて、実は非常に難しいことです。なぜなら、知名度のある酒ほど期待値が高く、厳しい目が向けられるからです。そんな中でも、「梵」が純米大吟醸・吟醸・純米酒・熟成酒と複数のカテゴリーで最高賞を得たことは、蔵としての総合力と品質維持力の高さを、あらためて世界に示した形です。

今後への影響

今回のISC2025での「梵」の快挙は、「世界に認められた日本酒」が我が国の日本酒コンテストで認められたということであり、日本酒の評価軸が定まってきたことを象徴しています。

これまで日本酒は、国内で高い評価を受けても必ずしも海外で理解されるとは限らず、また逆に、海外で人気を博す銘柄が国内審査で埋もれることもありました。しかし今回、「梵」が世界の舞台で培った信頼と、日本の酒としての完成度を両立させ、「世界品質の日本酒」として再確認されたことは、業界全体にとって大きな意味を持ちます。

この結果は、単に「梵」にとっての栄誉ではなく、日本酒という文化そのものが「国境を越えて通じる味」として成熟したことの証でもあります。今後、「梵」が築いたこの評価の橋を渡るように、多くの蔵が世界と対話しながら、新たな日本酒像を描いていくことになるでしょう。

【TROPHY(トロフィー)受賞酒一覧】

最優秀大吟醸・吟醸酒出羽桜 大吟醸酒出羽桜酒造山形県
最優秀純米大吟醸酒五橋 純米大吟醸50%酒井酒造山口県
最優秀純米吟醸酒會津宮泉 純米吟醸宮泉銘醸福島県
最優秀純米酒梵・純米55加藤吉平商店福井県
最優秀熟成酒梵・天使のめざめ加藤吉平商店福井県
最優秀スパークリング酒梵・ささ雪加藤吉平商店福井県
最優秀プレミアム酒梵・夢は正夢加藤吉平商店福井県
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重陽の節句と燗酒――秋の深まりとともに訪れる「温め酒」の季節

日本には四季折々の節句があり、その中でも旧暦の9月9日にあたる「重陽(ちょうよう)の節句」は、古くから「菊の節句」としても知られています。奇数が重なることを「陽が重なる」として、強くなりすぎた陽の気を祓い、無病息災を願って菊酒を飲む風習が平安時代から伝わってきました。もともとは中国の陰陽思想に由来し、九という最大の陽数が重なる日を「陽の極」と捉えることに始まります。

この重陽の節句は、新暦では、概ね10月中に訪れます。そして実は、この日こそが「燗酒」の季節の幕開けとされてきたのです。

「花冷え」から「雪の酒」へ――燗酒の季節区分

古くからの日本酒文化では、酒を温めて飲む「燗」の習慣が、季節の移ろいとともに繊細に区分されてきました。春の「花冷え」や「涼冷え」など冷酒の温度呼称に対し、秋から冬にかけては「日向燗」「人肌燗」「ぬる燗」「上燗」「熱燗」「飛び切り燗」といった呼び名が生まれています。

この「燗酒の季節」は、旧暦の重陽の節句から翌年の桃の節句(旧暦3月3日、現在の4月中旬ごろ)までとされていました。つまり、秋が深まり始める頃に温め酒を始め、春を迎えるまでの半年間を「燗の季節」と見立てていたのです。気温の低下とともに体を温める知恵でもあり、また、熟成が進んだ秋の日本酒を味わう絶好の時期でもありました。

古の人々は、この季節の変化を敏感に感じ取り、味覚として楽しみました。新米の酒が仕上がる前のこの時期、夏を越して旨みが乗った「ひやおろし」を火で温めると、さらに柔らかく、深みのある味わいが引き出されます。まさに、燗酒は秋の実りとともに楽しむ旬の酒なのです。

2025年は10月29日――重陽の節句を味わう日

月の満ち欠けを基準にした旧暦カレンダーをめくると、2025年の旧暦9月9日は、10月29日にあたります。つまり、今年の「重陽の節句」は10月29日。暦の上では、ここから本格的な燗酒の季節が始まるということになります。

この日を境に、秋の夜長にしっとりと燗をつける楽しみが増していきます。近年では冷酒人気が高い一方で、燗酒の魅力が再評価されつつあります。温度による香りと味わいの変化、酒質による相性、器の選び方など、五感で楽しむ深い世界がそこにあります。特に純米系や生酛・山廃系の酒は、温めることで旨味がふくらみ、料理との相性も格段に良くなります。

現代の暮らしの中で、季節を実感する瞬間が少なくなった今こそ、旧暦の節句を意識してみるのも趣深いものです。たとえば10月29日の夜、菊の花を一輪飾り、秋の味覚を肴にして、ぬる燗をゆっくり味わう――そんな時間の中に、古い歴史を持つ日本のよさが感じられるかもしれません。

暦とともに楽しむ酒文化の再発見

重陽から桃の節句までの半年は、まさに「燗酒の文化」が最も豊かに花開く時期です。冬の寒さをしのぐ手段であると同時に、米の旨みを最大限に引き出す温度の妙が楽しめるこの季節。現代の私たちにとっても、燗酒はただの温め酒ではなく、自然のリズムに寄り添いながら味わう『熱い文化』だと言えるでしょう。

2025年10月29日、重陽の節句――冷酒から一転、湯気とともに立ち上る香りに、秋の深まりを感じる季節が始まります。

▶ 雄町サミット燗酒部門での初代最優等賞に輝いた岡山の日本酒【生酛 和井田】

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都市型酒蔵「KOFUNE SAKE BREWERY」誕生——時間を共有する次世代の日本酒体験とは

大阪・梅田に、都市型の新しい日本酒醸造所「KOFUNE SAKE BREWERY(コフネ・サケ・ブルワリー)」が2025年11月1日にグランドオープンします。

この施設は、「酒造りを見ながら飲める」というライブ感あふれる空間を特徴とし、従来の日本酒づくりにおける『時間の概念』を根本から見直す試みとして注目を集めています。

「ゆっくり熟す」から「時間を共有する」酒造りへ

一般的に日本酒は、仕込みから出荷まで数カ月をかけ、発酵・熟成の過程を経て完成します。ところがKOFUNEでは、この「時間をかける」プロセスを削るのではなく、『その時間を見せる』という方向に舵を切ったといいます。

都市部に限られたスペースで行う小仕込みを前提とし、発酵期間は数週間から1か月程度。小ロットで仕込むことで、造り手が自由に発想し、そのアイデアをリアルタイムで形にするというのです。まるでアーティストが次々と新曲を発表するように、KOFUNEは、造りたての日本酒を、大阪という大都会で発信していくのです。

この新たな酒体験を実現するために、KOFUNE SAKE BREWERY では、醸造設備とともにパブが併設され、仕込みタンクを眺めながら、造りたての日本酒をその場で味わうことができるようになっています。発酵のピーク、落ち着き、そして瓶詰め後の変化までを来訪者と共有するスタイルで、それはまさに「発酵のライブ」。

一般的な蔵が「時間を閉じ込めた酒」を提供するのに対し、KOFUNEは「時間が動いている酒」を見せるのです。造り手と飲み手が同じ時間軸で味わいを確かめ合うという、これまでにない体験を提供することになります。

醸造家の自由と都市のスピードが出会う場所

KOFUNEのもう一つの特徴は、醸造家の創造性を最大限に尊重する仕組みです。酒造免許や設備投資などのハードルをKOFUNE側がサポートし、造り手は「造りたい酒」に集中できるのです。この構想は、創作を支える「音楽レーベルのSAKE版」です。都市というスピーディーな環境の中で、伝統技術に裏打ちされたクラフト精神をどのように発揮できるか。その挑戦の場がKOFUNEなのです。

そして、「時間を短縮する」のではなく「時間をともに過ごす」という、KOFUNEの核心思想。仕込み直後のフレッシュな香りから、数日ごとに変化する旨味や酸のバランスまでを、リアルタイムで楽しむ。まるでワインの樽試飲やクラフトビールの新バッチのように、KOFUNEのSAKEには『今しかない味わい』を感じ取ることができるはずです。それは、市場に出回る日本酒が持つ静的な魅力に対し、動的で現在進行形の美味しさを提案するものです。

都市で生まれる新しい酒文化

KOFUNE SAKE BREWERYは、伝統とスピード、職人技と都市文化を融合させた、まったく新しい日本酒の実験場です。11月のグランドオープンでは、地方の料理人を招いたペアリングイベントや限定銘柄の提供も予定されています。これまで「時間をかけて完成させる」ことに重きを置いた日本酒の世界に、KOFUNEは「時間を共有して味わう」という新しい美学を持ち込みます。

都市で酒を造り、その場で飲む——その行為自体が、日本酒の未来を象徴しているのかもしれません。

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雪国から生まれる循環の酒──津南醸造が描くサステナブルな日本酒の未来

新潟県津南町に蔵を構える津南醸造は、2025年10月23日から25日にかけて開催されたフードテックカンファレンス「SKS JAPAN 2025」の街中展示企画「食のみらい横丁」に出展しました。同蔵が紹介したのは、純米大吟醸「郷(GO)GRANDCLASS 魚沼コシヒカリEdition」です。雪国のテロワールを象徴する一本として注目を集めましたが、今回の展示で特に焦点となったのは、その味わいだけでなく「サステナビリティ(持続可能性)」というテーマでした。

雪国の気候を生かす「自然冷蔵庫」

津南町は日本有数の豪雪地帯として知られています。冬には積雪が3メートルを超えることもあり、その雪は厳しい自然環境であると同時に、津南醸造にとっては貴重な資源でもあります。蔵では雪室を利用した貯蔵や温度管理を行っており、電力使用量を大幅に抑えています。つまり、雪の冷気がゆるやかに温度を安定させることで、機械による制御を最小限にし、エネルギーコストを削減しながら酒質の安定を実現しているのです。

この「雪の冷蔵庫」は、自然エネルギーを活かした地域ならではの持続可能な仕組みといえます。雪を敵ではなく味方にする発想が、雪国テロワールの根幹にあります。

米・水・人がつなぐ地域循環

「郷(GO)」シリーズの大きな特徴は、原料米に魚沼産コシヒカリを使用している点です。一般的には食用米として知られるコシヒカリですが、津南醸造はその香味の豊かさに注目し、酒造好適米ではなく地元農家と連携して栽培した食用米を用いています。これにより、農家の販路拡大につながり、地域経済の循環を促しています。

また、仕込み水には信濃川源流域の伏流水を使用しています。この清冽な水は雪解けとともに山々から流れ込み、町の水田を潤します。その水が再び酒となって人々の手に戻るという循環こそ、津南醸造が掲げる「雪国サステナビリティ」の象徴です。

フードテックと伝統の融合

今回のSKS JAPANでは、「未来の食」をテーマにテクノロジーと環境への配慮を取り入れた食品が多く出展されました。その中で津南醸造は、伝統的な日本酒という枠組みを超え、自然環境との共生を軸に据えた「地域循環型のフードシステム」としての酒造りを提示しました。

蔵では再生可能エネルギーの導入や廃棄物削減の取り組みも進めています。酒粕は堆肥化され、再び米作りへと還元されます。さらに、瓶や包装資材にもリサイクル素材を積極的に活用し、輸送過程でも二酸化炭素の排出を抑える努力を続けています。

雪国から世界へ──持続可能な味わい

津南醸造の挑戦は、単に環境に優しい酒造りというだけではありません。地域の自然と人の営みを一体化し、未来に継承できる「酒文化の生態系」をつくることを目指しています。

雪国が抱える厳しい気候を逆に資源として捉え、地域全体で支え合う循環のモデルは、世界のサステナブルフードの潮流にも通じます。「郷(GO)GRANDCLASS 魚沼コシヒカリEdition」は、雪国の恵みを凝縮した一本であり、環境と共存する新しい日本酒の在り方を示す『未来の郷土酒』といえるでしょう。

▶ 食卓に寄り添う魚沼の新風:津南醸造「郷(GO)TERRACE」始動

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「堅あげポテト あさりの酒蒸し味」登場──『あまいすえひろ』に寄り添う、日本酒専用スナックの誕生

カルビーが発表した10月27日からの新商品「堅あげポテト あさりの酒蒸しバター仕立て」が、いまにわかに注目を浴びています。その理由は、単なる新フレーバーの登場ではなく、会津若松の老舗・末廣酒造の純米酒「あまいすえひろ」に合わせて開発された『日本酒専用スナック』だからです。これまでの「食に合わせて日本酒を選ぶ」発想から、「日本酒に合わせて食をデザインする」発想へ──日本酒文化が新たなフェーズに入ったことを象徴する一品と言えます。

『あまいすえひろ』のやさしい甘みに寄り添う味設計

末廣酒造は嘉永3年(1850年)創業の老舗蔵で、「伝統を守りながら新しさを創る」姿勢で知られています。その純米酒「あまいすえひろ」は、まろやかな米の甘味と軽やかな酸味が調和する、優しく包み込むような味わいが特徴です。アルコール度数はやや低めで、食中酒としてもデザート酒としても楽しめる柔軟さを持っています。

今回の「堅あげポテト あさりの酒蒸しバター仕立て」は、この「あまいすえひろ」の持つ米の甘味と繊細な香りを引き立てるように、あさりの旨みと酒蒸しの風味を重ね合わせたといいます。あさりのだし感が日本酒の甘みを引き立て、香ばしいポテトの余韻が酒の酸をやさしく包み込む。まさに、「酒をおいしくするための菓子」として設計された逸品です。

『食が日本酒に寄り添う』という新しい文化の兆し

これまでの日本酒ペアリングは、料理に合わせて酒を選ぶのが一般的でした。刺身には吟醸、煮物には純米、天ぷらには本醸造――というように、食材の特性を基準に酒が選ばれてきました。しかし、この商品はまったく逆。まず特定の日本酒があり、その味わいを最大限に引き出すために、スナックの味が組み立てられています。

この発想の転換は、まさに日本酒の楽しみ方を拡張するものです。スナックという軽やかなフォーマットに日本酒の魅力を組み合わせることで、これまで「日本酒は難しい」「食事の時だけ」と感じていた層にも、新しい入り口を提示しています。特に「あまいすえひろ」のようなやわらかな味わいの酒は、女性層や若年層にも人気があり、その層と親和性の高いスナックとのコラボは、非常に理にかなっていると言えるでしょう。

カルビーの「堅あげポテト」は、厚切りのじゃがいもをじっくり揚げることで生まれる独特の硬質食感と、素材の香りを引き出す低温仕上げが特徴です。今回の「堅あげポテト あさりの酒蒸しバター仕立て」では、その技術が活かされ、咀嚼のたびに広がる貝の旨味が、あまいすえひろのやさしい甘香と重なり合います。

日本酒が主役の時代へ──ペアリングの未来

今回のコラボは、食品メーカーと酒蔵の協業が進む中でも特に象徴的な事例です。ワインやウイスキーでは「ペアリングフード」の発想が定着していますが、日本酒でこれほど明確に『銘柄指定』で味を合わせたスナックは、ほとんど前例がありません。

この動きは、日本酒の「嗜好品としての再定義」にもつながります。すなわち、日本酒が料理を支える脇役ではなく、食体験の中心に立つ主役へと変わりつつあるということです。今後、他の酒造や地域限定銘柄とのタイアップも増えることでしょう。

『カルビー×末廣酒造』という異業種のタッグが生み出した「堅あげポテト あさりの酒蒸しバター仕立て」。それは、スナックの世界に日本酒文化を融合させた『味の交差点』であり、日本酒が日常の中に自然に溶け込む未来を予感させる試みです。

日本酒を主役に据えた一袋──その小さな革命が、家庭の晩酌をより豊かな時間へと変えていくに違いありません。

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シャンパンファイトに変わるか『AWA SAKE』~ドジャースとともに闘う八海山

新潟県南魚沼市の老舗蔵「八海醸造」は、メジャーリーグ・ロサンゼルス・ドジャースのリーグ優勝を記念した限定ボトル「八海山 ドジャース リーグチャンピオン記念ボトル」を発表しました。球団公式パートナーとして契約を結ぶ同社が、優勝の節目に合わせて記念酒をリリースするのは初の試みです。すでにアメリカ国内のファンや日本の野球ファンの間で話題となり、単なる限定酒にとどまらず、『日本酒が世界の祝祭に登場する瞬間』として注目を集めています。

日本酒をメジャーに導く八海山

八海山は、長年にわたり「淡麗辛口」を象徴する銘柄として国内外にファンを持つ蔵です。清冽な南魚沼の水と精緻な温度管理によるキレのある味わいは、アメリカ市場でも『HAKKAISAN』ブランドとして定着し、寿司店や高級レストランなどで高い評価を得ています。

今回の記念ボトルは、そうした国際展開の延長線上にあります。ドジャースという世界的チームとのコラボレーションは、日本酒がもはや「輸出される伝統産品」ではなく、「文化を共有する象徴的存在」へと進化していることを示しています。

スポーツという喜びを共有する舞台で日本酒が祝杯の中心に登場することは、文化的にも極めて意義深いことです。長年、勝利や祝福の瞬間にはシャンパンが定番とされてきましたが、そこに日本酒が並び立つ姿は、日本文化の新たな国際的地位を象徴します。特に八海山には、シャンパンを標榜する『AWA SAKE』があり、その清らかな酒質は、スポーツの美学にもよく似合うと思われます。

近年、日本酒の海外展開は「飲まれる」から「語られる」段階へと変化しています。八海山のような蔵が、スポーツや文化イベントと連動する動きを見せるのは、単なる販売促進ではなく、「体験価値」を生み出す戦略といえます。

ドジャースとの提携によって、八海山は国際的なブランドとしての存在感を強化しつつあります。これは他の酒蔵にとっても大きな刺激となるでしょう。音楽・映画・アートなど、異業種とのコラボレーションによる文化発信が今後さらに広がれば、日本酒が『文化資産』として世界の舞台に定着する可能性が高まります。

ワールドチャンピオンの瞬間には『AWA SAKE ファイト』を

今回のリーグ優勝記念ボトルの発売は、八海山が次のステージを見据えていることを示しています。現時点でこれほど話題性のある限定品を打ち出してきたことからも、もしドジャースがワールドチャンピオンに輝いた暁には、さらなる特別企画が待っているのではないかと期待されます。

そして、その瞬間には、シャンパンファイトならぬ「八海山 AWA SAKE ファイト」を見たい——そう願うファンも少なくないでしょう。八海山のスパークリング日本酒「あわ 八海山(AWA SAKE)」は、細やかな泡と上品な香りで、まさに祝杯にふさわしい一本です。もしその AWA SAKE がロッカールームで勢いよく開栓され、勝利の喜びを共有する姿が見られたなら、それは日本酒文化が世界に完全に受け入れられた瞬間になるはずです。


日本酒が国境を越え、祝祭の象徴となる未来。その先頭を走るのが八海山であり、今回のドジャース優勝記念ボトルはその道を切り拓く第一歩です。次なる舞台は、ワールドシリーズの頂点。もし再び八海山が勝利の瞬間を彩ることになれば、日本酒の新たな歴史が、世界の歓声とともに刻まれることになるかもしれません。

▶ 「美味しいお酒」が「SAKE」に! 大谷翔平選手MVPインタビュー通訳が生んだ日本酒への熱視線

▶ 日本酒をメジャーに導く、ドジャース公式日本酒「特別本醸造 八海山 ブルーボトル」

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全国で広がる「呑み鉄」文化|列車で楽しむ地酒イベントと日本酒ツーリズムの未来

このところ、列車に揺られながら日本酒を楽しむユニークな旅 ―――いわゆる「呑み鉄(のみてつ)」スタイルのイベントが全国各地で盛り上がっています。たとえば、東日本旅客鉄道新潟支社の「越乃Shu*Kura」は、2014年から運行され、車内で新潟の地酒を味わえるとして人気となっています。
また今月25日には、関東鉄道常総線(水海道−下館駅間)で、地元の酒やつまみを車内で味わえる「日本酒列車」を運行するとあって注目されているほか、山陽新幹線でも、「一滴一駅~新幹線酒めぐり~」という11月のイベントが話題を呼んでいます。

呑み鉄とは何か

「呑み鉄」とは、元来「酒を飲みながら列車旅を楽しむ」鉄道ファンのスタイルを指します。テレビ番組 六角精児の呑み鉄本線・日本旅(NHK-BS)では、俳優で鉄道ファンでもある 六角精児 さんが各地のローカル線を巡り、車内で缶ビールやお酒を嗜み、沿線の酒蔵を訪ねる旅を紹介しており、この番組を通じて「呑み鉄」という言葉が一般にも広く知られるようになりました。

鉄道旅とお酒、地域文化が結びつくことで、「ただ乗る」「ただ飲む」だけではない、『旅と酒と鉄道』が三位一体となった遊び方として注目されてきたのです。たとえば、旅先の沿線風景を眺めながらお酒を一口含むと、列車の揺れや車窓の景観が酒の味わいを引き立て、旅そのものが特別な体験になります。実際、六角精児さんも「車内で泥酔しない」「列車を目的地ではなく移動そのものを楽しむ」のが基本と語っています。

なぜ今、盛り上がっているのか

近年、観光列車や地域活性化の文脈で、『景色+地域産品(=地酒)』という組み合わせが重視されており、鉄道会社や自治体、酒蔵側が共同で企画を打ち出すケースが増えています。また、イベント型「枡酒列車」や「地酒電車」など、プログラム化された列車旅が『旅行商品』の一つとして定着しつつあるのです。

さらにコロナ禍以降、人との接触を抑えた『ゆったり旅』や、鉄道を移動手段だけでなく『旅そのもの』として楽しむムーブメントが強まり、「列車旅×飲酒」のスタイルにも追い風となりました。こうした背景が、「呑み鉄」の流行を後押ししているといえます。

今後の展望と課題

これから「呑み鉄」が発展していくうえで、いくつかのポイントが考えられます。まず、地域との連携。酒蔵・飲食店・鉄道会社が一体となり、列車旅をハブに地元体験を盛り込むことで、旅の満足度が高まります。若桜鉄道(鳥取県)では酒蔵見学を含める企画まで準備していますが、これはその好例です。

次に、移動を楽しむ視点の維持。「飲むこと」が主目的になってしまうと列車旅の魅力が損なわれかねません。六角精児さんも語っていたように、列車特有の『ゆっくりと流れる時間』を楽しみながら飲むことが鍵です。また、公共交通としての安全配慮も重要です。酒を伴う旅なので、飲酒量のコントロール、席数や定員、駅からの帰路手段などを明確にする必要があります。

さらに、新しい体験の創出が期待されます。例えば、四季折々の風景と連動する「雪室熟成酒列車」や、夜景と合わせた「ナイト地酒列車」、さらには海外観光客向けの『日本酒+鉄道』パッケージなど、無数の組み合わせが評判を呼ぶ可能性を秘めています。

ただし、気をつけるべき課題もあります。列車旅という公共空間で飲酒を伴う以上、マナーや安全への配慮、および飲酒後の移動手段の確保など、企画者側・参加者ともに意識すべきです。また、飲酒そのものの需要だけでなく、地域体験としての「旅」の価値を高めることが、長期的な人気継続につながるでしょう。

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和光アネックス、「IWA 5」取り扱い開始 ──スイーツと日本酒の新しい関係を提案

銀座・和光アネックスで、話題の日本酒「IWA 5」がラインナップに加わりました。フランス・シャンパーニュの名門「ドン ペリニヨン」を率いたリシャール・ジョフロワ氏が手がけるこの日本酒は、彼の代名詞ともいえる「アッサンブラージュ(調合)」の技術が存分に発揮された逸品です。今回、和光では「IWA 5」とショコラ・フレ(生チョコレート)のペアリングを提案し、日本酒とスイーツの新たな関係性を提示しています。

「IWA 5」が示すアッサンブラージュの極み

「IWA 5」は、富山県・白岩で仕込まれる純米大吟醸酒でありながら、シャンパーニュの哲学を背景に持ちます。複数の酒米や酵母、仕込み年度の異なる原酒をブレンドすることで、単一の酒にはない奥行きと調和を生み出しているのが特徴です。ジョフロワ氏は「ひとつの完成形ではなく、進化を続ける味わい」をテーマに掲げ、毎年のアッサンブラージュによって「IWA 5」というブランドの生命を更新し続けています。

和光アネックスでは、この「IWA 5」を複数の仕込み年度で飲み比べることができる特別な体験を用意。日本酒のヴィンテージという新しい概念を、ラグジュアリーブランドの文脈で提示しています。これにより、日本酒がワインやシャンパーニュと同じように「年ごとに語る」文化として根づいていく可能性を感じさせます。

スイーツと日本酒の“新しいマリアージュ”

今回の注目は、「ショコラ・フレ」との組み合わせです。和光のショコラティエが手がけるフレッシュなチョコレートは、繊細な口溶けと香りの広がりが特徴で、「IWA 5」の多層的な味わいと見事に響き合います。日本酒の米由来の甘みと旨みがカカオの苦味をやわらげ、反対にチョコレートのコクが酒の酸味や余韻を引き立てる。単なる「合わせる」ではなく、互いの世界を補完しあう関係が生まれています。

興味深いのは、このペアリングが「酒にスイーツを合わせる」という従来の発想に留まらず、「スイーツに酒を合わせる」という逆の発想をも促している点です。ジョフロワ氏のアッサンブラージュ哲学をスイーツに応用し、「ショコラ・フレ」に合わせたブレンドのIWAを生み出す──そんな可能性も夢ではありません。素材の対話による調和という意味では、双方がアーティストの領域で共鳴していると言えるでしょう。

日本酒の未来を切り拓くアートとしてのペアリング

日本酒と洋菓子の融合は、これまでにも試みられてきましたが、和光の提案はその域を超えています。高級ショコラを通じて、日本酒の持つ繊細さと構築的な味わいを“ラグジュアリーの文法”で表現する──それはまさに、日本酒を世界の高級嗜好文化の中に再定義する試みです。

今後、「IWA 5」のようにワールドワイドな視点をもつブランドが、スイーツや香り、音楽など異分野との協働を進めることが予想されます。特に、アッサンブラージュという手法は、異素材を調和させるという点で、ペアリング文化と極めて親和性が高いと言えるでしょう。たとえば「チョコに合う酒」「チーズに合う酒」といったテーマ別の限定ボトルが登場すれば、日本酒の楽しみ方はさらに広がっていくでしょう。


銀座という洗練の舞台で始まった「IWA 5」とショコラ・フレの出会いは、日本酒の新しい物語の幕開けです。ジョフロワ氏の掲げる「調和の美学」が、和光のショコラティエによって味覚の芸術へと昇華されたとき、日本酒は単なる伝統産業ではなく、世界に通じる表現媒体として進化を遂げていくのかもしれません。

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