IWA5「アッサンブラージュ6」と鳳凰美田の挑戦──日本酒に広がるアッサンブラージュの可能性

シャンパーニュの伝説的醸造家、リシャール・ジョフロワ氏が手掛ける日本酒ブランド「IWA5」から10月1日、「アッサンブラージュ6」が発売されます。今回のテーマは「余分なものを削ぎ落とす」というものです。アッサンブラージュとは本来、複数のワインや原酒をブレンドし、理想の味わいを形作る手法を指します。ジョフロワ氏は日本酒にこの概念を持ち込み、米・水・酵母といった異なる要素を組み合わせながら、調和の中に個性を生み出すことを試みています。

新作の「アッサンブラージュ6」では、あえて華美な要素を抑え、無駄をそぎ落とすことで、日本酒が本来持つ透明感や奥深さを際立たせるものだといいます。この「削ぎ落とす」という発想は、日本の美意識にも通じるものであり、シンプルさの中に多様性を見出す姿勢が感じられます。ワインの世界ではアッサンブラージュはしばしば“足し算”の技術と語られますが、日本酒においては“引き算”の美学として新たな解釈が可能になるのかもしれません。

一方で、栃木の銘酒「鳳凰美田」も、このたび初めてアッサンブラージュに挑戦しました。長らく単一の仕込みや特定の酒米にこだわってきた酒造が、複数の原酒を組み合わせることで新しい味わいを表現する。その背景には、単一のスペックでは表現しきれない複雑さや奥行きを追求したいという思いがあると考えられます。鳳凰美田が持つ果実味豊かな酒質と、アッサンブラージュによる調和の技法の融合は、日本酒ファンにとって大きな関心事といえるでしょう。

日本酒業界において、アッサンブラージュはまだ新しい試みです。従来、日本酒は仕込みごとの個性や純米・吟醸といったカテゴリーに重きを置き、ブレンドという発想は限定的でした。しかし、原酒を組み合わせることで生まれる表現の幅は、酒蔵にとっても新しい可能性を切り拓きます。たとえば、米や酵母、醸造年度の異なる原酒を組み合わせることで、単一の酒では実現できない奥行きや余韻を創出することができます。さらに、気候変動や米の収量変化といった外的要因への対応策としても、アッサンブラージュは有効です。

また、海外市場に目を向けると、ブレンドの概念はすでに一般的です。ワインやウイスキーに親しむ消費者にとって、アッサンブラージュによる日本酒は理解しやすく、興味を持ちやすいカテゴリーとなるでしょう。IWA5の挑戦は、まさにその可能性を世界に示すものといえます。そして国内の酒造もまた、その流れに続くことで、日本酒がさらに多彩で柔軟な表現を獲得していくことが期待されます。

IWA5「アッサンブラージュ6」と鳳凰美田の新しい挑戦は、日本酒におけるアッサンブラージュの可能性を示す象徴的な出来事です。足し算と引き算、両方の視点を活かしたこの技法が、日本酒の未来にどのような景色を描くのか。今後も注目していきたいところです。

▶ 日本酒に広がる「アッサンブラージュ」の可能性〜ブレンドがもたらす新しい酒造りのかたち〜

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静岡の地酒『からっ風会』オリジナル酒が今年も登場|花の舞酒造と地域酒販店が日本酒の日に届ける伝統の味

静岡県内の酒販店で組織する「からっ風会」が、1989年から継続して取り組んでいるオリジナル日本酒の販売が、今年も10月1日の「日本酒の日」に合わせて始まります。この日本酒は、県内を代表する蔵元である花の舞酒造に醸造を依頼し、地域酒販店が自らの発意と責任を持って企画するもので、すでに三十年以上の歴史を刻んでいます。

「からっ風会」は、静岡県西部を中心とした酒販店の有志が集まり、日本酒の魅力を広めるとともに、地域の消費者と地元酒をつなぐことを目的として発足しました。会の名称は、冬に吹き荒れる遠州のからっ風に由来し、厳しい風土を逆に力強さへと転じる象徴として掲げられています。その精神は、日本酒の販売を単なる商取引にとどめず、文化的・地域的なつながりとして育んでいこうという思いに根ざしています。

花の舞酒造は、静岡県浜松市に本拠を構える老舗の酒蔵で、地元産米と天竜川水系の伏流水を生かした酒造りで知られています。全国的にも「地酒」ブームが起こる以前から、地域性を重んじた醸造姿勢を守り続けてきた蔵であり、からっ風会との協働はまさに「地元と共に歩む酒造り」の象徴といえます。

この取り組みの大きな意義は、酒販店が主導するという点にあります。一般的に新商品の企画や販売戦略は蔵元が中心となりますが、からっ風会では「売り手」である酒販店自らが発案し、顧客の声を直接反映させています。地域の消費者と最も近い距離にいる小売店だからこそ、求められる味わいやスタイルを的確に把握できるのです。そのため、この日本酒は毎年「消費者目線」を強く意識した味わいに仕上げられ、購入者からの支持も長年にわたって安定しています。

また、酒販店が主体となることは、販売意欲の向上にも直結します。自らが関わった商品であれば、ただの仕入れ品ではなく、自店の看板商品として積極的に紹介したいという思いが自然と芽生えます。こうした主体性が、酒販店と消費者の関係性をより強固にし、地域市場に根ざした日本酒文化を支えてきました。

さらに、こうした取り組みは、酒蔵と酒販店が対等な立場で協力する新しい関係性のモデルともいえます。日本酒業界では、かつて酒販店が蔵元に完全に依存する構造が主流でした。しかし流通の自由化や消費者嗜好の多様化が進む中で、売り手が自ら動き、商品づくりに参画する姿勢は、時代の変化に即した形といえるでしょう。

三十年以上続いていること自体が、この試みの成功を証明しています。単なる限定酒としての一過性に終わらず、毎年恒例の行事として地域の人々に浸透しているのです。消費者にとっては、秋の訪れとともに待ち望む「風物詩」のような存在となり、地元の誇りを象徴する酒として愛されています。

近年、日本酒市場は縮小傾向にある一方で、クラフト的な小ロット醸造や、地域の物語を背負った商品が注目を集めています。その意味でも、からっ風会の取り組みは先駆的であり、全国的に見ても独自の価値を放っています。地域に根差した販売網と、伝統ある蔵元の技術力が結びついたこのプロジェクトは、日本酒の未来を考える上でも重要な示唆を与えてくれるでしょう。

10月1日から店頭に並ぶ今年の「からっ風会」オリジナル酒も、きっと地域の食卓を彩り、人々の交流を温める存在になるはずです。酒販店が主導することで生まれる地域性と親しみやすさこそが、この酒の最大の魅力といえるのではないでしょうか。

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「メガネ専用」発売10周年 本家以外の酒蔵も参加し、日本酒とメガネの文化をつなぐ

日本酒業界には数多くの銘柄がありますが、その中でも異彩を放ってきたのが「メガネ専用」というユニークな名前のお酒です。宮城県の萩野酒造が2015年に発売したこの一本は、インパクトのあるネーミングと確かな味わいで人気を集め、発売から10周年を迎えた今年も注目を浴びています。

「日本酒の日」と「メガネの日」が生んだ異色の銘柄と、その広がり

そもそも「メガネ専用」という発想は、10月1日が「日本酒の日」であると同時に「メガネの日」にも制定されていることに由来します。日本酒の需要喚起とメガネ文化のユーモラスな融合を狙ったこの試みは、多くの人に驚きを与えました。当初は遊び心に満ちた企画のように見えましたが、その軽やかな発想が日本酒に新しい楽しみ方をもたらしたのです。

今年は特に記念すべき年となりました。10周年を迎えるにあたり、本家の萩野酒造だけでなく、全国の複数の蔵が賛同し、それぞれの「メガネ専用」を発売するという広がりを見せています。これにより、「メガネ専用」は一つの銘柄を超え、日本酒業界全体で楽しむイベント性を帯びるようになりました。まさに、メガネと日本酒を結ぶ文化現象といえるでしょう。

メガネと日本酒が持つ共通性と遊び心

メガネと日本酒の組み合わせは一見奇抜ですが、そこには共通する魅力があります。メガネは単なる視力矯正の道具にとどまらず、ファッションや自己表現の象徴でもあります。同じように日本酒もまた、米や水、造り手の哲学によって個性を映し出す存在です。つまり、両者は「日常を支えながらも、その人の個性を表す」という点で重なり合います。

また「専用」という言葉がもたらすユーモアも忘れてはなりません。飲み手がメガネをかけているかどうかは関係なく、ラベルに描かれた印象的な眼鏡マークを見るだけで、飲む人は自然と笑みを浮かべます。そしてメガネ愛用者同士でグラスを傾ければ、まるで秘密のサークルに参加しているかのような一体感が生まれます。これは従来の日本酒では得がたい新しい楽しみ方です。

さらに「メガネ専用」が示したのは、日本酒の世界における「遊び心」の価値です。伝統と格式を大切にする日本酒にあって、ユーモラスな銘柄は挑戦ともいえます。しかし、そうした軽やかな発想こそが若い世代や新規層の関心を引き寄せます。実際に、この銘柄をきっかけに日本酒に親しむようになったという声も少なくありません。

10年で育った「文化」とこれからの展望

発売から10年を経て、今や「メガネ専用」は一つのシンボルとなりました。今年のように複数の蔵が参加する動きは、単なる話題づくりではなく、日本酒業界全体が消費者との距離を縮めようとする意志の表れです。加えて10月1日という「日本酒の日」と「メガネの日」が重なる記念日性が、今後さらに盛り上がりを後押ししていくことでしょう。

「メガネ専用」が築いたものは、ユーモラスな一本のお酒にとどまりません。日常を彩るメガネと、日本文化を体現する酒が響き合うことで、飲む人の生活や趣味と一体化する新しい日本酒文化の可能性を示したのです。これからの10年も、こうした遊び心と共感を大切にした発想が、日本酒の世界をより豊かにしていくに違いありません。

▶ 元祖メガネ専用 10thアニバーサリー|10年たっても生き残り、今年はコラボ酒も誕生

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老舗酒蔵の新挑戦!まぐろ専用日本酒『まぐろ結び』誕生、市場の反応と「一品一酒」文化への期待

2025年9月25日、日本酒業界に新たな話題が投じられました。老舗酒蔵である宮崎酒造店が、穴太ホールディングスによる事業継承後第二弾となる新商品として、「まぐろ専用日本酒『まぐろ結び』」を発表。このユニークなコンセプトを持つ日本酒は、2025年9月27日に開催された「千葉の酒フェスタ2025」でお披露目され、来場者やメディアの注目を集めました。これは単なる新商品のリリースに留まらず、日本酒のペアリング文化、そして特定の食材に特化した日本酒というニッチ市場に大きな一石を投じるものとして、各方面から高い関心が寄せられています。

開発の背景とコンセプト:「まぐろに寄り添う、究極の食中酒」

宮崎酒造店は、近年、経営体制が一新された後、「日本酒を、もっと身近に、もっと楽しく」をテーマに掲げ、革新的な商品開発を進めています。『まぐろ結び』の開発は、日本人が愛してやまない「まぐろ」の様々な部位や調理法に、「最適に寄り添う」日本酒を目指すという明確なコンセプトからスタートしました。

『まぐろ結び』は、赤身の鉄分、トロの濃厚な脂などを科学的に分析し、「適度な酸味でまぐろの鉄分を包み込み、軽快なキレで脂を洗い流す」という設計思想に基づき醸造されました。具体的には、特定の酵母と精米歩合を採用することで、香りは穏やかに抑えつつ、口に含むとふくよかな旨味が広がり、その後に続くシャープな後味が、まぐろの味わいを一層引き立てるという、絶妙なバランスを実現しています。

市場の反応:ニッチ戦略への期待と反響

『まぐろ結び』の発表に対する市場の反応は、非常にポジティブなものでした。特に日本酒愛好家は、この「食材特化型」というニッチな戦略を、今後の日本酒の新たな可能性を広げるものとして高く評価しています。

寿司店や海鮮居酒屋からは、早くも導入を検討する声が上がっています。特に高級寿司店では、提供するまぐろの品質に妥協がない分、それに合う日本酒を厳選しています。『まぐろ結び』は、そのネーミングとコンセプトから、お客様への提案が容易であり、ペアリングの説得力が増すと期待されています。ある寿司店の店主は、「まぐろの赤身と大吟醸の華やかさがぶつかることがあったが、『まぐろ結び』はまぐろの良さを邪魔しない。特にトロとの相性は抜群で、脂をすっきりと流してくれる」と絶賛しています。

SNS上では、「面白いアイデア!」「こういう明確なコンセプトのお酒を待っていた」「刺身好きとしては飲んでみたい」といった期待の声が多く見られました。また、27日のお披露目イベントでは列ができるなど、その注目度の高さが伺われました。

日本酒業界に期待される影響:「一品一酒」文化の創造へ

『まぐろ結び』の成功は、日本酒業界全体にいくつかの重要な影響を与える可能性があります。

1.「食材特化型」日本酒ブームの到来

『まぐろ結び』が市場に受け入れられれば、「うなぎ専用」「ジビエ専用」「カレー専用」など、特定の食材や料理に特化した日本酒の開発が加速する可能性があります。これにより、日本酒の新しい楽しみ方が提案され、若年層や外国人観光客など、これまで日本酒に馴染みの薄かった層へのアピールが強化されます。

2.「一品一酒」という新たな飲用文化の創造

最も注目されるのは、特定の料理一品に対して、それを最も引き立てるためだけに醸された日本酒を合わせる「一品一酒」という、新たなペアリング文化が生まれる可能性です。これまでの「食中酒」は、コース料理や様々な食材に対応する汎用性が求められることが多かったのですが、「一品一酒」の考え方は、日本酒の提供方法や注文のスタイルそのものを変える可能性があります。

例えば、料亭や居酒屋で「本日のおすすめ」として特定の酒と料理をセットで提供したり、家庭でも「今日はこの日本酒のためにまぐろを買おう」というように、日本酒が食卓の中心となる購買動機を生み出すことが期待されます。これは、ワインにおける「グランヴァン」のように、特定の料理との最高の相性を追求する、贅沢で洗練された飲用スタイルを確立することに繋がるかもしれません。

3.食中酒としての地位向上と地域産業との連携

このような明確な食との結びつきは、日本酒を「料理を引き立てる食中酒」として再認識させ、消費シーンの拡大に繋がります。さらに、まぐろという国民的な食材をテーマにすることで、今後は産地の漁業協同組合や、まぐろ料理を提供する観光業者などとのコラボレーションが生まれ、地域経済の活性化に貢献する新たなモデルとなり得ます。


宮崎酒造店の『まぐろ結び』は、単なる季節の新酒ではなく、日本酒の未来を占う試金石となるでしょう。その斬新なアプローチと市場の反応、そして「一品一酒」という文化を創造する可能性から、日本酒の多様な楽しみ方を再定義し、新しいペアリングの扉を開くものとして、今後の展開が非常に楽しみです。

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吟醸酒の夜明けから半世紀──黒龍酒造「龍」五十周年記念酒、発売へ

福井県の黒龍酒造の名酒「黒龍 大吟醸 龍」の発売50周年を記念した特別酒が、9月下旬から発売の運びとなりました。1975年に誕生した「龍」は、当時の日本酒業界に大きな衝撃を与え、以降の吟醸酒文化の礎を築いた革新の一杯です。その節目にあたる今年、蔵元の技術と美意識が結集した記念酒が登場し、酒文化の進化を静かに物語ろうとしています。

「龍」が切り拓いた吟醸酒の夜明け──革新と美意識のはじまり

「龍」が初めて世に出たのは、「吟醸酒」がまだ一般に流通していなかった時代でした。当時、大吟醸酒は品評会用に造られる特別な酒であり、蔵の技術力を示す象徴的存在でした。市販されることはほとんどなく、一般消費者が口にする機会は限られていたのです。そんな中、黒龍酒造の七代目蔵元・水野正人氏は、フランスで学んだワインの熟成技術を日本酒に応用し、「龍」を市販化。これは全国に先駆ける試みであり、日本酒の価値観を根底から揺さぶる出来事でした。

この挑戦は、単なる商品開発にとどまらず、日本酒の“飲み方”や“楽しみ方”に新たな視点をもたらしました。香り高く、繊細で、食中酒としても映える吟醸酒は、従来の濃醇な酒とは異なる魅力を持ち、都市部の若い世代や女性層にも受け入れられるようになります。黒龍酒造はこの流れを牽引し、「吟醸蔵」としてのブランドを確立。以降、全国の酒蔵が吟醸酒の市販化に乗り出し、1990年代には“吟醸ブーム”と呼ばれる現象を巻き起こしました。

半世紀の熟成美──「龍」五十周年記念酒に込められた技と美意識

今回発売される「龍 五十周年記念酒」は、2020年に醸造された原酒を、蔵に培われてきた低温熟成技術で5年間じっくりと寝かせたもの。香りは蜜リンゴやミラベル、ユリのアロマに加え、フェンネルや鳳凰単叢の茶葉を思わせる複雑なニュアンスが重なり、まろやかでシルキーな口当たりが特徴です。まさに、半世紀にわたる熟成と探求の集大成と言えるでしょう。

パッケージにも黒龍らしい美意識が宿ります。発売当初は酒袋をラベル地に使用し、現在は地元・福井の越前織を採用。黒と金を基調とした意匠は、節目にふさわしい気品と重厚感を備えています。こうした“纏う美”へのこだわりも、黒龍が日本酒を文化として捉えてきた姿勢の表れです。

むすびに

「龍」の登場から50年。その一杯が切り開いた道は、今や日本酒の多様性と国際的評価へとつながっています。記念酒は、単なる周年商品ではなく、日本酒の可能性を信じて挑戦を続けてきた蔵元の哲学を体現する存在です。そして、これからの50年を見据える一歩でもあります。

この酒を口にすることは、過去と未来を味わうこと。黒龍酒造の「龍」は、今もなお、日本酒の進化を静かに導いているのです。

▶ 黒龍|歴史を塗り替えていく酒蔵の挑戦。大吟醸酒はここに生まれた

▶ 黒龍 大吟醸 龍 五十周年記念酒|半世紀前に日本酒を変えた一本。貴重なコレクションアイテム

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【Kura Master 2025】「雁木 純米大吟醸 鶺鴒」がプレジデント賞受賞|国際舞台で示した日本酒の新たな可能性

2025年9月24日、在フランス日本国大使公邸にて開催された Kura Master 2025 の授賞式で、日本酒部門の最高賞「プレジデント賞」が発表されました。その栄冠に輝いたのは、山口県・八百新酒造が醸す 「雁木 純米大吟醸 鶺鴒」 でした。

Kura Master とは

Kura Master は、フランス人を中心としたソムリエやワイン関係者、料理・飲食関係者らが審査員を務め、日本酒と料理とのマリアージュ性を重視する観点で選定を行う国際的な日本酒コンクールです。各部門のプラチナ賞から選出される審査員賞を経て、その中から1本に与えられる最高の栄誉がプレジデント賞であり、単なる酒質評価を超えて、国際舞台で「最も強く訴求力をもつ酒」としての総合的評価が問われます。

プレジデント賞受賞酒の評価

今回、「雁木 純米大吟醸 鶺鴒」が選ばれたことには、いくつかの象徴的意味合いを読み取ることができます。

まず、審査委員長グザビエ・チュイザ氏は、この酒の「輝きや光沢、鼻や口に広がる煌めき」「力強いエネルギー」に深い感動があったとコメントしました。さらに「爽やかさ」「飲みやすさ」「喉を潤すような味わい」を高く評価し、魚介類・海産物、また、地中海料理やセビーチェなど国際料理との相性も強調しています。これらの言葉から読み取れるのは、海外の食文化や国際的なテーブルにおいても自然に受け入れられる「調和力と存在感」を備えている酒という評価です。

特に印象的なのは、「喉を潤すような心地よさ」「爽やかな風味」が繰り返し言及されている点です。これは、香りや複雑性を追求するあまり“構えすぎず”、飲み手にストレスなく入ってくる飲み口を重視した造りであることを示唆します。国際舞台での審査で高評価を得る酒には、華やかさだけでなく、飲み継ぎやすさ・汎用性が必須要素となるため、このバランス感覚を兼ね備えた点こそが、最高賞に選ばれた大きな理由の一つでしょう。

また、Kura Master は「フードペアリング」を重要視するコンクールであり、この酒が料理と共鳴する力を持つことが最終的な選考ポイントとなります。「雁木」というブランドには船着場の意味があり、人と料理の橋渡し役であるかのような響きがあります。「おしえ鳥」とも呼ばれる「鶺鴒」の銘は、まさにこれを示唆するものです。

そして、この受賞は、八百新酒造という蔵の長年の酒造技術・個性への鍛錬が、国際舞台で認知されたという成果でもあります。「雁木」は、日本国内ではすでにかなりの知名度を誇る日本酒となっていますが、それが、世界の食文化と接点を持つ場で選ばれるということは、日本酒界のグローバル化を象徴する出来事であるとも言えます。

今回の授賞式は、在仏日本大使公邸という格式高い場で行われ、名だたるソムリエや料理関係者ら約100名が集う中で、受賞酒の表彰とともにそのストーリー性や表現性も語られました。その意味で、単なる品質の勝利を超えて、日本酒という文化の「世界への伝達力」を試す場において、雁木は最も強いメッセージを持つ酒として選ばれたといえるでしょう。


最後に、このプレジデント賞受賞が、山口県・八百新酒造、そして「雁木」ブランドにとって国際的な飛躍の契機となることは間違いありません。日本酒愛好家のみならず、海外の料理界・飲食界にも「雁木」という名が記憶され、やがては世界の食卓にその名を刻む存在になっていく可能性を感じさせる受賞です。

▶ 雁木 純米大吟醸 鶺鴒|Kura Master 2025 でプレジデント賞(全体1位)を獲得した日本酒

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110万円の熟成酒「梵」限定200本を抽選販売へ|ヴィンテージ日本酒市場への挑戦

福井県鯖江市の老舗酒蔵・加藤吉平商店が、日本酒の可能性を一歩先へ押し上げる挑戦を再び仕掛けています。今秋同社は、熟成大吟醸「梵・超吟 Vintage(720ml)」を、110万円で限定200本抽選販売することを発表しました。これは、国内外で“ヴィンテージ日本酒”という新しいカテゴリーを切り拓くための試みと見られています。

“梵・超吟 Vintage”とは何か

「梵・超吟 Vintage」は、酒造年度2013年の「梵・超吟」を原料とし、氷点下で 10年以上熟成 させた酒です。酒米には、兵庫県三木市の特A地区で栽培された最高品質の山田錦が使われ、精米歩合は明かされていないものの、通常の大吟醸をはるかに凌ぐ研ぎ澄まされた磨きと手間をかけていることが報じられています。

同社の加藤社長は、この商品を「世界の酒類市場をけん引するような銘柄に育てていきたい」と語っており、日本酒を“ただの飲み物”から「文化的価値」「コレクション性」を備えたヴィンテージ品として認めさせる狙いがあります。

この「梵・超吟 Vintage」が最初に発表されたのは 2024年9月 のことで、10月1日発売とされ、同じく限定約200本での提供が予告されていました。

そのときの記事によれば、発表直後から2倍以上の注文があった とされ、発売前に完売が見込まれていたとのこと。また、地元・福井県をはじめ、国内外の高級酒取扱店や富裕層をターゲットとする販路での期待が非常に高く、話題性でも大きな注目を集めました。

つまり、昨年は「告知→予約注文→完売見込み」という流れで、ヴィンテージ日本酒としての可能性を消費者も事業者も肌で感じる形でした。

2025年も同様に、限定200本を 10月以降抽選販売することが報じられています。抽選方式を採る理由には、過度な需要集中を防ぐこと、正しい価格で正しいユーザーに届けること、コレクター性や希少性を保つことなどが考えられます。

また、抽選にすることで“公平性”や“話題性”を持たせることができ、ヴィンテージ酒を持ちたいという潜在的需要を改めて掘る機会にもなるでしょう。

ヴィンテージ日本酒への足がかりとして課題と展望

このような動きは、日本酒業界における“ヴィンテージ”の概念を具体化するひとつのモデルケースです。ワインやウイスキーのように、年号・熟成年数・原料・貯蔵条件などが語られることで、味わい以上の価値が生まれ、コレクション対象や投資対象となる可能性を含みます。

「梵・超吟 Vintage」が成功すれば、以下のような波及が期待できるでしょう。

  • 他の酒蔵も“ヴィンテージライン”を模索し、熟成酒や限定酒の企画を増やす
  • 流通・販売ルートでのプレミア価格帯の確立とサポート体制が整う
  • 消費者の中で“熟成させる日本酒”という選択肢が一般化する
  • 酒イベントやオークション市場でヴィンテージ日本酒が取り上げられる機会が増える

とはいえ、こうした高価格ヴィンテージ酒には課題もあります。110万円という価格を支払える顧客層が限られること、品質の維持や熟成による品質のばらつきリスク、保存環境の確保、法律税制面での表示・課税の問題などです。

しかし、加藤吉平商店の実績を見れば、すでにそうした課題をある程度クリアした上での挑戦であることが分かります。昨年の“注文が5倍、完売見込み”という反響は、市場に“それだけの価値を認める層”が存在するという証左だからです。


110万円の「梵・超吟 Vintage」は、単なる価格のインパクト以上に、日本酒が「時間を経ることによって熟成し、香味に深みを増し、歴史を語る酒」になりうることを、消費者にも業界にも示す一石となっています。昨年の成功例を土台に、今年の抽選販売がどのような反響を呼び、ヴィンテージ日本酒という新しいカテゴリがどう広がっていくか、大いに注目されるところです。

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松茸と日本酒、日本の食文化に息づく「元祖ペアリング」

秋風が心地よくなるこの季節、日本の食卓に欠かせないのが、得も言われぬ香りを放つ松茸です。松茸ご飯、土瓶蒸し、焼き松茸…。その繊細にして芳醇な香りは、まさに日本の秋の象徴と言えるでしょう。そして、その松茸料理の傍らに静かに佇むのが、清らかな日本酒です。単なる飲み物としてではなく、松茸の味わいを究極まで引き立てる存在として、この二つの組み合わせは、古くから日本の食文化に深く根ざしてきました。

歴史が物語る、出会いの必然性

私たちは今、「フードペアリング」という言葉を当たり前のように使いますが、松茸と日本酒の組み合わせは、まさに日本における「元祖ペアリング」と呼ぶにふさわしいものです。

松茸は、縄文時代からその存在が知られ、『万葉集』にもその香りの良さを詠んだ歌が残されています。平安時代には、すでに時の権力者たちの間で珍重される高級食材でした。一方、日本酒もまた、神に捧げる神聖な飲み物として発展し、平安時代には貴族の宴席で欠かせないものでした。異なる起源を持つ両者ですが、季節の移ろいを愛でるという共通の文化の中で、自然と共演するようになりました。

特に江戸時代に入ると、庶民の間でも松茸料理を楽しむ文化が広まり、日本酒も食事と共に楽しむスタイルが定着します。この時代にはすでに、松茸の土瓶蒸しに熱燗の日本酒を合わせる、といった、現代にも通じる組み合わせが楽しまれていたようです。

では、なぜ松茸と日本酒はこれほどまでに相性が良いのでしょうか。その秘密は、両者が持つ「旨味」と「香り」の成分にあります。

松茸は、代表的な旨味成分であるグルタミン酸を豊富に含んでいます。このグルタミン酸が、松茸の香りと共に、奥深い味わいを生み出しているのです。一方、日本酒は、米のタンパク質が分解されてできた様々なアミノ酸を豊富に含んでおり、これもまた日本酒特有の旨味成分となります。

松茸と日本酒を共に味わうことは、お互いの旨味成分が相乗効果を生み出し、単体では感じられないほどの深いコクやふくらみを引き出すことに繋がります。たとえば、土瓶蒸しを味わった後に、少しぬる燗にした日本酒を口に含むと、松茸の香りが鼻腔をくすぐり、日本酒の旨味が舌に残る松茸の風味をさらに際立たせるのです。また、吟醸酒のような香りの高い日本酒は、松茸の香りを邪魔することなく、その清涼感が口内をリセットし、松茸の次のひとくちをより美味しく感じさせてくれます。

このように、松茸と日本酒の関係性は、単なる偶然ではなく、古来より日本の食文化が育んできた必然と言えるのです。秋の味覚の王様を、日本の風土が育んだ酒と共に味わう。それはまさに、日本の豊かな自然と食文化への感謝を込めた、時を超えた「元祖ペアリング」なのです。この秋、「元祖ペアリング」を通じて、日本の豊かな自然と食文化の奥深さを再認識してみたいものです。

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新時代の日本酒参入──クラフトサケメーカー編

酒造業界に参入するには免許が必要で、従来は新規蔵の取得が極めて厳格でした。よって、明治維新前に創業した酒造が大半を占め、創業100年であっても“新参者”と呼ばれる状況が続いています。

そんな中、2020年度の税制改正で「輸出用清酒製造免許制度」が創設され、輸出向けに限り、清酒製造免許の新規取得が可能になりました。また、日本酒特区では、地域振興・観光目的で、条件付きで新規蔵が免許を取得できることとなりました。クラフトサケメーカーでは、「その他の醸造酒」として参入を果たしたところもあるようです。

近年の日本酒ブームの広がりとともに、3Kとも見なされていた酒造に対する見方は大きく変わり、現在では、参入希望が若手の間にも広がっているといいます。ここ数年は、こころざしある酒造の起業もあり、固着した業界に少しづつ変化が生まれているようです。

ここでは、クラフトサケ作りなどを目的として、近年「その他の醸造酒免許」を取得した酒造をいくつかピックアップしてみます。

【その他の醸造酒免許で参入した酒造】

カヤマ醸造所

2015年に千葉県茂原市で、自分達が飲みたいお酒を造りたいとの思いから、どぶろく製造をはじめました。「純米発泡濁酒かやま」などを製造しています。

WAKAZE

2018年に東京三軒茶屋で創業。世界でSAKEが造られ飲まれる世界の実現を目指し、フランスとアメリカを含めた3拠点で展開しています。今夏、スパークリングSAKE「SummerFall」は、アメリカから日本へと人気が広がりました。

木花之醸造所

2020年に東京浅草でどぶろく製造を始めました。「ハナグモリ」という商品があります。

LIBROM Craft Sake Brewery

2020年、福岡市に設立されました。「自由な醸造スタイルで酒造りにロマンを」をコンセプトにして、全国で「LIBROM」ブランドを展開しています。

haccoba

2020年に、福島県南相馬市で創業。酒造りを通じて、原発事故で被災した地域を再生する目的を掲げています。どぶろく文化を現代的に再解釈し、花酛製法などを活用しているところに特徴があります。「はなうたホップス」などの商品が出ています。

稲とアガベ

2021年に、秋田県男鹿市で「男鹿の風土を醸す」を掲げて創業。日本酒の可能性を広げるために「交酒」に取り組んでいます。

LAGOON BREWERY

2021年に「感激できる、多様なおいしさ」をモットーにして、新潟市の福島潟湖畔に設立。国内ではクラフトサケ「翔空」を展開。輸出用に本格的な日本酒も手掛けています。

ハッピー太郎醸造所

2022年に、滋賀県長浜市でどぶろく製造を開始。もとは麹屋で、完熟糀を使用した「ハッピーどぶろく」などを商品化しています。

足立農醸

2023年に、大阪府高槻市に団地内マイクロ酒蔵が完成。八戸酒造で修業の後、2021年に足立農醸を設立し、農業から手掛けています。「世界へ日本酒文化を伝える」という目的を掲げ、クラフトサケ「MIYOI」が生み出されました。

でじま芳扇堂

2023年、長崎市出島に「風土の景色を表現する」を掲げてどぶろく醸造を開始。「芳扇」などを商品化しています。

平六醸造

2024年、岩手県紫波郡紫波町にかつてあった酒蔵を、クラフトサケ醸造所として復活させました。代表は、菊の司酒造の経営に関わっていた人物で、大きな実績を積んでいます。「平六醸造」の銘が入った商品が出ています。

Sake Underground

2024年、兵庫県南あわじ市で、長慶寺農園の農園主が、生酛造りでのどぶろく醸造を開始。「菩提泉 長慶寺」などを醸す。

ぷくぷく醸造

2022年にファントムブルワリーとして設立されたぷくぷく醸造は、2024年に福島県南相馬市でクラフトサケづくりを始めました。「ぷくぷくホップ」などが商品化されています。

日本酒は二日酔いがひどい?自然食研調査が示す業界の課題

健康食品メーカー・自然食研が行った調査によると、複数のアルコール飲料の中で「日本酒が最も二日酔いになりやすい」と感じる人が多いという結果が出ました。ビールやワイン、焼酎と比べても、日本酒を飲んだ翌日の体調不良を訴える割合が高かったことは、日本酒業界にとって看過できない指摘です。なぜこのような結果になったのか、そして今後どのような対応が求められるのでしょうか。

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二日酔いの原因と、業界に求められる新しいアプローチ

まず原因として考えられるのは、日本酒に含まれる成分と飲まれ方の特徴です。日本酒はアルコール度数が平均14~16%と、ビールより高く、ワインと同等以上です。にもかかわらず飲み口が柔らかく、甘味や旨味が豊かなため、つい飲みすぎてしまう傾向があります。結果として、アルコール総量の摂取が多くなりやすく、翌日の負担が大きくなるのです。

また、日本酒は発酵過程でアミノ酸や糖分を多く含みます。これらは味わいの奥行きを生む一方で、体内での代謝負担を増やし、二日酔いの原因物質であるアセトアルデヒドの分解を遅らせる可能性があります。さらに一部の銘柄では添加される醸造アルコールや副成分が、体調に影響を及ぼす要因となっていると考えられます。

この調査結果は、日本酒業界にとってイメージ面のリスクを孕みます。せっかく国内外で「和食ブーム」「クラフトサケ人気」が高まっている中で、「日本酒=二日酔いしやすい」という印象が広がれば、消費拡大の足かせとなりかねません。とりわけ若年層や女性層は、健康志向や翌日のパフォーマンスを重視するため、飲みやすく翌日に響きにくい酒類を選ぶ傾向があります。日本酒がその選択肢から外されてしまう可能性も否定できません。

では、これからの日本酒業界はどう対応すべきでしょうか。第一に、アルコール度数を抑えた「ライト日本酒」のカテゴライズ化が重要です。実際、最近では8~12%程度の低アルコール清酒や、発泡タイプの日本酒が若い世代に支持され始めています。二日酔いを軽減する設計の酒は、今後の市場拡大に資するはずです。

第二に、飲み方の提案も欠かせません。適量を守ることはもちろん、チェイサー(水割りや炭酸割り)を組み合わせるスタイルを広めることは、消費者に優しい啓蒙活動となります。欧米ではワインと水を一緒に楽しむ文化が根付いていますが、日本酒でも同様の習慣を定着させれば、翌日への負担軽減につながります。

第三に、成分や製造方法の透明化です。糖分やアミノ酸度の高い酒が二日酔いの一因となり得るのであれば、分析値や飲み方の目安を分かりやすく表示することが信頼につながります。健康や生活の質に配慮した酒造りを打ち出すことは、時代の要請といえるでしょう。

自然食研の調査は、日本酒業界にとって一見ネガティブなニュースに映りますが、逆に消費者のニーズを知る貴重な機会でもあります。美味しさを追求するだけでなく、翌日の健やかさまで考慮した日本酒が求められているのです。今後、日本酒が世界に誇れる国酒として持続的に愛され続けるためには、「飲んで楽しい、翌日も安心」という新たな価値軸を加えることが不可欠になってくるのではないでしょうか。

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