発酵が生む循環の物語――白鶴酒造「HAKUTSURU SAKE CRAFT No.15」が示す日本酒の未来

白鶴酒造株式会社は、1月17日(土)より、醸造所から発生する発酵由来のCO₂を活用した新商品「HAKUTSURU SAKE CRAFT No.15 ホップ&バジル」を263本限定で発売します。本商品は、従来の純米大吟醸造りにホップやバジルを加えた『その他の醸造酒』規格のSAKEであり、日本酒の枠を超えた新たな創造性を提示しています。

発酵由来CO₂を資源に変える酒蔵の挑戦

この新商品が特徴的なのは、単なる風味の変化だけに留まらず、「循環型ものづくり」という環境配慮の視点が取り入れられている点です。白鶴酒造のマイクロブルワリー「HAKUTSURU SAKE CRAFT」で発酵中に発生するCO₂をただ排出するのではなく、それを捕集・濃縮して室内農業装置に送り込み、バジルを栽培する仕組みを実証しました。こうして育てられたバジルを原料の一部として酒造りに活用することで、発酵→栽培→醸造という循環するプロセスの構築を実現しています。

この取り組みには、単なる環境対応以上の深い意味があります。まず、発酵由来のCO₂を有効利用することは、排出を抑制するだけでなく、原料生産にもつなげるという新しいアイデアです。通常、日本酒の発酵過程で発生するCO₂は単に大気中に放出されてしまいますが、その副産物を価値あるものに転換する発想は、製造業全般が抱える環境負荷低減の課題への一つの応答でもあります。こうした発想は「廃棄物の価値化」とも呼べるもので、持続可能な産業プロセスへの転換を象徴しています。

また、酒蔵という伝統的な現場において、室内農業装置を組み合わせることで、農業技術と発酵技術の融合を図っている点も見逃せません。バジルは高付加価値のハーブであると同時に、香りや味わいのアクセントとしてもユニークな役割を果たします。このハーブを自ら育て、原料として使うという実験は、酒造りを単なる醸造行為から、より広い食文化・農業技術との対話を可能にする創造活動へと拡大しています。この点は、伝統産業が現代的な課題と向き合う際の新しい道筋を示唆していると言えます。

クラフトSAKE~伝統とサステナビリティの融合

さらに、この限定酒の開発は、SAKEの多様性の拡大という広い文脈にも位置付けられます。近年、従来の日本酒概念にとらわれない「クラフトサケ」と呼ばれるジャンルが注目されつつあります。これは、伝統的な清酒造りの技術を基盤としながら、フルーツやハーブ、スパイスなど多様な素材を用いることで、新しい風味や体験を生み出すものです。こうした潮流は、若年層や海外市場での嗜好に応える試みとしても評価されており、白鶴酒造が取り組むクラフトSAKEシリーズはその先駆的存在となっています。

白鶴酒造にとって「HAKUTSURU SAKE CRAFT」は、単なる限定商品のブランド名ではありません。それは、醸造技術と感性、環境配慮と消費者体験を結びつける実験的な場であり、学びの場でもあります。伝統産業が抱える硬直化したイメージを打ち破り、柔軟な発想と技術融合によって新たな価値を生み出す過程は、日本酒産業のみならず、地方産業全体へのヒントにもなります。

また、この取り組みは単独企業の努力にとどまるものではありません。発酵由来CO₂利用の実証プロジェクトは、県内企業やスタートアップ企業との協業で進められており、産学官連携の可能性をも示しています。こうした異分野との連携がもたらす創発的な成果は、地域社会の持続可能性を高めるうえでも重要です。


最後に、本商品の提供が限定的であることは、消費者にとって「一期一会」の体験価値として働きます。限定発売263本という希少性は、単にマーケティングの手法ではなく、一つひとつの製品に込められた手間と想いを伝える象徴とも言えるでしょう。伝統を未来へつなぐための革新は、こうした小さな実験の積み重ねから生まれるのだと感じます。

白鶴酒造が提示した「循環型ものづくり」は、伝統産業におけるサステナビリティの新たな方向性を示すと同時に、発酵というプロセスが持つ可能性を広げる挑戦でもあります。この試みが日本酒業界全体にどのような波及効果をもたらすのか、今後の展開が非常に楽しみです。

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都会で『農』から始める酒造――白鶴酒造・天空農園が拓く次世代テロワール

白鶴酒造は10月23日、東京・銀座の自社ビル屋上「天空農園」で酒米「白鶴錦」の稲刈りを行いました。ここで収穫された米は、マイクロブルワリー「HAKUTSURU SAKE CRAFT」で仕込まれ、約40本の限定酒となる予定です。

この取り組みの本質は、単に都市で酒米を育てる試みではありません。『農業から始める酒造』という、日本酒文化の根源的なプロセスを都心に再構築する点にこそ価値があります。地方に広がる水田から遠く離れた銀座の屋上で米を育てるという行為は、酒造りの原点を都市に呼び戻す象徴的な実践といえます。

都市型農業がもたらす「生産と醸造の再接続」

酒造りは本来、「米づくり」から「発酵」までを通した一貫した営みでした。しかし現代において、農業と醸造は分断され、蔵人であっても米づくりの現場を知らないまま酒を造るケースは少なくありません。

ところが天空農園では、蔵人が米の生育を観察し、気候や土壌(屋上土壌)、日照など都市特有の環境の変化を身体的に理解できます。これは、酒の仕込みに対する感覚を研ぎ澄まし、「自分たちが育てた米で、自分たちが醸す」という本来の酒造文化に近い循環を取り戻すものです。

さらに、都市型農業の特性として、農作業に外部の人が参加しやすい点があります。都市生活者が田植えや稲刈りに関わることで、酒造りに対する理解が飛躍的に深まります。都市で農から酒までを完結させるモデルは、これまで分断されていた生産と消費の距離を縮め、文化的な関係の再構築を可能にします。

都市の気候が生む新しいテロワールの可能性

銀座の屋上で育つ酒米には、ビル風や高層ビルの反射光、都市微生物叢など、田舎の田んぼでは有り得ない環境要因が作用します。これらは決して欠点ではなく、都市という固有の風土、つまり、新たなテロワールを形成します。

ワインの世界で、都市醸造所が独自のアーバン・テロワールを発信しているように、日本酒もまた「都市で育つ米の個性」を語る時代が訪れていると言えるでしょう。特に酒米はタンパク質量や粒の硬さなどで味わいが変わるため、都市気候で育った米がどのような酒質を生むのかは、研究としても価値があります。

都市型農業は、小規模だからこそ環境要因を可視化しやすく、テロワール研究の新たな舞台ともなり得ます。

小規模だからこそ可能な『個性の極致』としての酒造り

天空農園の生産量は多くありません。しかし、小規模であるからこそ、次のような価値が生まれます。

  • 生育環境を細部まで把握できる
  • 単一区画の米だけで仕込む究極の限定ロットが作れる
  • 物語性が強く、体験価値の高い酒になる
  • 都市に住む消費者がリアルタイムで生産工程を見守れる

つまり小規模酒造の弱点とされる生産量の少なさは、都市の場合むしろ、「唯一無二の価値」へと転換されます。

都市で農から酒へ――日本酒の未来を示す原点回帰

白鶴酒造の天空農園は、都市で農業を再生し、その場で酒造りまで完結させるという、極めて現代的かつ根源的な取り組みです。都市が「消費の場所」から、少量でも「生産の場所」へと変わることで、酒造はより文化的で、より参加型のものとなっていくでしょう。

そしてこの流れは、都市テロワールの確立、小規模ロットによる多様な酒造文化、さらには「自分たちの街で育てた米の酒」という新しい地域性の創造へとつながっていきます。

農から始める酒造を都市で実践すること――それは、次の時代の日本酒のアイデンティティをつくる、小さいけれど大きな一歩なのです。

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