白鶴、「HAKUTSURU SAKE CRAFT No.12」発売 ― 大手酒造が挑む“小ロット時代”の象徴に

白鶴酒造株式会社(神戸市)は、同社のマイクロブルワリー「HAKUTSURU SAKE CRAFT」で醸造した新作酒「HAKUTSURU SAKE CRAFT No.12」を10月4日より白鶴酒造資料館で数量限定(219本)販売しました。大手酒造が自社内であえて小ロットの実験的な酒造りを行う試みとして、業界関係者の注目を集めています。

「HAKUTSURU SAKE CRAFT」は、2024年に始動した白鶴の小規模醸造プロジェクトです。酒造資料館の一角に設けられたガラス張りのミニ蔵で、来場者が発酵や搾りなどの工程を間近に見ることができます。従来の大量生産では試みづらい、酵母や発酵条件の違いによる新たな香味表現に挑む場として設計されました。

今回の「No.12」は、ワイン酵母と日本酒酵母を掛け合わせた白鶴独自の改良酵母(Hi-EtCap434、Hi-TRP475)を用い、マスカットのような果実香と穏やかな酸味を特徴とする純米酒。オリジナル酒米「白鶴錦」を100%使用し、精米歩合50%、アルコール度数12%。価格は720mlで税込6,600円と高価格帯に位置づけられています。

大手が小さく造る意味

大手酒造の主戦場はこれまで、安定した品質と供給量を求められる全国流通市場でした。しかし、消費者の嗜好が多様化し、特定の地域やスタイル、香味個性を求める声が高まる中で、「一つの味で全国をカバーする」時代は過ぎつつあります。

白鶴がマイクロブルワリーを立ち上げた背景には、そうした変化への対応力を磨く意図がうかがえます。大量生産のノウハウを持つ大手こそ、小規模で柔軟な開発力を内包する必要がある――「HAKUTSURU SAKE CRAFT」は、その象徴的な一歩といえます。

業界では近年、月桂冠や宝酒造など他の大手メーカーも限定醸造やコラボ製品を相次いで展開しており、かつて“実験的な挑戦”が地酒蔵の専売特許だった時代から、明確な潮流の変化が見て取れます。

多様性がもたらす広がりと課題

今回の「No.12」は、香りと味わいの新境地を示すだけでなく、日本酒の「多様性」を正面から捉える試みでもあります。
マスカットや白ワインを思わせる酸味の効いた味わいは、従来の清酒とは異なる層――特に若年層やワインユーザーを意識したアプローチとも言えます。

日本酒市場は人口減少と嗜好の分散によって縮小傾向にありますが、同時に「クラフト日本酒」「低アルコール」「ボタニカル日本酒」など、新しいカテゴリが次々と登場。多様性はもはや一時的な流行ではなく、業界の生存戦略として無視できないものになっています。

白鶴のような大手がその多様化を自らの手で体現することは、業界にとって大きな意味を持ちます。品質管理力や資本力を備えた企業が、小規模ながら挑戦的な製品を市場に出すことで、消費者側も「新しい日本酒」への関心を高めやすくなるからです。

“変化に応える軽さ”こそ、次代の鍵

今回のプロジェクトで注目すべきは、白鶴が自社の巨大生産体制の一角に“軽やかな醸造部門”を組み込んだ点です。変化を恐れず、企画から醸造、販売まで短期間で回せる仕組みを作ったことが、従来の大手モデルとの最大の違いといえます。

市場の動きが早まる中、変化に対応できる「軽快さ」は、日本酒業界全体の課題です。地方蔵では柔軟な発想が強みとなる一方、大手は組織の大きさゆえに動きが鈍くなりがちでした。白鶴の挑戦は、その構造的課題を突破する試みとして注目されます。

「HAKUTSURU SAKE CRAFT No.12」は、単なる新商品ではなく、大手酒造が自ら“変化の装置”を内製化した象徴的なプロジェクトです。
日本酒の多様性を受け止め、実験的な小ロット生産を通じて次代の味を探る姿勢は、今後の業界に新しい風を吹き込むでしょう。

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超硬水と超軟水で醸す日本酒セット『浅間嶽 阿吽』誕生——“水の個性”を味わう新たな挑戦

10月11日土曜日、長野県小諸市の酒蔵「大塚酒造株式会社」 が、超硬水と超軟水という対極の水質で醸した日本酒セット『浅間嶽 阿吽』の予約販売を、クラウドファンディング方式で開始すると発表しました。水という要素を対比させたコンセプトを掲げる日本酒としては、非常に異例の試みといえます。

水の違いを打ち出す意義と背景

日本酒の約八割を占める仕込み水。多くの酒造は、水の清らかさ、湧水地、軟水・硬水の良さなどを宣伝文句として掲げています。しかし、それはあくまで「この水は優れている」という訴求が中心であり、異なる水を意図的に使い分け、その違いを飲み手に体験させる商品は極めて少ないのが現実です。

大塚酒造が今回のプロジェクトで明確に打ち出したのは、「超硬水での酒」と「超軟水での酒」という対照ペア。双方とも同じ原料米、同じ精米歩合、同じ酵母、同じ酒造という前提ながら、仕込み水を変えるだけでどう変化するかを飲み比べられるという設計になっています。これは、水質を実験的に可視化するような商品とも言えるでしょう。

小諸市は、浅間山を含む地域が長年かけてろ過を続けた地層を通して湧き出る水により、超硬水から超軟水までバリエーションある湧水群 を擁している地域とされています。その恵まれた水資源を、「飲み比べ」という体験型商品に昇華させるという点で、このプロジェクトは、水そのものを“商品軸”に据える野心的なものです。

二水源使いの異例さ

酒造りにおいて最も安定を求められるもののひとつが、仕込み水の品質と供給体制です。多くの酒造は、一つの水源に依拠して年間を通じて安定した条件を確保し、発酵プロセスを再現可能にすることを重視します。異なる水を使うということは、発酵速度、温度管理、酵母の挙動など多くの変数が増え、醸造管理が複雑になります。

その点を理解したうえで、大塚酒造はあえて「二つの水源」を使う道を選びました。浅間山近傍の硬度の高い伏流水(通常の「浅間嶽」ブランドでも用いられてきた水源)を「超硬水」側に採用し、また別の軟水寄りの湧水を「超軟水」側に据えることで、水質そのものの差異を明示的に表現しようという意図です。

このように、醸造変数を敢えて揺らす構造を採る蔵は極めて限定されており、技術と胆力が求められる挑戦とも言えます。中には、仕込み水をアッサンブラージュする先駆的取り組みを行っている市野屋(長野県大町市)のような酒造もありますが、「対比構造」による今回のような商品化は、極めて珍しいと言えます。

今回、「水の違いで飲み比べる」商品が登場したことは、日本酒の価値観を揺さぶる可能性があります。これまで「この水がいい」「この水源が清らかだ」という抽象的な訴求はありましたが、水質の違いを飲み手に体感させるフェーズには至っていなかったからです。

これはまた、地方酒蔵や水資源を抱える地域にとって、“水をストーリー資源化する”手法として参考になるモデルになり得ます。水源保全・管理といったインフラ課題を抱える地域こそ、水の魅力を可視化できれば、観光や地域振興と結びつけやすくなるでしょう。

また、醸造技術の面でも、異なる水質に対応する酒造の醸造ノウハウが蓄積されれば、新たなスタイルの日本酒づくりへの展開も期待できます。たとえば、今後「三種水飲み比べ」「地域複数水源ミックス酒」などの拡張も考えられます。こうなると、日本酒を通じてさまざまなコラボが促進されるかもしれません。

ただし、リスクもあります。温度管理、発酵進行の差異、酵母ストレスなど技術的困難に直面する可能性は高く、計画通りの熟成安定性を得られないケースも想定されます。加えて、飲み手に“水の違い”を明確に感じてもらうストーリーテリングと解説が不可欠で、マーケティングの力も問われます。


大塚酒造が手がける『浅間嶽 阿吽』は、水を味わいの主役へと昇華させた挑戦です。クラウドファンディングという形式も、単なる販路ではなく、地域と飲み手をつなぐコミュニケーション手段として機能しようとしています。

水という目に見えにくい要素を、飲み比べという体験に変えるこの試みが成功すれば、日本酒産業の価値観を刷新する起点となるかもしれません。飲む人が「この水はこういう風に効いているのだな」と感じられる対話型の酒。それが『浅間嶽 阿吽』という物語なのです。

▶ 小諸の水源から生まれた奇跡 超硬水と超軟水で醸す日本酒セット『浅間嶽 阿吽』

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月桂冠「炭酸割りでおいしい純米酒」が通年販売へ 1.8Lパックで広がる“酒ハイ文化”の定着

月桂冠株式会社(京都市伏見区)が今年3月に発売した「炭酸割りでおいしい純米酒」がこの秋、通年販売となりました。発売当初は春から夏にかけての期間限定商品という設定でしたが、想定を上回る販売実績とリピート購入の多さを受け、年間を通じて提供されることとなったのです。日本酒を炭酸で割る“酒ハイ(SAKE HIGH)”が、いよいよ一過性のブームを超え、飲酒文化として根づきつつあることを示す動きです。

炭酸で引き立つ旨み 家庭で手軽に“日本酒ハイボール”

「炭酸割りでおいしい純米酒」は、炭酸で割ることを前提に設計された純米酒です。米の旨みや香りをしっかり残しながら、炭酸を加えることで軽やかで爽快な口当たりを実現しています。アルコール度数はやや低めで、氷を入れたグラスに注ぎ、炭酸水で1:1に割ると、刺激のあるすっきりとした“日本酒ハイボール”が完成します。特に夏場は冷たく爽やかに、寒くなれば柚子や生姜を加えるなど、季節に合わせてアレンジを楽しむこともできます。

同商品は1.8リットルの紙パックで販売されており、軽量で冷蔵庫にも収まりやすく、保存や注ぎやすさに優れた形態です。パック酒というと、「晩酌用にコスパ重視」といったイメージがありましたが、この商品は「自由にアレンジできるベース酒」としての新しい価値を提案しています。炭酸水やレモン、ハーブなどを加えた自分好みの味付けを楽しめ、自宅での「おうち酒ハイ」を楽しむユーザーが増えているようです。

“酒ハイ”がファッションから文化へ

“酒ハイ”という飲み方は、焼酎ハイボールやウイスキーハイボールの流行に続く形で広まりました。当初は「SNS映えする新しい日本酒の飲み方」として注目されていましたが、現在ではすっかり定番化。アルコール度数を自分で調整できること、炭酸による飲みやすさ、料理との相性の良さなどが支持され、幅広い世代に浸透しています。

そのような中、1.8Lパックの当商品が通年商品に移行したということは、酒ハイが一時的なファッションではなく、日常の飲酒文化として根づいた証ともいえます。

日本酒の未来を変える“日常化”の流れ

これまで日本酒は“特別な日に飲む酒”という印象が強くありましたが、近年はスパークリング日本酒や氷専用酒など、よりカジュアルな方向へと進化しています。月桂冠の「炭酸割りでおいしい純米酒」は、その流れの中心にある商品です。伝統的な清酒の枠を守りつつ、現代のライフスタイルに合わせた提案を行うことで、新しい層を取り込み、日本酒の裾野を広げています。

“酒ハイ”がファッションを超え、文化として定着する今、1.8Lパックの純米酒を手に取る姿は、もはや「庶民的」ではなく「時代のスタンダード」といえるかもしれません。炭酸割りというシンプルな発想が、古くて新しい日本酒の魅力を再発見させているのです。

▶ 意外な組み合わせがトレンドに!日本酒ハイボールが拓く和酒の新境地

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SHUWAN、意匠登録を取得~五感に響く“体験型酒器”の誕生

酒器「SHUWAN」を展開する株式会社シュワン(福岡市)は、同ブランドの酒器デザインが日本国特許庁より意匠登録を正式に認定されたと発表しました。日本酒業界では、酒そのものの多様化が進む一方で、それを受け止める酒器の進化にも注目が集まっています。今回の登録は、SHUWANが単なるデザイン性の高い器ではなく、“体験としての酒器”を志向していることを象徴する出来事です。

「香り」中心の酒器から“五感”に響く体験へ

ここ数年、日本酒専用グラスの開発は「香り」を最大限に引き出すことに焦点が当てられてきました。リーデルや木本硝子の専用グラスに見るように、香りの拡散性を高めるチューリップ型の酒器がその代表です。これらは、ワイングラスの文脈を日本酒に応用した“香りの可視化”を目的としていました。

しかし、SHUWANが提示したのは、その一歩先を行く「五感に訴える酒器」という新たな方向性です。
形状は、口縁から胴張り部にかけて柔らかく広がり、高台に向かって絞り込む流線形。上から見ると円形と楕円形が交錯する独特のフォルムをもち、手に取った瞬間の“触感”や“重量バランス”までもが設計に織り込まれています。

この曲線がもたらす香りの対流や温度変化は科学的にも検証されており、ガスクロマトグラフィー分析によって、従来の猪口やワイングラスよりも香気成分の安定性と拡散性が優れていることが報告されています。香りだけでなく、視覚・触覚・温度感覚までを統合的に演出する――まさに“飲む”という動作そのものを体験化した酒器といえます。

今回の意匠登録は、こうしたSHUWAN独自のフォルムと機能性が「創作性と新規性をもつもの」として公的に認められたことを意味します。外観の模倣を防ぎ、ブランドの知的財産を守る基盤を得たことに加え、今後の製品展開やライセンス戦略の強力な支えにもなります。酒器が「工芸」から「デザイン知財」へと昇華する流れを示した点でも意義深いといえるでしょう。

みむろ杉とのコラボなどに見る新しい酒器の未来

SHUWANはまた、奈良の今西酒造が手がける人気ブランド「みむろ杉」とのコラボレーションを発表しています。これは、酒器ブランドが単に器を提供するのではなく、“酒そのものの世界観を共に構築する”という新しいアプローチです。
香りや味わいを受け止める「器」ではなく、酒造と共に“体験の設計者”として関わる姿勢は、これまでの酒器業界には見られなかったものです。みむろ杉の透明感ある旨味と、SHUWANの柔らかな香気表現は、共振するようにして飲み手の感覚を刺激します。

酒器がもたらす“新しい日本酒体験”

意匠登録によって保護された独創的デザイン、科学的裏付けを持つ香り設計、そして酒蔵との協働――SHUWANが描く未来は、日本酒を「味わう」から「感じる」文化へと進化させることにあります。

これまで香り中心に設計されてきた酒器の世界に、触れる、見る、聴く、香る、味わう――そのすべてを統合した体験価値を持ち込むことは、日本酒文化の拡張でもあります。

SHUWANの挑戦は、酒器という小さな器の中に、五感と知性、伝統と革新をどう共存させるかという、日本酒の未来を映す実験でもあるのです。

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静岡の地酒『からっ風会』オリジナル酒が今年も登場|花の舞酒造と地域酒販店が日本酒の日に届ける伝統の味

静岡県内の酒販店で組織する「からっ風会」が、1989年から継続して取り組んでいるオリジナル日本酒の販売が、今年も10月1日の「日本酒の日」に合わせて始まります。この日本酒は、県内を代表する蔵元である花の舞酒造に醸造を依頼し、地域酒販店が自らの発意と責任を持って企画するもので、すでに三十年以上の歴史を刻んでいます。

「からっ風会」は、静岡県西部を中心とした酒販店の有志が集まり、日本酒の魅力を広めるとともに、地域の消費者と地元酒をつなぐことを目的として発足しました。会の名称は、冬に吹き荒れる遠州のからっ風に由来し、厳しい風土を逆に力強さへと転じる象徴として掲げられています。その精神は、日本酒の販売を単なる商取引にとどめず、文化的・地域的なつながりとして育んでいこうという思いに根ざしています。

花の舞酒造は、静岡県浜松市に本拠を構える老舗の酒蔵で、地元産米と天竜川水系の伏流水を生かした酒造りで知られています。全国的にも「地酒」ブームが起こる以前から、地域性を重んじた醸造姿勢を守り続けてきた蔵であり、からっ風会との協働はまさに「地元と共に歩む酒造り」の象徴といえます。

この取り組みの大きな意義は、酒販店が主導するという点にあります。一般的に新商品の企画や販売戦略は蔵元が中心となりますが、からっ風会では「売り手」である酒販店自らが発案し、顧客の声を直接反映させています。地域の消費者と最も近い距離にいる小売店だからこそ、求められる味わいやスタイルを的確に把握できるのです。そのため、この日本酒は毎年「消費者目線」を強く意識した味わいに仕上げられ、購入者からの支持も長年にわたって安定しています。

また、酒販店が主体となることは、販売意欲の向上にも直結します。自らが関わった商品であれば、ただの仕入れ品ではなく、自店の看板商品として積極的に紹介したいという思いが自然と芽生えます。こうした主体性が、酒販店と消費者の関係性をより強固にし、地域市場に根ざした日本酒文化を支えてきました。

さらに、こうした取り組みは、酒蔵と酒販店が対等な立場で協力する新しい関係性のモデルともいえます。日本酒業界では、かつて酒販店が蔵元に完全に依存する構造が主流でした。しかし流通の自由化や消費者嗜好の多様化が進む中で、売り手が自ら動き、商品づくりに参画する姿勢は、時代の変化に即した形といえるでしょう。

三十年以上続いていること自体が、この試みの成功を証明しています。単なる限定酒としての一過性に終わらず、毎年恒例の行事として地域の人々に浸透しているのです。消費者にとっては、秋の訪れとともに待ち望む「風物詩」のような存在となり、地元の誇りを象徴する酒として愛されています。

近年、日本酒市場は縮小傾向にある一方で、クラフト的な小ロット醸造や、地域の物語を背負った商品が注目を集めています。その意味でも、からっ風会の取り組みは先駆的であり、全国的に見ても独自の価値を放っています。地域に根差した販売網と、伝統ある蔵元の技術力が結びついたこのプロジェクトは、日本酒の未来を考える上でも重要な示唆を与えてくれるでしょう。

10月1日から店頭に並ぶ今年の「からっ風会」オリジナル酒も、きっと地域の食卓を彩り、人々の交流を温める存在になるはずです。酒販店が主導することで生まれる地域性と親しみやすさこそが、この酒の最大の魅力といえるのではないでしょうか。

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「メガネ専用」発売10周年 本家以外の酒蔵も参加し、日本酒とメガネの文化をつなぐ

日本酒業界には数多くの銘柄がありますが、その中でも異彩を放ってきたのが「メガネ専用」というユニークな名前のお酒です。宮城県の萩野酒造が2015年に発売したこの一本は、インパクトのあるネーミングと確かな味わいで人気を集め、発売から10周年を迎えた今年も注目を浴びています。

「日本酒の日」と「メガネの日」が生んだ異色の銘柄と、その広がり

そもそも「メガネ専用」という発想は、10月1日が「日本酒の日」であると同時に「メガネの日」にも制定されていることに由来します。日本酒の需要喚起とメガネ文化のユーモラスな融合を狙ったこの試みは、多くの人に驚きを与えました。当初は遊び心に満ちた企画のように見えましたが、その軽やかな発想が日本酒に新しい楽しみ方をもたらしたのです。

今年は特に記念すべき年となりました。10周年を迎えるにあたり、本家の萩野酒造だけでなく、全国の複数の蔵が賛同し、それぞれの「メガネ専用」を発売するという広がりを見せています。これにより、「メガネ専用」は一つの銘柄を超え、日本酒業界全体で楽しむイベント性を帯びるようになりました。まさに、メガネと日本酒を結ぶ文化現象といえるでしょう。

メガネと日本酒が持つ共通性と遊び心

メガネと日本酒の組み合わせは一見奇抜ですが、そこには共通する魅力があります。メガネは単なる視力矯正の道具にとどまらず、ファッションや自己表現の象徴でもあります。同じように日本酒もまた、米や水、造り手の哲学によって個性を映し出す存在です。つまり、両者は「日常を支えながらも、その人の個性を表す」という点で重なり合います。

また「専用」という言葉がもたらすユーモアも忘れてはなりません。飲み手がメガネをかけているかどうかは関係なく、ラベルに描かれた印象的な眼鏡マークを見るだけで、飲む人は自然と笑みを浮かべます。そしてメガネ愛用者同士でグラスを傾ければ、まるで秘密のサークルに参加しているかのような一体感が生まれます。これは従来の日本酒では得がたい新しい楽しみ方です。

さらに「メガネ専用」が示したのは、日本酒の世界における「遊び心」の価値です。伝統と格式を大切にする日本酒にあって、ユーモラスな銘柄は挑戦ともいえます。しかし、そうした軽やかな発想こそが若い世代や新規層の関心を引き寄せます。実際に、この銘柄をきっかけに日本酒に親しむようになったという声も少なくありません。

10年で育った「文化」とこれからの展望

発売から10年を経て、今や「メガネ専用」は一つのシンボルとなりました。今年のように複数の蔵が参加する動きは、単なる話題づくりではなく、日本酒業界全体が消費者との距離を縮めようとする意志の表れです。加えて10月1日という「日本酒の日」と「メガネの日」が重なる記念日性が、今後さらに盛り上がりを後押ししていくことでしょう。

「メガネ専用」が築いたものは、ユーモラスな一本のお酒にとどまりません。日常を彩るメガネと、日本文化を体現する酒が響き合うことで、飲む人の生活や趣味と一体化する新しい日本酒文化の可能性を示したのです。これからの10年も、こうした遊び心と共感を大切にした発想が、日本酒の世界をより豊かにしていくに違いありません。

▶ 元祖メガネ専用 10thアニバーサリー|10年たっても生き残り、今年はコラボ酒も誕生

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吟醸酒の夜明けから半世紀──黒龍酒造「龍」五十周年記念酒、発売へ

福井県の黒龍酒造の名酒「黒龍 大吟醸 龍」の発売50周年を記念した特別酒が、9月下旬から発売の運びとなりました。1975年に誕生した「龍」は、当時の日本酒業界に大きな衝撃を与え、以降の吟醸酒文化の礎を築いた革新の一杯です。その節目にあたる今年、蔵元の技術と美意識が結集した記念酒が登場し、酒文化の進化を静かに物語ろうとしています。

「龍」が切り拓いた吟醸酒の夜明け──革新と美意識のはじまり

「龍」が初めて世に出たのは、「吟醸酒」がまだ一般に流通していなかった時代でした。当時、大吟醸酒は品評会用に造られる特別な酒であり、蔵の技術力を示す象徴的存在でした。市販されることはほとんどなく、一般消費者が口にする機会は限られていたのです。そんな中、黒龍酒造の七代目蔵元・水野正人氏は、フランスで学んだワインの熟成技術を日本酒に応用し、「龍」を市販化。これは全国に先駆ける試みであり、日本酒の価値観を根底から揺さぶる出来事でした。

この挑戦は、単なる商品開発にとどまらず、日本酒の“飲み方”や“楽しみ方”に新たな視点をもたらしました。香り高く、繊細で、食中酒としても映える吟醸酒は、従来の濃醇な酒とは異なる魅力を持ち、都市部の若い世代や女性層にも受け入れられるようになります。黒龍酒造はこの流れを牽引し、「吟醸蔵」としてのブランドを確立。以降、全国の酒蔵が吟醸酒の市販化に乗り出し、1990年代には“吟醸ブーム”と呼ばれる現象を巻き起こしました。

半世紀の熟成美──「龍」五十周年記念酒に込められた技と美意識

今回発売される「龍 五十周年記念酒」は、2020年に醸造された原酒を、蔵に培われてきた低温熟成技術で5年間じっくりと寝かせたもの。香りは蜜リンゴやミラベル、ユリのアロマに加え、フェンネルや鳳凰単叢の茶葉を思わせる複雑なニュアンスが重なり、まろやかでシルキーな口当たりが特徴です。まさに、半世紀にわたる熟成と探求の集大成と言えるでしょう。

パッケージにも黒龍らしい美意識が宿ります。発売当初は酒袋をラベル地に使用し、現在は地元・福井の越前織を採用。黒と金を基調とした意匠は、節目にふさわしい気品と重厚感を備えています。こうした“纏う美”へのこだわりも、黒龍が日本酒を文化として捉えてきた姿勢の表れです。

むすびに

「龍」の登場から50年。その一杯が切り開いた道は、今や日本酒の多様性と国際的評価へとつながっています。記念酒は、単なる周年商品ではなく、日本酒の可能性を信じて挑戦を続けてきた蔵元の哲学を体現する存在です。そして、これからの50年を見据える一歩でもあります。

この酒を口にすることは、過去と未来を味わうこと。黒龍酒造の「龍」は、今もなお、日本酒の進化を静かに導いているのです。

▶ 黒龍|歴史を塗り替えていく酒蔵の挑戦。大吟醸酒はここに生まれた

▶ 黒龍 大吟醸 龍 五十周年記念酒|半世紀前に日本酒を変えた一本。貴重なコレクションアイテム

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【Kura Master 2025】「雁木 純米大吟醸 鶺鴒」がプレジデント賞受賞|国際舞台で示した日本酒の新たな可能性

2025年9月24日、在フランス日本国大使公邸にて開催された Kura Master 2025 の授賞式で、日本酒部門の最高賞「プレジデント賞」が発表されました。その栄冠に輝いたのは、山口県・八百新酒造が醸す 「雁木 純米大吟醸 鶺鴒」 でした。

Kura Master とは

Kura Master は、フランス人を中心としたソムリエやワイン関係者、料理・飲食関係者らが審査員を務め、日本酒と料理とのマリアージュ性を重視する観点で選定を行う国際的な日本酒コンクールです。各部門のプラチナ賞から選出される審査員賞を経て、その中から1本に与えられる最高の栄誉がプレジデント賞であり、単なる酒質評価を超えて、国際舞台で「最も強く訴求力をもつ酒」としての総合的評価が問われます。

プレジデント賞受賞酒の評価

今回、「雁木 純米大吟醸 鶺鴒」が選ばれたことには、いくつかの象徴的意味合いを読み取ることができます。

まず、審査委員長グザビエ・チュイザ氏は、この酒の「輝きや光沢、鼻や口に広がる煌めき」「力強いエネルギー」に深い感動があったとコメントしました。さらに「爽やかさ」「飲みやすさ」「喉を潤すような味わい」を高く評価し、魚介類・海産物、また、地中海料理やセビーチェなど国際料理との相性も強調しています。これらの言葉から読み取れるのは、海外の食文化や国際的なテーブルにおいても自然に受け入れられる「調和力と存在感」を備えている酒という評価です。

特に印象的なのは、「喉を潤すような心地よさ」「爽やかな風味」が繰り返し言及されている点です。これは、香りや複雑性を追求するあまり“構えすぎず”、飲み手にストレスなく入ってくる飲み口を重視した造りであることを示唆します。国際舞台での審査で高評価を得る酒には、華やかさだけでなく、飲み継ぎやすさ・汎用性が必須要素となるため、このバランス感覚を兼ね備えた点こそが、最高賞に選ばれた大きな理由の一つでしょう。

また、Kura Master は「フードペアリング」を重要視するコンクールであり、この酒が料理と共鳴する力を持つことが最終的な選考ポイントとなります。「雁木」というブランドには船着場の意味があり、人と料理の橋渡し役であるかのような響きがあります。「おしえ鳥」とも呼ばれる「鶺鴒」の銘は、まさにこれを示唆するものです。

そして、この受賞は、八百新酒造という蔵の長年の酒造技術・個性への鍛錬が、国際舞台で認知されたという成果でもあります。「雁木」は、日本国内ではすでにかなりの知名度を誇る日本酒となっていますが、それが、世界の食文化と接点を持つ場で選ばれるということは、日本酒界のグローバル化を象徴する出来事であるとも言えます。

今回の授賞式は、在仏日本大使公邸という格式高い場で行われ、名だたるソムリエや料理関係者ら約100名が集う中で、受賞酒の表彰とともにそのストーリー性や表現性も語られました。その意味で、単なる品質の勝利を超えて、日本酒という文化の「世界への伝達力」を試す場において、雁木は最も強いメッセージを持つ酒として選ばれたといえるでしょう。


最後に、このプレジデント賞受賞が、山口県・八百新酒造、そして「雁木」ブランドにとって国際的な飛躍の契機となることは間違いありません。日本酒愛好家のみならず、海外の料理界・飲食界にも「雁木」という名が記憶され、やがては世界の食卓にその名を刻む存在になっていく可能性を感じさせる受賞です。

▶ 雁木 純米大吟醸 鶺鴒|Kura Master 2025 でプレジデント賞(全体1位)を獲得した日本酒

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110万円の熟成酒「梵」限定200本を抽選販売へ|ヴィンテージ日本酒市場への挑戦

福井県鯖江市の老舗酒蔵・加藤吉平商店が、日本酒の可能性を一歩先へ押し上げる挑戦を再び仕掛けています。今秋同社は、熟成大吟醸「梵・超吟 Vintage(720ml)」を、110万円で限定200本抽選販売することを発表しました。これは、国内外で“ヴィンテージ日本酒”という新しいカテゴリーを切り拓くための試みと見られています。

“梵・超吟 Vintage”とは何か

「梵・超吟 Vintage」は、酒造年度2013年の「梵・超吟」を原料とし、氷点下で 10年以上熟成 させた酒です。酒米には、兵庫県三木市の特A地区で栽培された最高品質の山田錦が使われ、精米歩合は明かされていないものの、通常の大吟醸をはるかに凌ぐ研ぎ澄まされた磨きと手間をかけていることが報じられています。

同社の加藤社長は、この商品を「世界の酒類市場をけん引するような銘柄に育てていきたい」と語っており、日本酒を“ただの飲み物”から「文化的価値」「コレクション性」を備えたヴィンテージ品として認めさせる狙いがあります。

この「梵・超吟 Vintage」が最初に発表されたのは 2024年9月 のことで、10月1日発売とされ、同じく限定約200本での提供が予告されていました。

そのときの記事によれば、発表直後から2倍以上の注文があった とされ、発売前に完売が見込まれていたとのこと。また、地元・福井県をはじめ、国内外の高級酒取扱店や富裕層をターゲットとする販路での期待が非常に高く、話題性でも大きな注目を集めました。

つまり、昨年は「告知→予約注文→完売見込み」という流れで、ヴィンテージ日本酒としての可能性を消費者も事業者も肌で感じる形でした。

2025年も同様に、限定200本を 10月以降抽選販売することが報じられています。抽選方式を採る理由には、過度な需要集中を防ぐこと、正しい価格で正しいユーザーに届けること、コレクター性や希少性を保つことなどが考えられます。

また、抽選にすることで“公平性”や“話題性”を持たせることができ、ヴィンテージ酒を持ちたいという潜在的需要を改めて掘る機会にもなるでしょう。

ヴィンテージ日本酒への足がかりとして課題と展望

このような動きは、日本酒業界における“ヴィンテージ”の概念を具体化するひとつのモデルケースです。ワインやウイスキーのように、年号・熟成年数・原料・貯蔵条件などが語られることで、味わい以上の価値が生まれ、コレクション対象や投資対象となる可能性を含みます。

「梵・超吟 Vintage」が成功すれば、以下のような波及が期待できるでしょう。

  • 他の酒蔵も“ヴィンテージライン”を模索し、熟成酒や限定酒の企画を増やす
  • 流通・販売ルートでのプレミア価格帯の確立とサポート体制が整う
  • 消費者の中で“熟成させる日本酒”という選択肢が一般化する
  • 酒イベントやオークション市場でヴィンテージ日本酒が取り上げられる機会が増える

とはいえ、こうした高価格ヴィンテージ酒には課題もあります。110万円という価格を支払える顧客層が限られること、品質の維持や熟成による品質のばらつきリスク、保存環境の確保、法律税制面での表示・課税の問題などです。

しかし、加藤吉平商店の実績を見れば、すでにそうした課題をある程度クリアした上での挑戦であることが分かります。昨年の“注文が5倍、完売見込み”という反響は、市場に“それだけの価値を認める層”が存在するという証左だからです。


110万円の「梵・超吟 Vintage」は、単なる価格のインパクト以上に、日本酒が「時間を経ることによって熟成し、香味に深みを増し、歴史を語る酒」になりうることを、消費者にも業界にも示す一石となっています。昨年の成功例を土台に、今年の抽選販売がどのような反響を呼び、ヴィンテージ日本酒という新しいカテゴリがどう広がっていくか、大いに注目されるところです。

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「中乗さん 純米吟醸酒」がベストカップル賞受賞──信州の地酒とご当地グルメが紡ぐ新たな物語

2025年9月6日、長野県松本市で開催された「第2回 長野県のご当地グルメに合う信州の地酒品評会」において、木曽の老舗酒造・中善酒造店が醸す「中乗さん 純米吟醸酒」が、栄えある第1位「ベストカップル賞」に選ばれました。今回の品評会は、信州プレミアム牛と地酒のペアリングを一般参加者がブラインド形式で評価するというユニークな試みで、150名の審査員による投票の結果、「中乗さん」が最も多くの支持を集めました。

「中乗さん 純米吟醸酒」は、穏やかな香りと柔らかな口当たり、そして後味に広がる米の旨みが特徴です。信州プレミアム牛の繊細な脂の甘みとしっとりとした肉質に対して、この酒は過度に主張せず、料理の風味を引き立てる“縁の下の力持ち”的な存在として高く評価されました。特に、山椒や味噌ベースのソースとの相性が抜群で、酒の酸味と旨みが味覚のバランスを整え、余韻に深みを与えていたといいます。

今回の品評会では、専門家ではなく一般参加者による評価が重視されました。これは、生活者目線のリアルな「おいしさ」を反映するものであり、地酒が日常の食卓でどのように受け入れられるかを探る重要な機会となりました。人々の味覚や嗜好は、地域性や食文化、記憶といった多様な要素に影響されるため、一般参加型の評価には、地酒の新たな可能性を拓く力があります。

また、こうした参加型の取り組みは、消費者が地酒文化の担い手として関与する「共創」の場でもあります。自らの体験を通じて「この酒はこの料理に合う」と実感することで、地酒への愛着や関心が高まり、地域ブランドの育成にもつながります。今回の受賞は、単なる味の評価を超えて、信州の自然、文化、そして人々の営みが織りなす物語の一端を示すものといえるでしょう。

長野県の地酒は、今後ますます「食中酒」としての価値を高めていくと予想されます。華やかな香りや高精白のスペック競争ではなく、料理との相性や飲み疲れしない設計が重視される傾向が強まっており、地元食材とのペアリングを通じて、地酒が“食の体験”の一部として位置づけられる流れは加速しています。

若手蔵元による企画・運営という点も、長野酒の未来を語るうえで見逃せません。伝統を守りながらも、柔軟な発想で新しい価値を創造する姿勢は、地酒文化の持続可能性を高める鍵となるでしょう。

「中乗さん 純米吟醸酒」の受賞は、信州の地酒が食とともにあることでその魅力を最大限に発揮することを改めて示しました。今後も、こうした品評会を通じて、長野酒がより多くの人々に愛され、地域の誇りとして育まれていくことを期待したいと思います。

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