「日本酒には旬がある」と聞くと、意外に思われる方もいらっしゃるかもしれません。しかし、日本酒は一年を通して同じ表情を見せる酒ではありません。中でも、冬から春へと移ろう今の時期こそ、日本酒が最も豊かな表情を見せる『旬のシーズン』だと言えるでしょう。
まず理由として挙げられるのが、新酒の存在です。日本酒の仕込みは主に秋から冬にかけて行われ、年明けから春先にかけて搾り上がります。しぼりたての新酒は冬の風物詩として知られていますが、実は本当に味が整い始めるのは、搾ってから少し時間が経った今の時期です。荒々しさが落ち着き、香りと旨味が調和し始めることで、新酒ならではのフレッシュさと完成度の高さを同時に楽しめるようになります。
また、この時期は気候そのものが日本酒に向いています。三寒四温と呼ばれるように、寒い日と暖かい日が交互に訪れる今の季節は、日本酒の飲み方に幅をもたらします。肌寒い日は燗や常温で米の旨味をじっくりと味わい、春の陽気を感じる日には冷酒で軽やかな香りを楽しむ。一本の日本酒で複数の表情を発見できる点も、今が旬とされる大きな理由です。
さらに、日本酒の「季節酒」が最も充実するのもこの時期です。春限定ラベル、うすにごり、生酒、生原酒など、春を意識した設計の酒が一斉に登場します。これらは屋外での花見や昼酒といった、日本ならではの飲酒シーンを前提に造られていることが多く、アルコール度数を抑えたり、味わいを柔らかくしたりと、飲み手に寄り添った工夫が施されています。
食との相性という点でも、今の日本酒は最高潮を迎えます。春野菜のほろ苦さ、海の幸の旨味、山菜の香りなど、春の食材は日本酒と非常に相性が良いものばかりです。とりわけ純米酒や生酛系の酒は、こうした旬の味覚を包み込み、料理の魅力を引き立ててくれます。季節の食と酒が響き合う体験は、まさに今だからこそ味わえるものです。
そして忘れてはならないのが、日本酒文化そのものが「季節を味わう」ことを大切にしてきた点です。花見酒、月見酒、雪見酒など、日本酒には常に自然や暦と結びついた飲み方が存在してきました。中でも春は、生命が動き出す季節であり、日本酒の世界でも新しい酒、新しい表情、新しい出会いが生まれます。冬の厳しさを越えた先にあるこの季節は、日本酒にとって最も語るべき物語が多い時期なのです。
以上のように、新酒の熟成、気候の変化、季節酒の充実、旬の食材との相性、そして文化的背景を重ね合わせると、今こそが一年で最も日本酒が「旬」を迎えるシーズンであることが見えてきます。ただ飲むのではなく、季節を感じ、変化を味わい、発見を楽しむ。その入口として、今の日本酒ほどふさわしい存在はないのではないでしょうか。
