「灘の生一本」9月5日一斉発売:進化する日本酒の、米と品質へのこだわり

酒米への飽くなき探求:独自開発米と契約栽培の深化

来る9月5日(金)、日本酒ファン待望の「灘の生一本」が一斉発売されます。この伝統ある酒は、近年、酒米を巡る新たな潮流と、品質保証への並々ならぬ情熱を背景に、その進化を加速させています。

今年の「灘の生一本」のリリースで特筆すべきは、各蔵元が独自の取り組みで酒米と向き合っている点です。例えば、特定の酒造では、これまでの常識を覆す「独自開発米」の使用を前面に打ち出しています。これは、既存の酒米品種だけでは表現しきれない、蔵元の目指す酒質を実現するための飽くなき探求心の表れです。また、契約農家との連携を一層強化し、土壌の状態から栽培方法に至るまで、徹底した管理の下で酒米を育てている酒造も少なくありません。これらの動きは、酒米の品質が酒の味に決定的な影響を与えるという、日本酒造りの原点への回帰であり、さらに踏み込んだ進化と言えます。

時代背景とドメーヌ化:ワインに学ぶ品質保証の追求

こうした米へのこだわりは、現代における酒米確保の難しさという時代背景と密接に関係しています。近年の異常気象による収穫量の不安定さや、農業従事者の高齢化・減少は、安定した高品質な酒米の供給を脅かす深刻な問題です。かつては当然のように確保できた酒米が、今や希少価値のあるものとなりつつあります。そのため、各蔵元は、単に市場から米を仕入れるだけでなく、自ら米の生産に深く関与することで、安定した供給と品質の確保を図ろうとしているのです。

そして、この酒米へのこだわりは、日本酒業界全体に広がる「ドメーヌ化」の動きと無関係ではありません。ドメーヌとは、ワインの世界で用いられる言葉で、ブドウの栽培から醸造、瓶詰めまでを一貫して行う生産者のことを指します。この概念を日本酒に当てはめると、酒米の栽培から醸造までを自社または緊密な連携のもとで行うことで、酒質を徹底的に管理し、唯一無二の個性を追求する動きと言えます。これは、日本酒が単なる食中酒としてだけでなく、ワインのようにテロワール(土壌や気候が作物に与える特性)を表現し、明確なアイデンティティを持つ「作品」として世界に発信されていく中で、不可欠な要素となっています。ワインを強く意識したドメーヌ化の動きは、品質保証という観点からも非常に重要です。酒米の生産段階から関わることで、農薬の使用状況、肥料の種類、栽培方法などを全て把握し、トレーサビリティを確保できます。これにより、消費者は安心して「灘の生一本」を味わうことができるだけでなく、酒造側も自信を持って自らの酒を世に送り出すことが可能になります。

酒造と農業の新たな共創関係

こうした一連の動きは、結果として「酒造と農業の距離が近くなっている」ことを明確に示しています。かつては分業体制が当たり前だった酒造りと農業が、今や互いに深く連携し、時には蔵元が自ら農業法人を立ち上げたり、農家と密接なパートナーシップを結んだりするケースも増えています。これは、単に原料を仕入れるという関係を超え、酒米の特性を最大限に引き出し、蔵元の目指す酒質を実現するための、新たな共創関係が築かれつつあることを意味します。

今年の「灘の生一本」は、単なる新酒のリリースに留まらず、日本酒業界が直面する課題と、それに対する革新的な取り組みを体現するものです。独自開発米の使用、酒米確保の難しさへの対応、そしてドメーヌ化による品質保証の徹底。これらすべてが、酒造と農業の距離を縮め、日本酒の新たな可能性を切り開いています。9月5日(金)の発売日には、ぜひ、こうした背景に思いを馳せながら、「灘の生一本」が織りなす奥深い味わいを堪能してみたいと思います。

おいしい日本酒が見つかる最新トレンドと飲み方ガイド

▶ 今回の灘の生一本の特徴(灘酒研究会酒質審査委員会ホームページより)

灘酒プロジェクトによる統一ブランド商品「灘の生一本」(純米酒)720ml瓶詰は2011年度から発売を開始し、今年で15年目を迎えます。
今年度は灘五郷酒造組合員(25社)の内、参加7銘柄(沢の鶴・剣菱・白鶴・櫻正宗・浜福鶴・白鹿・大関)の蔵元で9月5日(金)に一斉発売いたします。
「灘の生一本」ブランドは、灘五郷の醸造技術者(灘酒研究会)が英知を結集し、兵庫県産米のみを使用して醸し上げた純米酒です。

沢の鶴

生酛造りによって醸された純米原酒です。後口のキレが良く原酒ならではの旨みとふくらみがある豊かな味わいで、飲みごたえのあるお酒であります。

剣菱

じっくりと丁寧に熟成させた香りと黄金色の2018年醸造酒です。口に含むと広がる濃醇な旨みとコクが調和されたお酒であります。

白鶴

白鶴独自開発米である「白鶴錦」を100%使用した芳醇な香りの純米酒で、押し味とキレの良さを併せ持ち、きれいですっきりした特長があります。

櫻正宗

兵庫県産山田錦を100%使用した純米酒です。淡麗やや辛口で、キレ味の良さと米のふくらみを感じるお酒です。

浜福鶴

兵庫県産米『HYOGO SAKE85』を100%使用した純米原酒です。生酛造り特有の旨味と適度な酸味で、キレが良いお酒です。

黒松白鹿

兵庫県産米山田錦を100%使用した、なめらかで旨味がある純米酒です。甘味と酸味が調和した、きれいな味わいのお酒です。

大関

大関独自開発米「いにしえの舞」と名水「宮水」で仕込んだ特別純米酒です。芳醇な香り、米の旨味と軽快な味が調和したキレの良いお酒です。

【日本酒の未来は米にある】「令和の米騒動」が加速させていく酒蔵の変革

8月18日は「米の日」。日本人の食生活に欠かせない米ですが、近年、日本酒の世界でも米をめぐる大きな変化が起きています。海外での日本酒人気が高まる中、酒蔵は単に酒米を調達するだけでなく、米作りそのものに深く関わり、さらには品種開発まで手掛ける動きが加速しているのです。今回は、昨今の米騒動を振り返りつつ、日本酒の未来を担う米作りの新たな潮流についてご紹介します。

令和の米騒動が炙り出した酒米の課題

昨年から続く「令和の米騒動」は、日本酒造りの根幹を支える酒米の脆弱な供給体制を明らかにしました。発端は、国内で深刻化した食用米不足です。食卓を守るため、酒米から食用米への転作が進み、酒米の作付け面積が縮小しました。そこへ天候不順や高温障害、世界的な日本酒需要の高まりが重なり、酒米の収量減と価格高騰が加速。人気品種の山田錦や雄町は特に入手困難となり、一部の蔵では仕込み量の削減や酒質設計の変更を迫られています。
今回の騒動は、酒米生産が特定品種や特定地域に依存していること、そして食用米との需給バランスが崩れたなら、供給が一気に不安定になるという構造的な課題を浮き彫りにしました。

日本酒と「テロワール」~米作りから取り組む蔵の増加

この「米騒動」を機に、酒造りのあり方を見直す動きは加速しています。その中で、テロワールの重要性が再認識されているようです。
世界中のワイン愛好家たちは、その土地の土壌が、ワインの味に与える影響を重んじる「テロワール」という考え方を持っています。日本酒もまた、その土地の米、水、そして造り手の技術が一体となって生まれるものです。海外の日本酒ファンは、日本酒をワインと同じように、その土地ならではの個性や物語を持つものとして捉え始めているのです。

近年、このテロワールの思想が、日本の酒造りにも移入されるようになりました。単に酒米を市場や農家から買い付けるだけでなく、米作りを本格的に手掛けるようになった酒造も増加しているのです。
これにより、酒蔵は安定した酒米の確保だけでなく、その土地ならではの個性を持った「唯一無二の日本酒」を生み出すことができるようになります。米作りから酒造りまで一貫して手掛けることで、より深いテロワールを表現した日本酒が生まれるというわけです。

既存の酒米を超えて~品種開発に挑戦する酒蔵

さらに一部の酒造は、既存の酒米栽培にとどまらず、自社で酒米の品種開発を行うという、より踏み込んだ挑戦を始めてもいます。
これは、理想とする日本酒の味わいを実現するために、既存の酒米では満足できないという強い思いから生まれるものです。

青森県の八戸酒造では、創業250周年を記念して、自社で開発した酒米を用いて、「陸奥八仙 創業250周年記念ボトル」を発売しました。この酒米は、山田錦を超える酒米を目指して12年もの歳月をかけて開発したといいます。
このような品種開発は、多大な労力を要する挑戦です。しかし、その土地の風土に合った、唯一無二の酒米を生み出すことで、酒造は単なる製造業者から、その土地の風土を育む「地域の担い手」へと進化します。

おわりに

今秋、酒造業界は大きな試練を迎えることになります。酒米の安定供給と品質確保は、酒造にとって喫緊の課題です。この状況にどう対応するかで、今後、日本酒を取り巻く環境は大きく変わっていくことになるでしょう。

今日のこの「米の日」、米問題を逆手にとって業界が発展していくことを、日本酒を傾けながら祈らずにはおれません。明日の日本酒が、米作りを中心とする日本の農業を活性化するものとなりますように!

▶ 陸奥八仙 250周年記念ボトル|オリジナル米を使ったはじめての味わい

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幻の米「雄町米」とともに歩む日本酒の未来 ― 第16回雄町サミット、最優等賞決定

2025年8月7日、ホテル椿山荘東京で「第16回雄町サミット」が開催され、全国から集まった雄町米を原料とする自慢の酒が一堂に会しました。今年も、吟醸酒部門から純米酒部門、そして新設の燗酒部門まで、多彩な銘柄が競い合い、各部門の最優等賞が決定しました。結果は次の通りです。

  • 吟醸酒部門:㈾杉勇蕨岡酒造場(山形)「純米吟醸 嵐童 雄町」
  • 純米酒部門(精米歩合60%以下の部):相原酒造(広島)「元平 MOTOHIRA yellow」
  • 純米酒部門(精米歩合60%超の部):利守酒造(岡山)「酒一筋 番外」
  • 燗酒部門(今年新設):三冠酒造(岡山)「三冠 和井田 雄町 生酛純米」

なかでも注目したいのは、純米酒部門(精米歩合60%超の部)で最優等賞に輝いた利守酒造です。同蔵は1965年頃、ほぼ姿を消していた雄町米の復活に挑み、4代目蔵元の手で見事に蘇らせたことで知られています。雄町は背丈が高く倒れやすいため栽培が難しく、一時は農家からも敬遠されていました。しかし、その酒質の高さに魅了された利守酒造は、種籾の確保から栽培農家の協力体制づくりまで、地道な取り組みを重ね、ついに幻と呼ばれた米を復活させたのです。

利守酒造は今も雄町への情熱を失っていません。今年7月30日には、「幻の米 雄町酒米物語ファンド」の募集を開始しました。これは雄町米の安定生産と後継者育成を目的とし、支援者と共にこの貴重な酒米を未来へつなぐ取り組みです。雄町米の発祥地であり復活の地でもある岡山から、全国にその魅力を発信し続けています。

雄町米の歴史と特性

雄町米は1859年、岡山は雄町の農家が発見した日本最古の純系酒米品種とされています。現代の人気酒米「山田錦」や「五百万石」のルーツにあたる存在で、芳醇な香りと奥行きのある旨味を引き出す特性を持っています。粒が大きく心白が発達しており、吸水性や蒸し上がりの均一さが醸造家に愛される理由です。その一方で、栽培には高度な技術と手間が必要で、長らく希少な酒米として扱われてきました。

今回のサミットに集まった蔵元の多くは、雄町ならではのふくよかな旨味と滑らかな口当たりを生かすため、精米歩合や酵母選びに工夫を凝らしています。特に燗酒部門での評価は、雄町米の温度変化に強い味わいの深さを証明したといえます。

酒米がブランドをつくる時代

近年、日本酒ファンの間では「どんな酒米を使っているか」が銘柄選びの大きなポイントになっています。かつては精米歩合やアルコール度数が注目されていましたが、今では酒米の品種そのものがブランド価値を持ち、ラベルに大きく記載されることも珍しくありません。
これは、ワイン業界でいう「テロワール」の概念が日本酒にも浸透してきた証拠です。産地の気候や土壌条件が酒米の味に反映され、それが最終的に酒の個性を形づくります。雄町米はまさにその典型例で、岡山県産雄町と他県産雄町では風味の表情が変わることも多いのです。消費者は「この蔵の雄町だから飲みたい」という動機で選び、蔵元はそれを差別化の武器として活用します。

今後、日本酒業界では優れた酒米の確保がますます重要になるでしょう。農業者と蔵元の連携、そして消費者への情報発信が、酒米ブランドの価値を高める鍵となります。雄町米のように歴史と物語を持つ酒米は、単なる原料以上の存在として、地域文化や産業振興にも貢献し続けるはずです。

▶ 「酒一筋 番外」販売サイト 岡山県の利守酒造による地酒専門店「赤磐雄町」

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