秋に咲く、十ロ万の深み──もち米四段仕込みが醸す優美な一杯

福島県南会津の花泉酒造が手がける「十ロ万(とろまん) 純米大吟醸」が、今年も秋の蔵出しを迎えました。ロ万シリーズの中でも特に人気の高いこの一本は、真冬に搾られた酒を夏の間じっくりと熟成させ、秋に満を持して出荷される“秋出し”の逸品です。蔵を囲む山々が色づく頃、十ロ万もまた丸みと奥深さを増し、季節の移ろいとともに味わいのピークを迎えます。

花泉酒造の伝統技法が生む旨みとコク

この酒の魅力は、単なる熟成による味の深みだけではありません。花泉酒造が全銘柄に採用している「もち米四段仕込み」という独自の製法が、十ロ万の味わいに大きく寄与しています。通常、日本酒は三段仕込み(初添え・仲添え・留添え)で造られますが、花泉酒造ではさらに一段、蒸したもち米を加える「四段仕込み」を行っています。この手法は、かつては多くの蔵で採用されていたものの、手間やコストの面から次第に姿を消し、現在では花泉酒造がほぼ唯一の継承者となっています。

もち米を用いることで得られるのは、単なる甘みの増加ではなく、酒全体の旨みとコクのバランスです。もち米特有の粘りと甘みが、酒の骨格に柔らかさを与え、飲み口に優しさをもたらします。十ロ万では、麹米に五百万石、掛米に夢の香、そして四段米にヒメノモチを使用。精米歩合はすべて50%に統一されており、香り高く、透明感のある味わいの中に、もち米由来のふくよかな旨みがしっかりと感じられます。

秋出しの純米大吟醸から見える、日本酒造りの未来

この「もち米四段仕込み」は、単なる伝統の継承にとどまらず、現代の日本酒造りに新たな可能性を示しています。昨今の日本酒市場では、甘みや旨みのある酒が再評価されており、食中酒としての柔軟性や、海外市場での受容性も高まっています。もち米による四段仕込みは、そうしたニーズに応える技術として、今後さらに注目される可能性があります。

また、もち米の使用は地域性とも深く結びついています。南会津産のヒメノモチを用いることで、酒そのものが土地の味を体現する「地酒」としての価値を高めています。地元の米、水、人によって醸されるロ万シリーズは、まさに“ともに生き、ともに醸す”という蔵の理念を体現した存在です。

十ロ万の蔵出しは、秋の味覚とともに楽しむのに最適な一本です。きのこや焼き魚、煮物など、秋の食卓に寄り添うその味わいは、もち米四段仕込みの技術が生み出す優しさと深みの賜物。この伝統技法が、今後どのように進化し、広がっていくのか。十ロ万の一杯を味わいながら、その可能性に思いを馳せてみるのも一興です。

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【2025年版】ひやおろし解禁間近!秋を映す日本酒の楽しみ方とおすすめ銘柄

立秋を迎え、暦の上では秋となりました。日中の暑さはまだ続いているものの、朝夕の空気にわずかながら秋の気配が感じられるようになると、日本酒の世界でも“秋の便り”が届き始めます。その代表的な存在が「ひやおろし」です。

この時期、蔵元や酒販店、飲食店などから「ひやおろし」や「秋上がり」といった言葉が聞こえてくるようになると、いよいよ秋酒のシーズンが幕を開けたことを実感します。夏の間に熟成されたまろやかで深みのある日本酒が、満を持して登場する季節です。

「ひやおろし」とは何か?

「ひやおろし」とは、冬から春にかけて搾った新酒を一度だけ火入れ(加熱殺菌)し、冷暗所で夏を越して熟成させ、秋口に再火入れせずそのまま瓶詰めして出荷される日本酒のことです。外気と蔵の温度が近くなる「冷や(常温)」の状態で出荷することから、「ひやおろし」と呼ばれています。

火入れの回数が1回だけであるため、酒の持つ繊細な香味や熟成による丸みがバランスよく楽しめるのが特徴です。夏の暑さの中でじっくりと寝かせられたお酒は、角が取れて柔らかく、旨味がしっかりとのった状態で登場します。

冷酒でもぬる燗でもおいしく楽しめ、秋刀魚やきのこ、栗など、秋の味覚と絶妙に寄り添うのが魅力です。

今年の「ひやおろし」もまもなく登場

例年、「ひやおろし」は8月下旬から9月初旬にかけて蔵出しが始まります。今年もすでにSNSや酒販店の情報発信では、ひやおろしに関する話題がちらほら見られるようになってきました。

毎年この時期になると、どの蔵の「ひやおろし」を楽しもうかと気持ちが高まりますが、なかでも個人的に楽しみにしているのが、長崎県壱岐の重家酒造が手がける「よこやま 純米吟醸 SILVER ひやおろし」です。

壱岐発「よこやま」の魅力

「よこやま」は、長崎県壱岐島で造られる日本酒ブランドで、焼酎文化が根付く地域にあって、あえて日本酒の復活に挑んだことで知られています。重家酒造は元々焼酎蔵でしたが、2018年に「よこやま」シリーズで日本酒造りを本格始動させました。

壱岐のきれいな水と、南国の気候を逆手に取った低温発酵技術により、華やかな香りとクリアな味わいを両立させた酒質が高く評価されています。

そのなかでも「よこやま SILVER」は、純米吟醸らしいフレッシュさと上品な香りが特長で、しっかりとした味の輪郭を持ちつつも、透明感のある仕上がりが印象的です。

昨年いただいた「SILVER ひやおろし」は、熟成によってまろやかさが加わり、果実のような香りとふくらみのある旨味が見事に調和していました。秋の夜長に、静かに楽しむのにぴったりの一本だったことをよく覚えています。

今年の仕上がりにも期待

今年は猛暑が続いた影響もあり、ひやおろしにとっては熟成の難しい年かもしれません。しかし、それをどのように乗り越え、仕上げてくるのか。蔵ごとの技術と哲学が問われる年でもあります。

昨日、「よこやま SILVER ひやおろし」の予約が始まったことを知りました。蔵の中でじっくりと旨みを蓄えている酒と、同じ時間を過ごしているのだと思えば、この暑さもなんとか乗り越えていけそうです。今年の仕上がりに期待です!

▶ 重家酒造株式会社(長崎県)|壱岐に復活した日本酒づくり

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