重陽の節句と燗酒――秋の深まりとともに訪れる「温め酒」の季節

日本には四季折々の節句があり、その中でも旧暦の9月9日にあたる「重陽(ちょうよう)の節句」は、古くから「菊の節句」としても知られています。奇数が重なることを「陽が重なる」として、強くなりすぎた陽の気を祓い、無病息災を願って菊酒を飲む風習が平安時代から伝わってきました。もともとは中国の陰陽思想に由来し、九という最大の陽数が重なる日を「陽の極」と捉えることに始まります。

この重陽の節句は、新暦では、概ね10月中に訪れます。そして実は、この日こそが「燗酒」の季節の幕開けとされてきたのです。

「花冷え」から「雪の酒」へ――燗酒の季節区分

古くからの日本酒文化では、酒を温めて飲む「燗」の習慣が、季節の移ろいとともに繊細に区分されてきました。春の「花冷え」や「涼冷え」など冷酒の温度呼称に対し、秋から冬にかけては「日向燗」「人肌燗」「ぬる燗」「上燗」「熱燗」「飛び切り燗」といった呼び名が生まれています。

この「燗酒の季節」は、旧暦の重陽の節句から翌年の桃の節句(旧暦3月3日、現在の4月中旬ごろ)までとされていました。つまり、秋が深まり始める頃に温め酒を始め、春を迎えるまでの半年間を「燗の季節」と見立てていたのです。気温の低下とともに体を温める知恵でもあり、また、熟成が進んだ秋の日本酒を味わう絶好の時期でもありました。

古の人々は、この季節の変化を敏感に感じ取り、味覚として楽しみました。新米の酒が仕上がる前のこの時期、夏を越して旨みが乗った「ひやおろし」を火で温めると、さらに柔らかく、深みのある味わいが引き出されます。まさに、燗酒は秋の実りとともに楽しむ旬の酒なのです。

2025年は10月29日――重陽の節句を味わう日

月の満ち欠けを基準にした旧暦カレンダーをめくると、2025年の旧暦9月9日は、10月29日にあたります。つまり、今年の「重陽の節句」は10月29日。暦の上では、ここから本格的な燗酒の季節が始まるということになります。

この日を境に、秋の夜長にしっとりと燗をつける楽しみが増していきます。近年では冷酒人気が高い一方で、燗酒の魅力が再評価されつつあります。温度による香りと味わいの変化、酒質による相性、器の選び方など、五感で楽しむ深い世界がそこにあります。特に純米系や生酛・山廃系の酒は、温めることで旨味がふくらみ、料理との相性も格段に良くなります。

現代の暮らしの中で、季節を実感する瞬間が少なくなった今こそ、旧暦の節句を意識してみるのも趣深いものです。たとえば10月29日の夜、菊の花を一輪飾り、秋の味覚を肴にして、ぬる燗をゆっくり味わう――そんな時間の中に、古い歴史を持つ日本のよさが感じられるかもしれません。

暦とともに楽しむ酒文化の再発見

重陽から桃の節句までの半年は、まさに「燗酒の文化」が最も豊かに花開く時期です。冬の寒さをしのぐ手段であると同時に、米の旨みを最大限に引き出す温度の妙が楽しめるこの季節。現代の私たちにとっても、燗酒はただの温め酒ではなく、自然のリズムに寄り添いながら味わう『熱い文化』だと言えるでしょう。

2025年10月29日、重陽の節句――冷酒から一転、湯気とともに立ち上る香りに、秋の深まりを感じる季節が始まります。

▶ 雄町サミット燗酒部門での初代最優等賞に輝いた岡山の日本酒【生酛 和井田】

おいしい日本酒が見つかる最新トレンドと飲み方ガイド


「全国燗酒コンテスト2025」、受賞酒の栄冠は誰の手に?

「全国燗酒コンテスト2025」の審査結果がこのほど発表されました。全国から選りすぐりの日本酒が集まり、専門家による厳正な審査を経て、各部門の最高金賞および金賞が決定しました。燗酒にすることで、その真価が問われるこのコンテストは、日本酒ファンだけでなく、燗酒の奥深さを知りたいと願う多くの人々から注目を集めています。

今年のコンテストも、多岐にわたる部門で多数の出品があり、燗酒の多様性が改めて浮き彫りになりました。「お値打ちぬる燗部門」や「お値打ち熱燗部門」で、千円台という手頃な価格帯でありながら、燗にすることで驚くほどの香味の広がりを見せる日本酒が多数あることは世界に誇るべきことですし、「プレミアムぬる燗部門」「プレミアム熱燗部門」「特殊ぬる燗部門」に見られる日本酒の持つ存在感は、新たな飲酒文化の広がりを期待させるものでありました。

そうした中、二年連続で最高金賞を受賞した銘柄が2つありました。「栄冠 白真弓」(有限会社蒲酒造場)と「甲子 純米吟醸 はなやか 匠の香」(株式会社飯沼本家)です。中でも、純米吟醸酒として「プレミアムぬる燗部門」で最高金賞を受賞した「甲子純米吟醸はなやか匠の香」は大注目です。

甲子 純米吟醸 はなやか 匠の香

「純米吟醸」という特定名称酒は、一般的に冷やして飲むことで、その華やかな香りと軽やかな口当たりを楽しむのが王道とされてきました。しかし、この「甲子純米吟醸はなやか匠の香」は、あえて「ぬる燗」という温度帯で飲むことで、その真価を発揮します。審査員は、華やかで品のある香りが、ぬる燗にすることでさらに柔らかく開き、米の旨みが穏やかに、そして豊かに感じられる点を高く評価したと考えられます。

二年連続で最高金賞を受賞したことの意味は、単なる偶然ではありません。これは、飯沼本家が目指す酒造りの哲学が、一貫して「燗酒」という視点からも高いレベルで実現されていることを示しています。毎年異なる米の出来や気候条件がある中で、安定して最高の酒を造り続けることは、蔵元の技術力、そして日本酒に対する深い理解がなければ成し得ません。

「甲子純米吟醸はなやか匠の香」が二年連続で最高金賞に輝いたことは、消費者にとっても大きな指針となります。一般的に「冷やして美味しいお酒」と認識されている純米吟醸酒であっても、燗にすることで、まるで別のお酒のような魅力を引き出すことができるという、日本酒の楽しみ方の多様性を示してくれたのです。

今回のコンテスト結果は、単なる順位発表に留まらず、日本酒の持つ無限の可能性を私たちに示してくれました。特に「甲子純米吟醸はなやか匠の香」の快挙は、燗酒の奥深さと、蔵元の弛まぬ努力が結実した好例と言えるでしょう。受賞された全ての蔵元に、心より拍手を送りたいと思います。

▶ 甲子 純米吟醸 はなやか 匠の香|全国燗酒コンテスト最高金賞に輝く燗上がりする純米吟醸酒

おいしい日本酒が見つかる最新トレンドと飲み方ガイド