ユネスコ無形文化遺産登録記念式典に寄せて──日本酒文化の継承と革新、その両立をどう図るか

2025年7月18日、東京都内の九段会館にて「伝統的酒造り」ユネスコ無形文化遺産登録記念式典が文化庁主催で行われました。式では文化庁長官・都倉俊一氏より登録認定書のレプリカが、「日本の伝統的なこうじ菌を使った酒造り技術の保存会」および「日本酒造杜氏組合連合会(日杜連)」に手渡されました。この節目の式典には中央会や関係団体の代表者が出席し、日本酒産業関係者の喜びと決意が共有されました。

日本酒文化の「継承」という重責

ユネスコへの登録は、単なる名誉ではなく、日本酒文化の次世代への継承を国際的にも明確に求められる契機となります。醸造現場においては、杜氏や蔵人といった技術保持者が、こうじ菌を用いた複雑な発酵制御技術を現場で伝承する「徒弟制度」が主軸です。登録要請の背景には、熟練の職人が築いてきた高度な「匠の技」を保存し続けることが、未来のために必要だとの認識が働いています。ただし、人口減少や蔵の高齢化により、後継者不足の問題は依然として深刻であり、技術の継続には大きな困難を伴うことが痛感させられます。

世界からの需要拡大と日本酒の進化

一方で、近年、世界各地で日本酒への関心と需要が急速に高まっています。輸出額は2009年以降で約6倍となり、特にアジア、北米、欧州でのレストランや専門店を中心に、純米酒や吟醸酒をはじめとする高品質日本酒が評価されているのです。

加えて、現代的な製法や味づくりを取り入れた新たなタイプの日本酒も次々と登場し、海外市場向けに様々な戦略が打ち出されています。この多様化は、日本酒文化を国際市場に適応させ、新たな消費者層を獲得する手段となるはずです。

伝統と革新のバランスをどう取るか

このように現代の日本酒を取り巻く環境は、「日本酒文化の継承」という本質的責務と、「新たな世界需要に応える革新」の両者を両立させるという課題があり、以下のようなアプローチで試行錯誤しているような状況です。

1. 二層構造のブランド戦略

伝統製法を追求する「伝統系ライン」と、革新・現代風味を追求する「グローバル展開向けライン」を明確に分け、それぞれのターゲットを区分。

2. 地域文化と観光を結ぶ「体験型発信」

出雲(島根県)では、神話や祭りと結びついた酒造りの歴史を活かし、酒蔵見学・試飲・祭祀体験を通じて文化的価値を伝える取り組みが進んでいます。観光資源と結びつけて、日本酒を文化全体の一部として位置付。

3. クオリティ基準と認証制度による信頼確保

GI登録などで産地・製造方法に対する信頼を確立することでブランド価値を高め、同時に、伝統系には「認定マーク」などを設け、品質・技術の担保を明示。

今後の日本酒の在り方と展望

「伝統的酒造り」の無形文化遺産登録は、日本酒文化が世界的に認められた証とも言えます。その責務とは、先人が築いた技術と精神を後世へと紡ぐことであり、一方で、世界に開かれた挑戦を受け入れつつ、新たな日本酒像を模索することでもあります。

量から質への転換、地域ごとの個性・物語を重視した文化振興、技術革新と伝統の両立、持続可能な若手育成、今、これらを統合する総合戦略が求められています。未来の日本酒は、「匠の技を守る伝統酒」と「革新的なモダン日本酒」が並存し、国内外の多様な味覚や文化意識に応えることで、新しい文化的地平を切り開いていかなければなりません。

式典で語られた感謝と誇りの言葉を起点に、日本酒文化はこれからも技と革新を両輪とし、転がり続けて行かなければならないのです。

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クラフトサケの祭典「猩猩宴 in 男鹿」が、今年も秋田を熱くした

8月9日と10日の2日間、秋田県男鹿市で開催された「猩猩宴 in 男鹿」は、全国からクラフトサケの造り手と愛好家が集い、地域全体を巻き込んだ熱気に包まれました。今年で4回目となるこのイベントは、単なる試飲会や酒まつりではなく、地域の文化や人々の営みと深く結びついた“新しい日本酒文化”の発信の場として注目を集めています。

地域と融合するクラフトサケの祭典

昼の部は、稲とアガベが運営する各拠点「土と風」「SANABURI FACTORY」「シーガール」を舞台に開催されました。ブースには、福島、福岡、長野など全国各地からやってきたクラフトサケの造り手が並び、来場者は杯を傾けながら生産者と直接言葉を交わし、それぞれの土地や造りの背景に触れることができました。クラフトサケの魅力は、その味わいの多様性だけでなく、造り手の個性や地域性が色濃く反映されている点にあります。

夜の部は男鹿駅前広場が舞台。地元の盆踊りとクラフトサケが融合し、太鼓の音と涼風の中、老若男女が一体となって踊る光景が広がりました。お祭りの熱気に包まれながら飲む一杯は、まさに地域と酒が一体となった瞬間を感じさせます。こうした地元文化とのコラボレーションは、地域の魅力を再発見し、外からの来訪者にも強い印象を残すものです。

今年初参加となった「早苗饗蒸留所」では、スピリッツやリキュールといった新しい挑戦が披露され、クラフトサケの世界が日本酒の枠を超えて広がっていることを示しました。従来の日本酒業界は全国規模のブランドや大規模イベントが注目されがちでしたが、こうした小規模かつ創造的な動きが、地域を拠点に確実に広がっています。

地方を元気にする新しい日本酒文化

クラフトサケは今、これまでの日本酒文化とは一線を画す存在感を放っています。伝統を踏まえつつ、自由な発想で新しい製法や味わいに挑むその姿勢は、地域資源や食文化との融合を促し、観光や交流人口の増加にもつながります。「猩猩宴 in 男鹿」もまた、単なる酒イベントではなく、地域を元気にし、人と人をつなぐハブとして機能していました。

主催の稲とアガベ代表・岡住修兵氏は、「男鹿の風土を醸す」という理念のもと、このイベントを通して地域と酒造りの未来を紡ごうとしています。その思いは、来場者や造り手、そして地域の人々の笑顔として会場に表れていました。

クラフトサケの盛り上がりは、単なるブームではなく、日本酒文化の新しい地平を切り開く動きです。そしてそれは、地方に眠る資源や文化を再び輝かせ、地域を元気にする力を秘めています。「猩猩宴 in 男鹿」は、その象徴的な舞台でありました。今後も日本各地でこうした動きが広がり、サケの力によって、地域が活性化していくことがイメージできるイベントでした。

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日本酒文化を世界へ!国分グループ本社が仕掛ける「高付加価値な酒蔵体験」でインバウンド誘致を強化

国内の人口減少に伴い、日本酒の国内消費量が減少傾向にある中、その魅力を世界に発信する動きが活発化しています。特に、増加の一途を辿る訪日外国人観光客、とりわけ富裕層をターゲットに、彼らが求める「唯一無二の体験」を提供することで、日本酒文化の国際的な認知度向上と地方創生に貢献しようとする新たな取り組みが注目されています。

食品卸大手の国分グループ本社は、この課題に対し、訪日外国人向けグルメプラットフォーム「byFood(バイフード)」を運営する株式会社テーブルクロスと連携し、「高付加価値な日本の酒蔵体験」の提供に向けた協業を開始しました。この画期的なプロジェクトは、2025年6月30日に発表され、日本酒業界に新たな風を吹き込むと期待されています。

なぜ今、「酒蔵体験」が注目されるのか?

この取り組みの背景には、いくつかの重要な要因があります。まず、2025年の訪日外国人観光客数は過去最高を記録する見込みであり、旅行者のニーズは量から質へと変化しています。特に、富裕層は一般的な観光地巡りだけでなく、その土地ならではの文化や歴史に深く触れる「体験型旅行」を強く求めています。

そして、2024年11月に「伝統的酒造り」がユネスコ無形文化遺産に登録されたことは、日本酒への世界的な関心を一層高めました。これにより、日本の酒蔵を訪れ、その製造工程や歴史、そして造り手の情熱に触れる「酒蔵体験」は、訪日外国人にとって非常に魅力的なコンテンツへと変貌を遂げています。

国分グループ本社は、全国各地の酒蔵との強固なネットワークを持つ一方、テーブルクロスは「byFood」を通じて世界中の日本食ファンにリーチできるという、双方の強みを最大限に活かすことで、この新たな需要に応えようとしています。

プロジェクトの核心:高付加価値な体験創出と戦略的プロモーション

この協業の具体的な取り組みは、多岐にわたります。

  1. 徹底的なニーズ調査の実施 byFoodが持つ約20万人以上のユーザーネットワーク、特に訪日外国人からのアンケート調査を通じて、彼らが酒蔵体験に何を求め、どのような付加価値に魅力を感じるのかを綿密に把握します。これにより、単なる見学ではない、真に求められる体験コンテンツの企画・造成へと繋げます。
  2. 地域に根ざした体験コンテンツの企画・造成 国分グループ本社は、全国各地の酒蔵と連携し、それぞれの地域が持つ独自の歴史、風土、そして文化を深く掘り下げた特別な体験プログラムを開発します。例えば、特定の米を使った酒造り体験、蔵元との特別な食事会、限定酒のテイスティング、あるいは地域の伝統工芸とのコラボレーションなど、参加者がその土地の魅力を五感で感じられるような、付加価値の高い体験を創出します。
  3. 世界に向けた多言語対応プロモーション 開発された高付加価値な体験コンテンツは、byFoodのプラットフォームを通じて積極的にプロモーションされます。特に、登録者数20万人を超えるYouTubeチャンネルでの動画配信や、Instagram「Japan by Food」をはじめとするSNSネットワーク(合計で月間約1,000万人以上)を駆使し、日本酒や日本文化に深い関心を持つ訪日前の外国人旅行者に、ダイレクトかつ効果的に情報を届けます。多言語での情報発信により、言語の壁を越えて日本酒の魅力を伝えます。

国分グループ本社の狙いと未来への展望

このプロジェクトは、国分グループ本社が推進する「国分グループ オープンイノベーションプログラム2024」の一環として採択されたものであり、同社の変革への意欲を示すものです。

国分グループ本社は、この取り組みを通じて、単に日本酒を販売するだけでなく、その背景にある文化やストーリー、そして地域の魅力を総合的に発信することで、日本酒の新たな価値を創造しようとしています。

今後、体験提供地域を順次拡大し、訪日外国人にとっての「日本酒との出会い」をより深く、感動的なものとするツアー体験を整備していく予定です。また、体験に参加した外国人旅行者がSNSで情報を発信したり、レビューを蓄積したりすることで、地域と世界をつなぐ循環型のプロモーションモデルを確立することを目指しています。

この協業は、日本酒文化の持続的な発展と、その国際的な認知度向上に大きく貢献する可能性を秘めています。地方の酒蔵にとっては、新たな収益源の確保と地域経済の活性化に繋がり、訪日外国人にとっては、日本の奥深い文化に触れる貴重な機会となります。国分グループ本社とテーブルクロスが描く未来は、日本酒が単なる飲み物ではなく、世界の共通言語として文化と感動を届ける存在となる日を予感させます。

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