【日本酒】熟成酒元年となるか~2026年展望

2026年、日本酒の世界で「熟成酒」が改めて注目を集める可能性が高まっています。近年の日本酒市場では、フレッシュな香味や軽快な飲み口の酒が人気を博してきましたが、歴史や時間が育んだ味わいを持つ熟成酒が、国内外の審査会や愛好家の間で再評価されつつあります。

この潮流を象徴する出来事の一つが、世界的な酒類品評会であるインターナショナル・ワイン・チャレンジ(International Wine Challenge:IWC)における審査制度の変更です。IWCは1984年に創設された世界最大級のワインおよび酒類コンペティションで、日本酒のSAKE部門は2007年に設けられて以来、国際的な日本酒評価の指標として定着しています。

従来、古酒カテゴリーとして一括で扱われていた「時間を経た酒」の評価が、2023年の審査から「古酒」と「熟成酒」に分けて審査されるようになりました。古酒は一般的に常温で長期熟成され、琥珀色に近い色合いと豊かな風味を持つタイプを指します。一方、「熟成酒」は低温で丁寧に熟成され、透明感のある色調ながらも、時間の経過が香味に与える深みや奥行きが評価対象となるスタイルです。これにより、熟成のスタイルや方向性ごとに、より公正で特色ある審査が可能となりました。

この制度変更は、熟成酒の多様性を国際市場にきちんと伝える上で重要な意味を持っています。熟成酒は一見すると伝統酒と捉えられがちですが、低温熟成や管理の工夫によって、香りや味わいを損なわずに熟成の恩恵を引き出す現代的な技術が確立されてきました。そうした製品が世界的なステージでも評価されることは、日本の酒蔵が持つ熟成技術の高さを再認識させる機会となっています。

そして、2026年にはこのIWCのSAKE部門審査会が日本の酒どころ・広島県で開催されることが決定しました(5月18日〜21日予定)。IWCのSAKE部門が国内で開催されるのは、東京都、兵庫県、山形県に次いで4度目であり、設立20周年の節目を迎える記念すべき年となります。広島は西条を中心に多くの歴史ある酒蔵が存在し、酒類総合研究所といった国内唯一の研究機関を抱えるなど、日本酒文化の伝統と革新が息づく地域です。

こうした国際的な舞台で熟成酒が審査される機会が増えることは、国内の酒蔵にとって大きな励みになることでしょう。熟成酒は、時間という不可逆的なプロセスを経た酒ならではの豊かな香味が魅力であり、まさに「時間芸術」とも言えます。数年〜数十年という年月を経ることで、米の甘みや酸味が複雑に重なり、通常のフレッシュな酒では味わえない深い味わいが開花します。

さらに、IWCだけでなく、国内の熟成酒専門イベントやテイスティング会も増えつつあり、地域の酒蔵が自らの熟成酒を消費者に伝える機会が広がっています。これにより、熟成酒の価値や楽しみ方が多くの日本酒ファン、特に若い世代にも伝わりやすくなっているのです。

消費者サイドでも、「時間をかけて育てられた酒」の魅力を再発見する動きがあります。SNSやブログ、専門誌などで熟成酒のレビューや飲み比べが取り上げられる機会が増え、単なる「古い酒」ではなく、熟成によって磨かれた味わいの世界が注目を浴びています。熟成酒は、祝いの席や特別な日の乾杯酒としても、その価値を発揮することでしょう。

2026年、日本の熟成酒は国際的な評価の場でさらに脚光を浴びることが予想されます。IWC広島開催という大舞台に向けて、酒蔵と愛好家が共に熟成酒の魅力を伝えていく一年となるに違いありません。時間をかけて育てられたその一滴は、まさに日本酒文化の新たな魅力として世界へと広がっていくことでしょう。

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日本酒どうなる~帝国データバンク調査から読み解く明日

帝国データバンクが公表した日本酒製造業の実態調査は、日本酒業界が構造的な転換点に立っていることを明確に示しています。2024年度の日本酒製造業全体の売上高は前年度比で微増した一方、利益は大幅に減少しました。数字が示すのは、「売れても儲からない」国内市場の限界です。こうした状況下で、今後の日本酒業界にとって最大の成長余地として浮かび上がるのが、海外展開の本格化です。

国内市場の限界が浮き彫りにする課題

帝国データバンクの調査によれば、原料米や資材、エネルギー価格の上昇が続く中、価格転嫁率は4割程度にとどまっています。国内では、日本酒が依然として「日常のアルコール飲料」として扱われやすく、価格上昇に対する抵抗感が強いのが実情です。その結果、酒蔵はコスト増を自ら吸収せざるを得ず、経営体力が削られています。

この構造は、単に値付けの問題ではなく、日本酒が国内でどのような価値として認識されているかを映し出しています。「酔うための酒」という文脈の中では、価格競争から抜け出すことは困難です。

一方、海外市場では日本酒はすでに「SAKE」として、ワインやウイスキーと並ぶ文化的飲料として認知されつつあります。重要なのは、海外で日本酒が評価されている理由が、アルコール度数やコストパフォーマンスではない点です。評価されているのは、日本酒を飲むことで体験できる「日本らしさ」そのものです。

酒米、水、麹、発酵という要素が生み出す繊細な味わいは、日本人が古くから育んできた自然観や調和の思想と深く結びついています。これは、単なる酒の説明ではなく、日本文化の体験として語るべき価値です。

日本酒が体現する日本独特の美的感覚

日本酒の本質は、日本独自の美的感覚にあります。季節ごとの酒質の違い、温度帯による味わいの変化、器との関係性。そこには「移ろい」を尊ぶ感性や、完璧ではなく余白を美とする価値観が反映されています。これは「わび・さび」や「用の美」といった日本文化の根幹とも通じるものです。

海外展開において重要なのは、日本酒をスペックで説明することではなく、こうした美意識をどう伝えるかです。一杯の日本酒が、季節、土地、人の営みを感じさせる体験であることを、物語として提示する必要があります。

アルコールから文化体験へ、日本酒の立ち位置転換

帝国データバンクの調査が示す厳しい経営環境は、日本酒業界にとって危機であると同時に、転換の好機でもあります。これからの海外展開では、日本酒を「アルコール飲料として輸出する」のではなく、「日本文化を体験する入口として届ける」発想が不可欠です。

価格ではなく価値で選ばれる存在へ。日本酒が世界で生き残る鍵は、味の先にある日本の美意識を、いかに丁寧に伝えられるかにかかっています。国内市場の限界が見えたいま、日本酒は文化を携えて、改めて世界に向き合う段階に入ったと言えるでしょう。

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パウチ入り日本酒の潮流と「酒屋ジャパン」の挑戦

近年、日本酒業界では「小容量パウチ容器」で楽しむ日本酒が新たなトレンドとして注目を集めています。従来のボトルや一合瓶に加え、軽量で携行性に優れるパウチ入り商品が増加し、多様な飲用シーンやユーザー層を広げる役割を果たしているのです。こうした潮流の中で、新たに「酒屋ジャパン」のニュースが飛び込んできました。


まず、既存の小容量パウチ商品としては、旅や海外での持ち運びを意識した FARM8 の「SAKEPOST Air Pack」が挙げられます。これは100mLのパウチ×3本を1セットにしたモバイル日本酒で、航空機の機内持ち込みにも対応できる仕様になっています。軽量かつ割れないパウチは旅先やホテルでも気軽に楽しめるよう設計されており、瓶の重さや破損リスクという従来の課題を解消しています。総量300mLでありながら、複数の銘柄をランダムに楽しめるというテイスティング体験も魅力です。

また津南醸造には「GO POCKET」という商品があり、これは日本酒をアウトドアや日常のちょっとしたシーンで携帯できるポケットサイズとして提案した商品です。100mL程度のパウチ入りで、登山やキャンプなど瓶の持ち運びが難しい場面でも日本酒が楽しめる点が支持されています。キャンプの夜やスポーツ観戦といった新しい日本酒の楽しみ方を提案する役割を持っています。

そして今回改めて話題となっている酒屋ジャパンのニュースですが、その特徴はいわゆる日本酒の『越境EC』とパウチ容器の掛け合わせによって、新たな市場と体験を生み出す点にあります。公式サイトの情報によれば、酒屋ジャパンでは80mL程度のオリジナルパウチ入り日本酒を提供し、そのパウチには蔵元や銘柄などの情報をQRコードで確認できる仕組みを導入しています。これは、小容量サイズを「気軽に試せるテイスティングピース」として捉えるだけでなく、世界中のユーザーが日本酒とその背景を学びながら楽しめる設計と言えます。

このように、パウチ入り日本酒にはいくつかの明確なメリットがあります。まず、携行性の高さ。パウチは瓶のような割れやすさがなく、バックパックやスーツケース内で安心して持ち運べるため、旅行やアウトドアといった新たな消費シーンを創出します。また、飲みきりサイズであることから、初心者や日本酒に詳しくない層でもハードルが低く、気軽に多様な銘柄を試せる点も見逃せません。

さらに、酒屋ジャパンが取り入れているようなQRコードによる情報提供は、単なる飲料としての日本酒ではなく、その背景にある文化や蔵元のストーリーまでも体験として楽しむことを可能にします。この「体験価値の付加」は、特に海外ユーザーにとって重要な要素となり得るでしょう。

もちろん、パウチ入り日本酒は品質保持や風味の面で依然として瓶に劣るという評価もありますが、少量で多様な日本酒を楽しめるという利点は、今後のマーケティングや販売戦略において重要な鍵を握ることになりそうです。特にこれからの需要として考えられるのは、日本酒ファンの裾野拡大や、体験型プロモーションとの連携です。小容量パウチを使った試飲イベントや、オンライン・オフラインを融合した日本酒体験は、伝統文化である日本酒をより幅広い層に届ける手段として有効といえるでしょう。

総じて、酒屋ジャパンを含めたパウチ入り日本酒の潮流は、「日本酒は瓶で楽しむもの」という固定観念を解きほぐし、場所や時間を選ばずに楽しめる新たなスタイルとして進化しています。従来のボトル文化に加え、こうした小容量パウチが、日本酒の未来をどのように変えていくのか、今後の展開にも注目したいところです。

▶ 酒屋ジャパンホームページ

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【木桶仕込みの再評価】日本酒業界の木桶革命と職人不足問題──広がる伝統技術の未来予想

木桶仕込みが再び脚光を浴びるのは何故か?

近年、日本酒業界では「木桶仕込み」が大きな注目を集めています。ステンレスやホーロータンクが主流となった現代において、なぜ再び木桶に目が向けられているのでしょうか。その背景には、世界的なナチュラル志向の高まりと、微生物多様性を重視した発酵文化への回帰があります。木桶には、長年使い込まれた木肌に定着する微生物叢が存在し、それが酒に複雑な香味をもたらします。これが『唯一無二のテロワール』として評価され、国内外の日本酒愛好家を魅了しているのです。

さらに、木桶仕込みの日本酒は味わいが柔らかく、香りに奥行きが出ることから、食中酒としての価値が見直され、レストラン・ソムリエの間でも採用が増えているのです。こうした流れが、木桶という伝統技法を、新しい魅力を持つ最新技術へと押し上げています。

秋田から始まった木桶文化の再構築

木桶復権のムーブメントを語る上で避けられないのが、秋田の新政酒造の取り組みです。同蔵は、すでに木桶仕込みのラインを整備してきましたが、さらに踏み込んで「自社で木桶を作る」という革新的なプロジェクトを進めています。

木桶製造は高度な技術と膨大な工数が必要で、既存の桶職人だけでは需要に応えられません。そこで新政は、自社での木桶製作技術習得に踏み切り、木の選定、乾燥、箍(たが)づくりまでを段階的に内製化。単なる伝統回帰ではなく、木桶を未来の酒造技術として再構築するための挑戦を始めました。

新政の木桶は秋田杉を中心に使用し、酒蔵ごとの材質や微生物の違いを「土壌ならぬ材質のテロワール」として捉える新しい視点を生み出しています。この取り組みに刺激され、全国の酒蔵でも木桶導入の相談や新品製作が急増しています。

後継者不足と新しいサプライチェーンの模索

しかし、木桶仕込みの人気が高まる一方で、「木桶職人不足」という大きな課題が顕在化しています。酒造用の大型木桶を作れる職人は全国でも数人程度と言われ、その多くが高齢化しています。木桶は数十年に一度しか更新されないため、本来は需要が小さく、安定した収入を得にくいという構造的問題もあります。

そのため、需要が急増しても供給が追いつかず、新桶の制作は3年待ち、4年待ちという状況が一般的になりつつあります。木材の調達や乾燥にも時間がかかるため、早期解消は難しいのが現状です。

この問題を受け、複数の酒蔵が共同で職人育成事業に取り組む動きも始まっており、木桶製作の技術を絶やさないための仕組みづくりが急務となっています。新政のように自作へ踏み出す蔵や、家具職人・宮大工と連携する例も現れ、伝統技法を現代的に再設計する流れが広がっています。

木桶仕込みの日本酒の未来

今後、木桶仕込みの日本酒は「蔵の個性を最も表現できるスタイル」として、さらに存在感を増していくと考えられます。タンクごとに異なる微生物叢が形成されるため、木桶は『発酵の生態系』そのものであり、酒の個性が劇的に変化します。

また、海外市場では「自然醸造」「樽発酵」という言葉がワインの世界で高い評価を得ており、木桶仕込みの日本酒はその文脈に乗りやすい点も追い風です。木桶の香りや複雑な味わいは特に欧米の市場との相性がよく、今後の輸出増加が見込まれます。

一方で、木桶製作のコストと職人不足が続けば、木桶仕込みの酒は希少価値の高い高級カテゴリとして位置づけられる可能性も高いでしょう。その意味で、木桶は単なる伝統技法ではなく、日本酒の未来を象徴する「価値の源泉」として再定義されつつあります。

▶ 新政|日本酒はここから変わる!6号酵母発祥蔵から目が離せない

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日本酒の「香り」を数値化・可視化へ:「香度®」が切り拓く新たな酒選びと品質管理

長らく日本酒の評価において、最も感覚的で言語化が難しかった要素――「香り」。この曖昧な領域に、AIと独自のセンサー技術によって客観的な指標を与えようという画期的な動きがあります。株式会社レボーンが商標登録した「香度®」(コード、カオリド)と呼ばれるこの概念が、日本酒業界のブランディング、流通、そして消費体験に変革をもたらす可能性があります。

「糖度」の次は「香度」

「香度®」とは、果物の「糖度」が甘さの客観的指標として定着したように、香りの「芳醇さ」を科学的に評価し、可視化するための新しい概念および指標です。

これまでの一般的なにおいセンサーは、におい成分を構成する分子の種類や濃度を測定するに留まり、人間が嗅覚で捉える「官能的」な香りの全体像を捉えることは困難でした。しかし、レボーン社の技術は、独自のセンサーとAI・クラウドプラットフォームを組み合わせることで、人間が香りを感じるメカニズムを模倣し、香りの特徴をチャートとして可視化することに成功しました。

この技術の登場は、感覚的な「なんとなく良い香り」を、誰もが理解できる客観的なデータへと変換することを可能にします。

具体的な活用事例

「香度®」の実装に向けた動きは、特定の産地との連携を通じて具体化しています。特に注目されるのが、愛媛県とのデジタル実装加速化プロジェクト「トライアングルエヒメ」を通じた取り組みです。

愛媛県は、柑橘類や日本酒など、香りに特徴を持つ特産品が多く、この技術を導入するのに最適な環境とされています。2022年にスタートしたプロジェクトでは、愛媛県の酒造組合が展開する「愛媛さくらひめシリーズ」の日本酒、全22銘柄の香りを「香度®」技術により分析し、「香度®チャート」を作成。このチャートをプロモーションへ活用する試みが進められています。

これは、従来の「辛口/甘口」や「淡麗/濃醇」といった表現に、「華やかな香りが強い」「米由来の香りが豊か」など、香りの質と強さを明確に加えることを意味し、国内外の消費者に対し、商品の魅力をより詳細かつ客観的に伝えることを可能にします。今後は、特にインバウンド客に向けた分かりやすいユースケースの確立が急がれます。

日本酒業界への多角的な影響と期待

「香度®」の普及は、日本酒業界に以下のような多角的な影響をもたらすと期待されています。

  1. 消費者体験の革新と新規顧客の獲得
    【購入体験の客観化】
    消費者は、自身の好みや気分に合わせて、チャートを見て直感的に商品を選ぶことができるようになります。これにより、「どれを選んでいいか分からない」という日本酒初心者や、香りを重視する海外のワイン愛好家層など、新規顧客の獲得につながります。
    【ブランディングの強化】
    従来のイメージやキャッチコピーに頼るだけでなく、科学的な裏付けに基づいた香りの特徴をアピールできるようになり、酒蔵ごとの個性を際立たせ、高付加価値化を促進します。
  2. 製造・品質管理の高度化
    【品質の安定】
    熟練の杜氏の感覚に頼っていた部分を客観的な指標で補完できます。製造工程における香りの変化を継続的にモニタリングすることで、目標とする品質からのズレを早期に検知し、酒質の安定化に貢献します。
    【熟成管理の精度向上】
    日本酒は貯蔵・熟成過程で香りが変化します。温度や時間経過に伴う香気成分の変化を「香度®」で追跡できれば、「老ね香」の発生リスクを管理したり、最適な出荷タイミングを科学的に決定したりするツールとしても活用できます。
  3. グローバル市場での競争力強化
    【世界基準での訴求】
    ワインには「フレーバーホイール」などの香りの指標が浸透していますが、日本酒も「香度®」を持つことで、世界共通の言語として香りの特徴を提示できるようになります。これは、輸出拡大を目指す日本酒のグローバル市場における競争力を大きく高める要因となります。

「香度®」技術は、日本酒に留まらず、愛媛の柑橘類、コーヒー、さらには医療分野など、香りが重要な要素となる他の商品カテゴリーへの展開も計画されています。

日本酒の製造は、米と水、そして発酵の微生物が織りなす極めて繊細なアートです。このアートに、最新のAIとセンサー技術というサイエンスの光が差し込むことで、今後、酒蔵はより安定した品質で個性を追求できるようになり、消費者はより深く、安心して日本酒を選び、楽しめる時代が訪れるでしょう。「香度®」は、伝統産業である日本酒に新たな付加価値を与え、次の世代へと繋ぐ重要な鍵となるかもしれません。

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酒造の垣根を越える新潮流──「Assemblage Club」が示す日本酒アッサンブラージュの未来

日本酒の世界に、ワイン文化で用いられてきた「アッサンブラージュ(ブレンド)」の概念が静かに浸透し始めています。2022年に京都の複数の酒蔵が協働して立ち上げた「Assemblage Club」は、その象徴的な存在といえるでしょう。この度、同クラブから第5弾となる新商品『KASUMI-柑澄-』が登場しました。増田德兵衞商店、北川本家、松井酒造といった歴史ある蔵元が手を組み、酒質設計からブレンドまで共同で行う取り組みは、日本酒の世界に新しい可能性を提示しています。

今回の『KASUMI-柑澄-』は、甘酸っぱさを特徴とし、軽やかでニュートラルな味わいを持つ一本です。ジャンルに囚われない食中酒として設計されており、京都の料飲シーンとも相性のよい仕上がりとされています。複数の蔵がそれぞれの持ち味を出し合い、一つの『作品』としてまとめ上げたこの酒は、単なるブレンド酒にとどまらず、「共同で日本酒を創る」という新たな文化の兆しともいえます。

アッサンブラージュが持つ意味

アッサンブラージュとは、異なるロット・異なる畑、時には異なる品種のワインを組み合わせ、より複雑で調和のとれた味わいをつくる技法です。これを日本酒に応用することで、単一蔵では実現しづらい幅広い表現を追求できるようになります。

酒造ごとに水質・酵母・麹菌・醸造哲学が異なるため、複数の蔵を横断したブレンドは、日本酒文化において非常に大胆な挑戦です。蔵元同士が互いの個性を理解し、その個性を尊重しつつ一本の酒にまとめる作業は、技術的にも文化的にも高度なコミュニケーションを必要とします。

「Assemblage Club」の取り組みは、日本酒の多様性を『蔵単位』ではなく『地域単位』『共同プロジェクト単位』で広げる試みであり、地域文化としての日本酒の新しい形を提示しています。

日本酒におけるアッサンブラージュの可能性

日本酒のアッサンブラージュは、次の三つの大きな可能性を持っています。

① 味わいの多様化と新ジャンルの創出

単一の蔵では再現できない味わいを創造できる点は大きな魅力です。『KASUMI-柑澄-』のように、甘酸味と軽やかさを軸にした『食べさせる酒』は、世界的なフードシーンにも対応しやすく、日本酒を国際的に普及させる上でも重要な役割を果たします。

② 蔵の個性の可視化と再解釈

ブレンドによって、各蔵の癖や特徴が相互に引き立ちます。たとえば、増田德兵衞商店の落ち着いた酒質に、松井酒造の柔らかな香味が重なり、北川本家のきれいな酸が全体をまとめる──こうした個性の交差点こそ、アッサンブラージュの醍醐味です。結果として、共同で一本の酒を造る過程で、蔵元自身が自らの個性を再発見するきっかけにもなります。

③ 日本酒産業の連携モデルとしての価値

人口減少や酒造りの担い手不足が進むなか、蔵同士が協力してプロダクトを開発する流れは、地域全体の文化を守るうえでも有効です。単独では生み出せない価値を共同で生み出し、販売も発信も共有する。これは、日本酒がこれから『地域文化をつくる産業』として進化するための一つの方向性といえるでしょう。

「混ぜる」ことから始まる新たな日本酒文化

アッサンブラージュは、これまで蔵単位で語られることの多かった日本酒の価値観を揺るがし、より開かれた文化へと変えていく可能性を秘めています。蔵の数が年々減り続ける現状において、世界市場を見据えながら、多様性と新規性を獲得するための鍵ともなるでしょう。

『KASUMI-柑澄-』は、単なる新商品の一つではありません。複数の蔵が手を携え、互いの個性を響き合わせることで、日本酒が持つ表現の幅をさらに広げる試みそのものです。酒造の垣根を越えたアッサンブラージュが、この先の日本酒文化にどのような新たな景色をもたらすのか、大きな注目が集まっています。

▶ IWA5「アッサンブラージュ6」と鳳凰美田の挑戦──日本酒に広がるアッサンブラージュの可能性

▶ ブレンド日本酒 Assemblage Club 05 CODENAME : KASUMI 販売サイト

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【ブルーチーズに合う日本酒】官能評価を越えた『相性の再現性』が日本酒ペアリングを変える

岡部合名会社(茨城県常陸太田市)が、茨城県産業技術イノベーションセンターと共同で「ブルーチーズに合う日本酒」を開発しました。これまでペアリングといえば、ソムリエや利酒師の経験による官能評価に大きく依存してきましたが、今回の取り組みは、科学的データを基盤に日本酒と食品の相性を導き出した点で、新しい価値を示しています。日本酒の味わいを科学的に設計するというアプローチは、業界に大きな波紋を広げる可能性があります。

ミスマッチから生まれた開発スタート

きっかけは「日本酒はチーズに合う」という一般的認識と、実際にブルーチーズを合わせた際に起こる生臭さの不調和でした。多くの蔵元や飲食店が経験則で「相性が良い」と語る一方、ブルーチーズでは思うように合わず、むしろ不快な香りが出るケースも少なくありません。岡部合名会社は、この『なぜ合わないのか』を科学的に解明するため、茨城県産業技術イノベーションセンターの協力を得て、香気成分の分析に着手しました。

分析の結果、ブルーチーズ特有の青かび由来成分と、日本酒に含まれる特定の酸やエステルが反応すると、魚介系のような生臭さを強調する可能性があることが分かりました。そこで蔵では、香りの相互作用を抑え、逆にチーズのコクを引き立てるように、酒質設計を一から再構築。香味成分を緻密にコントロールすることで、ブルーチーズの強烈な風味と調和する新たな酒を作り上げたのです。

官能評価だけでは到達できない再現性

今回の開発の大きな意義は、「美味しい」と感じる理由をデータで説明できるところにあります。

従来のペアリングは、優れた利き手による官能評価を基盤とするため、経験値の差が大きく、再現性に乏しい側面がありました。しかし科学的分析を用いれば、香り成分の相性、味覚のバランス、口中での変化まで、数値として可視化できます。これにより、どの酒質がどの食品と合うのかをロジカルに説明でき、商品開発のスピードと精度が高まります。

日本酒は近年、国際市場でワインと比較される機会が増えていますが、世界の酒類市場では科学的根拠に基づく味づくりが主流です。今回の取り組みは、日本酒が世界基準のペアリング研究に一歩踏み出した象徴的事例といえます。

今回の成功は、他の食品とのペアリング研究を加速させる可能性を持ちます。例えば、熟成肉・発酵食品・スパイス料理・ヴィーガンフードなど、従来の日本酒とは距離があるとされてきたジャンルにも科学的アプローチで挑戦できるようになります。

さらに、香気成分のデータベース化が進めば、レストランや小売店向けに「科学的マッチング表」を提供することも現実味を帯びてきます。これは、日本酒の新しいマーケティングツールとなり、ペアリングを軸にした商品開発やメニュー設計が格段に進むでしょう。

日本酒は『感性の世界』から『設計できる味』へ

岡部合名会社と茨城県産業技術イノベーションセンターの共同開発は、ただの新商品づくりにとどまらず、日本酒と食の関係性を科学的に捉えるという新たな時代の到来を示しています。官能評価に科学的エビデンスが加わることで、日本酒の可能性は大きく広がり、これまで届かなかった食品ジャンルにも手が伸びていくはずです。

感性の酒である日本酒が、科学と手を組むことでどこへ向かうのか。今回のブルーチーズ専用酒の誕生は、その未来を照らす試金石となっています。

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立冬は「鍋と燗の日」~冬を迎える日本の風物詩を味わう記念日の由来と意味

「鍋と燗の日」は、暦の上で冬の到来を告げる二十四節気の一つ・立冬(今年は11月7日)を記念日にあて、温かい鍋料理と燗酒を楽しむ文化を広めることを目的に制定されました。発起人は灘・伏見・伊丹の老舗酒造会社が参加する「日本酒がうまい!推進委員会」で、2011年に記念日として打ち出し、制定当初から試飲イベントや体験会などの共同プロモーションを行っています。

立冬は暦の上で「冬の始まり」を示す日であり、肌寒さが増すこの時期に家族や友人と鍋を囲み、体を温める習慣と自然に重なります。とりわけ日本酒の「燗」は、酒質の違いをやさしく引き出し、料理との相性を高めることから、鍋料理との親和性が高いと考えられています。こうした季節性と食文化の結びつきを象徴する日として「立冬=鍋と燗の日」が選ばれました。

制定の狙いは単に記念日を作ることではなく、日本酒の需要を盛り上げ、消費者に燗で飲む日本酒の魅力を再発見してもらうことにあります。記念日前後では酒造や小売、飲食店が連携して燗酒の試飲会、鍋と燗のペアリングイベント、販促キャンペーンなどを実施しており、地域の酒文化の発信につながっています。

「鍋と燗の日」は、単なる商業プロモーションにとどまらず、共有・共食の文化を見直す機会でもあります。鍋を囲む行為は、場を和ませて人の距離を縮めます。燗酒は、味わいの幅を広げて会話を豊かにします。現代のライフスタイルでは外食や一人鍋も増えていますが、この記念日は、季節を感じる食卓の価値をあらためて提案する役割を果たしています。

立冬には、地元の旬の食材で作る鍋に、燗が映える純米酒や本醸造を合わせるのがおすすめです。燗の温度帯を変えて飲み比べることで、同じ酒でも風味の変化を楽しめます。また、家庭や居酒屋での小さなイベントとして「鍋と燗」のペアリング会を開けば、季節行事として定着しやすくなります。

立冬つまり「鍋と燗の日」は、暦と食文化を結びつける現代の記念日として、冬の食卓に新しい気づきと会話をもたらしています。季節の始まりを味わう一杯と一鍋で、心も体もあたたかく過ごしてみたいものです。

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【棚田×日本酒の新潮流】土地と人がつながる酒造りの現在地

近年、日本各地で棚田を活かした酒造りに取り組む酒造が増えてきています。急峻な地形に段々と広がる棚田は、農村文化の象徴であるだけでなく、寒暖差や水はけの良さなど、酒米栽培に適した環境条件を備えていることが再評価されています。人口減少により棚田の維持が難しくなる地域が増える中、酒蔵が棚田米を用いることで農地の保全に貢献し、地域のストーリーを酒に乗せて発信できる点が大きな魅力となっております。

こうした流れの象徴的な事例として、生酛造りで知られる大七がリリースした純米酒「西谷棚田」が挙げられます。福島県二本松市の美しい棚田で栽培された米を用いた同作は、単なる地域限定酒ではなく、棚田という文化景観そのものを味わう酒として注目を集めています。

『物語』を醸す酒造り

棚田を活かした酒造りの広がりは、日本酒が「ただ飲むもの」から「土地や人とつながる体験」に変化していることを示しています。かつては酒造が米を購入するだけで成り立っていた関係が、いまや農家と共同で米作りから関わる取り組みへと進化しつつあります。

この物語性を求める動きは、若い世代を中心に大きな支持を得ています。棚田という里山文化が持つ懐かしさ・美しさ・環境価値が、酒の背景として消費者に強く響いているためです。日本酒が地域文化のアンバサダー役を担い始めたことで、酒蔵もまた「どんな土地の米を、どんな思いで醸すのか」を積極的に発信するようになっています。

持続可能な地域づくりの一翼としての酒造

棚田再生に酒蔵が関わるメリットは、文化的価値の継承にとどまりません。棚田は水源涵養や景観保全など多面的な機能を持つため、その維持は地域の環境保護とも直結します。酒蔵が棚田米を使用することで、農家に安定した収入源をもたらし、耕作放棄地の減少にもつながっています。

また、棚田米を使用した日本酒は、観光コンテンツとしても魅力が高い存在です。田植え体験や収穫祭、棚田を望む蔵見学など、体験型の酒ツーリズムが生まれやすく、地域全体の活性化に波及していきます。酒が『』地域を回すエンジン』へと役割を広げている点は、現代の日本酒文化の重要な変化といえるでしょう。

棚田酒が描く日本酒の未来像

大七「西谷棚田」のような取り組みは、今後さらに広がっていくと見られます。気候変動や農業人口の減少が続く中で、酒蔵が原料生産から関わることは、品質向上だけでなく持続可能な仕組みづくりとしても不可欠です。そして、棚田という舞台は、自然・文化・人を結びつける象徴的な存在として、日本酒の新たな価値を生み出しています。

日本酒は今、単なる嗜好品ではなく、『地域の物語を体験するためのメディア』へと進化しつつあります。棚田から生まれる一杯は、土地の記憶、人の営み、そして未来への願いをそっと湛えています。こうした流れは、日本酒が再び地域の中心に戻り、人と人をゆるやかにつなぐ存在へと変化していることを物語っています。

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日本酒における「本物」とは何か? 酔いや味わいを超えた哲学の探求

「酒ぬのや本金酒造」様のインスタグラム(10月18日)に、非常に示唆に富む問いかけがありました。それは「日本酒における本物とは何か」という根源的な問いです。興味深いことに、これは外国からの問いかけであると記されています。

国内で「無視」されてきた根源的な問い

私たち日本人にとって、日本酒は長きにわたり「あって当たり前」の存在でした。米を耕し、水を守り、四季の移ろいを肌で感じて生活を営む中で、酒は祭りや儀式、そして日常の食事を彩る、生活の一部、文化の背景そのものでした。

そのため、国内では「本物とは何か」という根源的な定義を問い直す必要は、ほとんどなかったと言えるでしょう。「美味しい」「この土地ならでは」「うちの蔵の味」といった、個々の感覚や地域性に根ざした評価基準が、いわば暗黙の了解として存在していたからです。この問いかけは、あまりにも身近すぎて、かえって無視されてきた問いかけだ、と表現することもできます。

世界的な広がりが突きつける「本物」の定義

しかし今、日本酒は急速に世界的な広がりを見せています。海外の多様な文化や、蒸留酒・ワイン・ビールといった他の酒類との比較の中で、日本酒は「SAKE」という新しいカテゴリーとして受け入れられています。

異文化圏の人々は、まず日本酒の独自性、すなわち「本物であることの証明」を求めます。彼らは、単に「米から造る酒」という事実以上の、意味や価値、哲学を欲しているのです。

  • なぜ米と水だけで、これほど複雑な味が生まれるのか?
  • 伝統とは、どのような技術と歴史に裏打ちされているのか?
  • 日本酒は、人々の暮らしや精神性に、どのような役割を果たしてきたのか?

これらの問いは、酔いや味わいといった感覚的な価値にとどまらず、その背景にある「文化的な深み」や「哲学に通じるもの」を求めるものです。彼らにとっての「本物」とは、五感で感じる美味しさの向こう側にある、論理的・精神的な納得感なのです。

求められるのは「酔い」や「味」を超えた哲学

日本酒人気の広がりとともに、国内外で求められているのは、もはや「美味しいから飲む」という段階を超えた価値です。そこには、以下のような、哲学に通じる要素が求められています。

【土地(テロワール)の哲学】

①その土地の水・米・気候・蔵人の生き様が、酒にどのように映し出されているか。

➁単なる産地表示ではなく、「なぜ、この場所でなければならないのか」という存在理由。

【時間の哲学】

①受け継がれてきた数千年の歴史や、醸造という行為に込められた時間の概念。

【人と自然の哲学】

①自然の摂理に従いながら微生物とともに酒を造るという、循環と共生の精神。

➁日本古来からの、持続可能性(サステナビリティ)に通じる概念。

真摯な探求こそが未来の業界を支える

「本物とは何か」という問いに、醸造技術のデータや、官能的な表現だけで答えることはできません。蔵元や業界全体が、自らのルーツ、技術の背景、そして酒が生活にもたらす精神的な意味合いを言語化し、発信していく必要があります。

これこそが、外国からの問いかけに真摯に向き合うということです。自らの手で醸す酒の存在意義を深く考察し、その哲学的な価値を明確にすることは、単に海外展開に役立つというだけでなく、国内においても日本酒が、「単なるアルコール飲料」から「人々の暮らしを豊かにする文化財」へと、再認識される契機となります。

「本物」の探求とは、自己との対話であり、文化の再定義です。これに真摯に向き合うことで、日本酒は酔いや味わいといった一過性の価値を超え、人々の暮らしに深く資する普遍的な存在となり、これからの業界の発展を、哲学という名の太い幹で支えることになるでしょう。

おいしい日本酒が見つかる最新トレンドと飲み方ガイド