終戦の日の日本酒

終戦記念日、8月15日。多くの人々にとって、この日は戦争の記憶を辿り、平和への祈りを捧げる特別な日です。テレビでは記録映画が放映され、全国各地で追悼式典が執り行われます。そんな厳粛な一日を、どのように過ごされているでしょうか。


最近の日本酒ブームは、その多様な味わいやスタイリッシュなボトルデザインで、これまで日本酒に馴染みがなかった若い世代や女性にも広がりを見せています。フレンチやイタリアンといった洋食とのペアリングも楽しまれ、日本酒は単なる「和食のお供」から、より自由で洗練された存在へと進化を遂げました。まさに日本酒の楽しみ方は、大きな広がりを見せていると言えるでしょう。

しかし、終戦の日に日本酒を嗜むという行為は、こうした現代的な楽しみ方とは一線を画しています。それは、日本酒が持つ本来の姿、つまり神事や儀式に欠かせないアイテムとしての役割を静かに見つめ直す機会を与えてくれます。

日本酒は、古来より神事や儀式、そして人々が集う宴席に欠かせない存在でした。米から造られる日本酒には、収穫への感謝、命への敬意、そして人と人との絆を深めるという役割が込められています。私たちの祖先は、豊かな実りをもたらす米に感謝し、その米を酒に変えることで、神々と繋がろうとしました。そして、その酒を皆で分かち合うことで、共同体の結束を強めてきたのです。

ですから、終戦記念日に日本酒を酌み交わすという行為には、特別な意味が宿ります。それは、この日本酒に込められた深い意味を、改めて心に刻む行為―――米という命の恵みを大切に受け継いできた日本の歴史を想い、戦争で亡くなった方々への「鎮魂」と明日を担う者たちへの「乾杯」を通して、平和を願う静かな誓いでこそあるのです。

戦争の時代には、「水盃」を交わし、再び会うことのない別れを惜しむ儀式がありました。終戦記念日に日本酒を酌み交わすことは、もはや二度と水盃を交わすことがない、平和な時代の訪れを静かに願い、誓う行為です。だからこそこの特別な日には、一杯の日本酒に込められた深い意味を、静かに噛みしめてみたいものです。

今日は久しぶりに、故郷の純米酒を開けてみようと思います。

新潟・麒麟山酒造発「麒麟山サワー」:夏の日本酒トレンドと酒サワーの可能性

日本の夏を彩るお酒と言えば、かつては、ビール一択という状況だったのではないでしょうか。しかし近年、その常識を覆す新たなムーブメントが巻き起こっています。その一つに、新潟県の老舗酒造・麒麟山酒造が提案する「麒麟山サワー」があります。

この日本酒サワーは、2019年の夏に登場しました。そのレシピは、日本酒の伝統的なイメージを軽やかに刷新するもので、誰でも簡単に楽しめるのが特徴です。

まず、タンブラーに氷をたっぷりと入れ、「麒麟山 伝統辛口」を注ぎ入れます。この時、マドラーで5回ほど軽く混ぜ、日本酒を冷やしながら氷と馴染ませます。次に、冷やした炭酸水を静かに注ぎ入れます。炭酸が抜けないように静かに注ぐのが美味しさの秘訣です。そして、レモンを軽く絞り、そのままグラスに投入します。最後にマドラーで1回だけ優しく混ぜれば完成です。

このシンプルなレシピから生まれるのは、「麒麟山 伝統辛口」が持つキレのある辛口な味わいと、炭酸の爽快感、そしてレモンの爽やかな酸味が絶妙に調和した一杯です。冷えた状態でもキレの良さが際立ち、口の中に広がる爽快感は、まさに夏の暑さを吹き飛ばすのに最適な味わいです。食事との相性も抜群で、特に和食との組み合わせは、料理の味を引き立てながら、お酒も進むと評判を呼んでいます。

じわりと広がる「KIRINZAN SOUR 夏祭り」、新たな夏の風物詩へ

「麒麟山サワー」の誕生からわずか1年後の2020年からは、居酒屋や飲食店で「KIRINZAN SOUR 夏祭り」と題したキャンペーンが開催されるようになりました。このキャンペーンを通じて、その評判が口コミで広がり、新たな日本酒の飲み方として注目されるようになりました。

特に、日本酒に馴染みの薄かった若年層や女性層に「飲みやすい」「美味しい」と好評を博し、ファンの輪が拡大しました。そして麒麟山サワーを提供する店舗は増え続け、今では、地元新潟に留まらず、全国的に注目されるようになっています。

「酒サワー」という新ジャンルへ、日本酒文化の刷新

現在注目を集めている「酒ハイ」ブームは、新しい「日本酒スタイル」を模索する中で生まれています。「麒麟山サワー」も、そのようなムーブメントの中から生まれてきた飲み方で、日本酒の季節性を解消する一助となっています。

このような新しい飲み方が定着し、さらに、「酒ハイ」の中から「酒サワー」の地位が確立されるというような流れになれば、ブランドが一層意味を持つようになるでしょう。それは、業界を活性化し、日本酒人気を後押しするものになるはずです。

これからも各地の蔵元や飲食店が知恵を絞り、多彩な“夏仕様”の日本酒を提案していけば、夏の風物詩はビールだけでなく、日本酒も堂々とその主役に名を連ねる日が来るでしょう。こうして「麒麟山サワー」をはじめとする夏の日本酒は、単なる季節限定の楽しみ方にとどまらず、日本酒文化そのものを刷新しながら、世界に羽ばたくことになるのでしょう。

▶ 麒麟山 伝統辛口|通称「でんから」。ファンが多い淡麗辛口

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ユネスコ無形文化遺産登録記念式典に寄せて──日本酒文化の継承と革新、その両立をどう図るか

2025年7月18日、東京都内の九段会館にて「伝統的酒造り」ユネスコ無形文化遺産登録記念式典が文化庁主催で行われました。式では文化庁長官・都倉俊一氏より登録認定書のレプリカが、「日本の伝統的なこうじ菌を使った酒造り技術の保存会」および「日本酒造杜氏組合連合会(日杜連)」に手渡されました。この節目の式典には中央会や関係団体の代表者が出席し、日本酒産業関係者の喜びと決意が共有されました。

日本酒文化の「継承」という重責

ユネスコへの登録は、単なる名誉ではなく、日本酒文化の次世代への継承を国際的にも明確に求められる契機となります。醸造現場においては、杜氏や蔵人といった技術保持者が、こうじ菌を用いた複雑な発酵制御技術を現場で伝承する「徒弟制度」が主軸です。登録要請の背景には、熟練の職人が築いてきた高度な「匠の技」を保存し続けることが、未来のために必要だとの認識が働いています。ただし、人口減少や蔵の高齢化により、後継者不足の問題は依然として深刻であり、技術の継続には大きな困難を伴うことが痛感させられます。

世界からの需要拡大と日本酒の進化

一方で、近年、世界各地で日本酒への関心と需要が急速に高まっています。輸出額は2009年以降で約6倍となり、特にアジア、北米、欧州でのレストランや専門店を中心に、純米酒や吟醸酒をはじめとする高品質日本酒が評価されているのです。

加えて、現代的な製法や味づくりを取り入れた新たなタイプの日本酒も次々と登場し、海外市場向けに様々な戦略が打ち出されています。この多様化は、日本酒文化を国際市場に適応させ、新たな消費者層を獲得する手段となるはずです。

伝統と革新のバランスをどう取るか

このように現代の日本酒を取り巻く環境は、「日本酒文化の継承」という本質的責務と、「新たな世界需要に応える革新」の両者を両立させるという課題があり、以下のようなアプローチで試行錯誤しているような状況です。

1. 二層構造のブランド戦略

伝統製法を追求する「伝統系ライン」と、革新・現代風味を追求する「グローバル展開向けライン」を明確に分け、それぞれのターゲットを区分。

2. 地域文化と観光を結ぶ「体験型発信」

出雲(島根県)では、神話や祭りと結びついた酒造りの歴史を活かし、酒蔵見学・試飲・祭祀体験を通じて文化的価値を伝える取り組みが進んでいます。観光資源と結びつけて、日本酒を文化全体の一部として位置付。

3. クオリティ基準と認証制度による信頼確保

GI登録などで産地・製造方法に対する信頼を確立することでブランド価値を高め、同時に、伝統系には「認定マーク」などを設け、品質・技術の担保を明示。

今後の日本酒の在り方と展望

「伝統的酒造り」の無形文化遺産登録は、日本酒文化が世界的に認められた証とも言えます。その責務とは、先人が築いた技術と精神を後世へと紡ぐことであり、一方で、世界に開かれた挑戦を受け入れつつ、新たな日本酒像を模索することでもあります。

量から質への転換、地域ごとの個性・物語を重視した文化振興、技術革新と伝統の両立、持続可能な若手育成、今、これらを統合する総合戦略が求められています。未来の日本酒は、「匠の技を守る伝統酒」と「革新的なモダン日本酒」が並存し、国内外の多様な味覚や文化意識に応えることで、新しい文化的地平を切り開いていかなければなりません。

式典で語られた感謝と誇りの言葉を起点に、日本酒文化はこれからも技と革新を両輪とし、転がり続けて行かなければならないのです。

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「SAKE」の時代へ──グローバルマーケットでの日本酒の現在地

かつては日本料理店の中だけで楽しまれていた日本酒が、いまや世界の食文化の中で確かな存在感を放つようになっています。2025年現在、日本酒は「伝統的な酒」から「グローバルなプレミアム飲料」へと進化し、欧米を中心にその認知度と需要が急速に高まっています。

欧米の高級レストランでの存在感

米国の酒類専門誌『OhBEV』によると、2024年の日本酒輸出は前年比6%増となり、輸出先は80カ国以上に広がりました。ニューヨークやロサンゼルスでは、地元産のクラフト酒蔵が登場し、現地の食文化と融合したスタイルの日本酒が注目されています。ミシュラン星付きレストランでは、日本酒を料理とペアリングする流れが加速しており、食体験に奥行きをもたらしています。

欧州では、ワイン文化との親和性が鍵となっています。ドイツ・デュッセルドルフで開催された「ProWein 2025」では、日本酒がワイン業界の関心を集め、ソムリエ向けのセミナーや試飲会が盛況でした。フランスや英国では、JunmaiやGinjoといったプレミアム酒が「香り・旨味の繊細さ」において高評価を得ており、ワイン愛好家の間でも日本酒への関心が高まっています。

ペアリングの多様性が生む新たな可能性と課題

日本酒の最大の魅力のひとつは、そのバラエティー豊かな造りと味わいにあります。辛口から甘口、発泡性や熟成系まで幅広く、料理とのペアリングの自由度が非常に高いのです。これは他の酒類にはない特徴であり、和食のみならず、フレンチ、中華、ヴィーガン料理などとも好相性を示しています。海外の料理人や飲料専門家たちは、日本酒の多様性に驚きと敬意をもって接しており、「食との相性の幅広さ」が国際的な評価を高める要因となっています。

2024年末には、ユネスコによる「日本酒醸造技術」の無形文化遺産登録が実現し、日本酒の文化的価値が世界的に再評価される契機となりました。これにより、消費者の好奇心が刺激され、ブランド認知が高まったと報じられています。一方で、世界的な酒類市場において日本酒はまだ「知名度不足」という壁に直面しており、特に新興国ではワインやビールに比べて理解が進んでいないのが現状です。

今後の展望と可能性

海外市場では、クラフト酒やプレミアム酒への関心が高まっており、特に北米や欧州では「手仕事の味わい」や「地域性」を重視する消費者層が増えています。また、オンライン販売の拡大により、地方の酒蔵が世界に向けて発信する機会も増えており、ブランドの多様化と国際展開が進んでいます。
日本酒は今、単なる「日本の酒」ではなく、世界の食卓に彩りを添える文化的アイコンとなりつつあります。国内外の多くの関係者が、熱い思いと情熱をもってこの文化を世界へ届けようとしており、ワインに肩を並べる日も遠くないのかもしれません。

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日本酒に広がる「アッサンブラージュ」の可能性〜ブレンドがもたらす新しい酒造りのかたち〜

近年、日本酒の世界で「アッサンブラージュ(Assemblage)」という言葉が注目を集めています。これは、複数の異なる原酒をブレンドしてひとつの酒に仕上げる手法で、ワインやウイスキーの分野では古くから一般的に用いられてきました。

しかし日本酒では、これまで単一の仕込みやタンクごとの個性を重視する傾向が強く、ブレンドはやや裏方の技法として捉えられてきました。特に純米大吟醸など高級酒では、「単一タンク=純粋」「手間をかけた酒」といったイメージが定着していたため、アッサンブラージュという概念が前面に出ることはあまりありませんでした。

そんな中、この伝統的な価値観に新しい風を吹き込んだのが、富山県の酒蔵白岩で醸す「IWA 5」です。これは、ドンペリニヨンの5代目醸造最高責任者であったリシャール・ジョフロワ氏が手掛ける日本酒で、アッサンブラージュが核となり、バランスとハーモニーを追求したものとなっています。

ブレンドが広げる日本酒の表現力

アッサンブラージュには、酒質を安定させるだけでなく、日本酒の多様な魅力を引き出す力があります。

たとえば、異なる酵母や精米歩合、発酵温度で仕込んだ原酒を組み合わせることで、単一仕込みでは実現できない香りの重層感や、酸味と旨味の複雑なバランスが生まれます。新政酒造の「亜麻猫VIA」では、別々に販売される「亜麻猫」「陽乃鳥」「涅槃龜」をブレンドすることで、甘さと酸の絶妙な調和を実現しています。

同様に、栃木県の「仙禽」なども、味わいのバランスを追求する中で、意図的なブレンドを採用しはじめています。これにより、ロットごとのばらつきを抑えつつ、表現力豊かな酒造りが可能になってきているのです。

さらに今後は、異なる産地の米や水を使用した酒をブレンドする「越境的アッサンブラージュ」や、複数ヴィンテージの酒を合わせる「熟成ブレンド」など、新たな表現の道も広がっていくと考えられます。

今後の展望と新しい市場の可能性

今後、アッサンブラージュは日本酒業界において以下のような広がりを見せると期待されています。

まず、味の「安定化」です。特に輸出や定番ブランドにおいては、毎年安定した品質が求められます。複数の原酒をブレンドすることで、気候や原料の変動にも柔軟に対応することができます。

次に、「熟成酒の活用」です。異なる熟成期間の酒を組み合わせることで、長期熟成の深みと若酒のフレッシュさを同時に表現でき、これまでにない飲み心地が生まれます。

また、今後は「カスタマイズ型のブレンド」や「ブレンド専門ブランド」の登場も期待されます。たとえば、複数の原酒から自分好みにブレンドする体験型の販売や、各地の蔵から原酒を仕入れて独自にブレンドするネゴシアン的なビジネスも考えられます。既に、新潟の「千代の光酒造」や、パーソナルブレンド体験施設「My Sake World」などは、このような取り組みをスタートさせています。

ブレンドは「妥協」ではなく、むしろ「設計」や「創造」として捉えられる時代へと移りつつあります。アッサンブラージュは、酒造りにおける職人の感性や技術を試される芸術的な営みであり、日本酒の未来に多彩な可能性をもたらしてくれることでしょう。

▶ 日本酒の新たな楽しみ方を提案!「My Sake World 京都河原町店」が待望のグランドオープン(日本酒情報局 2025.6.28)

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2025年は「日本酒文化元年」──酒の本質を見つめ直す年に

酒は人をつなぐ文化の媒体

2025年8月6日、食品産業新聞社に掲載されたサントリーホールディングス新社長・鳥井信宏氏のインタビューは、日本酒文化の未来を語るうえで非常に示唆に富んだものでした。鳥井氏は「酒は人と人をつなぐコミュニケーションの媒体であり、文化そのものです」と語り、酒の本質的な価値を再定義する姿勢を示しました。

酒は古今東西を問わず、人々の絆を深める役割を果たしてきました。祝祭や儀式、日常の語らいの場において、酒は言葉以上に感情を伝える手段であり、文化の媒介者でもあります。日本酒も例外ではなく、神事や季節の節目、地域の祭りなどに欠かせない存在として、日本人の精神性と深く結びついてきました。

現代においては、酒との付き合い方も人それぞれです。かつては酔うために飲んだと言う人も、健康志向の高まりやライフスタイルの多様化により、過度な飲酒を敬遠することがあります。鳥井氏が強調する「適正飲酒」の考え方は、酒文化を持続可能な形で次世代へ継承するための重要なキーワードです。酒を単なる嗜好品ではなく、文化的・社会的な価値を持つ存在として位置づけ直すことで、より健全で豊かな酒の楽しみ方が広がっていく時代になりました。

日本酒産業に訪れる変革と挑戦

このような時代の転換点において、日本酒産業にも大きな変革の波が押し寄せています。国内市場の縮小が進む一方で、海外からの注目はかつてないほど高まっています。2025年には日本酒の輸出額が434億円を突破し、世界80か国以上に広がる市場を形成しています。その背景には、和食文化の浸透、クラフト製品への関心、そして日本酒の多様な味わいがあるとされています。

革新的な取り組みを行う酒蔵も続々と登場しています。たとえば、福島県南相馬市の「haccoba」は、地元の米農家との連携や詩人とのコラボレーションを通じて、地域性と物語性を重視したクラフト日本酒を展開し、国内外で高い評価を得ています。

また、旭酒造の「獺祭」は国際宇宙ステーションでの醸造に挑戦し、「宇宙酒造り」という新たなフロンティアを切り拓いています。1億円で販売予定の「獺祭MOON」は、技術革新と話題性を兼ね備えた象徴的なプロジェクトです。

さらに、フランスのシャンパン専門家と日本の酒蔵が共同開発した「Heavensake」は、ワインのような感覚で楽しめる日本酒として、世界の高級レストランで採用されています。このような国際的なコラボレーションは、日本酒の新たな価値を創出し、文化的アイコンとしての地位を確立しつつあります。

「日本酒文化元年」として記憶される可能性

鳥井社長が語るように、酒は人をつなぎ、文化を育む存在です。その本質を見つめ直し、未来へと発展的に継承するために、今こそ日本酒文化の再定義が求められています。2025年は、こうした動きが一気に加速した年として、「日本酒文化元年」として記憶される可能性が高いと言えるでしょう。

酒を通じて人と人がつながり、地域と世界が交わる。そんな未来を見据えた取り組みが、今まさに始まっています。

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海外から逆輸入される日本酒文化──KATO SAKE WORKSの挑戦

2025年7月、東京都江東区に本社を構えるファイブ・グッド株式会社は、アメリカ・ニューヨークで誕生したクラフト日本酒ブランド「KATO SAKE WORKS(カトウ・サケ・ワークス)」の輸入販売を日本国内で開始しました。

同ブランドは、日本酒をルーツに持ちながらも、既存の枠組みにとらわれない自由な発想で「SAKE」を再定義する注目の存在です。今回の日本上陸は、伝統と革新が交錯する日本酒業界において、ひとつの大きな転換点となり得るでしょう。

ブルックリン発、「ローカルSAKE」の精神

KATO SAKE WORKSは、東京出身の加藤忍氏が「地元で愛される酒を自分の手で造りたい」という想いから、2020年にニューヨーク・ブルックリンで創業したマイクロ酒蔵です。創業当初から一貫して、麹造りから瓶詰めまでをすべて手作業で行い、地元産の素材を活用しながら地域との密接な関わりを大切にしてきました。

使用する主原料は、アメリカ西海岸で栽培される長粒米「カルローズ米」と、ニューヨーク州北部キャッツキル山地の軟水。これらローカルな素材に、日本で学んだ酒造技術を掛け合わせ、すっきりとした酸やフルーティな香りを持つ、個性豊かな酒を生み出しています。

代表的なラインナップは、シンプルに「Junmai(純米)」「Nigori(にごり)」「Nama(生)」と名付けられており、それぞれが現地の料理やカルチャーと結びつきながら日常に溶け込んでいます。こうした肩肘張らないスタイルが共感を呼び、アメリカ国内では若年層や非アジア系層にも着実に支持を広げています。

今回の日本への逆輸入は、こうした「ローカルSAKE」の哲学が、いよいよ本場日本に届いたことを意味します。

制度が縛る、日本の酒造りの未来

KATO SAKE WORKSが生み出す酒の魅力は、単なる味わいにとどまりません。小規模だからこそ可能な柔軟さと、地域密着型のアイデアをすぐに実行できるフットワークの軽さは、多くの日本の酒蔵が本来持っていたはずの姿でもあります。

ところが、日本国内では現在もなお、年間最低製造量(いわゆる最低石高)制度が足かせとなり、こうした自由な発想の酒造りを実現するのは困難です。たとえば、「家庭の裏庭で米を育て、少量を手造りする」といったごく自然な営みでさえ、法律の壁に阻まれるのです。

加えて、地元に根差した小規模なSAKEが育つには、税法や流通の制度的な緩和が欠かせません。KATO SAKE WORKSがすでに実現しているような活動が、日本国内では「制度の外」でしかできないという現実に、業界関係者からは危機感も広がっています。

このままでは、日本発祥の酒が、日本では造りにくく、海外の自由な現場でこそ伸び伸びと花開くという本末転倒な状況に陥る可能性も否定できません。

「逆輸入」時代の到来にどう向き合うか

KATO SAKE WORKSの日本上陸は、単なる輸入商品の話ではなく、新しい価値観が海の向こうからやってきたという事実そのものが持つ意味に注目すべきです。

今後、日本国内でも取扱店の拡大やレストランでの提供、オンラインショップでの流通が進めば、KSWのような自由な酒が生活に浸透していく可能性もあります。

一方で、日本の酒造制度や市場がその柔軟さを受け入れる準備ができているかが問われる時期でもあります。KSWの躍進は、日本酒業界にとって「自分たちの足元」を見直す契機になるかもしれません。

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食卓に寄り添う魚沼の新風:津南醸造「郷(GO)TERRACE」始動

2025年8月4日、新潟の酒蔵・津南醸造株式会社は、日本酒「郷(GO)TERRACE」の発売を開始しました。贈答向けの「郷(GO)GRANDCLASS 魚沼コシヒカリEdition」で培った酒造技術をもとに、より身近なシーンで楽しめる「日常酒」として開発されたのが本商品です。

シリーズ名には、『郷(GO)=地域』と『TERRACE=くつろぎの場』という2つの要素が込められており、「郷土と人々をつなぐ場所としての酒」「風土と対話する暮らしの中の酒」として位置づけられています。華やかな香りとふくよかな口当たり、さらりとした旨味を備え、気軽に楽しめる純米大吟醸として、日々の生活にやさしく寄り添う一本となっています。

コシヒカリの酒造利用がもたらす意義

今回使用された魚沼産コシヒカリは、御存じのとおり、日本有数のブランド米として長年親しまれてきました。その高い食味と安定した品質は、食卓での評価を不動のものとしています。一方、酒米としての活用はこれまで限定的であり、酒造業界では専用の酒米が多く使われてきました。

津南醸造はあえてこの高級食用米を原料とすることで、酒米不足という課題への一つのアプローチを提示しています。気候変動や農業従事者の減少が影響し、近年では酒米の栽培量も不安定になっています。そんな中で、品質の高い食用米を酒造に活用することは、酒造業界全体の米需給バランスを整える動きとしても意義があります。

食糧問題への一助としての可能性

「郷(GO)TERRACE」は、こうした酒造の革新を通じて、日本の食糧問題へのアプローチも視野に入れています。全国的に米の消費が減少する中、特に食用米の過剰在庫や価格低迷が課題となっており、農業の持続性に影を落としています。

そこで、食用米であるコシヒカリを酒造に活用する「郷(GO)TERRACE」のような取り組みは、米の新たな需要を創出する試みといえます。農家が品質の高い食用米を安定して供給できる環境を整えることで、収入確保や栽培意欲の維持につながるはずです。それは、昨今のようなコメ不足問題を緩和するでしょうし、地域経済の活性化にも寄与するでしょう。

さらに、消費者にとっても「米を飲む」という選択肢が加わることで、米文化への関心を呼び起こす一助となるかもしれません。「郷(GO)TERRACE」は、“飲む”という行為を通じて、食糧資源の新しい活用法を体験できるプロダクトとして、新たな価値を提示しています。

地域と未来をつなぐ一杯として

「郷(GO)TERRACE」は、魚沼という風土の力を借りながら、食卓と地域、消費者と生産者、そして課題と可能性とを静かにつなぎます。コシヒカリの持つ魅力を酒造の技術で引き出し、日常のひとときに寄り添うことで、米文化の再発見と再生を促します。

津南醸造の挑戦は、酒造という枠を越えた、地域と未来をつなぐものです。「郷(GO)TERRACE」のその一杯が、これからの米文化と食のあり方に、ささやかな光を灯していくかもしれません。

▶ 横ベイの提言「令和の米騒動の中で、日本酒に注目してみた。」

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【海の日に乾杯】深海の神秘が育む至高の一滴 ~海底熟成酒の歴史と進化~

今日、7月の第3月曜日は「海の日」です。海の恩恵に感謝し、海洋国家日本の繁栄を願う日ですね。近年、この広大な海の神秘的な力を借りて、日本酒を熟成させるという、ロマンあふれる取り組みが注目を集めています。それが「海底熟成酒」です。静寂な深海でゆっくりと時を重ねることで、通常の熟成酒とは一線を画す、まろやかで奥深い味わいへと昇華する海底熟成酒の魅力に迫ります。

海底熟成酒、そのロマンの始まり

海底熟成の概念自体は、決して新しいものではありません。古くは沈没船から引き揚げられたワインが、陸上保管のものよりも格段に美味しいと評判になったエピソードが、その効果を裏付けるかのように語り継がれてきました。特に、2010年にバルト海の海底で発見された1840年代のシャンパンは、170年以上の時を超えてもなお、その品質を保ち、専門家を驚かせたのです。この「沈没船ワイン」の発見が、意識的な海底熟成への関心を高めるきっかけの一つとなったと言えるでしょう。

日本酒における海底熟成の歴史は、比較的近年になって本格化しました。その先駆けとなったのは、古酒を深く探求する長期熟成日本酒Bar「酒茶論」が、2013年に立ち上げた「海中熟成酒プロジェクト」のような取り組みが挙げられます。現在では全国へと波及し、太平洋・日本海・瀬戸内海など、様々な海域での海底熟成酒が誕生しています。

なぜ海底なのか? 深海の恵みがもたらす変化

では、なぜ深海が日本酒の熟成に適しているのでしょうか。その理由は、陸上では再現が難しい独特の環境にあるのです。

第一に挙げられるのが「安定した水温」です。水深が深くなるほど、年間を通して水温の変化が少なく、一定の温度を保つことができます。日本酒の熟成において、温度変化は品質に悪影響を及ぼす要因の一つとされており、安定した環境は均一な熟成を促します。

次に、「適度な水圧」も重要な要素です。水深数十メートルにも及ぶ海底では、想像以上の水圧がかかります。この高圧環境が、酒質にどのような影響を与えるのかはまだ完全に解明されていない部分も多いのですが、分子レベルでの変化を促し、よりまろやかで複雑な酒質を形成すると考えられています。

そして、「完全な暗闇」も欠かせません。光は日本酒の劣化を早める天敵です。特に紫外線は酒中の成分と反応し、不快な「日光臭」を発生させる原因となります。光が一切届かない深海は、酒の品質を健全に保ち、熟成を促進するための理想的な環境と言えるでしょう。

さらに、「微細な揺れ」も熟成に良い影響を与えている可能性が指摘されています。海底では、潮の流れや波浪によるごく僅かな揺れが常に存在するのです。この微細な振動が、酒中の分子の結合や分解を促進し、より滑らかな口当たりや、複雑な香りを引き出すという見方もあります。

これらの複合的な要因が、海底熟成酒に特有のまろやかさ、深み、そして熟成香をもたらすと考えられています。

海底熟成酒の現状と未来

現在、海底熟成酒に取り組む蔵元は全国に広がりを見せています。古酒で有名な岐阜県の「達磨正宗」(白木恒助商店)など、各地の銘酒が深海での眠りを経て新たな個性を獲得しているのです。

熟成期間も様々で、数か月から数年、中には10年以上の長期熟成を目指すプロジェクトも進行中です。引き上げられた海底熟成酒は、その希少性とユニークなストーリー性から、贈答品や記念品としても高い人気を博しています。

一方で、海底熟成には課題も存在します。海底環境への影響、容器の耐久性、引き上げ作業のコストなど、克服すべき点は少なくありません。しかし、これらの課題をクリアし、より持続可能な形で海底熟成に取り組むための研究開発も進められているのです。また、海底熟成されたお酒の品質評価や、熟成メカニズムの科学的な解明も今後の重要なテーマとなるでしょう。

海の日を迎え、改めて海の恵みに思いを馳せる時、深海で静かに熟成の時を待つ日本酒に、私たちは無限のロマンと可能性を感じます。海底熟成酒は、単なるお酒という枠を超え、海洋国家日本の新たな文化、そして未来への希望を象徴する存在となりつつあります。深海の神秘が育む至高の一滴は、これからも私たちに驚きと感動を与え続けてくれることでしょう。

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日本酒が拓く未来:米不足時代の「食料バッファー」としての可能性

近年、地球規模で食料問題が深刻化の一途を辿っています。気候変動による異常気象、紛争、人口増加、そして土地利用の変化などが複雑に絡み合い、食料生産の不安定性が増しています。特に、アジア圏の主食である米は、その安定供給が喫緊の課題であり、将来的な不足も懸念されています。このような状況下で、一見すると嗜好品に過ぎない日本酒が、実は米不足問題に対する重要な「食料バッファー」としての可能性を秘めている、という大胆な視点が注目されています。

この視点の根幹にあるのは、「米」という共通の資源です。日本酒は、米を原料とする醸造酒であり、その製造過程で精米され、残った米糠が利用されるなど、米の多様な活用を可能にしています。食料危機に直面した際、日本酒の生産量を調整することで、余剰となった米を食料として転用する、あるいは日本酒製造に不向きな米を加工利用するといった柔軟な対応が期待できるのです。

具体的に、どのようなメカニズムで日本酒がバッファーとなり得るのでしょうか。まず挙げられるのは、「緊急時の米の転用可能性」です。現在、日本酒の製造には「山田錦」や「五百万石」といった酒造好適米と呼ばれる特定の品種が主に用いられています。これらの酒造好適米は、食用米とは異なる特性を持ち、日本酒の品質を追求するために最適化されています。しかし、食料危機に際しては、酒造好適米を緊急に食用に回すという発想よりも、コシヒカリやあきたこまちといった、普段から私たちが食している食用米を、将来的に酒造用にも転用可能な形で計画的に生産しておくというアプローチが現実的かつ持続的です。

実は、現在でも「コシヒカリ」や「あきたこまち」などの食用米を用いて造られた日本酒は数多く存在し、その多様な味わいや地域ごとの特色が評価され、国内外の品評会で高い評価を得る銘柄も少なくありません。食用米は、酒造好適米に比べてタンパク質含有量が高く、日本酒造りにおいては雑味につながるとされる傾向にありますが、精米歩合の調整や、近年進化する醸造技術によって、食用米でも十分に高品質な日本酒を醸すことが可能になっています。この現状は、緊急時に食用米を日本酒原料として転用する際の技術的なハードルが、決して越えられないものではないことを示唆しています。

しかし、足元の状況は深刻さを増しています。今年の米不足問題は、すでに酒米の作付面積にも影響を及ぼし始めており、多くの酒蔵が原料米の確保に大きな問題を抱えています酒造好適米には、食用米の価格高騰や需要増によって、相対的に作付が減少したり、確保が難しくなったりする可能性が存在するのです。これは、今年の酒造りに大きな制約を課すだけでなく、将来的な日本酒の生産体制にも影を落としかねません。こうした状況だからこそ、前述したような「食料バッファー」としての役割が、より切実に求められるのです。

日本酒のヴィンテージ市場がもたらす多角的メリット

この食料バッファーとしての役割をさらに強化し、日本酒産業全体の持続可能性を高める上で極めて有用なのが、ワインのようなヴィンテージ市場の創出です。現在の日本酒は、基本的に「新酒」としてフレッシュな状態で消費されることが多く、長期熟成を前提とした市場は限定的です。しかし、一部の酒蔵では長期熟成酒(古酒)の可能性を探り、熟成による複雑な味わいや香りの変化を追求しています。

ワインのヴィンテージ市場は、年代物の希少性や品質の向上によって、高い付加価値を生み出しています。日本酒も同様に、特定の年に生産された「ヴィンテージ酒」として価値が認められれば、以下のような多角的なメリットが生まれます。

1.米の備蓄機能の強化: ヴィンテージ市場が確立されれば、酒蔵は「将来のヴィンテージ酒」として日本酒を熟成させるため、平時に余剰となった米を積極的に活用し、日本酒としてストックできます。これは、単なる「飲む」ためだけでなく、「価値を貯蔵する」ための日本酒生産を可能にし、結果的に米の利用方法に柔軟性を生み出します。もし米が不足する事態になれば、日本酒に回す予定だった米を食料に転用しても、後年挽回することも可能となるでしょう。

2.価格の安定化と付加価値向上: ヴィンテージ市場は、希少性や熟成による品質向上を評価するため、日本酒の価格を安定させ、さらには高める効果が期待できます。これにより、酒蔵の経営はより安定し、米農家への安定した支払いも可能になります。

この考え方をさらに進めると、平時から食用米の一部を「酒造用予備米」として位置づけ、生産計画に組み込むことが有効です。例えば、豊作で米が余剰となる年には、その一部を日本酒の原料として積極的に活用し、酒蔵に安定供給することで、米の供給過剰による価格下落を防ぎ、農業者の経営を安定させます。そして、もし不作や有事によって米が不足した場合には、この「酒造用予備米」として生産された食用米を、速やかに食料供給に回すことで、食料不足の緩和に貢献できるのです。

制度整備と世界的な人気が後押し

このような柔軟な転用を可能にするためには、現行の法制度や流通システムの見直しが必要です。具体的には、非常時における米の用途転換をスムーズに行うための制度設計や、食用米を日本酒原料として流通させる際の品質基準・価格設定に関する指針などが求められます。これにより、平時においては多様な米の活用を促しつつ、有事には迅速かつ効率的に食料供給へとシフトできる体制を構築できます。これは、緊急時に備えた備蓄米の役割を、日本酒という形で間接的に担うことができることを意味します。

そして、この食料バッファーとしての役割やヴィンテージ市場の確立を後押しする可能性があるのが、世界的な日本酒人気の拡大です。近年、日本酒は海外で「SAKE」として認知度を高め、輸出額も増加の一途を辿っています(一時的な変動はあるものの、長期的なトレンドは上昇傾向)。海外での需要が安定していれば、たとえ国内で米の供給に問題が生じたとしても、酒造用として生産された食用米の需要が一定程度確保されることになります。これにより、米農家は安定した生産を続けることができ、ひいては食料安全保障の観点からもメリットが生まれるでしょう。

まとめ

日本酒は単なる嗜好品ではなく、米という基幹食料を巡る将来の課題に対して、多様な解決策を提供する潜在能力を秘めていると言えます。食料安全保障という観点から見れば、日本酒は、平時には農業の維持と米の消費拡大に貢献し、有事には米の供給量を柔軟に調整できる「食料バッファー」として機能する可能性を秘めています。このユニークな役割を認識し、適切な政策と技術開発、食用米を酒造用予備米として位置づけ、その転用を可能にする柔軟な制度の整備を進め、さらにはワインのようなヴィンテージ市場を確立することで、日本酒は、未来の食料問題解決に貢献する新たな道を切り拓くことができるでしょう。それは、私たちの食卓と、地球の未来を守るための、重要な一歩となるはずです。

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