吟醸酒の夜明けから半世紀──黒龍酒造「龍」五十周年記念酒、発売へ

福井県の黒龍酒造の名酒「黒龍 大吟醸 龍」の発売50周年を記念した特別酒が、9月下旬から発売の運びとなりました。1975年に誕生した「龍」は、当時の日本酒業界に大きな衝撃を与え、以降の吟醸酒文化の礎を築いた革新の一杯です。その節目にあたる今年、蔵元の技術と美意識が結集した記念酒が登場し、酒文化の進化を静かに物語ろうとしています。

「龍」が切り拓いた吟醸酒の夜明け──革新と美意識のはじまり

「龍」が初めて世に出たのは、「吟醸酒」がまだ一般に流通していなかった時代でした。当時、大吟醸酒は品評会用に造られる特別な酒であり、蔵の技術力を示す象徴的存在でした。市販されることはほとんどなく、一般消費者が口にする機会は限られていたのです。そんな中、黒龍酒造の七代目蔵元・水野正人氏は、フランスで学んだワインの熟成技術を日本酒に応用し、「龍」を市販化。これは全国に先駆ける試みであり、日本酒の価値観を根底から揺さぶる出来事でした。

この挑戦は、単なる商品開発にとどまらず、日本酒の“飲み方”や“楽しみ方”に新たな視点をもたらしました。香り高く、繊細で、食中酒としても映える吟醸酒は、従来の濃醇な酒とは異なる魅力を持ち、都市部の若い世代や女性層にも受け入れられるようになります。黒龍酒造はこの流れを牽引し、「吟醸蔵」としてのブランドを確立。以降、全国の酒蔵が吟醸酒の市販化に乗り出し、1990年代には“吟醸ブーム”と呼ばれる現象を巻き起こしました。

半世紀の熟成美──「龍」五十周年記念酒に込められた技と美意識

今回発売される「龍 五十周年記念酒」は、2020年に醸造された原酒を、蔵に培われてきた低温熟成技術で5年間じっくりと寝かせたもの。香りは蜜リンゴやミラベル、ユリのアロマに加え、フェンネルや鳳凰単叢の茶葉を思わせる複雑なニュアンスが重なり、まろやかでシルキーな口当たりが特徴です。まさに、半世紀にわたる熟成と探求の集大成と言えるでしょう。

パッケージにも黒龍らしい美意識が宿ります。発売当初は酒袋をラベル地に使用し、現在は地元・福井の越前織を採用。黒と金を基調とした意匠は、節目にふさわしい気品と重厚感を備えています。こうした“纏う美”へのこだわりも、黒龍が日本酒を文化として捉えてきた姿勢の表れです。

むすびに

「龍」の登場から50年。その一杯が切り開いた道は、今や日本酒の多様性と国際的評価へとつながっています。記念酒は、単なる周年商品ではなく、日本酒の可能性を信じて挑戦を続けてきた蔵元の哲学を体現する存在です。そして、これからの50年を見据える一歩でもあります。

この酒を口にすることは、過去と未来を味わうこと。黒龍酒造の「龍」は、今もなお、日本酒の進化を静かに導いているのです。

▶ 黒龍|歴史を塗り替えていく酒蔵の挑戦。大吟醸酒はここに生まれた

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【Kura Master 2025】「雁木 純米大吟醸 鶺鴒」がプレジデント賞受賞|国際舞台で示した日本酒の新たな可能性

2025年9月24日、在フランス日本国大使公邸にて開催された Kura Master 2025 の授賞式で、日本酒部門の最高賞「プレジデント賞」が発表されました。その栄冠に輝いたのは、山口県・八百新酒造が醸す 「雁木 純米大吟醸 鶺鴒」 でした。

Kura Master とは

Kura Master は、フランス人を中心としたソムリエやワイン関係者、料理・飲食関係者らが審査員を務め、日本酒と料理とのマリアージュ性を重視する観点で選定を行う国際的な日本酒コンクールです。各部門のプラチナ賞から選出される審査員賞を経て、その中から1本に与えられる最高の栄誉がプレジデント賞であり、単なる酒質評価を超えて、国際舞台で「最も強く訴求力をもつ酒」としての総合的評価が問われます。

プレジデント賞受賞酒の評価

今回、「雁木 純米大吟醸 鶺鴒」が選ばれたことには、いくつかの象徴的意味合いを読み取ることができます。

まず、審査委員長グザビエ・チュイザ氏は、この酒の「輝きや光沢、鼻や口に広がる煌めき」「力強いエネルギー」に深い感動があったとコメントしました。さらに「爽やかさ」「飲みやすさ」「喉を潤すような味わい」を高く評価し、魚介類・海産物、また、地中海料理やセビーチェなど国際料理との相性も強調しています。これらの言葉から読み取れるのは、海外の食文化や国際的なテーブルにおいても自然に受け入れられる「調和力と存在感」を備えている酒という評価です。

特に印象的なのは、「喉を潤すような心地よさ」「爽やかな風味」が繰り返し言及されている点です。これは、香りや複雑性を追求するあまり“構えすぎず”、飲み手にストレスなく入ってくる飲み口を重視した造りであることを示唆します。国際舞台での審査で高評価を得る酒には、華やかさだけでなく、飲み継ぎやすさ・汎用性が必須要素となるため、このバランス感覚を兼ね備えた点こそが、最高賞に選ばれた大きな理由の一つでしょう。

また、Kura Master は「フードペアリング」を重要視するコンクールであり、この酒が料理と共鳴する力を持つことが最終的な選考ポイントとなります。「雁木」というブランドには船着場の意味があり、人と料理の橋渡し役であるかのような響きがあります。「おしえ鳥」とも呼ばれる「鶺鴒」の銘は、まさにこれを示唆するものです。

そして、この受賞は、八百新酒造という蔵の長年の酒造技術・個性への鍛錬が、国際舞台で認知されたという成果でもあります。「雁木」は、日本国内ではすでにかなりの知名度を誇る日本酒となっていますが、それが、世界の食文化と接点を持つ場で選ばれるということは、日本酒界のグローバル化を象徴する出来事であるとも言えます。

今回の授賞式は、在仏日本大使公邸という格式高い場で行われ、名だたるソムリエや料理関係者ら約100名が集う中で、受賞酒の表彰とともにそのストーリー性や表現性も語られました。その意味で、単なる品質の勝利を超えて、日本酒という文化の「世界への伝達力」を試す場において、雁木は最も強いメッセージを持つ酒として選ばれたといえるでしょう。


最後に、このプレジデント賞受賞が、山口県・八百新酒造、そして「雁木」ブランドにとって国際的な飛躍の契機となることは間違いありません。日本酒愛好家のみならず、海外の料理界・飲食界にも「雁木」という名が記憶され、やがては世界の食卓にその名を刻む存在になっていく可能性を感じさせる受賞です。

▶ 雁木 純米大吟醸 鶺鴒|Kura Master 2025 でプレジデント賞(全体1位)を獲得した日本酒

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110万円の熟成酒「梵」限定200本を抽選販売へ|ヴィンテージ日本酒市場への挑戦

福井県鯖江市の老舗酒蔵・加藤吉平商店が、日本酒の可能性を一歩先へ押し上げる挑戦を再び仕掛けています。今秋同社は、熟成大吟醸「梵・超吟 Vintage(720ml)」を、110万円で限定200本抽選販売することを発表しました。これは、国内外で“ヴィンテージ日本酒”という新しいカテゴリーを切り拓くための試みと見られています。

“梵・超吟 Vintage”とは何か

「梵・超吟 Vintage」は、酒造年度2013年の「梵・超吟」を原料とし、氷点下で 10年以上熟成 させた酒です。酒米には、兵庫県三木市の特A地区で栽培された最高品質の山田錦が使われ、精米歩合は明かされていないものの、通常の大吟醸をはるかに凌ぐ研ぎ澄まされた磨きと手間をかけていることが報じられています。

同社の加藤社長は、この商品を「世界の酒類市場をけん引するような銘柄に育てていきたい」と語っており、日本酒を“ただの飲み物”から「文化的価値」「コレクション性」を備えたヴィンテージ品として認めさせる狙いがあります。

この「梵・超吟 Vintage」が最初に発表されたのは 2024年9月 のことで、10月1日発売とされ、同じく限定約200本での提供が予告されていました。

そのときの記事によれば、発表直後から2倍以上の注文があった とされ、発売前に完売が見込まれていたとのこと。また、地元・福井県をはじめ、国内外の高級酒取扱店や富裕層をターゲットとする販路での期待が非常に高く、話題性でも大きな注目を集めました。

つまり、昨年は「告知→予約注文→完売見込み」という流れで、ヴィンテージ日本酒としての可能性を消費者も事業者も肌で感じる形でした。

2025年も同様に、限定200本を 10月以降抽選販売することが報じられています。抽選方式を採る理由には、過度な需要集中を防ぐこと、正しい価格で正しいユーザーに届けること、コレクター性や希少性を保つことなどが考えられます。

また、抽選にすることで“公平性”や“話題性”を持たせることができ、ヴィンテージ酒を持ちたいという潜在的需要を改めて掘る機会にもなるでしょう。

ヴィンテージ日本酒への足がかりとして課題と展望

このような動きは、日本酒業界における“ヴィンテージ”の概念を具体化するひとつのモデルケースです。ワインやウイスキーのように、年号・熟成年数・原料・貯蔵条件などが語られることで、味わい以上の価値が生まれ、コレクション対象や投資対象となる可能性を含みます。

「梵・超吟 Vintage」が成功すれば、以下のような波及が期待できるでしょう。

  • 他の酒蔵も“ヴィンテージライン”を模索し、熟成酒や限定酒の企画を増やす
  • 流通・販売ルートでのプレミア価格帯の確立とサポート体制が整う
  • 消費者の中で“熟成させる日本酒”という選択肢が一般化する
  • 酒イベントやオークション市場でヴィンテージ日本酒が取り上げられる機会が増える

とはいえ、こうした高価格ヴィンテージ酒には課題もあります。110万円という価格を支払える顧客層が限られること、品質の維持や熟成による品質のばらつきリスク、保存環境の確保、法律税制面での表示・課税の問題などです。

しかし、加藤吉平商店の実績を見れば、すでにそうした課題をある程度クリアした上での挑戦であることが分かります。昨年の“注文が5倍、完売見込み”という反響は、市場に“それだけの価値を認める層”が存在するという証左だからです。


110万円の「梵・超吟 Vintage」は、単なる価格のインパクト以上に、日本酒が「時間を経ることによって熟成し、香味に深みを増し、歴史を語る酒」になりうることを、消費者にも業界にも示す一石となっています。昨年の成功例を土台に、今年の抽選販売がどのような反響を呼び、ヴィンテージ日本酒という新しいカテゴリがどう広がっていくか、大いに注目されるところです。

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松茸と日本酒、日本の食文化に息づく「元祖ペアリング」

秋風が心地よくなるこの季節、日本の食卓に欠かせないのが、得も言われぬ香りを放つ松茸です。松茸ご飯、土瓶蒸し、焼き松茸…。その繊細にして芳醇な香りは、まさに日本の秋の象徴と言えるでしょう。そして、その松茸料理の傍らに静かに佇むのが、清らかな日本酒です。単なる飲み物としてではなく、松茸の味わいを究極まで引き立てる存在として、この二つの組み合わせは、古くから日本の食文化に深く根ざしてきました。

歴史が物語る、出会いの必然性

私たちは今、「フードペアリング」という言葉を当たり前のように使いますが、松茸と日本酒の組み合わせは、まさに日本における「元祖ペアリング」と呼ぶにふさわしいものです。

松茸は、縄文時代からその存在が知られ、『万葉集』にもその香りの良さを詠んだ歌が残されています。平安時代には、すでに時の権力者たちの間で珍重される高級食材でした。一方、日本酒もまた、神に捧げる神聖な飲み物として発展し、平安時代には貴族の宴席で欠かせないものでした。異なる起源を持つ両者ですが、季節の移ろいを愛でるという共通の文化の中で、自然と共演するようになりました。

特に江戸時代に入ると、庶民の間でも松茸料理を楽しむ文化が広まり、日本酒も食事と共に楽しむスタイルが定着します。この時代にはすでに、松茸の土瓶蒸しに熱燗の日本酒を合わせる、といった、現代にも通じる組み合わせが楽しまれていたようです。

では、なぜ松茸と日本酒はこれほどまでに相性が良いのでしょうか。その秘密は、両者が持つ「旨味」と「香り」の成分にあります。

松茸は、代表的な旨味成分であるグルタミン酸を豊富に含んでいます。このグルタミン酸が、松茸の香りと共に、奥深い味わいを生み出しているのです。一方、日本酒は、米のタンパク質が分解されてできた様々なアミノ酸を豊富に含んでおり、これもまた日本酒特有の旨味成分となります。

松茸と日本酒を共に味わうことは、お互いの旨味成分が相乗効果を生み出し、単体では感じられないほどの深いコクやふくらみを引き出すことに繋がります。たとえば、土瓶蒸しを味わった後に、少しぬる燗にした日本酒を口に含むと、松茸の香りが鼻腔をくすぐり、日本酒の旨味が舌に残る松茸の風味をさらに際立たせるのです。また、吟醸酒のような香りの高い日本酒は、松茸の香りを邪魔することなく、その清涼感が口内をリセットし、松茸の次のひとくちをより美味しく感じさせてくれます。

このように、松茸と日本酒の関係性は、単なる偶然ではなく、古来より日本の食文化が育んできた必然と言えるのです。秋の味覚の王様を、日本の風土が育んだ酒と共に味わう。それはまさに、日本の豊かな自然と食文化への感謝を込めた、時を超えた「元祖ペアリング」なのです。この秋、「元祖ペアリング」を通じて、日本の豊かな自然と食文化の奥深さを再認識してみたいものです。

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新時代の日本酒参入──クラフトサケメーカー編

酒造業界に参入するには免許が必要で、従来は新規蔵の取得が極めて厳格でした。よって、明治維新前に創業した酒造が大半を占め、創業100年であっても“新参者”と呼ばれる状況が続いています。

そんな中、2020年度の税制改正で「輸出用清酒製造免許制度」が創設され、輸出向けに限り、清酒製造免許の新規取得が可能になりました。また、日本酒特区では、地域振興・観光目的で、条件付きで新規蔵が免許を取得できることとなりました。クラフトサケメーカーでは、「その他の醸造酒」として参入を果たしたところもあるようです。

近年の日本酒ブームの広がりとともに、3Kとも見なされていた酒造に対する見方は大きく変わり、現在では、参入希望が若手の間にも広がっているといいます。ここ数年は、こころざしある酒造の起業もあり、固着した業界に少しづつ変化が生まれているようです。

ここでは、クラフトサケ作りなどを目的として、近年「その他の醸造酒免許」を取得した酒造をいくつかピックアップしてみます。

【その他の醸造酒免許で参入した酒造】

カヤマ醸造所

2015年に千葉県茂原市で、自分達が飲みたいお酒を造りたいとの思いから、どぶろく製造をはじめました。「純米発泡濁酒かやま」などを製造しています。

WAKAZE

2018年に東京三軒茶屋で創業。世界でSAKEが造られ飲まれる世界の実現を目指し、フランスとアメリカを含めた3拠点で展開しています。今夏、スパークリングSAKE「SummerFall」は、アメリカから日本へと人気が広がりました。

木花之醸造所

2020年に東京浅草でどぶろく製造を始めました。「ハナグモリ」という商品があります。

LIBROM Craft Sake Brewery

2020年、福岡市に設立されました。「自由な醸造スタイルで酒造りにロマンを」をコンセプトにして、全国で「LIBROM」ブランドを展開しています。

haccoba

2020年に、福島県南相馬市で創業。酒造りを通じて、原発事故で被災した地域を再生する目的を掲げています。どぶろく文化を現代的に再解釈し、花酛製法などを活用しているところに特徴があります。「はなうたホップス」などの商品が出ています。

稲とアガベ

2021年に、秋田県男鹿市で「男鹿の風土を醸す」を掲げて創業。日本酒の可能性を広げるために「交酒」に取り組んでいます。

LAGOON BREWERY

2021年に「感激できる、多様なおいしさ」をモットーにして、新潟市の福島潟湖畔に設立。国内ではクラフトサケ「翔空」を展開。輸出用に本格的な日本酒も手掛けています。

ハッピー太郎醸造所

2022年に、滋賀県長浜市でどぶろく製造を開始。もとは麹屋で、完熟糀を使用した「ハッピーどぶろく」などを商品化しています。

足立農醸

2023年に、大阪府高槻市に団地内マイクロ酒蔵が完成。八戸酒造で修業の後、2021年に足立農醸を設立し、農業から手掛けています。「世界へ日本酒文化を伝える」という目的を掲げ、クラフトサケ「MIYOI」が生み出されました。

でじま芳扇堂

2023年、長崎市出島に「風土の景色を表現する」を掲げてどぶろく醸造を開始。「芳扇」などを商品化しています。

平六醸造

2024年、岩手県紫波郡紫波町にかつてあった酒蔵を、クラフトサケ醸造所として復活させました。代表は、菊の司酒造の経営に関わっていた人物で、大きな実績を積んでいます。「平六醸造」の銘が入った商品が出ています。

Sake Underground

2024年、兵庫県南あわじ市で、長慶寺農園の農園主が、生酛造りでのどぶろく醸造を開始。「菩提泉 長慶寺」などを醸す。

ぷくぷく醸造

2022年にファントムブルワリーとして設立されたぷくぷく醸造は、2024年に福島県南相馬市でクラフトサケづくりを始めました。「ぷくぷくホップ」などが商品化されています。

日本酒は二日酔いがひどい?自然食研調査が示す業界の課題

健康食品メーカー・自然食研が行った調査によると、複数のアルコール飲料の中で「日本酒が最も二日酔いになりやすい」と感じる人が多いという結果が出ました。ビールやワイン、焼酎と比べても、日本酒を飲んだ翌日の体調不良を訴える割合が高かったことは、日本酒業界にとって看過できない指摘です。なぜこのような結果になったのか、そして今後どのような対応が求められるのでしょうか。

▶ 『お酒での失敗経験』がある人は7割超え!?二日酔いがひどかったお酒ランキングも発表!医師に聞く、二日酔いの原因とは…

二日酔いの原因と、業界に求められる新しいアプローチ

まず原因として考えられるのは、日本酒に含まれる成分と飲まれ方の特徴です。日本酒はアルコール度数が平均14~16%と、ビールより高く、ワインと同等以上です。にもかかわらず飲み口が柔らかく、甘味や旨味が豊かなため、つい飲みすぎてしまう傾向があります。結果として、アルコール総量の摂取が多くなりやすく、翌日の負担が大きくなるのです。

また、日本酒は発酵過程でアミノ酸や糖分を多く含みます。これらは味わいの奥行きを生む一方で、体内での代謝負担を増やし、二日酔いの原因物質であるアセトアルデヒドの分解を遅らせる可能性があります。さらに一部の銘柄では添加される醸造アルコールや副成分が、体調に影響を及ぼす要因となっていると考えられます。

この調査結果は、日本酒業界にとってイメージ面のリスクを孕みます。せっかく国内外で「和食ブーム」「クラフトサケ人気」が高まっている中で、「日本酒=二日酔いしやすい」という印象が広がれば、消費拡大の足かせとなりかねません。とりわけ若年層や女性層は、健康志向や翌日のパフォーマンスを重視するため、飲みやすく翌日に響きにくい酒類を選ぶ傾向があります。日本酒がその選択肢から外されてしまう可能性も否定できません。

では、これからの日本酒業界はどう対応すべきでしょうか。第一に、アルコール度数を抑えた「ライト日本酒」のカテゴライズ化が重要です。実際、最近では8~12%程度の低アルコール清酒や、発泡タイプの日本酒が若い世代に支持され始めています。二日酔いを軽減する設計の酒は、今後の市場拡大に資するはずです。

第二に、飲み方の提案も欠かせません。適量を守ることはもちろん、チェイサー(水割りや炭酸割り)を組み合わせるスタイルを広めることは、消費者に優しい啓蒙活動となります。欧米ではワインと水を一緒に楽しむ文化が根付いていますが、日本酒でも同様の習慣を定着させれば、翌日への負担軽減につながります。

第三に、成分や製造方法の透明化です。糖分やアミノ酸度の高い酒が二日酔いの一因となり得るのであれば、分析値や飲み方の目安を分かりやすく表示することが信頼につながります。健康や生活の質に配慮した酒造りを打ち出すことは、時代の要請といえるでしょう。

自然食研の調査は、日本酒業界にとって一見ネガティブなニュースに映りますが、逆に消費者のニーズを知る貴重な機会でもあります。美味しさを追求するだけでなく、翌日の健やかさまで考慮した日本酒が求められているのです。今後、日本酒が世界に誇れる国酒として持続的に愛され続けるためには、「飲んで楽しい、翌日も安心」という新たな価値軸を加えることが不可欠になってくるのではないでしょうか。

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秋酒の香りを引き立てる酒器選び──ワイングラスが切り拓く新しい日本酒体験

秋の訪れとともに登場する「ひやおろし」をはじめとした秋酒は、豊かな香りとまろやかな旨味が魅力です。そんな季節限定の一杯をより深く楽しむためには、酒器選びが欠かせません。かつては徳利とお猪口が定番でしたが、近年はワイングラスで日本酒を味わうスタイルが広く浸透しつつあります。その背景には、香りや味わいを最大限に引き出すための器の重要性に対する理解の広がりがあります。

リーデルをはじめとしたグラスメーカーが示す“日本酒の未来”

特に注目されるのが、オーストリアの老舗グラスメーカー「リーデル」の取り組みです。同社は世界的にワイン用グラスで知られていますが、2010年代以降は日本酒専用のグラス開発にも力を入れてきました。リーデルが蔵元や酒造組合と共同で開発した「大吟醸グラス」や「純米グラス」は、酒質ごとの特徴を最大限に表現するための形状を持ち、国内外の日本酒ファンから高い評価を得ています。たとえば、大吟醸向けのグラスは縦に細長く、華やかな吟醸香を逃さず引き立てる設計。一方で純米酒向けのグラスは丸みを帯び、米の旨味や余韻を柔らかく広げるよう工夫されています。

こうした流れは、日本酒の国際化とも密接に関わっています。海外ではワイングラスで日本酒を提供するのが一般的になりつつあり、そのスタイルが逆輸入される形で日本国内にも広がりました。レストランやバーだけでなく、家庭で楽しむ際にも「お気に入りのグラスで飲む」ことを重視する人が増えています。特に若い世代やワインに親しんでいる層にとって、ワイングラスは抵抗感が少なく、日本酒の新しい入口となっているのです。

もちろん、すべての日本酒がワイングラスに合うわけではありません。燗酒として楽しむならば、陶器や磁器の器の方が味わいを深めることもあります。要は、酒質と酒器の相性を理解して選ぶことが大切なのです。吟醸酒の華やかさを堪能するならチューリップ型のグラス、熟成感のある純米酒を味わうなら広口のグラスやぐい呑み、といった具合に、飲むお酒に合わせて器を使い分けることが、より豊かな体験へとつながります。

秋酒は、夏を越えて程よく熟成した旨味と、落ち着いた香りを持つのが特徴です。こうした酒の魅力を引き立てるには、香りを受け止め、余韻を楽しませてくれるグラスの存在が欠かせません。酒造りの進化に合わせて酒器も進化し、飲み手に新しい発見をもたらしているといえるでしょう。

この秋は、徳利やお猪口だけでなく、ワイングラスを手に取ってみてはいかがでしょうか。酒器を変えるだけで、同じお酒がまるで別物のように感じられる瞬間があります。香り高い秋酒と、器が生み出す新しい出会い──それは日本酒の楽しみ方をさらに広げてくれるはずです。

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獺祭忌に寄せて──日本酒「獺祭」と俳人「正岡子規」の関係

9月19日は「獺祭忌」と呼ばれ、俳人・正岡子規の命日として知られています。子規は明治期に俳句・短歌の革新を推し進めた文学者であり、その探究心と創造性は、現代の日本酒「獺祭」にも通じるものがあります。

「獺祭」という言葉は、中国の故事「獺祭魚」に由来します。カワウソが捕らえた魚を川岸に並べる様子が、神に供物を捧げる祭祀のように見えることから名づけられました。正岡子規はこの言葉に共鳴し、自らを「獺祭書屋主人」と号しました。病床にあっても資料を枕元に積み重ね、思索を続けた子規の姿勢は、まさに獺のように知識を並べ、文学を探求する姿そのものでした。

正岡子規の精神を受け継ぐ革新の酒造り

この「獺祭」の精神を酒造りに込めたのが、山口県岩国市の株式会社獺祭です。1980年代、経営難に直面していた同社は、三代目蔵元・桜井博志氏のもとで大胆な改革に乗り出しました。従来の「杜氏の勘」に頼る酒造りから脱却し、科学的なデータ分析に基づく製造工程を導入。1992年に発売した精米歩合23%の純米大吟醸酒「獺祭」は、国内外で高い評価を受けるようになりました。

近年の獺祭は、さらなる挑戦を続けています。2023年にはニューヨーク州ハイドパークに「DASSAI BLUE SAKE BREWERY」を開設。現地の水や環境に合わせた酒造りを行い、アメリカ市場に根ざした新たな獺祭を生み出す試みが始まっています。蔵の建設には環境配慮型の最新設備が導入され、現地スタッフと日本の蔵人が協力して酒造りに取り組んでいます。

また、音楽とのコラボレーションも話題を呼んでいます。ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団のメンバーが参加する音楽を発酵タンクに聴かせた特別商品「獺祭 未来を作曲」や、作曲家・久石譲氏との共同企画など、文化的な広がりのある商品も生まれています。

さらに、獺祭は宇宙空間での酒造りにも挑戦。「獺祭MOON」と名付けられたこのプロジェクトは、将来的に月面での酒造りを目指す壮大な構想であり、2025年後半の打ち上げによる醸造試験が予定されています。


獺祭忌にあたるこの日、私たちは一杯の酒を通じて、正岡子規の文学への情熱と、旭酒造の挑戦の軌跡を思い起こすことができます。獺祭は単なる高級日本酒ではなく、文化と思想、そして未来への挑戦を内包した存在なのです。

獺祭を味わうことは、子規の精神に触れることでもあります。革新を恐れず、常に新しい価値を創造し続けるその姿勢は、今なお多くの人々に感動を与えています。文学と酒が紡ぐ物語に思いを馳せながら、獺祭忌には獺祭を傾けてみてはいかがでしょうか。

▶ 【俳句と日本酒】時を超え革新の精神で繋がる「獺祭」の物語

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新潮流──この秋、低アルコール日本酒が続々登場。大手酒造の挑戦

2025年秋、日本酒業界に新たな潮流が訪れています。月桂冠や宝酒造、大関といった大手日本酒メーカーが、相次いで低アルコール日本酒の新商品を発表し、注目を集めています。背景には、若年層を中心とした飲酒スタイルの変化や、健康志向の高まりがあります。


月桂冠は、昨年秋に発売したアルコール度数5%の「アルゴ 日本酒5.0」を、今年10月より缶タイプやスパークリング仕様で展開することを発表しました。従来の瓶タイプに加え、持ち運びやすく気軽に楽しめる缶タイプを導入することで、より幅広い層への訴求を狙います。炭酸の爽快感とフルーティな味わいが特徴で、日本酒初心者やライトユーザーにも親しみやすい設計となっています。

一方、宝酒造は「松竹梅<金色の9%>」を10月7日に発売予定です。こちらはアルコール度数9%と、一般的な日本酒よりはやや低めながら、しっかりとした飲みごたえを残した商品です。注目すべきは、アルコール度数の高さを理由に日本酒の飲用を控えていた層に向けた提案である点です。日本酒を飲みたい気分でも、翌日の予定や体調を考慮して控えるという声に応え、程よい度数と華やかな香りを両立させた新しい選択肢として登場しました。

さらに、大関は「ワンカップミニLight 100ml瓶詰」を9月22日に全国発売します。アルコール度数8%の純米酒で、100mLの飲みきりサイズが特徴です。やや甘口でバランスの取れた味わいは、和食はもちろん、サラダやカルパッチョなど幅広い料理と好相性。日本酒の旨みをしっかり残しつつ、“ほどよく酔える”という新しい飲酒スタイルを提案しています。

低アルコール日本酒登場の背景と未来

こうした低アルコール日本酒の広がりには、いくつかの社会的背景があります。まず、若年層を中心に「酔うための酒」から「楽しむための酒」への価値観のシフトが進んでいることです。Z世代やMZ世代では、アルコールを控えつつも食事や会話を楽しむスタイルが定着しつつあり、軽やかな飲み口の酒が求められるようになっているのです。

また、健康志向の高まりも見逃せません。アルコール摂取量を意識する人が増え、平日でも気軽に飲める酒へのニーズが拡大しています。さらに、日本酒のフルーティーな味わいに注目が集まり、より飲みやすい形の商品が求められるようになったのです。

この秋の新商品の投入は、伝統的なイメージから脱却し、こうした価値観に対応しようとする試みです。瓶から缶へ、晩酌から昼飲みへ、重厚から軽快へ──日本酒は今、文化的再定義の真っただ中にあります。

消費量の減少という課題に対し、酒造各社は「守るべき伝統」と「変えるべき常識」を見極めながら、未来の日本酒像を模索しています。低アルコール日本酒は、その象徴的な存在として、今後ますます重要な役割を担っていくはずです。

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オンキヨー、恋酒川越2025に出展 加振酒が切り拓く日本酒の新たな可能性

2025年9月20日、埼玉県川越市の氷川神社で開催される「恋酒川越2025」に、オーディオ機器メーカーとして知られるオンキヨー株式会社が出展することが発表されました。出展内容は、同社が独自に開発した「加振技術」を活用した日本酒、いわゆる「加振酒」です。伝統文化と先端技術の融合がテーマとなる同イベントにおいて、加振酒の登場は大きな注目を集めることが予想されます。

音の振動を酒造りに活かすオンキヨーの挑戦

オンキヨーの加振技術は、音楽の振動を特殊な装置を通じて醸造タンクに伝え、酵母や発酵環境に働きかける仕組みです。従来の“音楽を聴かせる”試みとは異なり、音波そのものを酒の熟成プロセスに活かす点が特徴です。研究の過程では、発酵中に生成される香味成分が通常よりも増加する傾向が確認されており、バナナの香りに似た酢酸イソアミルや、リンゴ様のカプロン酸エチルなどが強調されるケースも見られました。科学的な裏付けとともに、新たな醸造手法としての可能性が広がっています。

全国で広がる「加振酒」の輪

オンキヨーの技術はすでに複数の酒蔵で実用化され、独自のブランド展開が進んでいます。岡山県の菊池酒造「燦然 蔵リズム」、新潟県の北雪酒造「北雪 純米 加振音楽酒」、愛媛県の八木酒造部「山丹正宗 Jazz Brew」、徳島県の三芳菊酒造「純米吟醸 ワイルドサイドを歩け 音楽振動熟成」など、各蔵が音楽ジャンルや地域性を掛け合わせた商品を発表しています。さらに、北海道の国稀酒造や大阪の山野酒造も参画し、全国に「音楽と酒の融合」という新たな潮流が広がりつつあります。

特筆すべきは、京都市交響楽団とのコラボレーションにより誕生した「聚楽第 京乃響」です。交響楽団の演奏が発酵過程に加振されることで、芸術と酒造りの共演が実現しました。加振酒は単なる技術応用にとどまらず、文化や地域資源を結び付ける媒介としても存在感を増しています。

恋酒川越2025での意義

「恋酒川越」は、日本酒を通じて人と人とを結び付けることを目的とするイベントで、着物来場者への特典なども用意される華やかな催しです。そこにオンキヨーが加振酒を携えて参加することは、伝統的な日本酒の場に新しい価値観を提示する試みといえます。歴史ある川越の町並みにおいて、最先端技術で育まれた酒を体験できることは、多くの来場者に驚きと興味を与えるでしょう。

未来に向けて

加振酒は、今後さらに研究が進めば、音楽ジャンルや周波数の違いによって味わいや香りを自在にデザインする可能性があります。イベントでの体験をきっかけに、消費者が「どんな音楽で育った酒なのか」というストーリーを楽しむ時代が到来するかもしれません。

オンキヨーの出展は、日本酒が進化し続ける文化であることを強く印象付けるものです。伝統と革新が交わる「恋酒川越2025」での披露は、日本酒の未来を語る上で大きな一歩になるでしょう。

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