能登半島地震から2年――地元日本酒蔵がつないだ灯と復興への歩み

2024年元日未明に発生した能登半島地震は、最大震度7クラスの強い揺れで地域を襲い、酒造業をはじめとした地域経済に大きな爪痕を残しました。発生から2年を迎えた現在、地元の日本酒蔵は壊滅的な被害から立ち上がるべく、さまざまな形で復興の歩みを進めています。

地震発災直後、能登地方の多くの酒蔵は蔵の倒壊や設備損壊によって醸造設備が使えなくなる深刻な被害を受けました。被災した蔵は、震災当時10を超えたとされ、その多くが建物や原料の保管庫に甚大な損害を被りました。中には倉庫に眠っていた貴重な酒米を崩壊した建物の下から手作業で救出し、それを活用して再出発を図った蔵元もありました。

復興のキーワードとなったのが、地域内外の蔵元との共同醸造プロジェクトです。被災した蔵元が独自に設備を再建するまでの間、他地域の蔵に醸造を委託し、能登の味わいを途切れさせない取り組みが進められました。こうしたプロジェクトは「能登の酒を止めるな!」として全国の賛同を集め、クラウドファンディングを通じた資金調達にも成功しています。

また、被災蔵同士が連携して製品をセット販売したり、復興支援イベントに出展するなど、「飲んで応援」という形での地域外へのアピールも活発です。2025年2月には、石川県・富山県の蔵元が集結し、東京・日本橋兜町で「能登の地酒市」と銘打った応援イベントが開催され、復興の歩みを世に伝える機会となりました。

こうした取り組みとともに、能登の酒蔵を支える動きは官民を問わず広がっています。例えば、県酒造組合連合会や地元自治体が行う支援策や、災害後に加盟組合が開発した商品を通じての地域経済活性化など、被災酒蔵に対する支援インフラも整備されてきました。

一方で、復興の道のりは必ずしも平坦ではありません。震災による人口流出や労働力不足、原料となる酒米の価格高騰といった構造的な課題が根強く残っています。地元の蔵元の多くは、醸造から販売に至るまで人手を要するため、地域人口の減少は深刻な問題です。また、設備や建築資材の価格上昇により、蔵の再建費用も当初の想定を超える状況が続いています。

そのような中でも、櫻田酒造のように、震災直後に蔵を失いながらも被害の少なかった他地域に仮拠点を構え、地域の協力を得て酒造りを継続する酒造もあります。そして、伝統の継承と地元での復活を期し、今日もその準備を進めているのです。

おいしい日本酒が見つかる最新トレンドと飲み方ガイド