岡部合名会社(茨城県常陸太田市)が、茨城県産業技術イノベーションセンターと共同で「ブルーチーズに合う日本酒」を開発しました。これまでペアリングといえば、ソムリエや利酒師の経験による官能評価に大きく依存してきましたが、今回の取り組みは、科学的データを基盤に日本酒と食品の相性を導き出した点で、新しい価値を示しています。日本酒の味わいを科学的に設計するというアプローチは、業界に大きな波紋を広げる可能性があります。
ミスマッチから生まれた開発スタート
きっかけは「日本酒はチーズに合う」という一般的認識と、実際にブルーチーズを合わせた際に起こる生臭さの不調和でした。多くの蔵元や飲食店が経験則で「相性が良い」と語る一方、ブルーチーズでは思うように合わず、むしろ不快な香りが出るケースも少なくありません。岡部合名会社は、この『なぜ合わないのか』を科学的に解明するため、茨城県産業技術イノベーションセンターの協力を得て、香気成分の分析に着手しました。
分析の結果、ブルーチーズ特有の青かび由来成分と、日本酒に含まれる特定の酸やエステルが反応すると、魚介系のような生臭さを強調する可能性があることが分かりました。そこで蔵では、香りの相互作用を抑え、逆にチーズのコクを引き立てるように、酒質設計を一から再構築。香味成分を緻密にコントロールすることで、ブルーチーズの強烈な風味と調和する新たな酒を作り上げたのです。
官能評価だけでは到達できない再現性
今回の開発の大きな意義は、「美味しい」と感じる理由をデータで説明できるところにあります。
従来のペアリングは、優れた利き手による官能評価を基盤とするため、経験値の差が大きく、再現性に乏しい側面がありました。しかし科学的分析を用いれば、香り成分の相性、味覚のバランス、口中での変化まで、数値として可視化できます。これにより、どの酒質がどの食品と合うのかをロジカルに説明でき、商品開発のスピードと精度が高まります。
日本酒は近年、国際市場でワインと比較される機会が増えていますが、世界の酒類市場では科学的根拠に基づく味づくりが主流です。今回の取り組みは、日本酒が世界基準のペアリング研究に一歩踏み出した象徴的事例といえます。
今回の成功は、他の食品とのペアリング研究を加速させる可能性を持ちます。例えば、熟成肉・発酵食品・スパイス料理・ヴィーガンフードなど、従来の日本酒とは距離があるとされてきたジャンルにも科学的アプローチで挑戦できるようになります。
さらに、香気成分のデータベース化が進めば、レストランや小売店向けに「科学的マッチング表」を提供することも現実味を帯びてきます。これは、日本酒の新しいマーケティングツールとなり、ペアリングを軸にした商品開発やメニュー設計が格段に進むでしょう。
日本酒は『感性の世界』から『設計できる味』へ
岡部合名会社と茨城県産業技術イノベーションセンターの共同開発は、ただの新商品づくりにとどまらず、日本酒と食の関係性を科学的に捉えるという新たな時代の到来を示しています。官能評価に科学的エビデンスが加わることで、日本酒の可能性は大きく広がり、これまで届かなかった食品ジャンルにも手が伸びていくはずです。
感性の酒である日本酒が、科学と手を組むことでどこへ向かうのか。今回のブルーチーズ専用酒の誕生は、その未来を照らす試金石となっています。
