日本酒の新しい飲み比べ体験──「火入れ・原酒・無濾過生原酒」を同じ純米吟醸で味わう

大阪・福島の「北海道海鮮 にほんいち 福島店」で、同じ純米吟醸を『火入れ・原酒・無濾過生原酒』で飲み比べる企画が始まったというニュースが飛び込んできました。日本酒の楽しみ方に、一つの転換点を示す試みだといえます。単なる話題づくりにとどまらず、日本酒の理解を一段深める入口として、非常に示唆に富んだニュースです。


従来、飲食店で提供されてきた日本酒の飲み比べは、蔵や銘柄ごとの個性を比較するスタイルが主流でした。たとえば、同じ純米吟醸でも「淡麗辛口の新潟酒」と「芳醇旨口の山形酒」を並べ、地域性や蔵の設計思想の違いを楽しむ。これは日本酒の多様性を伝える上で分かりやすく、入門編としても優れた手法でした。

次の段階として広がったのが、同一銘柄での比較です。同じブランドの中で、精米歩合の違いによる味わいの変化や、山田錦と五百万石といった酒米の違いを飲み比べる企画が増えてきました。これは、原料や設計条件が酒質に与える影響を体感できる点で、より踏み込んだ楽しみ方といえます。

しかし今回の企画がユニークなのは、比較軸をさらに「製造工程」に寄せている点です。火入れの有無、加水の有無、濾過の有無という、いわば仕上げの工程の違いだけを切り出し、同じ純米吟醸で並べる。これにより、香りの立ち方、口当たりの太さ、余韻の輪郭といった違いが、驚くほど明確に浮かび上がります。原酒の力強さ、無濾過生原酒の躍動感、火入れ酒の落ち着きと安定感。それぞれが「別物」に感じられる体験は、日本酒の構造そのものを理解する助けになります。

ここで重要なのは、飲み比べには多様な比較要素が存在するという事実です。ブランド、地域、酒米、精米歩合、酵母、製法、そして今回のような火入れ・原酒・濾過の違い。これらを整理し、「何を比べているのか」を意識的に提示することで、日本酒の奥深さはより立体的に伝わります。

この企画は、専門知識を一方的に語るのではなく、体験を通じて理解を促す点に価値があります。飲み手は難しい言葉を知らなくても、「工程が変わると、こんなに印象が変わるのか」と実感できます。それは、日本酒を『分かる人の酒』から、『体験で分かる酒』へと開いていく動きでもあります。

「北海道海鮮 にほんいち 福島店」の試みは、飲食店が担える日本酒教育の一つの理想形といえるでしょう。比較軸を整理し、提示の仕方を工夫することで、日本酒の魅力はまだまだ深く、そして面白く伝えられる。その可能性を示した今回のニュースは、今後の日本酒シーンに小さくない影響を与えるはずです。

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両国駅「おでんで熱燗ステーション」開催~おでんと熱燗の歴史から読み解く日本酒文化

寒さが身にしみる季節、東京・JR両国駅の『幻の3番線ホーム』がまた冬の風物詩に彩られています。2026年1月29日(木)から2月1日(日)までの期間限定で、駅構内に 「おでんで熱燗ステーション」 がオープンしました。赤ちょうちんにこたつ席、熱々のおでんと全国から集まった熱燗の数々――昭和の大衆居酒屋を思わせる空間が、普段は入ることができないホームに出現しています。

このイベントは、 全国燗酒コンテスト2025 で入賞した銘柄を中心に、日本各地の酒蔵が選りすぐりの熱燗を提供することを目的としています。参加者は前売りチケット(3,500円)で おでん一人前、チーちくⓇ、ぐい呑み、日本酒試飲10杯分 を楽しむことができ、60分ごとの入れ替え制でさまざまな味覚の組み合わせを堪能できます。

おでんと日本酒――冬の定番コンビのルーツ

日本酒とおでんという組み合わせは、単なる冬の定番を越えた、 長い歴史と文化的背景 を持つペアです。

そもそも日本酒は、奈良・平安時代から神事や祝宴で楽しまれ、江戸時代には町人文化とともに幅広い層に広まっていきました。延喜式(平安時代中期)には「温酒器(おんしゅき)」や「銀瓶(ぎんぴょう)」といった酒を温めるための道具についての記述もあり、寒い季節に酒を温める風習は早くから日本人の間に定着していたことが知られています。

さらに江戸時代には、 温めた日本酒を一年を通じて楽しむ文化が一般化し、専門の酒温め役「お燗番(おかんばん)」が存在した とされます。この時代には、温め方や温度による風味の違いを楽しむ嗜みが発展し、庶民の暮らしに深く根付いていたことも知られています。

おでんの起源については、室町時代の「豆腐田楽」にあるとする説が有力です。「田楽(でんがく)」に宮中言葉の「お」をつけて「おでん」となり、江戸時代になると、串刺しスタイルなど、ファストフードスタイルが定着して町民の間で大人気となりました。

ところで、日本酒とおでんの組み合わせの妙は、 味わいの相互補完性 にあります。だしが効いたおでんの旨味は、温められた日本酒と非常によく合い、酒の甘味や香りを引き立てるのです。また、温かい料理と酒のぬくもりが体を芯から温めるため、厳しい冬の夜にふさわしい組み合わせとなりました。

幻のホームで味わう非日常の体験

「おでんで熱燗ステーション」は、こうした日本酒とおでんの歴史的な結びつきを体験として具現化したイベントとも言えます。1972年に総武快速線が開通したことにより廃止され、普段は立ち入ることができなくなった 『幻の3番線ホーム』 を特別に開放し、昭和レトロな雰囲気のなかで味わうこのスタイルは、単なる試飲会以上の文化体験です。ホームにこたつが配置され、赤ちょうちんの下で列車の往来を感じながらいただく一杯は、まるで時代を越えた旅に出たかのようなひとときを演出します。

提供される熱燗は、すべて全国燗酒コンテスト入賞酒。燗酒の多様な味わいを知ることができる点も、本イベントの魅力です。温度によって風味が変化する日本酒の奥深さに触れ、素材の味を引き出すおでんとの相性を楽しむことで、改めて日本の食文化の豊かさを実感できる企画となっています。

また、参加者には日本酒の知識を持つスタッフによる解説もあり、初心者でも気軽に熱燗の世界に親しむことができる企画です。駅という日常の空間が、一夜限りの『大衆文化の祭典』として変貌するこのイベントは、冬の東京における新たな人気スポットとなっています。

冬の日本酒文化を体感

イベント期間中、予約は早々に埋まるほどの人気で、「昭和レトロ」「おでん×日本酒の相性」への再評価の声も多く聞かれます。おでんと熱燗という日本の冬の定番を、伝統と遊び心を交えて体験できるこの催しは、改めて 日本酒文化の奥深さと親しみやすさ を感じさせます。

寒さが続くこの季節、こたつで味わうおでんと熱燗の組み合わせは、体を温めるだけでなく、日本の歴史と文化を感じるひとときとして、多くの人々を魅了しています。

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今年はやけに目にする? Xで増える「うすにごり生酒」投稿の背景を探る

このところX(旧Twitter)上で、「うすにごり生酒」に言及する投稿が目立つようになっています。銘柄名を伴う具体的な感想から、写真中心のライトな投稿まで、その表現の幅は広がっており、単なる季節商品の紹介を超えた存在感を示しつつあります。

まず、現在多く見られる投稿の形として挙げられるのが、「開栓直後の写真+一言コメント」というスタイルです。グラスに注いだ際の淡い白濁や、瓶底にうっすらと残る澱を写した写真に、「今年もこの季節が来た」「まずは澱を混ぜずに一杯」といった短文を添える投稿が増えています。専門的な解説はなくとも、季節感や体験の共有が前面に出ている点が特徴です。

次に目立つのが、味わいの変化を時系列で伝える投稿です。「初日はシャープ、二日目は旨味が前に出る」「澱を混ぜた途端、印象が変わる」といった表現は、うすにごり生酒ならではの可変性を端的に伝えています。これは従来の「スペック重視」の投稿とは異なり、飲み手の感覚を軸にした語り口であり、共感を呼びやすい形式と言えるでしょう。

こうした動きは、突然生まれたものではありません。昨年、あるいはそれ以前を振り返ると、うすにごり生酒はすでに多くの酒蔵が毎年のようにリリースしてきた定番の季節酒でした。ただし、その話題性は主に専門店や愛好家の間にとどまり、「知っている人が楽しむ酒」という位置づけが強かったのが実情です。投稿内容も、銘柄名や酒米、酵母といった情報を整理するものが中心でした。

転機となったのは、ここ1~2年で進んだ日本酒の情報発信の変化です。詳細なレビューよりも、「飲んで楽しい」「今しか飲めない」という体験価値が重視されるようになり、その文脈で、うすにごり生酒の持つフレッシュさや季節性が再評価されてきました。今年は特に、新酒シーズン全体への関心の高まりと重なり、投稿数が一段増えた印象があります。

さらに、うすにごり生酒は視覚的にもXと相性が良い酒質です。完全なにごり酒ほど重くなく、透明酒ほど地味でもない。その中間的な見た目は写真映えしやすく、「説明しなくても伝わる」強みを持っています。結果として、必ずしも日本酒に詳しくない層の投稿にも登場しやすくなっています。

今後の可能性を考えると、うすにごり生酒は「季節の日本酒」としての役割を強めていくと考えられます。「新酒」としてよりも、淡雪や霞をイメージさせるその酒質を春の到来を告げるものとしてアピールすれば、「夏酒」や「ひやおろし」のように、毎年の風物詩的な存在になるかもしれません。また、澱を混ぜる・混ぜないといった飲み手の選択が語りやすいため、今後もSNS上での体験共有が続くでしょう。

一方で、話題性が高まるほど、品質管理や提供方法への理解も重要になります。生酒であるがゆえの取り扱いの難しさを、酒蔵や酒販店がどう伝えていくかは、今後の信頼形成に直結します。

総じて、「うすにごり生酒」は今年に入って突然脚光を浴びた存在ではなく、これまで積み重ねられてきた酒質と季節文化が、SNSという場で可視化された結果と言えます。その流れが一過性のブームに終わるのか、あるいは日本酒の楽しみ方の一つとして定着するのか。今後の発信と受け取られ方が、静かに試されている段階にあると言えるでしょう。

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セントレア「空乃酒蔵」の現在地~空港発・日本酒発信拠点としての成熟と次の段階

中部国際空港セントレアと、愛知・岐阜・三重の三県を代表する酒蔵が協働したオリジナル日本酒「空乃酒蔵 限定酒」第4弾が、2026年1月に発売されました。本企画は、単なる空港限定商品の枠を超え、空港という非日常空間を舞台に日本酒文化を発信する取り組みとして、着実に進化を続けています。今回の限定酒発売は、「空乃酒蔵」が現在どのような立ち位置にあるのかを考えるうえで、象徴的な出来事と言えるでしょう。

空乃酒蔵は、2020年にセントレアの国際線エリアに誕生した日本酒専門免税店です。「空から日本酒文化を世界へ」というコンセプトのもと、東海三県を中心とした酒造の酒を集め、訪日客・出国客に向けて発信してきました。開業当初は『日本酒が並ぶ免税店』という存在自体が新鮮でしたが、近年はその役割が明確に深化しています。

今回発売された第4弾限定酒の大きな特徴は、セントレア免税店のスタッフが実際に酒蔵を訪れ、仕込み工程に参加した点にあります。これは単なる監修やラベルコラボではなく、「売り手が造りに関わる」という踏み込んだ関係性を築いたことを意味します。酒造りの現場を理解したうえで商品を届ける姿勢は、空乃酒蔵が単なる販売拠点ではなく、編集者や伝え手としての役割を担い始めていることを示しています。

さらに、シリーズ初となる生酒の投入も見逃せません。免税店という特性上、保存性や輸送を考慮した火入れ酒が中心になりがちな中で、生酒を限定的に扱う判断は、品質管理体制と販売オペレーションへの自信の表れと考えられます。これは、空乃酒蔵が「空港でも本物の日本酒体験ができる」という段階に到達した証しでもあります。

こうした動きから見えてくるのは、空乃酒蔵が「地域酒蔵のショーケース」から、「地域と世界をつなぐハブ」へと役割を変えつつある姿です。東海三県という地理的背景に、空港という国際的な接点で物語性を付与し、日本酒を『体験』として届ける――その試みは、インバウンド回復後を見据えた文化発信型の酒販モデルとしても注目に値します。

一方で、空乃酒蔵が今後直面する課題も見えてきます。限定性や物語性が強まるほど、継続的なラインナップとのバランスや、リピーターに向けた次の提案が重要になります。また、海外市場を意識するならば、味わいだけでなく、背景や価値をどう翻訳し、伝えるかも問われるでしょう。

今回の限定酒は、完成形というよりも、空乃酒蔵が次の段階に進んだことを示す通過点といえます。空港という場所性を最大限に活かし、日本酒文化を立体的に伝える存在へ――第4弾限定酒は、空乃酒蔵が「販売拠点」から「文化装置」へと変貌しつつある現在地を、静かに、しかし確かに示しているのです。

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日本酒の新しい可能性「探しに行く酒」

黒龍酒造の水野直人社長が語った「探しに行く酒」という言葉が、日本酒業界の中で静かな注目を集めています。この表現は、単に希少な酒を求めて酒販店を巡るという意味ではなく、味わいの奥にある蔵の個性や歴史、造り手の思想を『探しに行く』行為そのものを楽しむ酒を指しています。ここには、日本酒の価値を再定義する可能性が秘められているといえます。

これまでの日本酒市場では、「分かりやすさ」が重視されてきました。甘口・辛口、吟醸香の華やかさ、受賞歴や数値化されたスペックなど、消費者が即座に理解できる指標は重要な役割を果たしてきました。しかし一方で、その分かりやすさは、日本酒が本来持つ多層的な魅力を十分に伝えきれていない側面もありました。

「探しに行く酒」という考え方は、こうした流れに一石を投じるものです。例えば、複数の蔵の古酒をブレンドした酒であれば、単一銘柄では完結しません。香りや味わいの中に、異なる蔵の哲学や時間の積み重なりが共存し、飲み手はそれを手がかりに想像を巡らせることになります。これは、消費者を受け身の存在から、味わいの解釈に参加する主体へと引き上げる試みとも言えるでしょう。

この姿勢は、成熟期に入った日本酒市場において、特に重要な意味を持ちます。量的拡大が望みにくい中で、価値の深度をどう高めるかが問われています。「探しに行く酒」は、価格や希少性だけに依存せず、体験価値や知的好奇心を付加することで、日本酒の存在感を高める可能性を示しています。

また、この考え方は国内市場にとどまりません。海外では、ワインやウイスキーにおいて、産地や造り手の物語を読み解きながら楽しむ文化がすでに根付いています。「探しに行く酒」という概念は、日本酒をそうした文脈に自然に接続させる力を持っています。単なる「日本の酒」ではなく、「読み解く楽しみのある酒」として提示できれば、国際市場での評価軸も変わってくるでしょう。

さらに重要なのは、蔵元同士の関係性にも新たな可能性をもたらす点です。他蔵の酒と向き合い、共に一つの酒を形にする行為は、競争一辺倒ではない共創のモデルを示しています。これは、業界全体の底上げや多様性の確保にもつながる動きといえます。

「探しに行く酒」とは、完成された答えを提示する酒ではありません。むしろ、飲み手に問いを投げかけ、考え、感じる余地を残す酒です。日本酒がこれからも文化として生き続けるために、この「探す余白」をどう育てていくか。その可能性は、まだ始まったばかりです。

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「最高を超える山田錦プロジェクト」~獺祭が示す日本酒と米作りの未来

2026年1月20日、山口県の酒造・獺祭が主催する「最高を超える山田錦プロジェクト2025」の表彰式が開催されました。本プロジェクトは今回で7年目を迎え、グランプリには滋賀県長浜市の農家・川崎さんが選ばれました。獺祭からは賞金として4,000万円が贈呈され、その金額の大きさとともに、改めて業界内外の注目を集めています。

このプロジェクトは、日本酒造りにおいて「酒米の王様」とも呼ばれる「山田錦」の品質向上を目的に、生産者の技術と挑戦を評価する取り組みです。単なる出来栄えの優劣を競うのではなく、「これまでの最高をどう超えたか」という一点に焦点を当てている点に、大きな特徴があります。収量や等級といった従来の評価軸に加え、栽培管理の工夫や再現性への取り組みなど、生産の思想そのものが問われます。

今回グランプリに輝いた川崎さんは、滋賀県という山田錦の主産地ではない地域で、土壌や気候条件を精密に読み解き、独自の栽培技術を積み重ねてきました。これは、山田錦が特定地域の専売特許ではなく、理論と努力によって新たな可能性を開ける作物であることを示しています。産地の固定観念を超えるという点でも、象徴的な受賞といえるでしょう。

注目すべきは、賞金4,000万円という破格の規模です。これは単なる報奨ではなく、獺祭が農業と酒造りを一体の産業として捉えていることの表明です。酒蔵が自社の利益を超え、生産者側にこれほど大きな投資を行う例は決して多くありません。この資金は、受賞者個人の栄誉にとどまらず、次世代の農業設備投資や技術継承、地域農業の持続性にも波及していくと考えられます。

背景には、日本酒産業が直面する構造的な課題があります。国内消費の縮小、原料価格の上昇、担い手不足といった問題の中で、「原料から最高をつくる」という思想を明確に打ち出すことは、ブランド戦略であると同時に産業戦略でもあります。獺祭は、酒質の革新だけでなく、その源流である米づくりにおいても競争力を確保しようとしているのです。

また、このプロジェクトは生産者に対して「評価される農業」のモデルを提示しています。高品質な米を作っても価格に反映されにくいという従来の不満に対し、明確な評価軸とリターンを示すことで、挑戦する農家を後押ししています。これは、農業を単なる下請けではなく、価値創造の主体として位置づけ直す試みともいえます。

「最高を超える山田錦プロジェクト」が7年目を迎え、継続していること自体にも意味があります。一過性の話題づくりではなく、長期的な視点で原料品質と向き合う姿勢が、結果として獺祭のブランド価値を押し上げてきました。日本酒が世界市場で評価を高める中、その裏側にある米づくりの物語もまた、重要な競争力となっています。

川崎さんの受賞は、一人の農家の栄誉にとどまりません。それは、「最高の日本酒」をつくり続けるためには、田んぼから始まる挑戦が不可欠であることを示すメッセージです。獺祭の投資は、日本酒の未来そのものへの投資であり、この取り組みが業界全体に与える影響は、今後さらに広がっていくことでしょう。

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立春朝搾りの歩みと未来~祝祭酒が映す日本酒文化の行方

立春が近づいてきました。日本酒ファンなら、まず一番に思い浮かぶのが「立春朝搾り」ではないでしょうか。

この「立春朝搾り」は、1998年に日本名門酒会の企画として誕生しました。立春当日の早朝に搾り、無濾過生原酒のまま瓶詰めし、その日のうちに出荷する日本酒です。旧暦における立春は一年の始まりにあたり、「新しい年の最初の酒を飲む」という発想は、日本酒に季節と物語を取り戻す試みでもありました。

当初は参加蔵も少数でしたが、現在では全国規模の恒例行事として定着しています。酒販店を含めた関係者が立ち会い、御祈祷を受けてから出荷される流れで、祝祭酒としての性格を強めていきました。つまり単なる新酒ではなく、「その日、その瞬間に生まれた酒を祝う体験」を本質とした行事なのです。

一方で、立春朝搾りは酒造側にとって大きな制約を伴います。搾り・瓶詰め・出荷を一日に集中させるため、生産量には明確な上限があります。さらに発酵状況は自然条件に左右され、理想の状態で搾れるかどうかは直前まで分かりません。品質を守れば数量は限られ、数量を追えば品質への影響が懸念されます。人気の高まりと供給の限界が常に背中合わせである点は、立春朝搾りの本質的な課題と言えるでしょう。

また、立春朝搾りは統一規格の商品ではなく、参加蔵ごとに酒質は大きく異なります。同じ名称であっても味わいは千差万別です。この多様性は日本酒文化の魅力である一方、消費者にとっては選択の難しさにもつながります。


ところで、立春朝搾りが御祈祷を受ける酒であることは、これまであまり強調されてきませんでした。しかし、酒に祈りを託すという行為は、日本文化の根幹にあるものです。

現代社会では合理性が優先されがちですが、立春朝搾りは、知らず知らずのうちに「祈りとともに酒をいただく」という感覚を現代に呼び戻しています。寺社名を前面に出す必要はなくとも、祈りの文化そのものが静かに復権していくことは、立春朝搾りの価値をより深いものにしていくでしょう。

立春朝搾りは、1998年の誕生以来、日本酒に祝祭性と物語性を取り戻してきました。しかし同時に、供給の限界と消費者の選択の難しさという課題も抱えています。それでもなお、立春朝搾りは祈りの文化を内包した希少な日本酒として、現代に静かな問いを投げかけています。「意味」で選ばれる酒として、立春朝搾りはこれからも日本酒文化の奥行きを支える存在であり続けるのではないでしょうか。

▶ 立春朝搾り|春の始まりを祝う特別な日本酒

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原料米から酒質を再設計する~低グルテリン米がもたらす酒造りの可能性

1月13日、新潟県南魚沼市の青木酒造が「鶴齢 若緑色 春陽 一回火入れ原酒」を発売しました。本作の最大の特徴は、一般的な酒造好適米とは異なる、低グルテリン(低タンパク)の飯米「春陽」を原料米に採用した点です。通常の酒米以上にアミノ酸やタンパク質を抑えた「春陽」は、雑味が出にくく、すっきりとした味わいを引き出すことができる米として注目されており、いわば日本酒造りの『素材デザイン』における新たな挑戦といえます。

まずこの「春陽」米の特性について整理すると、本来は飯米として品種改良されてきた背景があるものの、水溶性のタンパク質であるグルテリン含有量が一般の飯米・酒米より少ないという性質があります。このグルテリンは発酵中に生成されるグリセリンやアミノ酸の前駆体となり、日本酒における味わいの豊かさやコクに関与するため、通常は酒造好適米でも低すぎると味に厚みが出にくくなります。その一方で「春陽」のように低タンパクの米を用いると、高度精白を行わなくても雑味が少ない、淡麗でクリアな酒質になる可能性があることが、以前の共同研究でも示されています。

「鶴齢 若緑色 春陽」は、こうした米の特性に加え、アルコール度数13度というやや低めの原酒設計となっていることから、爽やかな吟醸香と雑味の少ないクリアな味わい、ワインのようなフルーティさすら感じさせる味質が意図されていると評価されています。従来の鶴齢ブランドが得意とする「淡麗辛口」の守備範囲を保ちつつ、低グリテリン米ならではの透明感を生かした新味への挑戦が、シリーズの方向性として打ち出されています。

こうした低グルテリン米の活用は、地域商社やまぐちの「多島海-TATOUMI-生原酒」(中島屋酒造場製造)でも見られるように、既存の酒造好適米とは異なる素材で味わい設計を試みる動きの一環として位置付けられます。低グルテリン米の採用は、このところ注目されている健康面への影響を設計するというよりも、雑味抑制や軽快な味わい設計、あるいは高度精白の工程負担軽減など、蔵元側の意図する酒質と製造効率の両面でのメリットが期待されている点が共通しています。

一方で、低グルテリン米を日本酒に使うことには慎重な側面もあります。従来の酒造好適米には、麹菌や酵母が糖化・発酵しやすい粒の硬さや成分バランスが設計されており、低すぎるタンパク質は酵母の栄養バランスや発酵の安定性に影響を与えかねないという懸念点もあります。つまり、素材としての「春陽」米は雑味を抑えられる反面、醸造の設計管理や酵母選択、発酵制御の精度がいっそう求められるという側面を持っています。これらは、従来の酒造好適米と比較した際の難易度として、酒造側の技術力が問われる部分でもあるのです。

また最近では、他の酒造でも「味わいの新しい表現」を求めて、低タンパクや独自改良米を用いる動きが徐々に広がっています。例えば低アミノ酸米を使用した新風味設計や、表現豊かな吟醸香の開発など、品種面から味わいの設計へ踏み込む試みが出始めています。その背景には、日本酒市場の消費者ニーズが多様化し、従来の辛口・濃醇一辺倒から、軽快・透明感・フルーティな味わいへの関心が高まっていることがあると考えられています。

「鶴齢 若緑色 春陽」は、古くからの伝統を持つ酒造が、低グルテリン米という新しい素材を取り入れつつ、日本酒の新たな価値を提示した試金石といえます。これまでになかった酒質の扉を開く試みとして、今後の日本酒造りにどのような影響を与えるのか、注目されます。

▶ 鶴齢 若緑色 春陽|低グルテン米仕様で雑味を削ぎ落とした春の透明感

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宮下酒造の高級日本酒「極聖」シリーズに本格的なトレーサビリティ技術を採用

品質保証と消費体験を深化させる試み

岡山県岡山市に本社を置く宮下酒造株式会社は、同社が手掛ける高級日本酒「極聖」シリーズの一部銘柄に対し、最新のトレーサビリティ技術を本格的に導入することを、今日発表いたしました。今回の取り組みは、SBIトレーサビリティ株式会社が提供するデジタル・トレーサビリティサービス「SHIMENAWA(しめなわ)」を活用したもので、ブロックチェーンとNFC(近距離無線通信)タグを組み合わせることで、商品の真正性の証明や開封状況の可視化を実現します。

「極聖」は、精米歩合や原材料の選定に徹底してこだわった宮下酒造の旗艦銘柄です。純米大吟醸を中心に、岡山県産の酒造好適米を使ったラインアップが高い評価を受けており、国内外の日本酒ファンから人気を集めています。それだけに、品質やブランド価値の確保は同社にとって喫緊の課題でもあります。

今回導入されるトレーサビリティ技術は、商品のラベルや封緘部分にNFCタグを埋め込み、スマートフォンなどで読み取ることにより、醸造情報・出荷情報・開封状況などの情報がブロックチェーン上に記録される仕組みです。これにより消費者は、購入した「極聖」が製造された蔵元の情報や流通履歴、そして自身で開封した時点のデータを直感的に確認できるようになります。情報はブロックチェーン上に不可逆的に保存されるため、改ざんが極めて困難であり、真贋証明や不正流通の抑止にもつながります。

この技術の導入は、日本酒業界全体で進みつつあるブロックチェーン活用の流れを受けたものです。近年では新澤醸造店や清水清三郎商店など、いくつかの高級酒ブランドでも同様のトレーサビリティシステムが採用されており、「真贋証明」「開封検知」「正規流通確認」といった機能が、ブランドの信頼性向上に寄与しています。例えば、他銘柄における「SHIMENAWA」導入事例では、開封時に限定コンテンツが表示されたり、消費者と蔵元のつながりが生まれたりする仕掛けが提供されていることも報じられています。

宮下酒造によると、この取り組みは単なるテクノロジーの導入に留まらず、消費体験の深化とブランド価値の強化を目的としているとのことです。ブロックチェーンにより可視化されたトレーサビリティ情報は、消費者が商品に対して抱く安心感や愛着の向上につながります。また、世界各国での需要がどこにあるのかを把握するデータとしても利用でき、マーケティング戦略にも生かされる見込みです。

特に近年は偽造酒や不正流通が問題視される場面もあり、日本酒市場におけるブランド保護が大きな課題となっています。この点において、トレーサビリティ技術は『本物であることの証明』や『適正な流通経路管理』の役割を担い、消費者と生産者双方にとっての価値向上を促すものと期待されています。

さらに、NFCタグを活用したトレーサビリティは、単に情報を伝えるだけではなく、消費者との双方向コミュニケーションを可能とするツールとしても注目されています。例えば、開封時に特別なメッセージや限定コンテンツへアクセスできる仕掛けは、消費者にとって日本酒というプロダクト体験をより豊かなものにする可能性を秘めています。

市場における高価格帯日本酒の競争は激しく、ブランド価値の差別化が成功の鍵となっています。このため宮下酒造が「極聖」シリーズにトレーサビリティ機能を導入したことは、日本酒業界の潮流に沿った先進的な試みとして注目されています。今後、同社はこの技術をブランド戦略の中核として位置付け、海外市場での訴求力強化やファンエンゲージメントの深化につなげる考えです。

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【日本酒ガストロノミー】食文化を読み解く旅の現在地

ガストロノミーとは何か

近年、日本酒を軸にしたガストロノミーツーリズムが、観光分野において存在感を高めています。
そもそもガストロノミーとは、単に「美食」や「食べ歩き」を指す言葉ではありません。食材の生産背景、調理法、食べ方、さらにはその土地の歴史や思想までを含め、食を文化として総合的に捉える考え方を意味します。ガストロノミーツーリズムは、その土地ならではの食文化を体験し、理解することを目的とした観光の形態です。

日本酒は、このガストロノミーの概念と極めて親和性が高い存在です。米、水、微生物、そして気候風土に強く依存する日本酒は、土地そのものを映し出す飲み物であり、地域の食文化や暮らしと不可分の関係にあります。近年は、酒蔵見学や試飲といった従来型の観光にとどまらず、日本酒を通じて地域の背景を読み解く体験へと関心が移りつつあります。

制度整備が後押しする日本酒ガストロノミーの広がり

こうした動きを後押ししているのが、国の観光政策です。2025年度から観光庁は、「食の力を最大活用したガストロノミーツーリズム推進事業」として、公募・補助金制度を整備しました。この制度は、地方自治体や観光地域づくり法人、民間事業者などが連携し、地域固有の食文化を活かした観光コンテンツを造成することを目的としています。

この枠組みの中で、日本酒は重要な資源として位置づけられています。酒蔵を核に、地域の農業、漁業、料理人、宿泊施設などを結びつけることで、単発的なイベントではなく、滞在型・体験型の観光モデルを構築しようとする動きが各地で進んでいます。日本酒を「飲む対象」から「文化を理解する入口」へと昇華させる試みと言えるでしょう。

日本酒ガストロノミーが示す未来像

日本酒ガストロノミーの本質は、酒と料理の相性を楽しむことにとどまりません。日本酒は、料理の味わいを調整し、地域の食文化を再編集する力を持っています。これまで脇役とされがちだった郷土料理や保存食が、日本酒との組み合わせによって新たな価値を帯びる事例も増えています。

また近年は、料理人と酒蔵が対等な立場で協働し、料理構成や酒質設計を行うケースも見られます。これは、日本酒がガストロノミーの現場において、単なる飲料ではなく、表現手段の一つとして認識され始めていることを示しています。

今後は、こうした取り組みが観光の枠を超え、日本酒そのものの価値再定義へとつながっていく可能性があります。自然の循環や時間を内包する日本酒造りの思想を、食と体験を通じて伝えることができれば、日本酒ガストロノミーは消費型観光ではなく、価値観を共有する文化体験として定着していくでしょう。

日本酒を軸にしたガストロノミーツーリズムは今、地域振興策の一つにとどまらず、日本酒文化の未来を形づくる重要な試金石となりつつあります。

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