長らく日本酒の評価において、最も感覚的で言語化が難しかった要素――「香り」。この曖昧な領域に、AIと独自のセンサー技術によって客観的な指標を与えようという画期的な動きがあります。株式会社レボーンが商標登録した「香度®」(コード、カオリド)と呼ばれるこの概念が、日本酒業界のブランディング、流通、そして消費体験に変革をもたらす可能性があります。
「糖度」の次は「香度」
「香度®」とは、果物の「糖度」が甘さの客観的指標として定着したように、香りの「芳醇さ」を科学的に評価し、可視化するための新しい概念および指標です。
これまでの一般的なにおいセンサーは、におい成分を構成する分子の種類や濃度を測定するに留まり、人間が嗅覚で捉える「官能的」な香りの全体像を捉えることは困難でした。しかし、レボーン社の技術は、独自のセンサーとAI・クラウドプラットフォームを組み合わせることで、人間が香りを感じるメカニズムを模倣し、香りの特徴をチャートとして可視化することに成功しました。
この技術の登場は、感覚的な「なんとなく良い香り」を、誰もが理解できる客観的なデータへと変換することを可能にします。
具体的な活用事例
「香度®」の実装に向けた動きは、特定の産地との連携を通じて具体化しています。特に注目されるのが、愛媛県とのデジタル実装加速化プロジェクト「トライアングルエヒメ」を通じた取り組みです。
愛媛県は、柑橘類や日本酒など、香りに特徴を持つ特産品が多く、この技術を導入するのに最適な環境とされています。2022年にスタートしたプロジェクトでは、愛媛県の酒造組合が展開する「愛媛さくらひめシリーズ」の日本酒、全22銘柄の香りを「香度®」技術により分析し、「香度®チャート」を作成。このチャートをプロモーションへ活用する試みが進められています。
これは、従来の「辛口/甘口」や「淡麗/濃醇」といった表現に、「華やかな香りが強い」「米由来の香りが豊か」など、香りの質と強さを明確に加えることを意味し、国内外の消費者に対し、商品の魅力をより詳細かつ客観的に伝えることを可能にします。今後は、特にインバウンド客に向けた分かりやすいユースケースの確立が急がれます。
日本酒業界への多角的な影響と期待
「香度®」の普及は、日本酒業界に以下のような多角的な影響をもたらすと期待されています。
- 消費者体験の革新と新規顧客の獲得
【購入体験の客観化】
消費者は、自身の好みや気分に合わせて、チャートを見て直感的に商品を選ぶことができるようになります。これにより、「どれを選んでいいか分からない」という日本酒初心者や、香りを重視する海外のワイン愛好家層など、新規顧客の獲得につながります。
【ブランディングの強化】
従来のイメージやキャッチコピーに頼るだけでなく、科学的な裏付けに基づいた香りの特徴をアピールできるようになり、酒蔵ごとの個性を際立たせ、高付加価値化を促進します。 - 製造・品質管理の高度化
【品質の安定】
熟練の杜氏の感覚に頼っていた部分を客観的な指標で補完できます。製造工程における香りの変化を継続的にモニタリングすることで、目標とする品質からのズレを早期に検知し、酒質の安定化に貢献します。
【熟成管理の精度向上】
日本酒は貯蔵・熟成過程で香りが変化します。温度や時間経過に伴う香気成分の変化を「香度®」で追跡できれば、「老ね香」の発生リスクを管理したり、最適な出荷タイミングを科学的に決定したりするツールとしても活用できます。 - グローバル市場での競争力強化
【世界基準での訴求】
ワインには「フレーバーホイール」などの香りの指標が浸透していますが、日本酒も「香度®」を持つことで、世界共通の言語として香りの特徴を提示できるようになります。これは、輸出拡大を目指す日本酒のグローバル市場における競争力を大きく高める要因となります。
「香度®」技術は、日本酒に留まらず、愛媛の柑橘類、コーヒー、さらには医療分野など、香りが重要な要素となる他の商品カテゴリーへの展開も計画されています。
日本酒の製造は、米と水、そして発酵の微生物が織りなす極めて繊細なアートです。このアートに、最新のAIとセンサー技術というサイエンスの光が差し込むことで、今後、酒蔵はより安定した品質で個性を追求できるようになり、消費者はより深く、安心して日本酒を選び、楽しめる時代が訪れるでしょう。「香度®」は、伝統産業である日本酒に新たな付加価値を与え、次の世代へと繋ぐ重要な鍵となるかもしれません。
