超硬水と超軟水で醸す日本酒セット『浅間嶽 阿吽』誕生——“水の個性”を味わう新たな挑戦

10月11日土曜日、長野県小諸市の酒蔵「大塚酒造株式会社」 が、超硬水と超軟水という対極の水質で醸した日本酒セット『浅間嶽 阿吽』の予約販売を、クラウドファンディング方式で開始すると発表しました。水という要素を対比させたコンセプトを掲げる日本酒としては、非常に異例の試みといえます。

水の違いを打ち出す意義と背景

日本酒の約八割を占める仕込み水。多くの酒造は、水の清らかさ、湧水地、軟水・硬水の良さなどを宣伝文句として掲げています。しかし、それはあくまで「この水は優れている」という訴求が中心であり、異なる水を意図的に使い分け、その違いを飲み手に体験させる商品は極めて少ないのが現実です。

大塚酒造が今回のプロジェクトで明確に打ち出したのは、「超硬水での酒」と「超軟水での酒」という対照ペア。双方とも同じ原料米、同じ精米歩合、同じ酵母、同じ酒造という前提ながら、仕込み水を変えるだけでどう変化するかを飲み比べられるという設計になっています。これは、水質を実験的に可視化するような商品とも言えるでしょう。

小諸市は、浅間山を含む地域が長年かけてろ過を続けた地層を通して湧き出る水により、超硬水から超軟水までバリエーションある湧水群 を擁している地域とされています。その恵まれた水資源を、「飲み比べ」という体験型商品に昇華させるという点で、このプロジェクトは、水そのものを“商品軸”に据える野心的なものです。

二水源使いの異例さ

酒造りにおいて最も安定を求められるもののひとつが、仕込み水の品質と供給体制です。多くの酒造は、一つの水源に依拠して年間を通じて安定した条件を確保し、発酵プロセスを再現可能にすることを重視します。異なる水を使うということは、発酵速度、温度管理、酵母の挙動など多くの変数が増え、醸造管理が複雑になります。

その点を理解したうえで、大塚酒造はあえて「二つの水源」を使う道を選びました。浅間山近傍の硬度の高い伏流水(通常の「浅間嶽」ブランドでも用いられてきた水源)を「超硬水」側に採用し、また別の軟水寄りの湧水を「超軟水」側に据えることで、水質そのものの差異を明示的に表現しようという意図です。

このように、醸造変数を敢えて揺らす構造を採る蔵は極めて限定されており、技術と胆力が求められる挑戦とも言えます。中には、仕込み水をアッサンブラージュする先駆的取り組みを行っている市野屋(長野県大町市)のような酒造もありますが、「対比構造」による今回のような商品化は、極めて珍しいと言えます。

今回、「水の違いで飲み比べる」商品が登場したことは、日本酒の価値観を揺さぶる可能性があります。これまで「この水がいい」「この水源が清らかだ」という抽象的な訴求はありましたが、水質の違いを飲み手に体感させるフェーズには至っていなかったからです。

これはまた、地方酒蔵や水資源を抱える地域にとって、“水をストーリー資源化する”手法として参考になるモデルになり得ます。水源保全・管理といったインフラ課題を抱える地域こそ、水の魅力を可視化できれば、観光や地域振興と結びつけやすくなるでしょう。

また、醸造技術の面でも、異なる水質に対応する酒造の醸造ノウハウが蓄積されれば、新たなスタイルの日本酒づくりへの展開も期待できます。たとえば、今後「三種水飲み比べ」「地域複数水源ミックス酒」などの拡張も考えられます。こうなると、日本酒を通じてさまざまなコラボが促進されるかもしれません。

ただし、リスクもあります。温度管理、発酵進行の差異、酵母ストレスなど技術的困難に直面する可能性は高く、計画通りの熟成安定性を得られないケースも想定されます。加えて、飲み手に“水の違い”を明確に感じてもらうストーリーテリングと解説が不可欠で、マーケティングの力も問われます。


大塚酒造が手がける『浅間嶽 阿吽』は、水を味わいの主役へと昇華させた挑戦です。クラウドファンディングという形式も、単なる販路ではなく、地域と飲み手をつなぐコミュニケーション手段として機能しようとしています。

水という目に見えにくい要素を、飲み比べという体験に変えるこの試みが成功すれば、日本酒産業の価値観を刷新する起点となるかもしれません。飲む人が「この水はこういう風に効いているのだな」と感じられる対話型の酒。それが『浅間嶽 阿吽』という物語なのです。

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