10月6日は仲秋の名月~酒と月のおはなし

月見の風習は、中国・唐の中秋節(陰暦8月15日)に由来します。奈良時代(8世紀)に遣唐使がもたらしたとされ、宮中行事として定着しました。最初は貴族たちが詩歌を詠み、音楽を奏でる雅な宴でした。そこでは酒も欠かせぬものであり、池に浮かぶ月を眺めながら、盃を交わしたと考えられています。

平安貴族の「観月の宴」

平安時代になると、この風習は宮廷文化の象徴となります。特に有名なのは、池のほとりで舟を浮かべて行う「舟遊び」。
盃を水面に浮かべ、流れ着くまでに詩を詠む「曲水の宴」と同じ発想で、杯に映る月を飲むように見立てる「飲月」の美意識が生まれました。

紫式部や清少納言の随筆にも月見の情景が登場します。単なる宴ではなく、自然と一体化する精神行為として、月と酒は密接に結びついていたのです。

民間へと広がる江戸時代

江戸時代になると、月見は庶民にも広まりました。稲の収穫期にあたることから、収穫祭・豊穣祈願の意味が強くなります。
農村では「芋名月」と呼ばれ、里芋・団子・栗・豆・すすきを供えて月を拝みました。月見団子は、稲穂に見立てたすすきとともに供えられ、実りへの感謝を象徴します。このときに飲まれるのが「月見酒」。

現代ではその伝統を受け継ぎ、前年の酒を秋まで熟成させた「秋あがり」や「ひやおろし」を楽しむのが定番となっています。

月見酒のしきたり・作法

月見酒は、月を眺めながらゆっくり酒を味わう行為です。
盃に酒を注ぎ、その表面に月を映して飲むという作法がありました。これを「盃中の月」と呼び、古来から詩歌や茶の湯の題材にもなっています。
飲むことで「月を体に取り込む」「月の気を受ける」とされ、吉兆の象徴でもありました。

なお、伝統的な月見の供え物には次のような意味があります。

【月見団子】満ちた月を象徴。通常15個を三方に盛る(十五夜にちなむ)。

【すすき】稲穂の代わり、神を招く依代(よりしろ)。

【里芋・栗・豆】秋の収穫への感謝。「芋名月」の名の由来。

【清酒】神々へのお供え。豊作祈願と感謝の象徴。

これらを縁側や窓辺、月の見える場所に供え、家族で月を眺めながら酒を酌み交わすのが伝統的な形です。

現代に生きる月見酒

近年は、酒蔵や観光地で「観月会」や「月見の宴」が復活しています。京都では、ライトアップされた夜空の下で日本酒を味わう催しが人気を集めています。
また、酒造も「満月仕込み」や「月光」など、月をテーマにした限定酒を販売し、古の風習を現代の感性で再解釈しています。

デジタル時代になっても、月を眺めながら静かに盃を傾ける時間には、どこか懐かしい安らぎがあります。
月見酒は、自然と人、神と生活をつなぐ文化的な儀礼として、今も日本人の心の中に息づいているのです。

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10月1日は「日本酒の日」 歴史と現在、そして未来への課題

10月1日は「日本酒の日」と定められています。酒造業界にとって、この日は単なる記念日以上の意味を持っています。そもそも「日本酒の日」が生まれたのは1978年、日本酒造組合中央会が制定したことに始まります。その背景には、酒造年度が10月に切り替わるという伝統的な習わしがあります。昔から新米の収穫が秋に始まり、それを原料とする酒造りが10月から翌年にかけて本格化することから、酒蔵にとっての「一年の始まり」は10月でした。また十二支の「酉」が「酒壺」を意味する文字であることも後押しし、10月1日が象徴的な日として選ばれたのです。

近年では、この日を機に日本酒の魅力を広める取り組みが各地で行われています。今年も全国の酒蔵や飲食店が趣向を凝らしたイベントを準備しています。東京や京都などの都市部では試飲会や蔵元との交流イベントが予定され、地方都市では地域色を活かした酒祭りや利き酒ラリーも開催されます。さらにオンラインでも蔵元とつなぐリモート試飲会や、日本酒と料理のペアリング体験企画が予定され、コロナ禍を経て定着した「デジタルでの日本酒体験」も健在です。今年は特に若い世代へのアプローチが重視され、SNS連動のキャンペーンや、音楽・アートと組み合わせたイベントが注目を集めています。

過去の「日本酒の日」にも、話題を呼んだ出来事が少なくありません。2015年には全国の酒蔵が同時刻に一斉乾杯を呼びかける「全国一斉日本酒で乾杯!」キャンペーンが行われ、大きな広がりを見せました。また、近年では「メガネの日」と同じ10月1日であることにちなみ、「メガネ専用」と名付けたユニークな日本酒が発売され、SNSを中心に話題になりました。これらは「日本酒の日」がまだ広く知られていない中で、人々に関心を持たせる工夫の一例といえるでしょう。

しかし、フランスワインの「ボージョレ・ヌーヴォー解禁日」と比べると、その知名度は依然として高いとはいえません。ボージョレが国を挙げた輸出戦略やメディアの徹底した情報発信を背景に、季節の一大イベントとして根付いたのに対し、「日本酒の日」は広報のスケールも限られてきました。また、日本酒は種類や飲み方が多様であるため「統一的な楽しみ方」を打ち出しにくい点も普及の難しさにつながっています。

本来、「日本酒の日」は新米を使った仕込みが始まる「仕事始めの日」であり、新酒を並べる解禁イベントではありません。けれども、秋の訪れを告げるこの時期は、ちょうど「ひやおろし」が旬を迎え、さらに旧暦9月9日の「重陽の節句」にも近いことから、熟成を経て味わいが深まり、燗にすると一層映える酒の魅力を伝える絶好のタイミングです。新たに仕込み始める期待感と、前年に仕込まれた酒の円熟を楽しむ喜びが重なる時期こそ、まさに日本酒文化の奥行きを示すものといえるでしょう。市場にとっても、秋から冬にかけての熟成酒を戦略的に打ち出し、食文化と結びつけて広めていく大きなチャンスを秘めています。

しかし現状を見ると、「日本酒の日」の知名度は全国でわずか5%にとどまるとされ、制定から40年以上を経た今も、愛好家や関係者のあいだでの小さな祭りにとどまっているのが実情です。残念ながら、その間に国内市場は縮小を続け、若い世代や海外市場への訴求も十分とはいえません。つまり業界の枠を超えて、一般消費者を巻き込む「共通体験」としての魅力を打ち出せなければ、市場の尻すぼみを食い止める力を発揮できないのです。

そのためには、「立春朝搾り」のように全国規模で統一された分かりやすい仕掛けをつくり出すことが求められます。例えば、10月1日に合わせて「全国一斉ふるまい酒」を実施し、参加者には、インターネット上で投票や交流ができる「日本酒SNS」に招待するなどというシステムを作ってみてはどうでしょうか。デジタル時代にふさわしい双方向型の企画を取り入れることで、単なる飲酒の記念日から「みんなで参加し、語り合い、日本酒を再発見する日」へと進化させることもできるのではないでしょうか。

酒蔵の仕事始めの日としての原点を大切にしつつ、旬の「ひやおろし」や燗酒文化を前面に打ち出し、さらに全国の消費者がオンライン・オフラインを問わず一斉に参加できる仕掛けを組み合わせること。そうした工夫が積み重なって初めて、「日本酒の日」は伝統の継承だけにとどまらず、新しい市場を切り開く力を持つ一大行事へと成長していくのではないでしょうか。

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松茸と日本酒、日本の食文化に息づく「元祖ペアリング」

秋風が心地よくなるこの季節、日本の食卓に欠かせないのが、得も言われぬ香りを放つ松茸です。松茸ご飯、土瓶蒸し、焼き松茸…。その繊細にして芳醇な香りは、まさに日本の秋の象徴と言えるでしょう。そして、その松茸料理の傍らに静かに佇むのが、清らかな日本酒です。単なる飲み物としてではなく、松茸の味わいを究極まで引き立てる存在として、この二つの組み合わせは、古くから日本の食文化に深く根ざしてきました。

歴史が物語る、出会いの必然性

私たちは今、「フードペアリング」という言葉を当たり前のように使いますが、松茸と日本酒の組み合わせは、まさに日本における「元祖ペアリング」と呼ぶにふさわしいものです。

松茸は、縄文時代からその存在が知られ、『万葉集』にもその香りの良さを詠んだ歌が残されています。平安時代には、すでに時の権力者たちの間で珍重される高級食材でした。一方、日本酒もまた、神に捧げる神聖な飲み物として発展し、平安時代には貴族の宴席で欠かせないものでした。異なる起源を持つ両者ですが、季節の移ろいを愛でるという共通の文化の中で、自然と共演するようになりました。

特に江戸時代に入ると、庶民の間でも松茸料理を楽しむ文化が広まり、日本酒も食事と共に楽しむスタイルが定着します。この時代にはすでに、松茸の土瓶蒸しに熱燗の日本酒を合わせる、といった、現代にも通じる組み合わせが楽しまれていたようです。

では、なぜ松茸と日本酒はこれほどまでに相性が良いのでしょうか。その秘密は、両者が持つ「旨味」と「香り」の成分にあります。

松茸は、代表的な旨味成分であるグルタミン酸を豊富に含んでいます。このグルタミン酸が、松茸の香りと共に、奥深い味わいを生み出しているのです。一方、日本酒は、米のタンパク質が分解されてできた様々なアミノ酸を豊富に含んでおり、これもまた日本酒特有の旨味成分となります。

松茸と日本酒を共に味わうことは、お互いの旨味成分が相乗効果を生み出し、単体では感じられないほどの深いコクやふくらみを引き出すことに繋がります。たとえば、土瓶蒸しを味わった後に、少しぬる燗にした日本酒を口に含むと、松茸の香りが鼻腔をくすぐり、日本酒の旨味が舌に残る松茸の風味をさらに際立たせるのです。また、吟醸酒のような香りの高い日本酒は、松茸の香りを邪魔することなく、その清涼感が口内をリセットし、松茸の次のひとくちをより美味しく感じさせてくれます。

このように、松茸と日本酒の関係性は、単なる偶然ではなく、古来より日本の食文化が育んできた必然と言えるのです。秋の味覚の王様を、日本の風土が育んだ酒と共に味わう。それはまさに、日本の豊かな自然と食文化への感謝を込めた、時を超えた「元祖ペアリング」なのです。この秋、「元祖ペアリング」を通じて、日本の豊かな自然と食文化の奥深さを再認識してみたいものです。

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秋酒の香りを引き立てる酒器選び──ワイングラスが切り拓く新しい日本酒体験

秋の訪れとともに登場する「ひやおろし」をはじめとした秋酒は、豊かな香りとまろやかな旨味が魅力です。そんな季節限定の一杯をより深く楽しむためには、酒器選びが欠かせません。かつては徳利とお猪口が定番でしたが、近年はワイングラスで日本酒を味わうスタイルが広く浸透しつつあります。その背景には、香りや味わいを最大限に引き出すための器の重要性に対する理解の広がりがあります。

リーデルをはじめとしたグラスメーカーが示す“日本酒の未来”

特に注目されるのが、オーストリアの老舗グラスメーカー「リーデル」の取り組みです。同社は世界的にワイン用グラスで知られていますが、2010年代以降は日本酒専用のグラス開発にも力を入れてきました。リーデルが蔵元や酒造組合と共同で開発した「大吟醸グラス」や「純米グラス」は、酒質ごとの特徴を最大限に表現するための形状を持ち、国内外の日本酒ファンから高い評価を得ています。たとえば、大吟醸向けのグラスは縦に細長く、華やかな吟醸香を逃さず引き立てる設計。一方で純米酒向けのグラスは丸みを帯び、米の旨味や余韻を柔らかく広げるよう工夫されています。

こうした流れは、日本酒の国際化とも密接に関わっています。海外ではワイングラスで日本酒を提供するのが一般的になりつつあり、そのスタイルが逆輸入される形で日本国内にも広がりました。レストランやバーだけでなく、家庭で楽しむ際にも「お気に入りのグラスで飲む」ことを重視する人が増えています。特に若い世代やワインに親しんでいる層にとって、ワイングラスは抵抗感が少なく、日本酒の新しい入口となっているのです。

もちろん、すべての日本酒がワイングラスに合うわけではありません。燗酒として楽しむならば、陶器や磁器の器の方が味わいを深めることもあります。要は、酒質と酒器の相性を理解して選ぶことが大切なのです。吟醸酒の華やかさを堪能するならチューリップ型のグラス、熟成感のある純米酒を味わうなら広口のグラスやぐい呑み、といった具合に、飲むお酒に合わせて器を使い分けることが、より豊かな体験へとつながります。

秋酒は、夏を越えて程よく熟成した旨味と、落ち着いた香りを持つのが特徴です。こうした酒の魅力を引き立てるには、香りを受け止め、余韻を楽しませてくれるグラスの存在が欠かせません。酒造りの進化に合わせて酒器も進化し、飲み手に新しい発見をもたらしているといえるでしょう。

この秋は、徳利やお猪口だけでなく、ワイングラスを手に取ってみてはいかがでしょうか。酒器を変えるだけで、同じお酒がまるで別物のように感じられる瞬間があります。香り高い秋酒と、器が生み出す新しい出会い──それは日本酒の楽しみ方をさらに広げてくれるはずです。

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獺祭忌に寄せて──日本酒「獺祭」と俳人「正岡子規」の関係

9月19日は「獺祭忌」と呼ばれ、俳人・正岡子規の命日として知られています。子規は明治期に俳句・短歌の革新を推し進めた文学者であり、その探究心と創造性は、現代の日本酒「獺祭」にも通じるものがあります。

「獺祭」という言葉は、中国の故事「獺祭魚」に由来します。カワウソが捕らえた魚を川岸に並べる様子が、神に供物を捧げる祭祀のように見えることから名づけられました。正岡子規はこの言葉に共鳴し、自らを「獺祭書屋主人」と号しました。病床にあっても資料を枕元に積み重ね、思索を続けた子規の姿勢は、まさに獺のように知識を並べ、文学を探求する姿そのものでした。

正岡子規の精神を受け継ぐ革新の酒造り

この「獺祭」の精神を酒造りに込めたのが、山口県岩国市の株式会社獺祭です。1980年代、経営難に直面していた同社は、三代目蔵元・桜井博志氏のもとで大胆な改革に乗り出しました。従来の「杜氏の勘」に頼る酒造りから脱却し、科学的なデータ分析に基づく製造工程を導入。1992年に発売した精米歩合23%の純米大吟醸酒「獺祭」は、国内外で高い評価を受けるようになりました。

近年の獺祭は、さらなる挑戦を続けています。2023年にはニューヨーク州ハイドパークに「DASSAI BLUE SAKE BREWERY」を開設。現地の水や環境に合わせた酒造りを行い、アメリカ市場に根ざした新たな獺祭を生み出す試みが始まっています。蔵の建設には環境配慮型の最新設備が導入され、現地スタッフと日本の蔵人が協力して酒造りに取り組んでいます。

また、音楽とのコラボレーションも話題を呼んでいます。ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団のメンバーが参加する音楽を発酵タンクに聴かせた特別商品「獺祭 未来を作曲」や、作曲家・久石譲氏との共同企画など、文化的な広がりのある商品も生まれています。

さらに、獺祭は宇宙空間での酒造りにも挑戦。「獺祭MOON」と名付けられたこのプロジェクトは、将来的に月面での酒造りを目指す壮大な構想であり、2025年後半の打ち上げによる醸造試験が予定されています。


獺祭忌にあたるこの日、私たちは一杯の酒を通じて、正岡子規の文学への情熱と、旭酒造の挑戦の軌跡を思い起こすことができます。獺祭は単なる高級日本酒ではなく、文化と思想、そして未来への挑戦を内包した存在なのです。

獺祭を味わうことは、子規の精神に触れることでもあります。革新を恐れず、常に新しい価値を創造し続けるその姿勢は、今なお多くの人々に感動を与えています。文学と酒が紡ぐ物語に思いを馳せながら、獺祭忌には獺祭を傾けてみてはいかがでしょうか。

▶ 【俳句と日本酒】時を超え革新の精神で繋がる「獺祭」の物語

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夏の終わりに~風物詩としての日本酒の進化

今夏、日本酒がさまざまなシーンで登場し、従来の「冬の酒」「食中酒」といったイメージから脱却しつつある様子が見受けられました。特に、暑さを和らげる酒質や、季節の食材とのペアリングを意識した商品が増え、夏の飲料としての地位が確立されつつあります。日本酒が季節の風物詩として再定義される兆しが見え始めています。

夏酒の台頭と新しい飲酒スタイル

各酒造からは「夏酒」と銘打った商品が多数登場しました。これらは、爽快感のある酸味や軽快な口当たりを特徴とし、冷やして楽しむことを前提に設計されています。アルコール度数をやや抑えたタイプや、微発泡性を持たせたものなど、暑い季節に心地よく飲める工夫が随所に見られました。こうした酒質の工夫は、従来の日本酒ファンだけでなく、若年層や女性層にもアプローチする試みとして注目されています。

また、炭酸で割って楽しむ「酒ハイ」や、日本酒ベースのカクテルなど、新しい飲み方の提案も増えています。これらは、居酒屋やバーなどの業態でも導入が進み、従来の「一合瓶でじっくり味わう」というスタイルから、よりカジュアルで自由な楽しみ方へと広がりを見せています。特に、夏祭りや屋外イベントなどでは、こうしたスタイルが親しまれ、若者層への訴求力を高めています。

さらに、夏の食材とのペアリングを意識した商品開発も進みました。例えば、冷やしトマトや枝豆、鰻料理など、夏の定番料理に合うように設計された日本酒が登場し、食卓での存在感を高めています。ペアリングを前提とした提案は、飲食店での提供方法にも影響を与え、メニュー構成に日本酒が組み込まれるケースが増加しています。食との相性を軸にしたアプローチは、日常の中での日本酒の位置づけをより自然なものにしています。

シーン特化型商品の可能性

今夏特に印象的だったのは、「花火」や「海」をテーマにした日本酒の増加です。ラベルデザインやネーミングに季節感を取り入れ、視覚的にも夏を感じさせる工夫が施されていました。こうしたシーン特化型の商品は、ギフト需要やイベントでの利用にも適しており、今後の日本酒の展開において大きな可能性を秘めています。季節や行事に寄り添った商品開発は、消費者の記憶に残りやすく、ブランド価値の向上にもつながります。

伝統文化との再接続という可能性

日本酒は、長い歴史の中で神事や祭礼、季節の行事と深く結びつきながら育まれてきた伝統文化の一部です。近年では、海外からの注目も集まり、日本的文化そのものが再評価される流れが強まっています。そうした中で、日本酒が再び伝統文化と強く結びついていく動きが広がっていくことは、非常に興味深い現象です。

例えば、浴衣で楽しむ夕涼みの席や、神社の夏祭りでの振る舞い酒、和楽器の演奏とともに味わう酒席など、日本酒が日本的な情景の中に自然に溶け込むシーンは数多く存在します。こうした文化的背景と商品開発が連動することで、日本酒は単なる飲料以上の意味を持ち、体験価値の高い存在へと進化していく可能性があります。

これらの動向から見えてくるのは、日本酒が「季節を彩る存在」から「文化を体感する媒体」へと変化しつつあるということです。夏に特化した酒質やスタイル、シーンに合わせた商品開発、そして伝統文化との再接続は、消費者との新しい接点を生み出し、日本酒文化の裾野を広げる可能性を持っています。

今後も、季節感や生活シーンに寄り添った商品が増えることで、日本酒はより身近で多様な楽しみ方ができる存在へと進化していくことでしょう。そして、日本的文化が注目される今だからこそ、日本酒がその中心に位置づけられるような動きが広がっていくことを期待したいところです。

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焼肉の日に考える「焼肉と日本酒」の未来

今日、8月29日は「焼肉の日」。焼肉といえば、ビールやハイボールが定番の組み合わせとして長らく親しまれてきました。しかし近年、日本酒業界では「焼肉との相性」を改めて見直す動きが広がっています。これまで和食と結びつけられることが多かった日本酒が、脂の乗った肉料理、特に焼肉とどのように調和し、新しい楽しみ方を提示できるのか。焼肉の日を迎えるにあたり、その未来像を考えてみたいと思います。

日本酒と焼肉の接点

焼肉は肉の部位や味付けによって、味わいが大きく変化する料理です。例えば、赤身肉には酸味とキレを持つ辛口の純米酒がよく合いますし、霜降りのカルビには濃醇で旨味のある純米吟醸や山廃仕込みの酒が脂を流す役割を果たします。また、タレ焼きに向くのは甘味や香ばしさを持つタイプで、塩焼きやホルモンには発泡性の日本酒がさっぱりと寄り添います。このように、肉とタレの組み合わせに応じて酒を選ぶ楽しさは、ワインのペアリングにも匹敵する奥深さを秘めています。

カウボーイヤマハイの登場と酒造の挑戦

これに気付き、この可能性を早くから体現したのが「カウボーイヤマハイ」です。塩川酒造が2011年に打ち出したこの銘柄は、力強い酸と骨太な旨味を持つ山廃仕込み。名前に「カウボーイ」を冠することで、肉食文化との親和性を明確に打ち出しました。脂の乗った牛肉やジビエに合わせることを前提とし、ステーキや焼肉と堂々と渡り合う日本酒として国内外で注目を集めています。実際にアメリカ市場でも販売され、ワインやクラフトビールに肩を並べる存在として紹介されることも増えてきました。

カウボーイヤマハイに続き、栃木の仙禽が「焼肉専用酒」を開発するなど、肉料理を意識した日本酒は次々に登場しています。フルーティーで酸の立った酒質や、発泡性の低アルコール酒など、これまでの「和食専用」という枠組みを超えた商品群は、若い世代や海外の消費者にとっても親しみやすい入り口となっています。焼肉店と酒蔵のコラボレーションによるオリジナル酒の開発も進み、単なる飲食を超えた体験価値を生み出しています。

焼肉と日本酒が描く未来

焼肉はアジア各国や欧米でも人気が高い料理です。寿司や刺身と結び付けられてきた日本酒が、焼肉との組み合わせを提示することは、海外市場に新たな広がりをもたらします。ニューヨークやパリの焼肉店では日本酒の提供が進み、カウボーイヤマハイのような“肉専用酒”が注目されることで、日本酒のイメージそのものが刷新されつつあります。

今後、焼肉と日本酒の関係はさらに深まると考えられます。第一に、ペアリング提案が体系化されることで、焼肉の部位やタレごとに最適な酒が提示されるようになるでしょう。第二に、海外市場では「焼肉と日本酒」という組み合わせが日本食文化の新しい発信力を持ち、ワインやビールに並ぶスタンダードとして浸透していく可能性があります。第三に、健康志向の高まりを受けて、軽やかな日本酒が、焼肉シーンでの需要をさらに拡大させると考えられます。

焼肉の日は単なる記念日ではなく、肉料理と酒の未来を考える契機となります。脂の旨味と酒の清涼感が織りなす調和は、今後も多くの飲食シーンを彩り続けるでしょう。焼肉と日本酒のペアリングは、新たな食文化のスタンダードとして、国内外での広がりを期待できるのです。

▶ Cowboy Yamahai|焼肉の日には元祖「肉料理専用日本酒」を。海外でも人気

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日本酒がキャンプシーンを変える|注目の商品群と今後の可能性

近年、日本酒の楽しみ方に新しい潮流が生まれています。それは「屋外に持ち出す日本酒」という試みです。これまで日本酒といえば、自宅や居酒屋、料亭などでゆっくりと味わうのが一般的でした。しかし近年、アウトドア文化の広がりとともに、日本酒をキャンプや登山など屋外のシーンに持ち出して楽しもうという動きが注目されています。

その火付け役となったのが、2017年に朝日酒造とアウトドアブランド・スノーピークがコラボレーションして発売した「久保田 雪峰」です。瓶のデザインはシックでアウトドアの景観に溶け込み、キャンプサイトで焚き火を囲みながら飲むシーンを想定して作られました。この取り組みは「山に入って家飲みと同じ瓶を傾ける」という新しいライフスタイルを提示し、多くの日本酒ファンに衝撃を与えました。

新しい挑戦とパッケージの革新

この動きは全国へと広がり、今年も新たな展開が話題を呼んでいます。先日も、酔鯨酒造株式会社(高知県高知市)が、北海道の地酒専門店「髙野酒店」、そしてアウトドアブランド「NANGA」と手を組み、日本酒をベースにしたアウトドア専用リキュールを発売しました。これもまた「自然の中で味わう日本酒」の新しい表現であり、雪峰以来の流れを受け継ぐ挑戦だといえるでしょう。

一方で、パッケージデザインに新たな意匠を凝らした商品も登場しています。代表的な例が、アウトドア用日本酒「GO POCKET」です。小型で軽量なパウチタイプの容器に詰められており、キャンプや登山に持ち運びやすい形態が特徴です。また、今春話題になった「NARUTOTAI CAMPING SAMURAIセット」も、従来の瓶や缶にない工夫を取り入れ、キャンプ飯との相性を重視した日本酒体験を提案しています。

雪峰や今回の酔鯨の取り組みのように、瓶のまま屋外へ持ち出すスタイルがある一方、GO POCKETやNARUTOTAIのように、利便性や環境対応を考慮したパッケージ革新も進んでいます。これは日本酒が「家で飲むもの」という従来の枠を超え、ライフスタイルの一部として変化してきていることを示しています。

広がる可能性とこれからの課題

屋外で日本酒を楽しむスタイルは、今後さらにクローズアップされていくべきでしょう。ブームを呼び込み、新たなジャンルを創出するためには、キャンプで食べる肉料理や燻製、あるいは山菜や川魚など、自然の恵みと合わせて楽しめる酒質の開発が大きなテーマとなります。また、デザイン面でもアウトドアの雰囲気に調和し、さらに持ち運びやすく環境にも優しい容器の開発が期待されます。例えば、飲み終えた後にゴミとして持ち帰るだけでなく、ゴミなどを入れる密閉容器や軽量容器として再利用できるパッケージが普及すれば、日本酒はアウトドア文化により強く根付くことでしょう。

日本酒が外の世界に踏み出すことは、単なる飲み方の変化にとどまりません。それは自然との関わり方を深め、伝統的な酒文化を現代的なライフスタイルと結びつける新たな試みです。今後も「外で飲む日本酒」の可能性は広がり、キャンプや登山の楽しみを豊かにする存在になっていくに違いありません。

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古い酒造りが現代の食卓に帰ってきた〜注目される「菩提もと」

近年、日本酒業界では多様な造りが見直されています。その中で、「菩提もと」が改めてクローズアップされています。「菩提もと」とは、室町時代に奈良県の菩提山正暦寺で確立された、現存する最古の酒母の製法で、今、その古来の製法を用いて酒造りをする酒造が増えてきているのです。
雑誌『dancyu』をはじめとするグルメ媒体でも特集が組まれ、イベントや試飲会では「飲み比べてその酸味の違いを楽しむ」企画が人気です。注目される理由は大きく3つあります。

  1. 歴史とストーリー性
    室町時代、奈良の正暦寺で確立された技法が千年を経て復活したという背景は、酒好きだけでなく歴史好きや観光客にも強い訴求力があります。
  2. 自然な酸味と個性
    菩提もとは、自然界の乳酸菌による酸づくりが特徴です。やわらかい酸味と複雑な香味があり、魚介や発酵食品との相性が抜群です。ナチュラルワイン人気とも相まって支持を広げています。
  3. 地域振興とグローバル化
    奈良発の復活から始まり、全国各地の酒蔵、さらには海外のクラフトサケブルワリーも挑戦。地域ブランドの強化と国際的な発信力を兼ね備えています。

こうした背景のもと、菩提もとは単なる「古式醸造の復元」を超え、現代的な食文化の潮流の中で新たな地位を築きつつあります。

【現代菩提もと復活年表(奈良)】

年代出来事・人物蔵元 / 銘柄ポイント
1996年奈良県工業技術センター、正暦寺、奈良県酒造組合が古文書を調査し再現プロジェクト始動(菩提酛研究会)奈良県15蔵:油長酒造、倉本酒造、今西酒造など正暦寺の古式醸造「菩提酛」の製法を復元開始
1998年12月11日酒母製造免許が下り、寺院醸造を行う菩提山正暦寺500年ぶりに菩提酛復活
1999年寺と共に造り上げた『菩提酛』を会員蔵が持ち帰り、試験醸造を開始「鷹長 菩提酛 純米酒」「三諸杉 菩提もと純米」など初仕込みを行う
2021年奈良県が保有する特許が失効会員蔵が自蔵で菩提もと仕込みを開始
2021年醸造技術を正暦寺に技術移転菩提泉日本初の民間の醸造技術書にある正暦寺の酒が復活

次々と復活する菩提もと

実は、上記の奈良に先駆けて、岡山の辻本店が菩提もとの「御前酒」を商品化しています。しかし近年までは、知る人ぞ知るという存在で、風変わりな日本酒として、マニアに受け入れられているに過ぎませんでした。

今回の技術確立は、全国の酒造の目が、菩提もとへと向く切っ掛けとなりました。これに伴い、多くの酒造が菩提もとづくりに参入し、独自の解釈や工夫を加えた酒を次々と世に送り出しています。伝統の継承と革新を両立させる動きが活発になり、業界内では多様な情報や技術が飛び交いながら、菩提もとの魅力を広めようとする流れが強まっています。

現代の日本酒市場では、消費者の嗜好や飲み方の多様化が進み、ナチュラルで酸味のある酒への関心も高まっています。こうした中で菩提もとは、単なる伝統酒の枠を超え、日本酒醸造技術に柔軟性を付与し、日本酒の可能性を押し広げたと言えるでしょう。

これからの日本酒は、より幅広い消費者のニーズに応えられるだけでなく、地域や造り手ごとの個性を活かしながら進化していくことでしょう。菩提もとの復活は、日本酒の未来を切り拓く重要な一歩となり、多様性あふれる新しい日本酒文化の創造へとつながっていくに違いありません。

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【日本酒の未来は米にある】「令和の米騒動」が加速させていく酒蔵の変革

8月18日は「米の日」。日本人の食生活に欠かせない米ですが、近年、日本酒の世界でも米をめぐる大きな変化が起きています。海外での日本酒人気が高まる中、酒蔵は単に酒米を調達するだけでなく、米作りそのものに深く関わり、さらには品種開発まで手掛ける動きが加速しているのです。今回は、昨今の米騒動を振り返りつつ、日本酒の未来を担う米作りの新たな潮流についてご紹介します。

令和の米騒動が炙り出した酒米の課題

昨年から続く「令和の米騒動」は、日本酒造りの根幹を支える酒米の脆弱な供給体制を明らかにしました。発端は、国内で深刻化した食用米不足です。食卓を守るため、酒米から食用米への転作が進み、酒米の作付け面積が縮小しました。そこへ天候不順や高温障害、世界的な日本酒需要の高まりが重なり、酒米の収量減と価格高騰が加速。人気品種の山田錦や雄町は特に入手困難となり、一部の蔵では仕込み量の削減や酒質設計の変更を迫られています。
今回の騒動は、酒米生産が特定品種や特定地域に依存していること、そして食用米との需給バランスが崩れたなら、供給が一気に不安定になるという構造的な課題を浮き彫りにしました。

日本酒と「テロワール」~米作りから取り組む蔵の増加

この「米騒動」を機に、酒造りのあり方を見直す動きは加速しています。その中で、テロワールの重要性が再認識されているようです。
世界中のワイン愛好家たちは、その土地の土壌が、ワインの味に与える影響を重んじる「テロワール」という考え方を持っています。日本酒もまた、その土地の米、水、そして造り手の技術が一体となって生まれるものです。海外の日本酒ファンは、日本酒をワインと同じように、その土地ならではの個性や物語を持つものとして捉え始めているのです。

近年、このテロワールの思想が、日本の酒造りにも移入されるようになりました。単に酒米を市場や農家から買い付けるだけでなく、米作りを本格的に手掛けるようになった酒造も増加しているのです。
これにより、酒蔵は安定した酒米の確保だけでなく、その土地ならではの個性を持った「唯一無二の日本酒」を生み出すことができるようになります。米作りから酒造りまで一貫して手掛けることで、より深いテロワールを表現した日本酒が生まれるというわけです。

既存の酒米を超えて~品種開発に挑戦する酒蔵

さらに一部の酒造は、既存の酒米栽培にとどまらず、自社で酒米の品種開発を行うという、より踏み込んだ挑戦を始めてもいます。
これは、理想とする日本酒の味わいを実現するために、既存の酒米では満足できないという強い思いから生まれるものです。

青森県の八戸酒造では、創業250周年を記念して、自社で開発した酒米を用いて、「陸奥八仙 創業250周年記念ボトル」を発売しました。この酒米は、山田錦を超える酒米を目指して12年もの歳月をかけて開発したといいます。
このような品種開発は、多大な労力を要する挑戦です。しかし、その土地の風土に合った、唯一無二の酒米を生み出すことで、酒造は単なる製造業者から、その土地の風土を育む「地域の担い手」へと進化します。

おわりに

今秋、酒造業界は大きな試練を迎えることになります。酒米の安定供給と品質確保は、酒造にとって喫緊の課題です。この状況にどう対応するかで、今後、日本酒を取り巻く環境は大きく変わっていくことになるでしょう。

今日のこの「米の日」、米問題を逆手にとって業界が発展していくことを、日本酒を傾けながら祈らずにはおれません。明日の日本酒が、米作りを中心とする日本の農業を活性化するものとなりますように!

▶ 陸奥八仙 250周年記念ボトル|オリジナル米を使ったはじめての味わい

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